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Chapter 4
④
しおりを挟む結局、守永とは店を変えて呑み直しをすることはなかった。
麻琴はタクシーで彼に送られて、お台場海浜公園駅近くの自宅マンションまで帰ってきた。
——明日も仕事だし、今夜はもう寝てしまおう。
ぐったりした気持ちでリビングに入った麻琴は、その前にシャワーを浴びてすっきりさせようと思い、右手のピンキーリングを外した。
松波からもらって以来、ほぼ肌身離さずつけているオパールとダイヤのフォークリングだった。
そして、そのとき……今さらながら、それがJubileeのリングであったことに気づいた。
松波は麻琴に、久城 礼子がデザインしたリングをプレゼントしていた、ということだ。
麻琴の顔が、痛々しく歪んだ。
そのあと、美しいデザインのフォークリングは、壁面に造り付けされているシステム収納の引き出しの中へ、ケースにも入れられず無造作に放り込まれた。
ゴミ箱に直行しなかったのは、松波に突っ返すためだ。
それまでは……二度とこの目で見たくなかった。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
シャワー浴びて髪を乾かした麻琴は、1LDKのベッドルームに移った。
そして、メールチェックをするためにスマホを手に取る。
どこからも、何の連絡も入っておらず、受信していたのはメルマガくらいだった。
ふっ、と泣き笑いのような表情になった麻琴は、いつものように明日の起床時間のアラームをセットした。そして、ヘッドボードにスマホを置く。
それから、ベッドのシーツとブランケットの間にその身を滑り込ませ、リモコンでペンダントランプの光量を落とす。
残った光はシェードランプの穏やかなオレンジ色の灯りだけとなった。
麻琴は青山との「不毛な関係」を解消したあと、それまでのセミダブルベッドを処分してシングルベッドに買い換えた。
とにかく快適にぐっすり眠れるように、と奮発して、マットレスは日◯ベッドのシルキーポケットにした。
しかし、そんな安眠を約束されたベッドでも、こんなに目が冴えてしまったら、とてもじゃないけれど、寝つくことは容易ではなかった。
目を閉じても、今夜Viscumに松波と現れた久城 礼子のことが頭から離れない。
彼女は自身の輝かしいキャリアもさることながら「それだけ」の女ではなかった。
彼女の生家、久城家は明治の世「華族」の家柄で「久城子爵」と呼ばれていた。血筋をずーっとたどると、やんごとなきお方まで行き着く家系だ。
しかし戦後、その特権階級を剥奪されてしまい、同じ立場だった万里小路家と一緒に(株)アディドバリューを興した。現在は、礼子の父親が代表取締役会長に就いている。
ファクトリー・オートメーションの総合メーカーであるアディドバリュー社は、工場で製品を生産するのに欠かせない自動制御機器・計測機器・情報機器などの開発および製造・販売をしている会社だ。
取引する会社は、TOMITA自動車をはじめとする自動車産業はもちろんのこと、半導体や電子・電気機器、そして通信・機械・科学・薬品・食品関連など多岐に渡る。
さらに、就活する学生からは「日本一給料の高い会社」として、絶大なる人気を誇る大企業なのである。
——その容姿も、家柄も、自身のキャリアも、松波先生にぴったりの女じゃないの……
そもそも松波にとっては久城 礼子が「本命」で、麻琴は「あわよくば」程度の遊び相手なのかもしれない。
それを証拠に、松波は麻琴を見てもまったく声すらかけなかったではないか。「本命の恋人」に麻琴の存在を知られたくなかったからだろう。
青山だって「本命」の稍が現れたとたん、手のひらを返したように冷淡になり、とっとと結婚したかと思えば『妻が嫌がるから、自分の名前をもう呼び捨てにしないでくれ』と言ってきたのだ。
——わたしって、どうしてこんなに「男運」がないのかしら……?
久城 礼子ほどではないにせよ、容姿も家柄もそこそこよりは上のはずだ。実際に、今までかなりモテた方だ。
子どもの頃、自分の未来がこんなふうになっているだなんて、思いもよらなかった。
あの頃、漠然とではあるが思い描いていた自分の「未来」には、今の歳には間違いなく愛する人と結婚していて、かわいい子どもの一人や二人は存在していた。
——どこで、どう間違って、こんなふうな「現在」になってしまったのかしら?
そのとき、スマホの着信音が鳴った。
麻琴は起き上がって、シェードランプのオレンジ色の灯りを頼りにヘッドボードのスマホを手にした。
発信者は——松波だった。
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