27 / 73
Chapter 5
「大奥」の田中さん ④
しおりを挟む仙台支店に了承を取った田中 亜湖は、端末で株式の移管処理を行った。
「これで、わたしの方の事務処理は終わりです。あとはこちらの方に書類と伝票がありますので、ご記入願います」
田中 亜湖はクリアファイルを山田に渡そうとした——が、大地が上からひょいっ、と彼女の手から取った。
「課長の印もいるんだよな?」
「はい。何ヶ所かですけど」
「じゃあ……おれが書くよ」
えぇーっ、と周囲がどよめく。上條課長の伝票嫌いは有名な話だ。
「それより、もう一度、先刻の株を見せてくれないか?」
——課長だって管理者ID持ってるのに。そもそも、もう本店に移管したのだから、店内のだれもが見られるようになったのに……
田中 亜湖はそう思ったが、もう一度画面に出した。
端末を課長の方へ向けようと右手を伸ばすと、なぜか大地は田中 亜湖のその手を掴んで制した。そして、左側にいた大地が身を屈めて、画面に顔を寄せる。必然的に、彼の顔が田中 亜湖の顔のすぐ横まで寄ることになる。しかも、小さな彼女を、大きな大地が背後からすっぽり包み込むような体勢になっている。
——上條課長、なんだか、とても近いんですけど……
大地はまだ田中 亜湖の手を掴んだままだ。彼女は固まって身動きできなかった。
「それでは、わたし失礼しま……」
課長の椅子から立ち上がろうとした田中 亜湖を、
「あ、待て」
大地がクリアファイルの中の書類をパラパラとめくりながら制した。
「ややこしいな。……おれ、自分では追証出したことないんだよな。書き方、教えてくれる?」
「それでしたら、署名と捺印だけしてもらうような形にして、また持参します」
大地は電話の受話器を取った。
「あっ、総務?営業二課の上條だけど。小会議室空いてるかな?……『B』は空いてるんだ。じゃあ、ちょっと使うよ」
受話器を置くと、
「さあ、行こう」
大地は田中 亜湖の腕を掴んで、席から立たせた。
——この人、わたしの話、聞いてた?
そう思った頃、彼女はすでに小会議室に向かうエレベーターの前にいた。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
「……課長と『あの人』って怪しくないか?」
二人が出ていったあと、小田がつぶやいた。
——あの二人、はじめはほぼ初対面かな、って思ったけど……そのうち、課長の席で二人ぴったり密着しながら端末を見つめだして……その間、課長は彼女の手をずーっと握ってて……
「えーっ、違うっしょー」
山田がちっちっちっ、と目の前で人差し指を振る。
「課長って、見るからにナイスバディ系のゴージャス美人がタイプっすよ」
やけに自信たっぷりだが、根拠はなにもない。ただの山田の「個人の感想」だ。
——だけど、二人して急に会議室へ行っちゃったじゃないか。
やっぱり小田は腑に落ちなかった。
なにより、クールな課長のあんなふうな姿を見たのが、初めてだったのだ。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
上がってきたエレベーターに、大地と田中 亜湖は乗り込んだ。
大地は前に立つ田中 亜湖を、後ろから見つめた。彼女は見れば見るほど、理想のオンナだった。
大地のタイプは、古風な雰囲気を漂わせた可憐で清楚な子である。それでいて、芯のしっかりした強さも持ち合わせていなければならない。
だが、今の時代、そんな「大和撫子」がそうそういるわけがない。実際、今まで大地に寄ってきたのは、大抵気の強さが前面に出て自信に満ちた、華やかな女たちだった。
——昔、たった一人だけ「どストライク」な女がいたんだけどな。
゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜
朝比奈 蓉子は、上へ行くエレベーターを待っていた。
三階に着いた箱が開く。乗り込もうとしたら、同期で親友の営業事務課に所属する田中 亜湖がいた。
「あら、亜湖……めずらしいわね、四階へ行くの?」
こくっ、と肯く彼女の後ろに長身の男がいた。営業二課の課長で親戚でもある、上條 大地だった。
「あら、大……」
と、言いかけたところで、大地が顰めた顔をしているのに気がついた。
口パクで「乗」「る」「な」と言っている。
呆れた蓉子は苦笑しながら、後ずさりした。
「あれ、蓉子、乗らないの?」
「う、うん……これ、上でしょ?あたし、下に行くの」
大地が速攻で「閉」のボタンを押した。
「なぁにぃ、あれ……いつの間に?」
——亜湖からは、なにも知らされてなかったけれど……
でも大地は、蓉子が田中 亜湖になにか余計なことでも言うんじゃないかと、警戒している様子だった。
確かに、彼女の耳に入れたらちょっとまずいかなーって思うことの、一つや二つや三つや四つや五つ……あるにはあるけれど——
——それにしても、大地はブレないわねぇ。
蓉子は感心した。
——亜湖が昔も今も「ど真ん中」みたいなんだもん。
この前、テキーラ対決でべろべろに酔って潰れた蓉子と水島 慶人は、田中 亜湖から同じタクシーに押し込まれたあと、彼のマンションへ行って……ま、なるようになった。
先刻、慶人から【営業部長との会議が終わった】とLINEが届いた。だから、慶人との「職場でのつかの間の逢瀬」を楽しむために、四階の小会議室Aに向かうところだった。
蓉子は鼻歌でも歌いそうなご機嫌ぶりで、階段のある方へ向かった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団の異色男子
ジャスティン・レスターの意外なお話
矢代木の実(23歳)
借金地獄の元カレから身をひそめるため
友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ
今はネットカフェを放浪中
「もしかして、君って、家出少女??」
ある日、ビルの駐車場をうろついてたら
金髪のイケメンの外人さんに
声をかけられました
「寝るとこないないなら、俺ん家に来る?
あ、俺は、ここの27階で働いてる
ジャスティンって言うんだ」
「………あ、でも」
「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は…
女の子には興味はないから」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる