常務の愛娘の「田中さん」を探せ!

佐倉 蘭

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Chapter 5

「大奥」の田中さん ④

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 仙台支店に了承を取った田中 亜湖は、端末で株式の移管処理をおこなった。

「これで、わたしの方の事務処理は終わりです。あとはこちらの方に書類と伝票がありますので、ご記入願います」
 田中 亜湖はクリアファイルを山田に渡そうとした——が、大地が上からひょいっ、と彼女の手から取った。
「課長の印もいるんだよな?」
「はい。何ヶ所かですけど」
「じゃあ……おれが書くよ」
 えぇーっ、と周囲がどよめく。上條課長の伝票嫌いは有名な話だ。

「それより、もう一度、先刻さっきの株を見せてくれないか?」
 ——課長だって管理者ID持ってるのに。そもそも、もう本店に移管したのだから、店内のだれもが見られるようになったのに……
 田中 亜湖はそう思ったが、もう一度画面に出した。

 端末を課長の方へ向けようと右手を伸ばすと、なぜか大地は田中 亜湖のその手を掴んで制した。そして、左側にいた大地が身を屈めて、画面に顔を寄せる。必然的に、彼の顔が田中 亜湖の顔のすぐ横まで寄ることになる。しかも、小さな彼女を、大きな大地が背後からすっぽり包み込むような体勢になっている。

 ——上條課長、なんだか、とても近いんですけど……
 大地はまだ田中 亜湖の手を掴んだままだ。彼女は固まって身動きできなかった。


「それでは、わたし失礼しま……」
 課長の椅子から立ち上がろうとした田中 亜湖を、
「あ、待て」
 大地がクリアファイルの中の書類をパラパラとめくりながら制した。
「ややこしいな。……おれ、自分では追証出したことないんだよな。書き方、教えてくれる?」
「それでしたら、署名と捺印だけしてもらうような形にして、また持参します」

 大地は電話の受話器を取った。
「あっ、総務?営業二課の上條だけど。小会議室空いてるかな?……『B』は空いてるんだ。じゃあ、ちょっと使うよ」

 受話器を置くと、
「さあ、行こう」
 大地は田中 亜湖の腕を掴んで、席から立たせた。

 ——この人、わたしの話、聞いてた?
 そう思った頃、彼女はすでに小会議室に向かうエレベーターの前にいた。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


「……課長と『あの人』って怪しくないか?」
 二人が出ていったあと、小田がつぶやいた。

 ——あの二人、はじめはほぼ初対面かな、って思ったけど……そのうち、課長の席で二人ぴったり密着しながら端末を見つめだして……その間、課長は彼女の手をずーっと握ってて……

「えーっ、違うっしょー」
 山田がちっちっちっ、と目の前で人差し指を振る。
「課長って、見るからにナイスバディ系のゴージャス美人がタイプっすよ」
 やけに自信たっぷりだが、根拠はなにもない。ただの山田の「個人の感想」だ。

 ——だけど、二人して急に会議室へ行っちゃったじゃないか。
 やっぱり小田は腑に落ちなかった。
 
 なにより、クールな課長のあんなふうな姿を見たのが、初めてだったのだ。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 上がってきたエレベーターに、大地と田中 亜湖は乗り込んだ。
 大地は前に立つ田中 亜湖を、後ろから見つめた。彼女は見れば見るほど、理想のオンナだった。

 大地のタイプは、古風な雰囲気を漂わせた可憐で清楚な子である。それでいて、芯のしっかりした強さも持ち合わせていなければならない。
 だが、今の時代、そんな「大和撫子」がそうそういるわけがない。実際、今まで大地に寄ってきたのは、大抵気の強さが前面に出て自信に満ちた、華やかな女たちだった。

 ——昔、たった一人だけ「ストライク」な女がいたんだけどな。


 ゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜


 朝比奈 蓉子は、上へ行くエレベーターを待っていた。

 三階に着いた箱が開く。乗り込もうとしたら、同期で親友の営業事務課に所属する田中 亜湖がいた。
「あら、亜湖……めずらしいわね、四階へ行くの?」
 
 こくっ、と肯く彼女の後ろに長身の男がいた。営業二課の課長で親戚でもある、上條 大地だった。
「あら、大……」
と、言いかけたところで、大地がしかめた顔をしているのに気がついた。
 口パクで「乗」「る」「な」と言っている。

 呆れた蓉子は苦笑しながら、後ずさりした。
「あれ、蓉子、乗らないの?」
「う、うん……これ、上でしょ?あたし、下に行くの」
 大地が速攻で「閉」のボタンを押した。


「なぁにぃ、あれ……いつの間に?」
 ——亜湖からは、なにも知らされてなかったけれど……

 でも大地は、蓉子が田中 亜湖になにか余計なことでも言うんじゃないかと、警戒している様子だった。
 確かに、彼女の耳に入れたらちょっとまずいかなーって思うことの、一つや二つや三つや四つや五つ……あるにはあるけれど——

 ——それにしても、大地はブレないわねぇ。
 蓉子は感心した。
 ——亜湖が昔も今も「ど真ん中」みたいなんだもん。

 この前、テキーラ対決でべろべろに酔って潰れた蓉子と水島 慶人は、田中 亜湖から同じタクシーに押し込まれたあと、彼のマンションへ行って……ま、なるようになった。

 先刻さっき、慶人から【営業部長との会議が終わった】とLINEが届いた。だから、慶人との「職場でのつかの間の逢瀬」を楽しむために、四階の小会議室Aに向かうところだった。

 蓉子は鼻歌でも歌いそうなご機嫌ぶりで、階段のある方へ向かった。

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