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March
決戦は月曜日 Side 慧 01話
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忘れもしない先週の日曜――真冬の兄、颯くんの結婚式に呼ばれた俺と弓弦は、ウィステリアホテルのチャペルにいた。
挙式を終えチャペルから出てくる颯くんと花嫁さんを待っていた俺たちは、階段の中ほどに立ち、階下を行き来する人たちを眺めていた。
男も女も身奇麗な格好で、ゆったりとした足取りで歩みを進める。そんな人間たちを見ているうちに、ひとつの疑問が浮上した。
「なぁ弓弦、こういうホテルって結婚式以外だとどんなときに利用するもの?」
「そうだなぁ……今日みたいに大安吉日だとお見合いで利用する人もいるだろうし、結婚間近で式の打ち合わせにくるカップルもいる。ほかは法事後の精進落としだとか、何かの記念日で少しリッチなランチやディナーを食べに来る人とか、プロポーズに利用する人もいるかな。あとは、上質なお酒をワンランク上のバーで飲みたい人たちとか――平日だとランチビュッフェやデザートビュッフェもやってるから、女性の需要は割と高いよ。最近だと女子会にホテルが使われるって話も聞くけど、ここほど値の張るホテルで女子会をしようっていう猛者がどれほどいるかは謎。仕事で一泊しなくちゃいけないにしても、ちょっと単価が高すぎるよね。そこからすると、やっぱり特別な時間を過ごしたい人の利用が多いんじゃないかな? ちなみにうちの会社は、取引先の重役を接待するのに使ってる」
「ふーん……」
そんな話をしながら階下の往来を見ていると、女性陣が着物を着た、家族連れと思しき一行がやってきた。人数の多さからすると親戚の集まりかなんか?
なんとなしに目で追っていると、一向の中で一際華やかな着物を着た女に目が留まった。
あれって――
「翠葉……?」
「ん? 慧くん、何か言った?」
「翠葉がいる」
「え? どこです?」
「あそこ」
弓弦に場所を示すと、
「あぁ、本当だ。御園生さんですね」
「あいつなんで振袖なんか着て――って、写真の男っ!?」
クリスマスに翠葉から見せてもらった写真の男が、翠葉の手を取りエスコートしていた。
階下の一行をガン見しているところに鐘が鳴り響き、階上の扉が開いて颯くんと花嫁さんが下りてくる。
みんながバラの花びらを振りまく中、俺は翠葉たちから視線をはずせずにいた。
そんな俺に気づきもしない翠葉は、憧憬の眼差しを颯くんたちへ向ける。
そして、立ち止まることなくあっという間にチャペル前を通り過ぎてしまった。
「慧くん……颯の結婚式に来てるって自覚はある?」
「いんや。ちょっとうっかり忘れてた」
「あとで颯に文句言われても知らないよ?」
「そんときはそんときで……」
その後俺らは披露宴会場へと誘導されたわけだけど、移動時間中ずっと考えていた。
女が振袖を着て家族でホテルにいる状況ってどんな?
さっきの弓弦の言葉を思い出し、「お見合い」というキーワードが浮上したけれど、互いに面識がある人間同士でお見合いってするもん? それに通じるほかのものって――
「結納……?」
いやでも、翠葉はまだ高校生だし――
「慧くん?」
「ね、弓弦。女が振袖着て、両家の家族揃ってこういうホテルにいるって状況は何が考えられる?」
「そうだなぁ……一般的にはお見合いが無難な線だけど、御園生さんと司くんはお付き合いしているようだからそれは違うだろうね。……慧くん、ここであーだこーだと推測したところで、推測の域は出ないよ? それなら本人に直接訊いてみたら?」
すぐさまスマホを取り出そうとした俺の腕を弓弦は掴み制する。そしてにこりと笑い、
「あくまでも、颯の披露宴が終わったあとで。披露宴で僕と連弾すること忘れてないよね? 少しでもピアノ以外に意識を向けてみなさい。……ただじゃおかないよ?」
「あ、ハイ。スミマセン。連弾……連弾ですよね、連弾連弾。大丈夫、バッチリです!」
「その言葉、信じているからね?」
そう言って、弓弦は俺の腕を開放したのだ。
で、無事に連弾を終え颯くんの結婚式から帰宅した俺は、悩みに悩んで数日経った今もまだスマホ片手に頭を抱えている。
なんて訊く?
ごくシンプルに、「先週の日曜日ウィステリアホテルにいた?」。
否――そこには触れず、「例のスコアどうなった? できてるなら弓弦のレッスンの日に受け取りに行くけど?」とかメールを送って、スコアを取りに行ったその場で訊くとか?
「あ~……でも、その場にはあのツカサって男もいるんだっけっか……」
な、悩ましい……クソ悩ましいっっっ!
いっそのこと電話するかっ!?
いやいやちょっと待て、電話で何か決定的なことを言われたらどうするよ俺……。
そこまで考えて一気にうな垂れる。
すでに決定打は食らってんじゃん。クリスマスの日に「好きな人から指輪もらった」って。「付き合っている人がいる」ってパワーワード食らって瞬殺されてんじゃん。
それでも諦めるに至らないのだから、仕方ない……。
「やっぱ、スコアどうなってるか訊いて、近々弓弦についてレッスン日に行くことを伝えよう。で、そんときに訊くっ!」
よしこれだ!
そうと決まったら早速メール!
「例のスコア、どうなった? できてるなら、弓弦のレッスンのときにもらいに行くよ、っと……」
うっし、行って来-いっ!
送信ボタンを押すと、意外と早くにレスポンスがあった。
「何なに? スコアはもうできています。でも、取りに来てもらうなんて申し訳ないよ。もしよければ郵送するよ? ……いやいやいや、それじゃ翠葉に会えねーし、ツカサってやつとも会えないじゃんか」
俺は即行で返信をする。
「どんなとこで練習してるのか見てみたいし、間宮さんのピアノも見てみたいから、遊びに行かせてよ。あ、レッスンは邪魔しねーから、っと……」
すると、一分と経たないうちにメールが返ってきた。
「それではお待ちしています……と。うっし……。あとは弓弦に連絡してレッスンに同行させてもらうのみ」
決戦は次の月曜日――
挙式を終えチャペルから出てくる颯くんと花嫁さんを待っていた俺たちは、階段の中ほどに立ち、階下を行き来する人たちを眺めていた。
男も女も身奇麗な格好で、ゆったりとした足取りで歩みを進める。そんな人間たちを見ているうちに、ひとつの疑問が浮上した。
「なぁ弓弦、こういうホテルって結婚式以外だとどんなときに利用するもの?」
「そうだなぁ……今日みたいに大安吉日だとお見合いで利用する人もいるだろうし、結婚間近で式の打ち合わせにくるカップルもいる。ほかは法事後の精進落としだとか、何かの記念日で少しリッチなランチやディナーを食べに来る人とか、プロポーズに利用する人もいるかな。あとは、上質なお酒をワンランク上のバーで飲みたい人たちとか――平日だとランチビュッフェやデザートビュッフェもやってるから、女性の需要は割と高いよ。最近だと女子会にホテルが使われるって話も聞くけど、ここほど値の張るホテルで女子会をしようっていう猛者がどれほどいるかは謎。仕事で一泊しなくちゃいけないにしても、ちょっと単価が高すぎるよね。そこからすると、やっぱり特別な時間を過ごしたい人の利用が多いんじゃないかな? ちなみにうちの会社は、取引先の重役を接待するのに使ってる」
「ふーん……」
そんな話をしながら階下の往来を見ていると、女性陣が着物を着た、家族連れと思しき一行がやってきた。人数の多さからすると親戚の集まりかなんか?
なんとなしに目で追っていると、一向の中で一際華やかな着物を着た女に目が留まった。
あれって――
「翠葉……?」
「ん? 慧くん、何か言った?」
「翠葉がいる」
「え? どこです?」
「あそこ」
弓弦に場所を示すと、
「あぁ、本当だ。御園生さんですね」
「あいつなんで振袖なんか着て――って、写真の男っ!?」
クリスマスに翠葉から見せてもらった写真の男が、翠葉の手を取りエスコートしていた。
階下の一行をガン見しているところに鐘が鳴り響き、階上の扉が開いて颯くんと花嫁さんが下りてくる。
みんながバラの花びらを振りまく中、俺は翠葉たちから視線をはずせずにいた。
そんな俺に気づきもしない翠葉は、憧憬の眼差しを颯くんたちへ向ける。
そして、立ち止まることなくあっという間にチャペル前を通り過ぎてしまった。
「慧くん……颯の結婚式に来てるって自覚はある?」
「いんや。ちょっとうっかり忘れてた」
「あとで颯に文句言われても知らないよ?」
「そんときはそんときで……」
その後俺らは披露宴会場へと誘導されたわけだけど、移動時間中ずっと考えていた。
女が振袖を着て家族でホテルにいる状況ってどんな?
さっきの弓弦の言葉を思い出し、「お見合い」というキーワードが浮上したけれど、互いに面識がある人間同士でお見合いってするもん? それに通じるほかのものって――
「結納……?」
いやでも、翠葉はまだ高校生だし――
「慧くん?」
「ね、弓弦。女が振袖着て、両家の家族揃ってこういうホテルにいるって状況は何が考えられる?」
「そうだなぁ……一般的にはお見合いが無難な線だけど、御園生さんと司くんはお付き合いしているようだからそれは違うだろうね。……慧くん、ここであーだこーだと推測したところで、推測の域は出ないよ? それなら本人に直接訊いてみたら?」
すぐさまスマホを取り出そうとした俺の腕を弓弦は掴み制する。そしてにこりと笑い、
「あくまでも、颯の披露宴が終わったあとで。披露宴で僕と連弾すること忘れてないよね? 少しでもピアノ以外に意識を向けてみなさい。……ただじゃおかないよ?」
「あ、ハイ。スミマセン。連弾……連弾ですよね、連弾連弾。大丈夫、バッチリです!」
「その言葉、信じているからね?」
そう言って、弓弦は俺の腕を開放したのだ。
で、無事に連弾を終え颯くんの結婚式から帰宅した俺は、悩みに悩んで数日経った今もまだスマホ片手に頭を抱えている。
なんて訊く?
ごくシンプルに、「先週の日曜日ウィステリアホテルにいた?」。
否――そこには触れず、「例のスコアどうなった? できてるなら弓弦のレッスンの日に受け取りに行くけど?」とかメールを送って、スコアを取りに行ったその場で訊くとか?
「あ~……でも、その場にはあのツカサって男もいるんだっけっか……」
な、悩ましい……クソ悩ましいっっっ!
いっそのこと電話するかっ!?
いやいやちょっと待て、電話で何か決定的なことを言われたらどうするよ俺……。
そこまで考えて一気にうな垂れる。
すでに決定打は食らってんじゃん。クリスマスの日に「好きな人から指輪もらった」って。「付き合っている人がいる」ってパワーワード食らって瞬殺されてんじゃん。
それでも諦めるに至らないのだから、仕方ない……。
「やっぱ、スコアどうなってるか訊いて、近々弓弦についてレッスン日に行くことを伝えよう。で、そんときに訊くっ!」
よしこれだ!
そうと決まったら早速メール!
「例のスコア、どうなった? できてるなら、弓弦のレッスンのときにもらいに行くよ、っと……」
うっし、行って来-いっ!
送信ボタンを押すと、意外と早くにレスポンスがあった。
「何なに? スコアはもうできています。でも、取りに来てもらうなんて申し訳ないよ。もしよければ郵送するよ? ……いやいやいや、それじゃ翠葉に会えねーし、ツカサってやつとも会えないじゃんか」
俺は即行で返信をする。
「どんなとこで練習してるのか見てみたいし、間宮さんのピアノも見てみたいから、遊びに行かせてよ。あ、レッスンは邪魔しねーから、っと……」
すると、一分と経たないうちにメールが返ってきた。
「それではお待ちしています……と。うっし……。あとは弓弦に連絡してレッスンに同行させてもらうのみ」
決戦は次の月曜日――
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