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葉野りるは

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April

キスのその先 Side 翠葉 01話

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 春休みに入ってから、私はピアノやハープの練習に加え、楽典と学校の勉強に追われていた。
 午前八時半から十二時まではピアノの練習。一時間のお昼休憩を挟んで一時からはハープの練習を一時間。二時からは楽典、三時からは学校の勉強。四時になったらようやくフリータイム。
 自分で決めたスケジュールとはいえ結構ハードで、それに付き合ってくれるツカサには少し申し訳ない思いだった。
 一緒の部屋にいても話せるわけじゃないのに、ツカサは常に一緒にいてくれる。
 ミュージックルームにノートパソコンと数冊の本を持ち込んで、何やら難しい顔をしてパソコンを操作しているのだ。
 一度何をしているのか訊いたことがあるのだけど、ネット上で株の取引をしているのだとか。
 そのとき、少し説明をしてくれたけれど、私には馴染みのない難しい話だった。それをツカサはライフワークとしていて、ゲームのようなノリでやっているのだから、やっぱり根本的に頭の出来が違うのだろう。
 四時になり、
「終わった~……疲れたよ~……」
 ソファに身体を投げ出すと、ツカサの大きな手に額際の髪を梳かれる。
「当たり前だ。練習と勉強の間に休憩を挟めって何度も言ってるだろ?」
「んー……だって、そしたらフリータイムが短くなっちゃう」
「それが何?」
「ツカサと過ごす時間が短くなるのはいや」
 私はテーブルに広がる教材を手早く片付け、
「さっ、十階へ行ってティータイムにしようっ?」
 のんびり構えていたツカサを急かし、私たちはツカサの家へ向かった。

 家に上がると私はキッチンへ直行。
 定位置に置いてあるポットとマグカップを取り出し、電気ケトルに水を入れては台座にセットする。と、後ろからツカサに抱きすくめられた。
 そっとツカサの方へ身体の向きを変えると、すぐに優しいキスが降ってくる。
 このときのキスはなんだか甘えられている気がして、いつも特別なキスに思っていた。
 大型犬に甘えられるのってこんな気分かな?
 そんなことを考えているうちにお湯は沸いてしまう。
 唇が離れてもまだ顔は至近距離にあって、恥ずかしくなった私は、バッグからお茶取り出すことを口実に、ツカサから離れた。
「あのね、新しいハーブティーを持ってきたの。フルーツたっぷりのハーブティーだよ! 疲労回復にはやっぱりビタミンと糖分よね? ハチミツたっぷり入れるんだ! ツカサは? ティースプーンにひと匙?」
「それでお願い」
「うん!」

 ツカサの家のリビングで過ごすとき、互いに違う本を読んでいることもあれば、デートの行き先を決めるべく、ひとつの雑誌をふたりで読むこともある。タブレットを使って検索することもあったけれど、どこかへ出かけたのは春休み初日のお花見だけ。
 肩が触れ合うほど近くにいて、同じお茶を口にする。
 何を気にすることなく一緒にいられる空間はとてもリラックスできるものだったし、幸せを感じられる時間でもあった。
 この短い春休みが終わったら、ツカサは大学生になり、私は高校三年生になる。
 ツカサの住む場所が支倉へ移るのは来年のことだし、四月からは毎朝一緒に登校しようと言ってくれているけれど、やっぱり今までのようにはいかないことも多々出てくるだろう。
 些細な変化に不安が生じるのは私だけ……? それとも、ツカサも不安に思うことがあるからこそ、午前からずっと同じ部屋にいてくれるのかな。
 春休みに入ってからツカサと会わない日はなく、私の練習や勉強が終わってからは毎日のように十階のこの部屋で過ごしていた。
 一緒にいる時間を大切にしたい――
 その気持ちだけは同じような気がしていた。

 今日はツカサが用意してくれた情報誌をふたりで見ているわけだけど、ページをめくるたびに目移りしてしまう。
 何度も何度もページを行ったり来たりさせる私に、
「どこか行きたいところあった?」
 どこか、なんてものじゃない。
「どうせだったら全部行きたいよね?」
「は……?」
 ツカサは間の抜けた顔をしている。
「だって、ツカサとならどこへ行っても楽しいと思うの」
 トンボ玉の製作体験へ行ったら互いに作ったものを交換して宝物にしたいし、キャンドル作り体験で作ったキャンドルは、屋上で灯して星空を見たい。
 軽いトレッキングに出かけて高山植物を見ながら「かわいいね」って話したいし、遊園地へ出かけて絶叫コースターに乗ったツカサの顔を見てみたい。
 花畑へ出かけたなら両手に持ちきれないほど花を摘んで帰って、栞さんや湊先生、真白さんに「お土産です!」って届けに行きたい。
 県立図書館へ行ったら本を片手に無表情で読み進めるツカサの写真をこっそり撮りたいし、神社仏閣へお参りへ行ったら「ツカサとおじちゃんおばあちゃんになるまで一緒にいられますように」と祈るのだ。
 情報誌を見ながら、ここへツカサと一緒にいったら――を延々と考えていた。
 なんとなしにカップへ手を伸ばすと、ちょうどツカサもカップへ手を伸ばしたところで、ただそれだけでもなんだか嬉しくて、顔を見合わせクスリと笑う。
 お茶を一口含んでカップを置くと、その手をツカサに掴まれた。
「ん?」
 なんとなしにツカサの顔を覗き込むと、物言いたげな目に捕まる。
 ゆっくりとツカサの顔が近づいてきて、キスの予感に目を閉じる。と、ちゅ、と軽く触れるだけのキスをされた。
 啄ばむようなキスを何度もされ、唇は少しずつ場所をずらし、首筋へと移動する。
 ツカサの唇が触れる場所が熱く感じるし、どれほど我慢しても吐息が漏れることは防げない。
 唇が鎖骨に到達すると同時、いつものように優しく押し倒された。
 毛足の長いラグが頬をくすぐるものの、それ以上のくすぐったさでツカサの唇が肌を移動する。
 首筋に触れていた右手が肩の方へ下がってくると、ゴムが入っているスクエアネックを腕の方へとずらされた。
 むき出しになった右肩にキスをされ、ツカサはさらに襟ぐりをずらそうとする。
「だめ……」
 このままずらされたら胸元まで露になってしまう。それが恥ずかしくて抵抗してみせると、
「……じゃ、服の上からならいい?」
 それは胸に触れる、ということだろうか。
 クリスマスの日に、やや強引にステップアップさせられたとはいえ、ツカサが無断で胸に触れてくることはない。いつだって許可を求めてくれる。
 私が小さくコクリと頷くと、ツカサは私を見下ろした状態で、胸をやんわりと揉み始めた。
 直接肌に触れられているわけではないけれど、着ているワンピースが薄手のリネン素材ということもあり、ツカサの指が胸に食い込む感じがひどく生々しい。
 さらには、じっと見られていることに耐えられない。
「見ないで……」
「……どうして?」
「……恥ずかしいもの」
「じゃ、目を閉じればいい」
 私は言われたとおりに目を閉じた。
 すると、ツカサは胸を揉んだままキスを再開する。
 キスをされて身体が火照るのはいつものこと。でも、胸を揉まれているからだろうか。
 今日はいつも以上に身体が熱く感じる。
 優しい口付けを受け続けてどのくらい経ったころか、ツカサが終わりを告げるように鎖骨と鎖骨の間のくぼみにキスをした。
 目を開けると、「ありがとう」の一言。
 こんなキスをされるとき、最後に「ありがとう」と言われることがある。
 それは、「キスをさせてもらっている」と思っているからなのだろうか……。
 だとしたら、否定したい。
 キス、させてあげているわけじゃないのよ?
 キスをされたら私は嬉しいのに……。
 この想いはどうしたら伝わるのかな……。
 ……私からキスをすれば伝わる?
 身体を起こすのにツカサが手を貸してくれ、私はその手を伝ってツカサの唇にキスをした。
「翠……?」
「……お礼なんて言わないで?」
 ツカサはきょとんとした顔をしている。
「前にも言ったけれど、キスは嬉しい……。ツカサにキスされるの、大好きよ?」
 すると、ツカサは顔を傾けもう一度だけキスをしてくれた。

 ラグに座りなおしたとき、脚の付け根に湿り気を感じた。
 いつのころからか、こんなキスをしたあとはショーツが濡れてしまうようになったのだ。
 おりものがたくさん分泌される、そんな感じ。
 病気だったらどうしようかと思いながらも婦人科の先生に話す勇気は持てず、お母さんにも話せずにいた。
 気にしているから余計にひどくなるのかもしれないし、気にせず放っておいたら治るかもしれない。
 そうは思いながらも、この症状が出るといつも怯えていた。
 ただショーツが濡れているだけとはいえ、ツカサと一緒にいる間は気が気ではない。
 だから、ショーツが気になり始めると速やかに席を立ち、帰ることにしていた。
 本当はもっと長く一緒にいたい……。でも、こうなってしまったら無理。
 お母さんは、
「三日に一度はふたりで夕飯を食べたら? 夜九時までに帰ってくるなら何も言わないわよ?」
 と言ってくれていたけれど、私がツカサの部屋にその時間までいたことはない。
 すべてはこの症状のせいで。
 キスのあと、ツカサはシャワーを浴びに行くことが多いから、その間にゲストルームへ戻って下着を替えてくることも考えたけれど、一度おりものが出始めると、いつ止まるのかがわからないのだ。
 生理用のナプキンを当てることも考えたけれど、生理中でもないのにナプキンを使っていたら、お母さんにどうしたのか訊かれてしまいそうで……。
 あれこれ考えた結果、「ツカサがシャワーを浴びている間に帰る」という選択肢しか残らなかった。
 そして今日も、そのつもりでいた。
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