光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
117 / 1,060
第四章 恋する気持ち

01話

しおりを挟む
 テストが終わるとのんびりとした日常が戻ってきた。
 この時期、内進生たちは一息つくことができるのだ。逆に、外部生はピリピリとした空気に包まれる。
 未履修分野の課題提出とテスト期限が半月を切るからだ。
 私はというと、中間考査の間にパスしてしまったこともあり、未履修分野の補講期間も終わってはいるものの、のちに控える全国模試対策で寝ても覚めても過去問とお友達。
 過去五年分の過去問を繰り返し解いていると、出題傾向が見えてくる。それをひたすら反復して覚える作業。
 古典は学内で行われる英語のテストのような勉強法。
 しょせん、高校生に出題される古文や漢文は限られている。それらを訳とセットで覚えるのだ。活用も英単語と同様の暗記法。
 海斗くんや司先輩には、「根本を理解したほうが楽に覚えられる」と何度となく言われたけれど、とりあえず今回の模試はこれで乗り切る予定。今後、気が向いたらその「根本」とやらに取り組もうかと思う。

 テスト最終日の出来事。
 ずいぶんと大掛かりな内緒話をしたうちのクラスだけれど、学年中に噂が広まるでもなければ廊下や教室で指を指されることもなかった。
 なんというか、いたって普通。
 それでも、私が慌てているのを見れば引き止められるし、焦っているのを見れば「とりあえず落ち着け」と諭してくれる。
 本当に優しいクラスメイトたち……。
 あの日は、その日の出来事をメールで報告することができなくて、夜寝る前にお母さんに電話をかけた。
 私から電話をすることはめったにないため、驚いたのかワンコールで出てくれた。
 まだ仕事が残っているようだったけれど、話の腰を折ることなく一時間ほど話を聞いてくれた。途中、お父さんが後ろで何かを言っていたけれど、お母さんがお父さんに代わることはなかった。
 電話の最後に、
「目に見えるものでも、手に取れるものでもない。けれどそれを宝物と言える翠葉は幸せ者よ」
 と言われた。
 本当にそう思う。私はとても幸せだと思うの。
「それからね、そんなふうに思える娘を自慢に思うわ」
 お母さんのふんわりとした声を聞いて通話を終えた。

 最近は昼休みに佐野くんの数学と化学を見ることが多い。
「今日は文系のテストを受けるんだっけ?」
「そう。現国、英語、古典の三教科。社会科はほとんど終わらせてて、あとは理系と日本史のみ」
「じゃ、もう一息だね」
「他人事だと思ってこのやろぉ……」
 髪の毛をくしゃくしゃとされる。
「だって、私も通ってきた道だもの」
「ま、そりゃそうか」
 佐野くんは無駄口をやめてすぐ問題集を解くことに集中する。
 佐野くんは時間はかかるけどケアレスミスが少なく、一度理解したものはほとんど間違えることがない。だから、きっと問題なくパスできるだろう。
「そういえばさ、秋斗先生の返事ってまだしてないの?」
 飛鳥ちゃんに訊かれ、
「うん……。全国模試が終わるまで待ってもらっているの」
「そうなんだ?」
 と、前の席の海斗くんが振り返る。
「うん」
 私は壁を背にして教室の方を向く形で座っていた。
 そうすると、右手に桃華さん、左手に海斗くん、真正面に飛鳥ちゃんという状態になり、とても話がしやすいのだ。
 因みに、佐野くんは飛鳥ちゃんの前の席、高崎くんの椅子を借りて飛鳥ちゃんの机で問題を解いている。
 結局、うちのクラスは席替えをしていない。入学式から変わらず出席番号順のままである。
 そのほうが先生たちも喜ぶ。
 プリントを集める際には出席番号順のほうが都合が良いのだとか。
 うちのクラスはみんながみんな仲がいいので、あまり席順は関係なく、結果そのままなのだ。
「答えの方向性は決まったの?」
 桃華さんに訊かれ、
「ううん、まだ。やっぱりよくわからなくて……。本で読む恋愛と実際は違うよね?」
 誰に問うでもなく口にすれば、
「本当、現実はうまくいかないよな」
 と、佐野くんがため息をついた。
 この台詞にはどうリアクションをしたらいいものか……。佐野くんが言うと冗談には取れない類だ。
「痛っっっ」
 どうやら飛鳥ちゃんが佐野くんの足を蹴っ飛ばしたらしい。
 というよりは、今もガツガツと蹴り続けている。
「いや、飛鳥……。そいつ一応スプリンターだからさ。足は勘弁してやってよ」
 海斗くんがフォローを入れると、「知らないっ」と顔を真っ赤にして教室を出ていってしまった。
「マジ痛いっつーの……。ところで海斗、俺は一応スプリンターじゃなくて立派なスプリンダーだと自負してるんだけど」
 佐野くんが海斗くんを冗談めかして睨む。と、
「蹴っ飛ばされてても嬉しそうよ?」
 桃華さんの突っ込みに佐野くんは、
「まぁね。こんなふうにじゃれてるのも悪くないよ」
 私は話には混じらず、そういう恋もあるんだな、と思っていた。


 日曜日は久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。
 夜には静さんから連絡があり、月曜日の夕方に打ち合わせができないか、とのことだった。
『月曜日は秋斗が六時から会議でうちのホテルを使うんだ。その車に同乗してくればいいよ。帰りは私が送るから』
「え……秋斗さんの車で、ですか?」
『あぁそうか……。何かあったんだったね。嫌かな? それなら私がそちらへ行こうか」
 忙しい人に来てもらうのは申し訳ない気がして、
「いえ、私がそちらへ伺います」
『フロントに迎えの者を待たせておく。名前を出せばわかるようにしておくから』
「はい、わかりました。では明日……」
 そう言って切った五分後、秋斗さんからメールが届いた。


件名 :明日
本文 :今静さんから連絡が来た。
   明日は図書棟で待ってるからね?


 疑問文で終わっているところが痛い。
 別に会いにくい、ということはないはずなのだけど……。
 何気なく見た卓上カレンダーにはっとする。
 今週末は蒼兄の誕生日だからお買い物に行きたかったのだ。
 月曜日は七時間授業の日だから授業が終わるのは四時過ぎ。バスで市街に出てもちょこっとデパートに寄る時間はある。
 そうだ、そうしよう……。


件名:明日のお話
本文:明日はホテルへ伺う前にデパートでお買い物をしたいので
   授業が終わりしだいバスで行こうと思っています。
   秋斗さんは夕方まで学校でお仕事ですよね?


 メールを読み返してみても、普通の文章に見える。
 そのまま送信すると、またすぐに返信メールが届いた。


件名 :それってさ……
本文 :僕がいたらだめなお買い物?


 短い質問だった。
 それに、秋斗さんがいたらだめというわけではない。


件名 :誕生日プレゼント
本文 :今週末が蒼兄の誕生日なので、
   そのプレゼントを探しに行く予定です。


 さらに質問が返される。


件名 :Re:誕生日プレゼントです。
本文 :僕が一緒じゃだめ?


 そんなことはない。もちろんまったく問題ない。


件名 :いいえ
本文 :一緒でも大丈夫です。


 メールを返してその場にしゃがみこむ。
 メールでなら隠し事くらいできそうなものを……。
 この際、「嘘」とは言わずに「隠し事」と言いたい。けど、それすらできない自分が恨めしい……。


件名 :じゃぁ……
本文 :お供させてね。
   ホームルームが終わったら図書棟の下で。

   翠葉ちゃん、知ってる?
   多少の嘘なら許されるって。


 読んだら秋斗さんがクスクスと笑う様が脳裏に浮かんだ。
「何もかもお見通しなのかな……」
 カックリと肩を落として夕飯作りに戻る。
 今日はお好み焼き。あとはホットプレートに生地を落として焼くだけ。
 熱したホットプレートに生地を落とすと、じゅっ、と美味しそうな音がした。
 数分すると、匂いにつられたのか蒼兄が二階から下りてきた。
「お好み焼きなんて久しぶりだな」
「そうでしょう? なんだかむしょうに食べたなっちゃって」
 私たち兄妹はお好み焼きが大好きだ。
 具材はシンプル。キャベツ、長ネギ、大和芋、桜海老、イカ、豚肉、揚げ玉。
「あのね、明日、夕方にウィステリアホテルに行って静さんと打ち合わせすることになったの。行きは秋斗さんが、帰りは静さんが送ってくれるみたい……」
「それはなんだか手を回された感じだな」
 テーブルに着いた蒼兄にくつくつと笑われる。
「やっぱりそう思う?」
「なんとなくね。まぁ、がんばっておいで」
「うん……」

 ご飯を食べ終わると、久しぶりに勉強道具を持ち込まずのバスタイム。
 やっぱりおうちのお風呂が一番くつろげる気がする。
 お風呂には防水対策を施したミュージックプレイヤーを持ち込み、ずっとオルゴールの曲を聞いていた。
 アロマキャンドルに火を灯して電気を消すと、ゆらゆらとした炎だけが浮かび上がる。その炎を見て、秋斗さんと行ったウィステリアパレスの夕方を思い出す。
「キャンドル、すごくきれいだったな……」
 加納先輩ならあの光景をどうやってカメラで表現しただろう。
 目の前にある炎を見ながら、やっぱり私には無理だな、と思う。
 ゆらゆら揺れていて、いつかのスズランのように掴みどころがない。
 シャッタースピードを優先させても、なんだか違うものになってしまいそう。
 いつか、自分が見たものを自分が感じたままに写真を撮れるようになりたい――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...