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第四章 恋する気持ち
02話
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翌朝学校へ行くと、昇降口で司先輩と会った。
まだ七時台ということもあり、昇降口に生徒の姿は少ない。
「いつもこの時間?」
「はい。渋滞のことを考えると、この時間がちょうどいいみたいで」
「あぁ……」
「先輩とこの時間に会うのは初めてですよね?」
「生徒会の仕事が昨日で終わらなかったから」
「……校内展示会の?」
「そう。だいたいは貼り終えてるから暇なら見にくれば?」
「行ってもいいんですかっ?」
「別にかまわない」
「楽しみ……」
教室へは寄らず、司先輩と一緒に昇降口から食堂へ向かった。
中二階へと続く階段を上り食堂に入ると、レッドカーペットが敷き詰められているフロアに出る。
ぱっと見は普通のレストランとなんの遜色もない空間だった。
そのフロアの中央に、写真を貼った展示板が立ち並ぶ。
食堂の出入り口に投票するための機械が置かれており、その機械に学生証のカードを通して写真の番号を入力すれば投票完了となる仕組みらしい。
もう一度展示板へと視線を移すと、パネルいっぱいに引き伸ばされた一枚の写真が目に付いた。
「先輩、あれ……球技大会の写真じゃないですよ?」
それはテスト最終日、桜香苑でクラスメイトたちと写った写真だった。
加納先輩が撮ったというだけあって、とてもいい写真に仕上がっている。
これだけ大きく引き伸ばしても大丈夫だなんて、すごい……。
「あれは会長のわがまま。いわば客寄せパンダ的な写真」
その言葉にまじまじと先輩の顔を見てしまう。
「何?」
「……『客寄せパンダ』って言葉があまりにも先輩に似合わなくて……」
「……嵐が言ってた言葉をそのまま使っただけだ」
少し気まずい空気が流れ、先輩は作業に加わり、私は遠くから展示板を眺めていた。
そうこうしていると、登校してきた生徒や朝練が終わった生徒で食堂が混雑し始める。
しばらくの間、お昼休みの食堂はすごく混みそう。
そんなことを思いながら食堂をあとにした。
廊下を歩きながら考える。
「あれは放課後の空いている時間に見に行くのがいいかな……?」
声に出すと、
「あら、じゃぁ今日行く?」
背後から現れた桃華さんに話しかけられた。
「桃華さん、おはよう」
「おはよう。食堂、すごい人だったわね」
「うん」
「で、今日の放課後は?」
「今日はちょっと市街へ行く予定があるから、明日でもいい?」
「……翠葉が市街に行くなんて珍しいわね? 明日なら茶道の日だからそのあとでもいいかもしれないわね」
話はまとまり、明日の部活後に見に行くことになった。
「市街へはひとりで行くの?」
「そのつもりだったのだけど、秋斗さんと一緒に行くことになっちゃった」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……。少し、どうしたらいいのかなって思ってるかも」
「……ま、会ってしまえばなんとかなるものじゃない?」
「そうだったらいいな」
今日の七時限目は体育の授業だった。
私は体育教官室で相変わらずレポート。
チャイムが鳴って体育教官室から出てくると、男子生徒に呼び止められた。
ジャージのラインがブルーだから二年生、かな?
第一印象は困っている人。眉がへの字型でものすごく困っていそう。
「あの、良かったら付き合ってほしいんだけど」
「……どこに、ですか?」
「え? どこって?」
逆に尋ねられて驚く。そこへ、
「翠葉ちゃんどうしたー?」
桜林館から出てきた春日先輩に声をかけられた。
どうやら、春日先輩のクラスは桜林館でバスケだったらしい。
「春日先輩、今お時間ありますか?」
「ん? あるけど?」
「あのですね、こちらの先輩、何かお困りみたいなんですけど、私、このあと秋斗さんと待ち合わせがあるのでちょっと急がなくちゃいけなくて……。お願いしてもいいですか?」
春日先輩はその二年生に目をやる。
「お? 一ノ瀬じゃん、どうした?」
どうやら春日先輩の知り合いだったらしい。
良かった……。
「春日先輩、よろしくお願いします。あと、そちらの先輩、お役に立てなくてすみません」
私は会釈して慌ててクラスへ戻った。
今日はホームルームが終わったらすぐに図書棟の下へ行かなくてはいけない。
いつも行動がのんびりな私にはちょっとしたハードスケジュールに思えた。
ホームルームが終わって靴に履き替え図書棟まで行く。と、まだ秋斗さんは来ていなかった。
自分が先に着いたことにほっとしていると、二階のテラスから賑やかな声が降ってくる。
きっと展示会の効果だろう。
普段なら、授業間の休み時間は教室を出る生徒がほとんどいない。けれども、この時期だけは例外らしい。
そして展示が始まると同時に、あちらこちらから視線を感じるようになり、落ち着けるのは教室内だけとなった。
これがあと一週間も続くのかと思うと少しつらい……。
「一年の御園生さんだよね?」
背後から突然声をかけられてびっくりした。
「……はい」
話しかけてきたのはクラスメイトではない。
陽の光に当たった髪の毛は赤く発色し、短髪がツンツンとしている。
こういう髪型で不良っぽく見えない人っているのね……。
ほかに情報を得られないのは、学校のジャージではなく部活ジャージを着ているから。これでは学年もわからない。
「あのさ、俺と付き合ってくれないかな?」
今日はなんの日だろう?
さっきの人にも同じことを言われた。けれども、さっきの人よりも困っている感じは受けない。
「すみません。私、今人と待ち合わせをしているので、ここから動けないんです」
お断わりすると、「え?」と訊き返された。
もう一度同じことを口にしようとしたら、
「翠葉ちゃん、ごめん。待たせたかな?」
と、秋斗さんが階段を下りてきた。
「いえ、五分も待っていませんから」
「良かった。……で、こちらは?」
訊かれて少し困った。
「何か用事があるみたいなんですけど……」
「そうなんだ。でも、もう出ないとだよね?」
秋斗さんは時計を見て男子生徒に視線を移す。
「ごめんね。彼女、このあとの予定をずらすことができないんだ。後日にしてもらえる?」
秋斗さんが満面の笑みで話すと、その人は顔色を変えてすぐにどこかへ行ってしまった。
断わるときも笑顔なんて、やっぱり蒼兄とどこか似ている。
蒼兄と秋斗さんの共通点を考えながら、赤髪の人に対して申し訳なかったかな、と思う。
顔色を変えるほどには急いでいたのかもしれないし、困っていたのかもしれない。でも、何分タイミングが悪かったのだ。
秋斗さんについて図書棟の真裏にある駐車場へと向かい車に乗ると、すぐに市街へ向けて走り出す。
藤宮学園から市街までは混まなければ十分ちょっとで着いてしまう。たとえ国道の渋滞にはまっても三十分といったところ。
ウィステリアホテルのパーキングに入れると、駅前のデパートへ向かった。
このデパートの中にウィステリアガーデンという私の好きな雑貨屋さんがある。
ステーショナリーグッズから陶芸作品やガラスアイテムを取り扱っているお店。
私の蒼兄へのプレゼントは毎年決まっている。
ガラスの置物と焼き物のコーヒーカップ&ソーサー。
かれこれ五年ほど続いているだろうか。
最初はガラスアイテムだけだった。物はなんでも良くて、ペーパーウェイトや写真立て、ガラスのボールペン。そのとき私が気になるものをチョイスしてプレゼントしてきた。
とくに青いものや透明なもの、緑のものをチョイスすことが多い。よって、蒼兄の部屋にはそんな置物を飾るディスプレイ棚がある。
「翠葉ちゃんがガラス細工が好きだから?」
秋斗さんに尋ねられ、
「当たりです。時々、プレゼントしたものを借りて自室で眺めていたりしますから。……今年は何にしようかな? 灰皿は必要ないし……」
「あ、ごめん。電話が入ったからこのあたりにいてもらえる?」
断わりを入れると、秋斗さんはショップの外に出た。
窓越しに秋斗さんの姿を見て思う。
桃華さんの言うとおりだ。会ってみたら何に困るでもなかった。むしろ、普通に話せて楽しいくらい。
あ……きれいなブルーかも。
目に入ったのは卓上に置くタイプのペンホルダー。ガラスの色と柔らかな曲線が美しい。
手を伸ばすと、人の手と当たった。
「ごめんなさいっ」
謝ると、
「御園生?」
不意に名前を呼ばれ、
「え?」
声の主へと視線をずらすと、知っている人だった。
中学で一緒だった鎌田くん。
残念ながらフルネームでは覚えていないけれど、私が顔と苗字を覚えているだけでもすごい。
鎌田くんは中学三年のときに同じクラスだった人。
髪の毛先がクルンとしているのも変わっていなくて、ただ、少し声が低くなった気がする。
「それ、藤宮の制服……。噂では聞いてたんだ。留年して藤宮に通ってるって。……良かったね」
にこりと笑ってそう言われた。
悪意も何も含まない笑顔。それがわかると、心がすっと軽くなる。
「うん、そうなの。鎌田くんは……その制服、海新高校?」
「うん」
「……学校、どう?」
「それなり。入りたくて入った高校だけど、やっぱりついていくのに四苦八苦」
「そうなんだ。私も変わらないよ」
彼は中学の同級生の中で普通の男の子だったのを覚えている。
いつでもなんでも一生懸命に取り組んでいた人。ゆえにからかわれる対象になることも多かった。
掃除の場所が一緒になると、こうして話すことがあった程度だけど、鎌田くんに恐怖感を抱いたことはなかった。
「御園生、付き合ってほしいっ。一日だけでもいいからっ」
顔を赤らめた鎌田くんを前に戸惑う。
「あの、一日って今日だよね? あのね、今日は人と一緒に来ていて、その人を待っているところなの。だから、今日は無理で……ごめんね?」
説明しているところに秋斗さんが戻ってきた。
「翠葉ちゃん、ごめんね。……あれ? 友達?」
秋斗さんの目が険しいものになる。
「秋斗さんっ、あのっ……鎌田くんは大丈夫なの。普通の人。ほかの中学の同級生とは全然違う人だから」
「あ、そうなの?」
秋斗さんはすぐに表情を改めた。
「今、一日付き合ってほしいって言われたんですけど……。さすがに静さんとの約束をずらすわけにはいかないから……」
「鎌田くんだっけ? 悪いね。このあと、彼女はちょっと外せない用があるんだ」
秋斗さんがそう話すと、
「み、御園生、またねっ」
言いながら足早に去っていった。
その背中を見送りながら思う。
「みんな間が悪いです……。今日、こんな感じのことが三回もあったんですけど……。そのたびに時間が取れなくて、一度目は春日先輩にお願いしてしまったし、二度目は秋斗さんと待ち合わせていたときで、今は今でしょう……? 何もなければお手伝いできたんだけどな。どうして今日だったんだろう」
歩きながらぼやくと、秋斗さんがお腹を抱えて笑いだした。
「……何がそんなにおかしいんですか?」
「いや……翠葉ちゃんのスルー力の高さに完敗だよ。その三件ってさ、『付き合ってほしい』って言われたんじゃないの?」
「そうですけど……どうしてわかったんですか?」
「いや、なんとなく……」
「どこかに何かを取りに行くとか、そういう用事だと思ったので時間がないからごめんなさいって断わったんですけど……」
「くっ……かわいそうに、世の男どもめ。この子、えらい鈍いうえに純粋培養なんだから、そんな口説き文句は通用しないよ」
「え……? 口説かれてなんていませんよ?」
何を言っているんだろう、と思っていたら、
「今日声をかけてきた三人は、みんな翠葉ちゃんに告白して彼氏になりたい旨を伝えていたんだと思うよ?」
「まさか……。だって、私好きなんて言われてないですよ?」
秋斗さんは目に涙まで浮かべて笑っている。
からかわれている感じはしない。でも、もし秋斗さんが言っていることが正しかったのなら……。
確か一度目は春日先輩に丸投げしてしまった気が……。二度目は、待ち合わせをしているからここから動けないと答え、三度目は……えっ――鎌田くんっ!?
てっきり誰かのプレゼントを買うのにお買い物に付き合ってほしいっていう意味かと思った……。だって、ウィステリアガーデンって高校生の男の子が来るようなショップじゃないしっ。
……言葉って難しい。ものすごく難しい……。
できれば私に話しかけるときは主語述語目的語あたりを明確にしていただけると助かるのですが……。
しゅんとしていると、
「ま、過ぎたことは仕方ないってことで。ほら、蒼樹のプレゼント選ぶんでしょう?」
「っ……時間、まだ大丈夫ですか?」
「大丈夫。でも、あと十分くらいで出なくちゃかな」
「わ、急ぎます」
さっき見ていたペンホルダーを手に取り、食器売り場に場所を移す。
ここのショップには委託品として作家さんの作品が並ぶ。その中でも「朗元」さんの作品が好きで、毎年朗元さんのコーヒーカップ&ソーサーをプレゼントしていた。
十二客並ぶ中から目を引いた作品に手を伸ばす。
濃いブルーから淡いブルーへのグラデーションになっているもの。一番濃い部分は黒に見えるほど。
「へぇ……焼き物が好きなの?」
「好きです。でも、この作家さん、朗元さんの作る焼き物が好きなのかな。とてもあたたかくて、手におさまる感じが好き。手に馴染むっていうのかな……? 持ってみますか?」
カップを秋斗さんに渡すと、カップの底にある刻印を見て何か考えている様に見えた。
「朗元……? もしかしたらこの人知ってるかも……」
「えっ!?」
秋斗さんはにこりと笑む。
「機会があったら会わせてあげるね」
「嬉しい……」
秋斗さんはコーヒーカップを私に返すと、
「翠葉ちゃんの好みならこっちかと思ったけど?」
秋斗さんが手に取ったカップは、透明な耐熱ガラスにエッジングで模様が描かれたもの。
「そうですね……。いつもハーブティーを飲むときはハーブティーの色が見えるカップを選びます」
「でも、蒼樹にはこっち?」
「はい。私はコーヒーを飲みませんが、蒼兄はコーヒーしか飲まないので。それに、蒼兄もこの作家さんのカップは好きみたいで……。プレゼントしてからはこの作家さんのカップしか使っているところを見ません」
「本当に仲良し兄妹なんだなぁ……。よし、じゃぁこっちのカップは仕事部屋に翠葉ちゃん専用のカップとして置こう」
その言葉に驚く。
「そんなっ、悪いですっ。ここのカップ、そんなにお安くもないので……」
「大丈夫。これが無駄にならないように、翠葉ちゃんが飲みにきてくれればいいだけの話だから」
そう言うと、秋斗さんは私よりも先にレジへ並んでしまった。
まだ七時台ということもあり、昇降口に生徒の姿は少ない。
「いつもこの時間?」
「はい。渋滞のことを考えると、この時間がちょうどいいみたいで」
「あぁ……」
「先輩とこの時間に会うのは初めてですよね?」
「生徒会の仕事が昨日で終わらなかったから」
「……校内展示会の?」
「そう。だいたいは貼り終えてるから暇なら見にくれば?」
「行ってもいいんですかっ?」
「別にかまわない」
「楽しみ……」
教室へは寄らず、司先輩と一緒に昇降口から食堂へ向かった。
中二階へと続く階段を上り食堂に入ると、レッドカーペットが敷き詰められているフロアに出る。
ぱっと見は普通のレストランとなんの遜色もない空間だった。
そのフロアの中央に、写真を貼った展示板が立ち並ぶ。
食堂の出入り口に投票するための機械が置かれており、その機械に学生証のカードを通して写真の番号を入力すれば投票完了となる仕組みらしい。
もう一度展示板へと視線を移すと、パネルいっぱいに引き伸ばされた一枚の写真が目に付いた。
「先輩、あれ……球技大会の写真じゃないですよ?」
それはテスト最終日、桜香苑でクラスメイトたちと写った写真だった。
加納先輩が撮ったというだけあって、とてもいい写真に仕上がっている。
これだけ大きく引き伸ばしても大丈夫だなんて、すごい……。
「あれは会長のわがまま。いわば客寄せパンダ的な写真」
その言葉にまじまじと先輩の顔を見てしまう。
「何?」
「……『客寄せパンダ』って言葉があまりにも先輩に似合わなくて……」
「……嵐が言ってた言葉をそのまま使っただけだ」
少し気まずい空気が流れ、先輩は作業に加わり、私は遠くから展示板を眺めていた。
そうこうしていると、登校してきた生徒や朝練が終わった生徒で食堂が混雑し始める。
しばらくの間、お昼休みの食堂はすごく混みそう。
そんなことを思いながら食堂をあとにした。
廊下を歩きながら考える。
「あれは放課後の空いている時間に見に行くのがいいかな……?」
声に出すと、
「あら、じゃぁ今日行く?」
背後から現れた桃華さんに話しかけられた。
「桃華さん、おはよう」
「おはよう。食堂、すごい人だったわね」
「うん」
「で、今日の放課後は?」
「今日はちょっと市街へ行く予定があるから、明日でもいい?」
「……翠葉が市街に行くなんて珍しいわね? 明日なら茶道の日だからそのあとでもいいかもしれないわね」
話はまとまり、明日の部活後に見に行くことになった。
「市街へはひとりで行くの?」
「そのつもりだったのだけど、秋斗さんと一緒に行くことになっちゃった」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……。少し、どうしたらいいのかなって思ってるかも」
「……ま、会ってしまえばなんとかなるものじゃない?」
「そうだったらいいな」
今日の七時限目は体育の授業だった。
私は体育教官室で相変わらずレポート。
チャイムが鳴って体育教官室から出てくると、男子生徒に呼び止められた。
ジャージのラインがブルーだから二年生、かな?
第一印象は困っている人。眉がへの字型でものすごく困っていそう。
「あの、良かったら付き合ってほしいんだけど」
「……どこに、ですか?」
「え? どこって?」
逆に尋ねられて驚く。そこへ、
「翠葉ちゃんどうしたー?」
桜林館から出てきた春日先輩に声をかけられた。
どうやら、春日先輩のクラスは桜林館でバスケだったらしい。
「春日先輩、今お時間ありますか?」
「ん? あるけど?」
「あのですね、こちらの先輩、何かお困りみたいなんですけど、私、このあと秋斗さんと待ち合わせがあるのでちょっと急がなくちゃいけなくて……。お願いしてもいいですか?」
春日先輩はその二年生に目をやる。
「お? 一ノ瀬じゃん、どうした?」
どうやら春日先輩の知り合いだったらしい。
良かった……。
「春日先輩、よろしくお願いします。あと、そちらの先輩、お役に立てなくてすみません」
私は会釈して慌ててクラスへ戻った。
今日はホームルームが終わったらすぐに図書棟の下へ行かなくてはいけない。
いつも行動がのんびりな私にはちょっとしたハードスケジュールに思えた。
ホームルームが終わって靴に履き替え図書棟まで行く。と、まだ秋斗さんは来ていなかった。
自分が先に着いたことにほっとしていると、二階のテラスから賑やかな声が降ってくる。
きっと展示会の効果だろう。
普段なら、授業間の休み時間は教室を出る生徒がほとんどいない。けれども、この時期だけは例外らしい。
そして展示が始まると同時に、あちらこちらから視線を感じるようになり、落ち着けるのは教室内だけとなった。
これがあと一週間も続くのかと思うと少しつらい……。
「一年の御園生さんだよね?」
背後から突然声をかけられてびっくりした。
「……はい」
話しかけてきたのはクラスメイトではない。
陽の光に当たった髪の毛は赤く発色し、短髪がツンツンとしている。
こういう髪型で不良っぽく見えない人っているのね……。
ほかに情報を得られないのは、学校のジャージではなく部活ジャージを着ているから。これでは学年もわからない。
「あのさ、俺と付き合ってくれないかな?」
今日はなんの日だろう?
さっきの人にも同じことを言われた。けれども、さっきの人よりも困っている感じは受けない。
「すみません。私、今人と待ち合わせをしているので、ここから動けないんです」
お断わりすると、「え?」と訊き返された。
もう一度同じことを口にしようとしたら、
「翠葉ちゃん、ごめん。待たせたかな?」
と、秋斗さんが階段を下りてきた。
「いえ、五分も待っていませんから」
「良かった。……で、こちらは?」
訊かれて少し困った。
「何か用事があるみたいなんですけど……」
「そうなんだ。でも、もう出ないとだよね?」
秋斗さんは時計を見て男子生徒に視線を移す。
「ごめんね。彼女、このあとの予定をずらすことができないんだ。後日にしてもらえる?」
秋斗さんが満面の笑みで話すと、その人は顔色を変えてすぐにどこかへ行ってしまった。
断わるときも笑顔なんて、やっぱり蒼兄とどこか似ている。
蒼兄と秋斗さんの共通点を考えながら、赤髪の人に対して申し訳なかったかな、と思う。
顔色を変えるほどには急いでいたのかもしれないし、困っていたのかもしれない。でも、何分タイミングが悪かったのだ。
秋斗さんについて図書棟の真裏にある駐車場へと向かい車に乗ると、すぐに市街へ向けて走り出す。
藤宮学園から市街までは混まなければ十分ちょっとで着いてしまう。たとえ国道の渋滞にはまっても三十分といったところ。
ウィステリアホテルのパーキングに入れると、駅前のデパートへ向かった。
このデパートの中にウィステリアガーデンという私の好きな雑貨屋さんがある。
ステーショナリーグッズから陶芸作品やガラスアイテムを取り扱っているお店。
私の蒼兄へのプレゼントは毎年決まっている。
ガラスの置物と焼き物のコーヒーカップ&ソーサー。
かれこれ五年ほど続いているだろうか。
最初はガラスアイテムだけだった。物はなんでも良くて、ペーパーウェイトや写真立て、ガラスのボールペン。そのとき私が気になるものをチョイスしてプレゼントしてきた。
とくに青いものや透明なもの、緑のものをチョイスすことが多い。よって、蒼兄の部屋にはそんな置物を飾るディスプレイ棚がある。
「翠葉ちゃんがガラス細工が好きだから?」
秋斗さんに尋ねられ、
「当たりです。時々、プレゼントしたものを借りて自室で眺めていたりしますから。……今年は何にしようかな? 灰皿は必要ないし……」
「あ、ごめん。電話が入ったからこのあたりにいてもらえる?」
断わりを入れると、秋斗さんはショップの外に出た。
窓越しに秋斗さんの姿を見て思う。
桃華さんの言うとおりだ。会ってみたら何に困るでもなかった。むしろ、普通に話せて楽しいくらい。
あ……きれいなブルーかも。
目に入ったのは卓上に置くタイプのペンホルダー。ガラスの色と柔らかな曲線が美しい。
手を伸ばすと、人の手と当たった。
「ごめんなさいっ」
謝ると、
「御園生?」
不意に名前を呼ばれ、
「え?」
声の主へと視線をずらすと、知っている人だった。
中学で一緒だった鎌田くん。
残念ながらフルネームでは覚えていないけれど、私が顔と苗字を覚えているだけでもすごい。
鎌田くんは中学三年のときに同じクラスだった人。
髪の毛先がクルンとしているのも変わっていなくて、ただ、少し声が低くなった気がする。
「それ、藤宮の制服……。噂では聞いてたんだ。留年して藤宮に通ってるって。……良かったね」
にこりと笑ってそう言われた。
悪意も何も含まない笑顔。それがわかると、心がすっと軽くなる。
「うん、そうなの。鎌田くんは……その制服、海新高校?」
「うん」
「……学校、どう?」
「それなり。入りたくて入った高校だけど、やっぱりついていくのに四苦八苦」
「そうなんだ。私も変わらないよ」
彼は中学の同級生の中で普通の男の子だったのを覚えている。
いつでもなんでも一生懸命に取り組んでいた人。ゆえにからかわれる対象になることも多かった。
掃除の場所が一緒になると、こうして話すことがあった程度だけど、鎌田くんに恐怖感を抱いたことはなかった。
「御園生、付き合ってほしいっ。一日だけでもいいからっ」
顔を赤らめた鎌田くんを前に戸惑う。
「あの、一日って今日だよね? あのね、今日は人と一緒に来ていて、その人を待っているところなの。だから、今日は無理で……ごめんね?」
説明しているところに秋斗さんが戻ってきた。
「翠葉ちゃん、ごめんね。……あれ? 友達?」
秋斗さんの目が険しいものになる。
「秋斗さんっ、あのっ……鎌田くんは大丈夫なの。普通の人。ほかの中学の同級生とは全然違う人だから」
「あ、そうなの?」
秋斗さんはすぐに表情を改めた。
「今、一日付き合ってほしいって言われたんですけど……。さすがに静さんとの約束をずらすわけにはいかないから……」
「鎌田くんだっけ? 悪いね。このあと、彼女はちょっと外せない用があるんだ」
秋斗さんがそう話すと、
「み、御園生、またねっ」
言いながら足早に去っていった。
その背中を見送りながら思う。
「みんな間が悪いです……。今日、こんな感じのことが三回もあったんですけど……。そのたびに時間が取れなくて、一度目は春日先輩にお願いしてしまったし、二度目は秋斗さんと待ち合わせていたときで、今は今でしょう……? 何もなければお手伝いできたんだけどな。どうして今日だったんだろう」
歩きながらぼやくと、秋斗さんがお腹を抱えて笑いだした。
「……何がそんなにおかしいんですか?」
「いや……翠葉ちゃんのスルー力の高さに完敗だよ。その三件ってさ、『付き合ってほしい』って言われたんじゃないの?」
「そうですけど……どうしてわかったんですか?」
「いや、なんとなく……」
「どこかに何かを取りに行くとか、そういう用事だと思ったので時間がないからごめんなさいって断わったんですけど……」
「くっ……かわいそうに、世の男どもめ。この子、えらい鈍いうえに純粋培養なんだから、そんな口説き文句は通用しないよ」
「え……? 口説かれてなんていませんよ?」
何を言っているんだろう、と思っていたら、
「今日声をかけてきた三人は、みんな翠葉ちゃんに告白して彼氏になりたい旨を伝えていたんだと思うよ?」
「まさか……。だって、私好きなんて言われてないですよ?」
秋斗さんは目に涙まで浮かべて笑っている。
からかわれている感じはしない。でも、もし秋斗さんが言っていることが正しかったのなら……。
確か一度目は春日先輩に丸投げしてしまった気が……。二度目は、待ち合わせをしているからここから動けないと答え、三度目は……えっ――鎌田くんっ!?
てっきり誰かのプレゼントを買うのにお買い物に付き合ってほしいっていう意味かと思った……。だって、ウィステリアガーデンって高校生の男の子が来るようなショップじゃないしっ。
……言葉って難しい。ものすごく難しい……。
できれば私に話しかけるときは主語述語目的語あたりを明確にしていただけると助かるのですが……。
しゅんとしていると、
「ま、過ぎたことは仕方ないってことで。ほら、蒼樹のプレゼント選ぶんでしょう?」
「っ……時間、まだ大丈夫ですか?」
「大丈夫。でも、あと十分くらいで出なくちゃかな」
「わ、急ぎます」
さっき見ていたペンホルダーを手に取り、食器売り場に場所を移す。
ここのショップには委託品として作家さんの作品が並ぶ。その中でも「朗元」さんの作品が好きで、毎年朗元さんのコーヒーカップ&ソーサーをプレゼントしていた。
十二客並ぶ中から目を引いた作品に手を伸ばす。
濃いブルーから淡いブルーへのグラデーションになっているもの。一番濃い部分は黒に見えるほど。
「へぇ……焼き物が好きなの?」
「好きです。でも、この作家さん、朗元さんの作る焼き物が好きなのかな。とてもあたたかくて、手におさまる感じが好き。手に馴染むっていうのかな……? 持ってみますか?」
カップを秋斗さんに渡すと、カップの底にある刻印を見て何か考えている様に見えた。
「朗元……? もしかしたらこの人知ってるかも……」
「えっ!?」
秋斗さんはにこりと笑む。
「機会があったら会わせてあげるね」
「嬉しい……」
秋斗さんはコーヒーカップを私に返すと、
「翠葉ちゃんの好みならこっちかと思ったけど?」
秋斗さんが手に取ったカップは、透明な耐熱ガラスにエッジングで模様が描かれたもの。
「そうですね……。いつもハーブティーを飲むときはハーブティーの色が見えるカップを選びます」
「でも、蒼樹にはこっち?」
「はい。私はコーヒーを飲みませんが、蒼兄はコーヒーしか飲まないので。それに、蒼兄もこの作家さんのカップは好きみたいで……。プレゼントしてからはこの作家さんのカップしか使っているところを見ません」
「本当に仲良し兄妹なんだなぁ……。よし、じゃぁこっちのカップは仕事部屋に翠葉ちゃん専用のカップとして置こう」
その言葉に驚く。
「そんなっ、悪いですっ。ここのカップ、そんなにお安くもないので……」
「大丈夫。これが無駄にならないように、翠葉ちゃんが飲みにきてくれればいいだけの話だから」
そう言うと、秋斗さんは私よりも先にレジへ並んでしまった。
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