光のもとで1

葉野りるは

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第四章 恋する気持ち

05話

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 話をしていると苺のタルトには手を伸ばせないし、気がつけば口をつける前にハーブティーも湯気が立たなくなっていた。
「お話中失礼いたします」
 園田さんがテーブルに近寄るとタルトとお茶を下げ、新しいものと取り替えた。そして、静さんの前にはチーズケーキとコーヒーが並べられる。
「すみません。せっかく淹れてくださったのに口もつけずに……」
 申し訳なく思い謝ると、
「お気になさらないでください」
 園田さんは笑ってくれたけれど、やっぱり気にはなるわけで……。
 下げられたタルトとカップから視線を剥がせなかった。
「……とは申しましても、翠葉お嬢様は気になさるのでしょうね。オーナー、先に召し上がられてはいかがでしょう?」
 園田さんが静さんに進言すると、「じゃぁ、そうしよう」と静さんがフォークを手に持った。それを見て、私も安心してカップに手を伸ばすことができた。
 園田さんってすてきな人。その場の空気を読んで行動できる人だ。
 ホテルで働いているのだから、それが当たり前にできなくてはいけないのかもしれない。でも、すごいことだと思う。
 なんだか憧れてしまう。
 学校だと桃華さんみたいな人。頼れて、笑顔を見るとほっとできる人。
 園田さんが今この場にいてくれて良かった。
 少し落ち着くと、疑問の片鱗がふよふよと頭に漂う。
「あの……ここは静さんの仮住まいで、プライベートフロアなんですよね?」
「あぁ、そうだよ」
 では、なぜ雅さんがあんなにも拘ったのだろう……。
「あくまでも、それは私の認識だがね」
「え……?」
「ここは会長室なんだ」
 会長、室?
 疑問の大きさが増してしまった気分だ。
「お嬢様。会長室とは、藤宮グループの会長室、という意味です」
 園田さんの補足に意味は理解できたものの、
「……静さんが、藤宮グループの会長さん……?」
 静さんはクスクスと笑った。
「私は会長ではないよ」
「え……?」
「オーナー、翠葉お嬢様をからかわれますと碧様と零樹様に怒られますよ?」
「あぁ、そうだな」
「……園田さんは私の両親をご存知なんですか?」
「えぇ、何度かお会いしたことがございます。こちらの会長室にご案内した方の内二名がお嬢様のご両親です」
「現会長は秋斗たちの祖父で、私の祖父の弟にあたる方だ。御年八十七歳というこもあって、こちらに出向いての仕事が難しい。とはいえ、電話で指示を飛ばしてくるくらいには元気なんだがね。そんなわけで、現会長の代理人として私がこの部屋にいる。ここには藤宮のメインコンピューターがあって、同族が経営する会社の情報が集結するところだからね。長期不在が許される部屋ではないんだ。そんな事情もあり、誰もがこの部屋に入れるわけではないし、招くこともそうそうない。内緒話にはもってこいの部屋なんだよ」
 最後はどこかいたずらっ子ように笑って見せた。
 その顔は秋斗さんや湊先生、海斗くんにどこか通じるものがある気がした。
「……うるさいな。ちょっと失礼するよ」
 静さんは内ポケットに入れていた携帯を取り出しソファを立つ。
 デスク用の大きな椅子に腰掛けると、「はい」と通話に応じた。
『さっきから翠葉のバイタルが色々とおかしいことになってるんだけど』
「湊、何を言っているんだ?」
『だからっ、翠葉。そこにいるんでしょ? 体調は大丈夫なのかって訊いてるのよっ』
「どうしてそれがわかるんだ?」
『あぁ、もういいから翠葉に代わって』
 二メートルほど離れているにも関わらず、明確に湊先生の声が聞こえた。
「翠葉ちゃん、湊から」
 携帯を差し出され受け取る。
「もしもし、湊せんせ……?」
『あんたっ、何携帯の電源落としてるのよっ。携帯がつながらなくて蒼樹も栞もご両親も真っ青よっ?」
 そういえば……ホテルに入る前に携帯の電源を落としていた。
「すみません。打ち合わせのときに電話が鳴ったら失礼だと思って電源を落としていました」
『せめてサイレントモードにしなさい。で、体調は?』
「あ、大丈夫です……」
『何かあったんじゃないの?』
 こちらを心配する声になんて答えようか悩む。
「あの、少し衝撃的な出来事がいくつかあって、もしかしたら脈が速くなったり血圧が上がったりしていたかもしれません」
『大丈夫なのね?』
「はい、大丈夫です」
『秋斗もそこには自分から行けないからってヤキモキしながら会議してるわよ? 秋斗からのメールがうるさいことうるさいこと……』
「すみません……」
『無事ならいいわ。静さんに代わってくれる?』
 携帯を耳から離すと、静さんの手が携帯に伸びてきた。
 湊先生は落ち着いたのか、そのあとの会話は聞こえなかった。
「何からデータを受信している?」
 ……あ、バイタルチェックのことかな?
「なるほど。零樹から聞いてはいたが、厳戒態勢ってわけか」
 厳戒態勢……? 確かにそう言われてみればそうとも言えなくはないけれど……。
 なんとなくその言葉は少し嫌だった。まるで自分が取り扱い危険物にでもなった気がして。
「珍しくも湊のお気に入りか?」
 装置のことかな……? これをつけてくれたとき、とても画期的だと言っていたし。
「それは十二分に理解しているつもりだ。携帯が鳴り止まなかったのは五人から連絡が入っていたからか……」
『気づいてるんだったらさっさと出なさいっ』
 またしても一言一句聞き逃せそうもない湊先生の声が響いた。
 ……というよりも、そんなに何度も携帯が鳴っていたのに、静さんは無視を決め込んでいたのだろうか。
「私にそんな口がきけるのは湊と碧、零樹くらいなものだな。悪いが、みんなに連絡を入れてほしい。このあと少し打ち合わせをしたらディナーをご馳走して家までしっかり送り届けると」
 そうだ、今日は打ち合わせの予定だったのに、未だ持ってきた写真すら出していない。さすがにこのまま帰るわけにはいかないだろう。
「心得ている。じゃぁ、頼んだ」
 携帯を切ると、また内ポケットに携帯をしまう。
「翠葉ちゃんはみんなに愛されているんだね」
 にこりと笑われた。
 愛されているというか――うん。心配は心を配るで心がハートだとしたら……愛、だよね。
 先日、すごいこじ付けをして私を納得させた蒼兄を思い出しつつ、「はい」と答えた。
 食べ終えたプレートは下げられ、今はコーヒーカップとハーブティーの入ったカップのみがテーブルに置かれている。
「芸名はリメラルドでいいかな? ほかに案があれば聞くよ」
「いえ……きれいな響きなのでリメラルドがいいです」
「これは園田の出した案なんだ」
 言われて、思わずドアの前に控えている園田さんを見る。
 あまりこちらの話には耳を傾けないようにしているのか、「どうかなさいましたか?」という顔をされる。
「静さん、少しだけいいですか?」
 断わって園田さんのところまで歩いていく。と、私の動きに気づいた園田さんが駆け寄ってくれた。
「いかがなさいましたか?」
「あの、リメラルドという名前……。とてもすてきな名前をつけていただきありがとうございます」
 ペコリ、と頭を下げると、園田さんは立て膝をついた状態になり、
「頭を上げてください」
 と、下から言われた。
「これからのご活躍、心より楽しみにしております」
「私に何ができるのか、まだわからないんですけど……。がんばります」
 テーブルに戻ると、静さんに微笑まれる。
「なんでしょう……?」
「零樹と碧の子だからいい子なんだろうとは思っていたけれど、予想以上だな」
「どういう意味ですか……?」
「『ごめんなさい』と『ありがとう』を人の目を見て言える子は真っ直ぐ育っていると断言できる」
 真っ直ぐな強い光を湛える目でそう言われて思わず息を呑む。
 この人は人の上に立つ人だ――
 それを肌で感じた。
「そんなふうに言われたのは初めてです」
「おや……? 秋斗あたりがとっくに口にしているかと思ったが」
 なんだか恥ずかしくもくすぐったくて、話を逸らすようにかばんから写真を取り出した。
「先日お見せしたステンドグラスの光の写真と、そのチャペルの裏手にある森林で撮った写真です」
 自分が納得できる写真を数枚大きくプリントアウトして持ってきたのだ。そのほかのデータはプリントアウトしたものも含め、USBメモリに入れて持ってきていた。
「葉脈が見える柔らかな黄色の写真と同じもので薄いきれいな黄緑色。空に伸びる木の幹と、その先にある緑と光。新緑のカーテンを彷彿とさせる空模様。それから先日の光とステンドグラスの虹の世界。……どれもいいね」
 それらをテーブルに広げて眺めるように見る。
「園田、ここへ」
 声をかけると、すぐに園田さんは静さんのもとへやってきた。
「ここがどこだかわかるか?」
 静さんはにやり、と笑う。
「私に訊かれる、ということは、私の知っているところですね」
「あぁ、うちの建物だ」
 ヒントを出すと、静さんは後ろに下がりその場を譲る。
「この緑の豊かさから考えるならパレスですね。場所は――」
 ふと何かに気づいたように写真を手に撮った。それはチャペルで撮った虹色の写真。
「……栞の結婚式を挙げたチャペル。ブライトネスパレスですか?」
 静さんを振り返ると、満足そうに頷いた。
 あのチャペルに名前がついていたとは知らなかった。
「Brightness」――明るさ、輝き、華々しさや鮮やかさを示す言葉。
 静さんが光に拘ったというパレスに、これ以上ないくらい相応しい名前。
「さすが園田だな。あそこには栞の結婚式で行ったくらいだろう?」
「はい。ですが、どこにでもあるステンドグラスではありませんので」
「彼女は先日、秋斗とふたりで行ったそうだ。その帰りにここへ寄ったのは知っているだろう?」
「存じております」
「これがあそこに見えるか?」
「いえ、この特徴的なステンドグラスを覚えていなければまったく気づきませんでした。翠葉お嬢様、これはチャペルのどこを写したものでしょう?」
「バージンロードです」
「バージンロード……」
 呟きながら写真に視線を戻す。
「見えませんね」
「だろう?」
 静さんは嬉しそうに笑みを深めた。
「彼女の視線でもっと自分のホテルやパレスを見たくなった」
「同感です」
 私はふたりに喜んでもらえてほっとしていた。
 どこか緊張していたため、身体から余計な力が抜けるのがわかる。
「オーナー、この写真をちりばめるのはいささかもったいない気がいたします」
「私もそう思っていたところだ。一枚絵でいける気がする」
「翠葉お嬢様、こちらの写真データは本日お持ちでいらっしゃいますか?」
「はい」
 持ってきたUSBメモリを差し出すと静さんが受け取り、デスクの上にあるパソコンにつないだ。直後、デスク上の電話をスピーカーの状態にしてどこかへかける。と、
「私だ。今からデータを転送する」
 静さんは私に向き直り、
「その写真のデータナンバーはわかるかい?」
 私は写真を入れてきた封筒を静さんに差し出す。その裏にデータナンバーを控えてきていたから。
「今から送ったものの拡大コピーを至急で」
 言うとすぐに電話を切った。
 そのあと、カタカタとパソコンの操作をして立ち上がり、
「さてお姫様、ディナーにまいりましょう」
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