光のもとで1

葉野りるは

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第四章 恋する気持ち

06話

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 会長室を出ると隣の部屋で制服を脱ぎ、玉虫色のシンプルな膝丈のワンピースに着替えさせられた。先日と同じように髪の毛も園田さんが整えてくれる。
 静さんにエスコートされて四十一階から四十階へ下りると、先日と同じ部屋に案内された。
 その空間に秋斗さんの姿を見つけてほっとする。
 非日常の中にいても、秋斗さんの笑顔だけは変わることがない。その笑顔には日々ドキドキさせられっぱなしだというのに、この場においては心の拠り所に思えるのだから不思議だ。
「また、きれいにドレスアップしてきたね」
「……静さんがどうしてもって……」
「俺も。めったに私用でここを使わないものだから、ディナーくらい食べていけって」
 ふたり肩を竦めて笑った。
 部屋の中には秋斗さんと静さんのほかに三人の人がいた。園田さんと澤村さんと――あとひとりは知らない人。
 年の頃は秋斗さんと変わらないくらいだろうか? もしかしたらもう少し上かもしれない。
「佐々木の件はどうなった?」
 静さんが訊くと、
「役職を外したうえで支社への出向が確定しました」
「だが、佐々木がいなくなろうと雅嬢がこの地からいなくなるわけではないだろう?」
「ですが、元凶を野放しにしておくつもりはありませんので」
 佐々木専務って……先日秋斗さんにしつこく電話してきていた人のこと? 会議に託けてお見合いの話を持ち出すって……。
 もしかしたらそのお見合いの相手が雅さんだったのかもしれない。
 雅さんはどこか挑発的な態度だったし、秋斗さんは笑顔で対応していたものの、どこか嫌そうにしていた。
 会話の行方を見守っていると、
「まずは翠葉ちゃんを座らせていただけませんか?」
 秋斗さんの言葉に澤村さんが動き、椅子を引いてくれた。
「すみません」
「いえ」
 静さんと秋斗さんも席に着くと、澤村さんと園田さんはドア脇に並んだ。
「秋斗に仕事を依頼したい」
「今、結構忙しいのですが……」
「おや、彼女の警護だが……。そうか、忙しいか。では蔵元、おまえがつくか?」
 秋斗さんの後ろに控えている男の人は蔵元さんというらしい。
「ちょっと、彼女の警護ってなんですか!?」
「もしかしたら雅嬢が動きを見せるとも知れないのでね。制服姿の彼女を見られたのだから学校は割れているだろう。そして、カメラマンとしてウィステリアホテルと契約を結んでいることも知っている」
「それは――」
「近いうちに手を打つつもりではいるが、それでも半月ほどはかかるだろう。その間、彼女の近接警護を藤宮警備に依頼したい。誰がついてもかまわないが、彼女が苦痛に感じない相手のほうがいいだろうと思ってのことだが……」
「そういうことなら自分がつきます」
「それは良かった。翠葉ちゃん、邪魔かとは思うけど、二週間ほど秋斗が警護につくが気にしなくていいからね」
 邪魔とか気にするとか以前に、
「話についていかれないのですが……」
「あぁ、悪かったね。今日つっかかってきたお嬢さんは少々過激でわがままなお姫様なんだ。だから、しばらくは身の回りの警護をさせてほしい」
「……決定事項ですか?」
「あぁ、覆ることはないな」
 言われてため息をつく。
「……わかりました」
 きっと、私の了承など必要ないのだろう。
「蔵元」
 秋斗さんが声をかけると、今日初めて見た人が秋斗さんの側に移動した。
 細身だけれど身長は高い。きっと一八五センチはあると思う。短髪で頭が小さくて十頭身くらいに見える。
 モデルさんになれそう……。
 見た目の印象が美都先輩と一八〇度逆の人。
「仕事の調整を任せられるか?」
「……とおっしゃいますのは、私に秋斗様の仕事の代わりをやれ、ということでしょうか?」
「それ以外に何がある?」
 秋斗さんがにこりと笑うと、蔵元さんは小さく息を吐き出した。
「私に秋斗様と同じ仕事ができると思わないでいただきたい」
「若槻に振ってかまわない」
「それでしたら、全部唯にやらせます」
「……蔵元もぞんがい鬼だな?」
「秋斗様ほどではございません」
「翠葉ちゃん、彼は蔵元といって、僕が藤宮警備に入ってからずっと秘書をやってくれている人」
 秋斗さんの紹介のあと、
蔵元森くらもとしんと申します。ご紹介いただきましたとおり、秋斗様の秘書をさせていただいております」
 胸元から取り出したカードケースから、一枚の名刺を取り出し両手で差し出される。両手でそれを受け取ると、四角い小さな紙に「蔵元森」と書かれていた。
 どうやら、「森」と書いて「シン」と読むらしい。
 秋斗さんに向けていた顔とは違い、とても柔らかに笑う人だった。
「御園生翠葉、です」
「はい、存じております」
 挨拶が終わればまた秋斗さんの後方へと下がった。
 そこへディナーが運ばれてくる。
 時間はすでに八時を回っていた。
 先ほど湊先生と連絡が取れているからとくに問題はないと思うけれど……。蒼兄、心配してるだろうな……。
「仕事の話は進んだ?」
「あの……静さん、なんて答えたらいいんでしょう?」
「そうだな。芸名がリメラルドに決まったことと、今至急で拡大コピーを用意させているところだ。そろそろ若槻が持ってくるんじゃないか?」
 静さんが言った瞬間にドアがノックされる。
 澤村さんが対応すると、若い男の人が布をかぶせたカートを押して入ってきた。
 こちらは蒼兄と同じくらいの年だろうか。とても若いと思う。
「彼は若槻と言ってね、うちの広報部の人間だ」
 テーブルまで来ると、
「広報部の若槻唯わかつきゆいと申します。以後お見知りおきを」
 蔵元さんと同じように名刺を渡された。
「オーナー、こちらはどうなさいますか?」
「そこの壁にかけてくれ」
 若槻さんはカートの布を静かに剥がし、立てかけてあったひとつの額を手にした。
 それを澤村さんと一緒に壁にかける。
 額に入っていたのは虹色の光を写した写真だった。
「これ、先日の写真――」
 秋斗さんの言葉に「はい」と答える。
「プレビュー画面じゃわからないものだな……」
「いいだろう?」
 と、静さんが得意げに話す。
「翠葉ちゃん、これは一枚絵で使わせてもらうよ」

 ディナーが終わると静さんの携帯が鳴った。
 その通話に出ると、「かけなおす」という一言で通話を終える。
「秋斗、申し訳ないんだが彼女を自宅まで送り届けてもらえるか? 私が行く予定だったが急ぎの仕事が入った」
「かまいません。じゃ、翠葉ちゃん、行こうか?」
 秋斗さんは立ち上がると私の脇に来て手を差し出した。
 椅子は澤村さんに引かれ、どうやってもその手を取らずにはいられない状況になる。ゆっくりと手を乗せると、
「それでいい」
 秋斗さんは満足そうに微笑んだ。
 個室から出ると、若槻さんがホテルの手提げ袋を持って立っていた。
「オーナー、こちらお荷物になります」
「ありがとう」
 静さんが手提げ袋を受け取ると、それは秋斗さんに渡される。
「彼女のかばんや制服が入っている。今日はそのまま帰りなさい」
「あの、このドレスは……」
「それは君にプレゼントだ」
 言うなり、私たちとは反対方向へと歩きだす。
「静さんに太刀打ちはできないよ。おとなしくプレゼントされるんだね」
 秋斗さんに言われて困ってしまう。
 私と秋斗さんは園田さんに見送られてエレベーターに乗り、地下駐車場まで下りた。

 車に乗ると、
「お疲れ様でした。仕事をするのは初めてでしょう? 緊張したんじゃない?」
「それはもう……」
 こんな大きなプロジェクトの一部になると、誰が思っただろう。未だに信じられない思いでいた。
 そんな私を秋斗さんはクスクスと笑い、車のエンジンをかけると速やかに発進する。
 ディナーをいただいた個室から見て知ってはいたけれど、外はもう真っ暗で、車の計器が淡い蛍光色を発している。
「……会議中、心配をおかけしてすみませんでした」
「とくに問題がなくてよかったよ」
 秋斗さんは苦笑まじりに言う。
「でも、僕がいなくなってから何かあったの?」
 これは話していいことなのだろうか……。でも、秋斗さんと一緒のときにも会ってはいるし……。
「雅さんという方が――」
「っ……あのあと彼女に会ったのかっ!?」
「会った……というよりは、お仕事の話を始めようとしたときに会長室に入っていらっしゃいました」
「……そういうことか。彼女が何を言っても気にしなくていいから」
 秋斗さんは薄く笑みを浮かべて言った。
 ……まだ出逢って二ヶ月も経ってない。でも、今の笑顔が作り笑いだということくらいはわかる。
 そのまま秋斗さんを見ていると、
「翠葉ちゃんの警護の件だけど、あまり気にしなくていいよ。学校の行き帰りが蒼樹と一緒なら問題ないし。学校内は警備員がいるから安全と言えるだろう。……そうだな、自宅のセキュリティを少しいじらせてもらうけど……」
 秋斗さんは何か考えているふうだった。
「静さんからの解除命令が出るまでは休日のお出かけは僕と一緒。いいね?」
「……はい。でも、あと二週間っていったら、ちょうど全国模試前なので、お出かけどころじゃないと思いますよ?」
「あぁ、そうだった。それはそれで少し残念だけど……。でも、安全に越したことはないからね」
 人ひとりで安全とか警護とか、そっちのほうが全然普通じゃない。
「うちのゴタゴタに巻き込むつもりはなかったんだけど……。本当にごめんね」
 謝られて、「うーん」と唸ってしまう。
「気分的には飛んで火にいる夏の虫、です。でも、大丈夫ですよ」
 笑って答えると、
「飛んで火にいる夏の虫とはまたうまいことを言うね。けど、ちゃんと守るから」
 信号で停まると、真っ直ぐな目を向けられる。
「……秋斗さんみたいな格好いい人に言われると、なんだか騎士に守られるお姫様みたいな気がしてくるから不思議ですね」
「あれ? 僕が騎士に立候補中なの忘れちゃった?」
 はた、と思い出し、顔が熱を持つ。
「忘れてたみたいだね。六月中には返事を聞かせてもらえると思ってるから……。全国模試をがんばっておいで」
「……はい」
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