光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
141 / 1,060
Side View Story 04

14~17 Side 秋斗 01話

しおりを挟む
 彼女が、昨日から具合が悪いことは知っていた。だからこそ、今日学校へ来るとは思っていなかった。そして、飲む薬が増えることは聞いていたが、薬を服用することでここまで血圧に影響が出るとも思っていなかった。
 ホームルームが終わったころからテラスを見ているものの、彼女の姿はまだ見えない。
 湊ちゃんから連絡が入らないところをみると、まだ教室なのか――
 窓の外に視線を固定していると、司に支えられて歩いてくるのが見えた。
 彼女の顔色はいつもに増して悪い。それもそのはず――血圧はあと少しで七十を切る。
 テラスを中ほどまできたところで、司たちの後ろから簾条さんがかばんや靴を持って追いついた。
 様子を見ていると、三人で少し会話をしているようにも見える。
 まだそれだけの余裕があるか……。
 あと少しで図書棟というところで彼女が見えなくなった。正確には、テラスの手すりで見えなくなった。
 考えるより先に身体が動く。俺はすぐに仕事部屋を出て彼女のもとへ向かった。

 もういいだろう――そこまで歩いたなら気は済んだだろう。
 テラスでは司が、「吸って吐いて」と彼女の呼吸をコントロールしていた。
 過呼吸を起こしたのだろうか。何度か繰り返すと、呼吸はだいぶ落ち着いてきた。
「よくがんばったね。あとは僕に運ばせてくれるかな」
 尋ねはしたが返事を求めているわけではない。すぐに彼女を横抱きにして抱え上げる。
 いつもなら何かしらリアクションがあるけれど、今はそんな余裕もないのか、おとなしく胸に頭を預けてくれた。
 普段からこれだけ甘えてくれるといいんだけど……。
 こんな状況でそんなことを考える自分をどうしようもないな、と思う。
「簾条、上履きも頼む」
「了解。荷物はここまででいいわね」
 簾条さんは持っていたローファーを図書棟のロッカーに入れ、持っていたかばんは司に渡す。
「翠葉、お大事にね」
 心配そうに声をかけるも、その声に彼女は反応しない。
「翠葉ちゃん……?」
 意識がなくなったか……。
「司、湊ちゃん呼んで」
「わかった」
 司が携帯をかける傍らで、
「秋斗先生、あと、お願いしますね」
 簾条さんから凛とした声をかけられた。視線で了承の旨を伝えると、彼女は踵を返して去っていった。

 連絡を終えた司が先に立ち図書室に入る。と、生徒会メンバーの驚いた顔がこちらを向く。けれど、今は説明をしている場合でもない。あとのことは司に任せればいい。
 司が仕事部屋の解除コードを入力するとドアが開いた。
 そのまま仮眠室へと彼女を運ぶが、司は入ってこなかった。きっと生徒会メンバーの収拾をはかることにしたのだろう。
 彼女をベッドに横にしたはいいが、俺ができるのはここまで。
 彼女の手を握ると、恐ろしく冷たかった。恐怖を感じた次の瞬間、湊ちゃんが入ってきた。
「どいて」
 湊ちゃんは診察をするでもなく、すぐに点滴を開始する。
「……無理か?」
 腕に針を刺すも、入らないらしい。
「翠葉、ごめん。ちょっと痛いけど我慢してね」
 意識のない彼女に話しかけながら手首に近い場所に針を刺した。そしてステンレストレイに入っていたアンプルを注射器で吸い出すと、点滴のラインに注入する。
「……とりあえずはこれで大丈夫」
 湊ちゃんはモバイルディスプレイを見ながらため息をつく。
「……本当に大丈夫なの?」
 思わず口をついた言葉。だって、彼女の顔色はひどく悪かったから。
「失礼ね……。これでも私は医者なのよ!? 点滴が一発で入らなかったからって侮らないで。これだけ血圧低けりゃラインの確保だって難しいのよっ」
 どうやら俺は相当な失言をしたらしい。
「スミマセン……」
「……昨日から薬の種類を増やしたの。その影響で今この状態。薬に身体が慣れるまで一、二週間かかるわ」
「……まさか、その間ずっとこんな状態なんて言わないよね?」
「意識は戻る。ただ、身体を起こしているのはつらいでしょうね。この数値だもの……」
 見せられたディスプレイには、七十を切った彼女の数値が表示されていた。
「それでも、痛みを抑えるのには有効なのよ」
 湊ちゃんはどこか悔しそうに口にする。
 きっと、血圧を取るか痛みを取るか――そんな選択なのだろう。
「翠葉は痛みのほうがつらいのよ」
 それは昨日本人の口から聞いた。
「だから、この状態になることをわかったうえで薬を服用しているはず。それしか方法がないの」
 ……これは意外ときついかもしれない。
 本人から聞いて知ってはいたけど、それでもどこかオブラートに包んで話してくれた節がある。それに対し、湊ちゃんの言葉は剥き出しの刃物そのもの。
「こんなことでショック受けてるようじゃこの子の側にはいられないわよ?」
 その言葉と視線が真っ直ぐ胸に突き刺さる。
「蒼樹がどれほどの思いで翠葉にずっとついていたのか。これからの二ヶ月で嫌っていうほどに知ることになる。本気なら、そのくらい覚悟なさい」
 それだけ言い残して湊ちゃんは仮眠室を出ていった。
 別に蒼樹を軽く見ていたわけじゃないし、単なるシスコンと思っていたのは少し前までの話だ。けど――本当に腹を据えないといけないかもしれない。
 こんな状態の彼女を見ても気持ちが引く気配がまったくない。それどころか、手に入れたいという気持ちだけが深まり、高まる。
 仕事部屋からスツールを持ってきてベッドサイドに置いた。
 それに腰掛け彼女の手を取る。手はまだ冷たいまま。
 この手くらいはあたためてあげられるといいんだけど……。
 そう思いながら彼女の手を両手で包み込んだ。

 三十分ほど経ったころ、彼女の瞼がわずかに動いた。
「気がついた?」
 彼女と視線が合う。そのあと、彼女は部屋に視線をめぐらせた。
 そういえば、病院に運んだときも同じ行動をしていたな。
 きっと、自分がどこにいるのかが不安になるのだろう。
 大丈夫、病院じゃないよ……。
「点滴……?」
 彼女は不思議そうに点滴パックを見ては、そのラインをたどって右手首にたどりつく。そして、俺の手をしばらく見ていた。
「湊ちゃんがごめんって」
「……え?」
「点滴の針、腕に入れようとしたけど入らなかったみたい」
 彼女はぼーっとしているのか、表情も喋り方も、何もかもが緩慢だった。
「大丈夫?」
「はい……」
「これが終わるころにはまた湊ちゃんが来るから。……手、冷たいね」
 さっきから少しもあたたかくなった気がしない。けれど、顔色は少しだけ良くなっただろうか……。
「秋斗さん、迷惑かけてすみません……」
「何度も言うけど、迷惑だとは思っていないよ」
 あぁ、蒼樹……これはつらいな。こっちは迷惑だなんて思っていないし、むしろ側についていたいと思うのに、こんなにも申し訳ない顔をされてしまうんだ。
 これは、つらい……。
「……司に目が覚めたことだけ伝えてくる」
 彼女の手を放し、代わりに羽毛布団を胸のあたりまでかけてあげた。
 点滴が終わるまでには時間がかかるし、もう少し休ませたほうがいいだろう。
 仮眠室を出ると、ほんの少し開けた状態にまでドアを閉めた。
 テーブルに置いてある冷め切ったインスタントコーヒー。
 まずいだろうなと思いつつ、何かを飲み下したい衝動に駆られてそれを流し込む。
 とりあえず、司には知らせよう。

 仕事部屋を出ると、カウンター内のモニター前に司が座っていた。
 俺に気づくと春日に声をかける。
「優太悪い、少し代わって」
 監視を交代すると、「どうする?」という視線を投げられた。
「外に出よう」
 仮眠室のドアは締め切ってはいないし、まだ彼女が起きているかもしれない。ならば、図書室を出て廊下で話すのがいいだろう。
「ついさっき意識が戻った。血圧も七十台には回復した」
「……なんであんななの? いつもみたいな血圧の下がり方には見えないけど。どっちかっていうなら薬の副作用とか――」
 司の観察力に感心する。きっと将来はいい医者になるだろう。
 なんか俺が情報提供するのが少しバカらしい。それでも司にだって見えない部分があるわけで、そこを隠すつもりはなかった。
「昨日から体調悪くてね。この季節特有のものらしいんだけど……。それで飲む薬が増えたそうだよ。で、この状態。司の言うとおり、薬の副作用。薬の飲み始め一、二週間はこんな調子らしい」
 司は、「やっぱり」といった顔をした。
「それを覚悟のうえで彼女も飲んでいるらしい」
「……それしか方法がないってこと?」
「らしいね。あの湊ちゃんが悔しそうにしてるくらいだから、ほかには方法がないんだろうな」
「……わかった。生徒会メンバーにはとくに話してないから」
「え?」
「茜先輩が話さなくていいって仕切ってくれた」
「そう……それは助かるな。とりあえず、今俺にわかっていることはそれだけだ」
 司と図書室に戻ると、俺は早々に仕事部屋へと引っ込んだ。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...