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第六章 葛藤
28話
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「ごめんね……。俺、結構独占欲が強いみたいだ。でも、嫌だったら全力で拒否して? そしたらやめるから」
「……何を?」
「……キスも、それ以上のことも」
「っ!? だってこの間――」
「それ、取り消させてもらえる?」
「っ!?」
「そんなに怯えないで? あくまでも、翠葉ちゃんが嫌がるならしない。それだけは約束するから」
「……なんて答えたらいいのかわからないです」
押さえていた手を離し、秋斗さんの右手が額に伸びてきた。
何度も何度も髪の毛を梳いては額に戻ってくる。
すごくくすぐったかった。でも、秋斗さんはとても嬉しそうな顔で私を見ていて――
その手はしだいに首筋へ伸びてきて、何度も何度も上下にさすられる。
数本の指で首筋をなぞられているだけなのに、ぞくりとした。
「嫌?」
「くすぐったいです……」
それに、なんと言ったらいいのかわからないけれど、身体が変……。
痛いとかだるいとか、そういうのではなく……。なんと形容したらいいのかがわからない。
秋斗さんは、「今はね」と満足そうに笑って同じ動作を繰り返す。
ちょっと我慢できなくて、自分の手で秋斗さんの手を掴み制止した。
「そうやって止めてくれたらやめるよ。……君が自分から俺に触れてくれたのは三回目かな」
「え……?」
「熱を出している俺の額に触れてくれたときと藤山。そして今。その三回だけだ。あぁ、エスコートはカウントに入れてないよ。あれは俺が先に手を差し出してるからね」
そんなこと、考えたこともなければ気にしたこともなかった。
「好きな子に触れることができるのはすごく嬉しいし、逆に触れてもらえることだって嬉しい。俺はまだ三回しか触れてもらってないけどね」
そういうものなの……?
「……少しずつ知って?」
秋斗さんの目は切なそうに見えた。
そんな目をさせているのが自分なのかと思えば、「はい」という答え以外は見つからない。
「ありがとう」
と、また額にキスをされた。
離れると同時に立ち上がり、
「お昼にしよう。苺タルトを買ってきたから待ってて」
寝室を出ていく秋斗さんを見ながら手で胸を押さえる。
どうしよう――心臓がもたない……。
これ、みんなに知られているの?
どうしよう……海斗くんや司先輩が来て、バイタルのことを訊かれたらなんて答えたらいいの? 湊先生も蒼兄も、お父さんもお母さんもモニタリングしているのに――
――恥ずかしくて死んじゃう。
そんなことを考え始めれば涙が止まらなくなる。
自分の身体が忌々しい。でも、この身体でなければ留年することもなく藤宮に入ることもなく、秋斗さんと出逢うことも、みんなと出逢うこともなかった。
全部が悪いわけじゃなくて、何が悪いわけでもないのに、どうして……どうしてこんなのをつけなくちゃいけない身体なんだろう……。
――違う。
身体が悪いわけじゃない。私が、私が言わないかららだ。
誰のせいでも身体のせいでもない。自分がいけない――
気づけばしゃくりあげるくらい泣いていて、戻ってきた秋斗さんを驚かせてしまった。
「痛みっ!?」
「違っ……ごめんなさい、違うの――自分が……嫌――」
ピロロロロ――秋斗さんの携帯が鳴った。
「はい。――今は俺の寝室。――ちょっと情緒不安定っぽい。――うん、大丈夫。何かあれば連絡する」
きっと湊先生か蒼兄だろう。電話がくる程度にはバイタルに変化があったのだ。
「ちょっと待っててね」
秋斗さんは持ってきたトレイを持って部屋を出ると、すぐにミネラルウォーターを持って戻ってきた。そして、さっきと同じようにベッドに腰掛ける。
「少しこれを飲んで落ち着こう」
と、ストローの入ったペットボトルを口元に近づけられた。
口をつけで吸い上げると、冷たい水が口の中に広がり、食道を伝って胃に流れ込む。
「……キスが嫌だった? それとも、触れられるのが嫌だった?」
「……違うんです……ドキドキしちゃうから――」
「でも、それって恋の醍醐味だと思うんだけど」
「……だって、みんなに知られてしまうのはすごく恥ずかしい――」
秋斗さんははっとしたような顔で、「バングルか」と袖で隠れている腕に目を移した。
コクリと頷くと、
「ちょっと待ってね」
と自分の携帯を取り出し、何か操作をして私にディスプレイを見せてくれた。
「今、みんなに送信されているのは下に表示されている数値。これは安定期の翠葉ちゃんの数値を四時間ループさせているもの。上は実際の数値のバックアップ」
「……え?」
「すっかり忘れていたけど、こういうときのためにそういう機能も作ってあったんだ」
私はびっくりして言葉も出ない。
「安心した?」
みんなに知られることがない安心は得たけれど、秋斗さんに対して恥ずかしいと思うことに変わりはない。
秋斗さんはベッドに上がり、私の隣に横たわる。
私は秋斗さんの方を向いて横になっていたし、秋斗さんは私のすぐ隣に横になったことから、すっぽりと秋斗さんの胸に収まる形になった。
「泣くときはさ、俺のとこで泣いてよ」
と、背に腕を回される。
恥ずかしいしドキドキする。でも、顔が見えないと意外と大丈夫な気がして、そのまま身体を預けた。
「そう……力を抜いて? せっかく側にいるのにそんなに緊張していたら疲れちゃうでしょ?」
華奢だと思っていた秋斗さんの胸は思っていたよりも広くて、男の人なんだな、と思う。
緊張をとくためにいくつか深呼吸を繰り返すと、何か香りがすることに気づいた。
「……なんの香りですか?」
「……あぁ、ケンゾーのローパケンゾーって香水。嫌い?」
「いえ……水みたい。森林浴をしているときに感じるような香り……」
「それは嬉しいかな。……そういえば、今日はシャンプーの香りしかしないけど、いつも何かつけてるよね?」
「え……香り、きつかったですか? 寝る前に一吹きしかしないんですけど……」
「いや、至近距離じゃないとわからないくらいだったけど……」
言われてまた顔が熱くなる。
「入院していたとき、消毒薬の匂いが嫌で……。看護師さんがくれた香水を愛用してるんです。エラミカオのユージンゴールド――」
「あの香り、好き。フルーツとフローラルの香りがバランス良くて翠葉ちゃんに合ってるよ」
そんなふうに言われると嬉しい。
頬が緩むと、「落ち着いたかな?」と声をかけられた。
はっとして顔を上げると、とても優しい顔をした秋斗さんが私を見ていた。
「……はい」
「不安なことはひとりで抱えなくていいから。話してくれさえすれば今みたいにすぐに解決してあげられることもある」
「でも、それは甘えすぎじゃないですか?」
「……あのさ、俺は甘えてほしいんだけど?」
「……でも、それは怖いです」
「どうして?」
「……だって、秋斗さんがいなくなって自分ひとりで立てなくなったら困るもの……」
「どうして俺がいなくなることが前提かな……。そんなこと考えなくていいよ」
「それでも、不安なんです……」
「大丈夫だよ。毎日だって好きだ愛してるって伝える。毎日伝えても伝えきれいないくらいだ」
「秋斗さんは蒼兄以上に甘い気がします」
「蒼樹と一緒にされるのは嫌だな。俺は兄じゃない。彼氏だよ?」
その言葉にも慣れない……。
「俺に誰が相応しいかは俺が決めることだし、翠葉ちゃんに誰が相応しいのかは翠葉ちゃんが決めることだ。ほかの誰の意思も介入しないよ」
抱き寄せられ秋斗さんの香りに包まれて目を瞑れば、まるでチャペルの森へトリップした気がする。
規則正しい鼓動にを聞いていると、少しずつ気持ちが落ち着き始める。
妊婦さんのお腹にいる赤ちゃんはこんな感じなのかな?
……じゃぁ、即ち私は赤ちゃんということ?
そう思うと急におかしくなってクスクスと笑いが漏れてしまう。
「どうかした?」
「いえ、秋斗さんの鼓動がお母さんの心音だとしたら、私はさしずめ赤ちゃんだな、と思って」
「君らしいけど、もう少し色気のあるたとえがいいなぁ……」
そんなことを言いつつ、
「今度こそ本当にお昼にしよう? 戻ってきて泣いてるなんてやめてね」
と、秋斗さんは身体を起こした。
秋斗さんが横になっていた場所はまだあたたかい。人の体温には心をほぐす作用があるのかもしれない。
少し身体を起こしてみると、そこまでひどい吐き気はなかった。
「これなら自分で食べられるかも……」
そこに秋斗さんが戻ってきた。
「大丈夫なの?」
「……今は大丈夫みたいです」
「良かった」
私には苺タルトが差し出され、秋斗さんはアンダンテで売っているサンドイッチを食べるらしい。
他愛もない話をしながらベッドの上でお昼を食べ薬を飲む。
「秋斗さん、ごめんなさい……。これを飲むとどうしても眠くなっちゃうんです」
「かまわないよ。そこのドアの向かいの部屋で仕事してるから。ドアは開けたままにしておく。定期的に見に来るから何かあればそのときに言って?」
「はい」
「……何を?」
「……キスも、それ以上のことも」
「っ!? だってこの間――」
「それ、取り消させてもらえる?」
「っ!?」
「そんなに怯えないで? あくまでも、翠葉ちゃんが嫌がるならしない。それだけは約束するから」
「……なんて答えたらいいのかわからないです」
押さえていた手を離し、秋斗さんの右手が額に伸びてきた。
何度も何度も髪の毛を梳いては額に戻ってくる。
すごくくすぐったかった。でも、秋斗さんはとても嬉しそうな顔で私を見ていて――
その手はしだいに首筋へ伸びてきて、何度も何度も上下にさすられる。
数本の指で首筋をなぞられているだけなのに、ぞくりとした。
「嫌?」
「くすぐったいです……」
それに、なんと言ったらいいのかわからないけれど、身体が変……。
痛いとかだるいとか、そういうのではなく……。なんと形容したらいいのかがわからない。
秋斗さんは、「今はね」と満足そうに笑って同じ動作を繰り返す。
ちょっと我慢できなくて、自分の手で秋斗さんの手を掴み制止した。
「そうやって止めてくれたらやめるよ。……君が自分から俺に触れてくれたのは三回目かな」
「え……?」
「熱を出している俺の額に触れてくれたときと藤山。そして今。その三回だけだ。あぁ、エスコートはカウントに入れてないよ。あれは俺が先に手を差し出してるからね」
そんなこと、考えたこともなければ気にしたこともなかった。
「好きな子に触れることができるのはすごく嬉しいし、逆に触れてもらえることだって嬉しい。俺はまだ三回しか触れてもらってないけどね」
そういうものなの……?
「……少しずつ知って?」
秋斗さんの目は切なそうに見えた。
そんな目をさせているのが自分なのかと思えば、「はい」という答え以外は見つからない。
「ありがとう」
と、また額にキスをされた。
離れると同時に立ち上がり、
「お昼にしよう。苺タルトを買ってきたから待ってて」
寝室を出ていく秋斗さんを見ながら手で胸を押さえる。
どうしよう――心臓がもたない……。
これ、みんなに知られているの?
どうしよう……海斗くんや司先輩が来て、バイタルのことを訊かれたらなんて答えたらいいの? 湊先生も蒼兄も、お父さんもお母さんもモニタリングしているのに――
――恥ずかしくて死んじゃう。
そんなことを考え始めれば涙が止まらなくなる。
自分の身体が忌々しい。でも、この身体でなければ留年することもなく藤宮に入ることもなく、秋斗さんと出逢うことも、みんなと出逢うこともなかった。
全部が悪いわけじゃなくて、何が悪いわけでもないのに、どうして……どうしてこんなのをつけなくちゃいけない身体なんだろう……。
――違う。
身体が悪いわけじゃない。私が、私が言わないかららだ。
誰のせいでも身体のせいでもない。自分がいけない――
気づけばしゃくりあげるくらい泣いていて、戻ってきた秋斗さんを驚かせてしまった。
「痛みっ!?」
「違っ……ごめんなさい、違うの――自分が……嫌――」
ピロロロロ――秋斗さんの携帯が鳴った。
「はい。――今は俺の寝室。――ちょっと情緒不安定っぽい。――うん、大丈夫。何かあれば連絡する」
きっと湊先生か蒼兄だろう。電話がくる程度にはバイタルに変化があったのだ。
「ちょっと待っててね」
秋斗さんは持ってきたトレイを持って部屋を出ると、すぐにミネラルウォーターを持って戻ってきた。そして、さっきと同じようにベッドに腰掛ける。
「少しこれを飲んで落ち着こう」
と、ストローの入ったペットボトルを口元に近づけられた。
口をつけで吸い上げると、冷たい水が口の中に広がり、食道を伝って胃に流れ込む。
「……キスが嫌だった? それとも、触れられるのが嫌だった?」
「……違うんです……ドキドキしちゃうから――」
「でも、それって恋の醍醐味だと思うんだけど」
「……だって、みんなに知られてしまうのはすごく恥ずかしい――」
秋斗さんははっとしたような顔で、「バングルか」と袖で隠れている腕に目を移した。
コクリと頷くと、
「ちょっと待ってね」
と自分の携帯を取り出し、何か操作をして私にディスプレイを見せてくれた。
「今、みんなに送信されているのは下に表示されている数値。これは安定期の翠葉ちゃんの数値を四時間ループさせているもの。上は実際の数値のバックアップ」
「……え?」
「すっかり忘れていたけど、こういうときのためにそういう機能も作ってあったんだ」
私はびっくりして言葉も出ない。
「安心した?」
みんなに知られることがない安心は得たけれど、秋斗さんに対して恥ずかしいと思うことに変わりはない。
秋斗さんはベッドに上がり、私の隣に横たわる。
私は秋斗さんの方を向いて横になっていたし、秋斗さんは私のすぐ隣に横になったことから、すっぽりと秋斗さんの胸に収まる形になった。
「泣くときはさ、俺のとこで泣いてよ」
と、背に腕を回される。
恥ずかしいしドキドキする。でも、顔が見えないと意外と大丈夫な気がして、そのまま身体を預けた。
「そう……力を抜いて? せっかく側にいるのにそんなに緊張していたら疲れちゃうでしょ?」
華奢だと思っていた秋斗さんの胸は思っていたよりも広くて、男の人なんだな、と思う。
緊張をとくためにいくつか深呼吸を繰り返すと、何か香りがすることに気づいた。
「……なんの香りですか?」
「……あぁ、ケンゾーのローパケンゾーって香水。嫌い?」
「いえ……水みたい。森林浴をしているときに感じるような香り……」
「それは嬉しいかな。……そういえば、今日はシャンプーの香りしかしないけど、いつも何かつけてるよね?」
「え……香り、きつかったですか? 寝る前に一吹きしかしないんですけど……」
「いや、至近距離じゃないとわからないくらいだったけど……」
言われてまた顔が熱くなる。
「入院していたとき、消毒薬の匂いが嫌で……。看護師さんがくれた香水を愛用してるんです。エラミカオのユージンゴールド――」
「あの香り、好き。フルーツとフローラルの香りがバランス良くて翠葉ちゃんに合ってるよ」
そんなふうに言われると嬉しい。
頬が緩むと、「落ち着いたかな?」と声をかけられた。
はっとして顔を上げると、とても優しい顔をした秋斗さんが私を見ていた。
「……はい」
「不安なことはひとりで抱えなくていいから。話してくれさえすれば今みたいにすぐに解決してあげられることもある」
「でも、それは甘えすぎじゃないですか?」
「……あのさ、俺は甘えてほしいんだけど?」
「……でも、それは怖いです」
「どうして?」
「……だって、秋斗さんがいなくなって自分ひとりで立てなくなったら困るもの……」
「どうして俺がいなくなることが前提かな……。そんなこと考えなくていいよ」
「それでも、不安なんです……」
「大丈夫だよ。毎日だって好きだ愛してるって伝える。毎日伝えても伝えきれいないくらいだ」
「秋斗さんは蒼兄以上に甘い気がします」
「蒼樹と一緒にされるのは嫌だな。俺は兄じゃない。彼氏だよ?」
その言葉にも慣れない……。
「俺に誰が相応しいかは俺が決めることだし、翠葉ちゃんに誰が相応しいのかは翠葉ちゃんが決めることだ。ほかの誰の意思も介入しないよ」
抱き寄せられ秋斗さんの香りに包まれて目を瞑れば、まるでチャペルの森へトリップした気がする。
規則正しい鼓動にを聞いていると、少しずつ気持ちが落ち着き始める。
妊婦さんのお腹にいる赤ちゃんはこんな感じなのかな?
……じゃぁ、即ち私は赤ちゃんということ?
そう思うと急におかしくなってクスクスと笑いが漏れてしまう。
「どうかした?」
「いえ、秋斗さんの鼓動がお母さんの心音だとしたら、私はさしずめ赤ちゃんだな、と思って」
「君らしいけど、もう少し色気のあるたとえがいいなぁ……」
そんなことを言いつつ、
「今度こそ本当にお昼にしよう? 戻ってきて泣いてるなんてやめてね」
と、秋斗さんは身体を起こした。
秋斗さんが横になっていた場所はまだあたたかい。人の体温には心をほぐす作用があるのかもしれない。
少し身体を起こしてみると、そこまでひどい吐き気はなかった。
「これなら自分で食べられるかも……」
そこに秋斗さんが戻ってきた。
「大丈夫なの?」
「……今は大丈夫みたいです」
「良かった」
私には苺タルトが差し出され、秋斗さんはアンダンテで売っているサンドイッチを食べるらしい。
他愛もない話をしながらベッドの上でお昼を食べ薬を飲む。
「秋斗さん、ごめんなさい……。これを飲むとどうしても眠くなっちゃうんです」
「かまわないよ。そこのドアの向かいの部屋で仕事してるから。ドアは開けたままにしておく。定期的に見に来るから何かあればそのときに言って?」
「はい」
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