光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
264 / 1,060
Side View Story 06

27~28 Side 秋斗 01話

しおりを挟む
 時間どおり、十二時半すぎにはマンションに着いた。苺タルトも買ってきたし、これなら食べてくれるだろう。
 ロックを解除して部屋に入ると、昨日同様ゲストルームは静かだった。
 ただ、彼女が使っている部屋のドアが閉められているところを見ると、今日は部屋にいるのだろう。
 軽くノックするも返事はない。
 そっとドアを開けると、彼女は穏やかな寝息を立てて眠っていた。
 アタッシュケースとケーキボックスをテーブルに置いてベッドに腰掛ける。
 控え目に彼女の名前を呼んでみたけれど反応はなかった。
 少し身じろぎ壁側に顔を向けたことで、折れてしまいそうなくらいに華奢な首が露になる。
 相変らず顎のラインと首筋にはそそられる。
 出来心で手が伸びた。
 そっとそのラインを中指でなぞる。
 シルクのような肌はとても気持ちが良く、思わず吸い付きたくなるほどだ。
 この子にキスマークをつけたらくっきりと浮かび上がるのだろう。
 そんな想像をしていると、彼女の手が首元に伸びてきて俺の手に触れた。
 びっくりして目を開けた彼女の第一声――「きゃぁっっっ」。
 それはどうかと思う。俺、仮にも彼氏、恋人ですが……。
 ま、彼女が相手なのだから仕方ない。
「おはよう」
 声をかけると、確認するように自分の首元に視線をやり、俺に視線を戻す。
 これは説明を求められているのかな。
「あぁ、ごめんね。すべすべの肌に触りたくなっただけ」
「……そうだったんですね」
 気の抜けた返事があり、それで終わってしまう。
「あれ? それで終わり?」
「え……?」
「……いや、こっちの話」
 首筋は感じないのだろうか……。
「とりあえず、うちに移ろうか」
 彼女は恥ずかしそうにコクリと頷いた。
 まずは葵を呼ぶべきかな。
 コンシェルジュルームに電話をすると、ワンコールで葵が出た。
「今から来れる?」
『大丈夫です』
「じゃ、お願いね」
 電話を切って思い出す。
 昨夜遅くまでダイニングで仕事をしていたこともあり、社外秘の資料がテーブルの上に出たまま――
「どうかしたんですか?」
「社外秘のものが出たままだ。どうするかな……」
 そう思っているうちに葵がやってきた。
「葵、ちょっと待ってて。俺、上を少し片付けてから戻ってくるから」
「了解です」
 俺はケーキボックスとアタッシュケースを持って十階へ上がると、ダイニングテーブルに広げていた資料をかき集めた。
 改めて見ると結構な分量だ。ざっと見ただけでもダンボール一箱分はあるだろう。
 若槻に資料を探させるとこういうことになる。それを蒼樹に頼むとファイルひとつで済むのだから、人間の性格が出るというものだ。
 そんなことを考えながら片付けると、ケーキボックスを冷蔵庫に入れて部屋を出た。

 俺が乗ってきたはずのエレベーターは九階へ降りたところだった。
 おかしい……。
 このマンションのエレベーターは人がボタンを押さない限りは停まった階で待機しているタイプのものだ。なのに、九階から上がってくるとは……。
 九階の住人の行動を考えても、この時間に動きそうなのは美波さんくらいなもの。しかし、エレベーターは下へ行くことはなく十階へと戻ってきた。
 エレベーターの中には翠葉ちゃんを抱えている葵が乗っていた。しかも、彼女の手が葵の首に回されているというのはどういうことだろうか……。
 俺と目が合うと、葵は顔を引きつらせた。
 ドアが開くと開口一番、
「葵くん……どうして君が彼女を抱っこしてるのかなぁ」
「あのっ……ごめんなさい――」
「どうして翠葉ちゃんが謝るの?」
「私がお願いしたから……」
 なんとなく察しはついていたし予想もできた。でも、面白くはない。
「とりあえずうちへ……」
 と、葵にエレベーターから出るように促した。
「ね、このあとふたりで大丈夫?」
「自信はないです……」
 仲良さ気に顔を近づけて話すのが許せなかった。
「ふたりして何こそこそ話してるの?」
 家のドアを開けて尋ねると、
「先輩……彼女、先輩に抱っこされるのが恥ずかしかっただけなので、あまりいじめないでください」
 葵の言葉はフォローにすらならない。
「そんなの、慣れてもらわないと困るんだよね。葵、ここまででいい。彼女をこちらへ」
「翠葉ちゃん、力になれなくてごめんね」
「いいえ、こちらこそごめんなさい。重かったでしょう……?」
「そうだな、肩車したときよりはね」
「ほほぉ……葵はそんな幼少のころの彼女を知ってるわけだ?」
 葵から強引に彼女を引き剥がすと、葵は慌てて言葉を並べ始めた。
「一度だけですってばっ! 一回会ったことがあるだけですからっ、今度蒼樹にでも言ってアルバム見せてもらってくださいっ。俺、先輩の家のドア開けてきますっ」
 葵は自分の役目が終わると逃げるようにドアを閉めていなくなった。
 家に入り、自分の感情を持て余したまま彼女を寝室に連れて行く。と、怯えた目と視線が交わる。
 不安に揺らぐ目にため息をつきたくなる。
 翠葉ちゃん、そりゃ面白いわけがないでしょう。今日の楽しみをひとつ取り上げられたのだから。
「さて、どうお仕置きしようかな」
 にこりと笑って見せると、彼女の顔が少し青ざめた。そしてすぐに、「ごめんなさい」と謝る。
「まずは、翠葉ちゃんの口から理由を聞きたいかな」
 ベッドに腰掛け彼女の右手を取る。と、反射的に手を引かれそうになった。
「これも嫌?」
 正直、訊くのが怖かった。
 けれども、慌てた彼女の口から出てきたものは嬉しい言葉の数々。
「違うのっ――あの……恥ずかしいだけなんです。今までに何度も抱っこされてるし、何度も手を貸してもらっているけど……好きって意識してから、すごく恥ずかしくて……」
 どうやら俺を正視できなくなったらしく、顔だけを逸らす。
 好きと言ってもらえたのは嬉しい。本当はそれで帳消しにしてもいいくらいだった。
 けど、俺が我慢できないみたいだ。
 彼女の顎に手を伸ばし、こちらに向ける。
「……でも、慣れて?」
 俺は彼女に口付け、ふいに伸びてきた左手もベッドの上に押さえつけてキスを続ける。
 髪からいい香りがしてきて歯止めが利かない。
「んっ……秋斗さ――や……」
 初めて聞く彼女の甘やかな声――たまらないな。
「お仕置き終了」
 顔を離すと、彼女の目が「もう怒ってない?」と訊くかのように潤んでいた。
「もう怒ってないよ。これだけキスさせてくれればね」
 彼女は少し困惑した顔をしていた。
 隙あらばまたキスをしたくて押さえた手首はそのまま。が、彼女の目から無数の涙が零れだす。
 彼女の涙を吸い取りながら、
「ごめんね……。俺、結構独占欲が強いみたいだ。でも、嫌だったら全力で拒否して? そしたらやめるから」
 卑怯かもしれない。でも、君は俺を好きだと言ったよね?
「……何を?」
「……キスも、それ以上のことも」
「っ!? だってこの間――」
「それ、取り消させてもらえる?」
「っ!?」
「そんなに怯えないで? あくまでも、翠葉ちゃんが嫌がるならしない。それだけは約束するから」
「……なんて答えたらいいのかわからないです」
 押さえていた手を放し、左手を彼女の額に伸ばす。
 生え際の髪の毛を何度も掬っては額へと戻り、同じ動作を繰り返す。
 男に二言はないとか言うけれど、やっぱり我慢ができそうにない。
 今すぐにでも彼女のすべてが欲しい。
 くすぐったそうに片目を細める彼女を、欲望の眼差しで見ていた。
 その手を先ほどと同じように首筋に這わせると、彼女は小さく身震いをした。
「嫌?」
「くすぐったいです……」
「今はね」
 しだいに気持ちよくなるよ。しだいにね……。
 我慢できなくなったのか、彼女の手が俺の手を制した。
「そうやって止めてくれたらやめるよ。……君が自分から俺に触れてくれたのは三回目かな」
「え……?」
「熱を出している俺の額に触れてくれたときと藤山。そして今。その三回だけだ。あぁ、エスコートはカウントに入れてないよ。あれは俺が先に手を差し出してるからね」
 それから、男性恐怖症になっていたときの図書棟でのあれはカウントには入らないだろう。
「好きな子に触れることができるのはすごく嬉しいし、逆に触れてもらえることだって嬉しい。俺はまだ三回しか触れてもらってないけどね。……少しずつ知って?」
 俺が教えるから……。一からすべてを――
 彼女は誘導されるかのように、「はい」と答えた。
「ありがとう」
 俺は立ち上がり様にキスをする。
「お昼にしよう。苺タルトを買ってきたから待ってて」
 目の縁に残る彼女の涙を親指で拭ってから寝室を出た。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...