光のもとで1

葉野りるは

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26 Side 蒼樹 01話

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 四時を回ったころ、教室の片づけをしているところに携帯が鳴った。
「司……?」
 っまさか翠葉がっ!?
 司からの電話で思いつくことは翠葉が倒れたとかそんなことくらいだった。
「もしもし、翠葉はっ!?」
『……違いますから』
 なんとなく、ため息と共に吐き出されたような返事だった。
「ならいいんだけど……。どうした? 司が電話なんて珍しい」
『御園生さん、このあとの予定どうなっていますか?』
「このあとは教授の資料整理を手伝うことになってるけど」
『それ、パスできませんか?』
 本当に珍しいと思った。
 司は人の予定を動かしてまで自分の予定を入れようとする人間じゃないし、ましてや、そこまで人に絡むタイプでもない。
「なんとかする。……どこに行けばいい?」
『五時に病院のロビーで待っています』
 病院……?
「わかった」
『このことは他言無用でお願いします』
「了解」
 通話を切って少し考える。
 待ち合わせ場所が病院……? それに他言無用って……。
 ずいぶんと不気味な内容じゃないか。
「どうしたん?」
 環に声をかけられ、周りの音が耳に入りだした。
「ちょっと急用……」
「妹さん?」
「そんなとこ。……環、悪いんだけど、教授の資料整理代わってもらえないか?」
「珍しいな? 今まで誰かに代わってもらうなんてしなかったのに」
「……頼めない?」
「いいよ。その代わり、今度桃華ちゃん紹介しろよ」
 それはちょっと――
「悪い、それは無理……」
「おまえってなんでそんなにガード固いのよ。妹のことといい、妹の友達といい」
「いや、妹はただかわいいから悪い虫をつけたくないだけ……」
「ひでぇ言われよう……」
 げんなりとした顔をしたが、環はすぐに悪魔のような笑みを浮かべる。
「で、桃華ちゃんはなんでだめなのかなぁ?」
 ……環ならいいか。
「悪い……実は桃華と先日から付き合ってる。俺の彼女だから紹介はできない」
「――マジでっ!?」
 環はなぜか声のトーンを落とした。
「妹とは正反対の美人さんだよな。くっ、いやめでたいじゃんっ!」
「おい、聖和には黙ってろよっ!?」
 あの男にばれた日には、桃華に頼んで女子高生との合コン設定しろだのなんだと言われるに違いない。そんなのはごめんだ。
「葵は知ってるの?」
「まだ話してない。っていうか、マンションにはいるはずなんだけど、意外と出くわさないんだ」
「そっか。じゃ、今度三人で飲みにでも行こう。俺、ひとまず教授んとこ行ってくるっ!」
 環は軽快な足取りで教室を出ていった。
 時計を見れば四時四十分。これから急いで行けば間に合わなくはない。
 今日が翠葉の登校日で助かった。
 マンションに移ってからというもの、徒歩で通うことが多くなっていた。けれども、今日は翠葉が久しぶりの登校ということもあり、一週間ぶりに車通学をした。
 藤宮の私道を使わせれもらえば十分くらいで着けるだろう。
 そんなことを考えながら教室を出た。

 車を運転している間中考えてはいたけれど、病院に誰がいるのかが皆目見当がつかない。
 けれども、俺が知っている人間であり、尚且つ他言無用――
 誰にも知られてはいけない人物なんて、藤宮のトップシークレットのような気がしてならない。
 なんだってそんなところに自分が呼ばれるのか……。
 思い当たるのは静さんくらいなものだけど、モデルの件があるとはいえ、静さんが倒れれば澤村さんが代行するだろうから直接自分への支障はきたさないはずだし、俺が呼び出されることもないだろう。
 車から出ると空は真っ青。梅雨にしては珍しいくらいの快晴。けれど、肌にまとわりつくそれは梅雨独特の湿気だった。
 そんな中、司はロビーで待ち合わせと言いつつ、涼しい顔で表玄関に立っていた。
「急に呼び出してすみません」
「いや、いいけど……。誰なんだ? ここにいるの」
「それは十階に着いてから。一度携帯の電源を落としてもらって、十階に着いたらすぐに電源を入れてください」
 それの意味するところもわからなかったが、とりあえずは司の言うとおりにした。
 ここではまだ何も話せない、そんな空気が伝わってきた。

 司の表情はいつもと変わらない。
 エレベーターに乗り込む前に医師や看護師たちから挨拶をされても飄々と応えている。何ひとつ、態度にも出さない。ポーカーフェイスなのか、地なのか、まったく読めない。
 俺のほうが付き合いは長いはずなのに、近ごろじゃ翠葉のほうが司の表情を読むのがうまい気がする。
 それはただ単に、司が翠葉の前で表情を崩しやすいという話なのか違うのか……。
 十階に着くと、言われたようにすぐに携帯の電源を入れた。
「で?」
「ここにいるのは秋兄。この病院の人間も少数の人間にしか知らされていません。ましてや、翠に知られるわけにはいかないので……」
 いくつかのセキュリティを解除すると、目の前には病院とは思えない光景が広がっていた。
 まるでホテルのような様相を呈する場に、きょろきょろと周りを見回してしまう。
 司は廊下を進み、ひとつの部屋の前で立ち止まった。
 秋斗先輩が入院って――なんで、いつから……?
 俺の頭にはたくさんの疑問符が生まれる。けれども、司はそれらを一切無視してドアをノックした。
 ドアの向こうにはやはり病室とは思えない空間が広がっていた。ただ一点、点滴スタンドを認めて病院だと認識する。
 ベッドの上には管だらけの秋斗先輩が横になっていた。
「秋兄」
 司が声をかけると、寝ていたらしい秋斗先輩が目を開け、俺と司を見るなりすごく嫌そうな顔をした。
「……なんで蒼樹を連れてきた?」
 ひどくドスの利いた声。今までこんな声を聞いたことはないし、こんな表情を見たこともない。
「秋兄が仕事をしたいんじゃないかと思って連れてきたまで」
「っ……誰にも言うなって言っただろっ!?」
 何、俺は来たらいけなかったの? その前に、どうして秋斗先輩が入院しているのか知りたいんだけど……。
 司は壁に寄りかかり、表情を変える様子は見られない。秋斗先輩は激怒――かな。
「蒼樹、俺がここにいることが翠葉ちゃんにばれるようなことがあったら、おまえがどこにも就職できないようにしてうちの会社に入れるからなっ」
 それ、いったいどんな手を使うんですか……。
「司、ほかには言ってないだろうな」
「先に言った。秋兄が暇を持て余して仕事をしたいんじゃないかと思ったから連れてきた」
 確かに、秋斗先輩は基本パソコンがあればどこでも仕事ができる人だ。が、場合によっては莫大な資料を要する。それは多岐な分野にわたっており、普段からこの人の仕事のやり方を知っていないと資料を集めるのは困難を極めるだろう。
 俺はというと、もう三年ほど秋斗先輩の資料整理をしている。唯に求められるくらいにはエキスパートというところだろうか。
「あの……険悪なムードのところ大変申し訳ないのですが、先輩はどんな状態なんでしょうか」
 なんていうか、目にした瞬間はすごく心配したし、何が起こったんだ、と焦りはしたものの、目の前で展開される言い合いには呆気に取られてしまった。
 見たところ、重病人には見えない。何、ただの盲腸とか?
「先週の土曜日に胃潰瘍で入院」
 秋斗先輩が端的に答えた。それに補足するように司が口を開く。
「輸血が必要なほど吐血して、翌日日曜に手術。現在入院三日目」
 ……それってかなり大ごとだったんじゃ……。
 あぁ、もしかして唯が今忙しいことになってるのは秋斗先輩が仕事をできない状態だから、か?
 そう考えればすべてに合点がいく。
「っていうか……先輩不摂生しすぎなんじゃないですか? それか、コーヒーの飲みすぎ。いや、アルコールか?」
 思わず力が抜けてその場に座り込んでしまう。
 本当はさ、次に会うときは翠葉に何をしてくれたんだ、と掴みかかるつもりでいた。でも、現時点でふたりは付き合っているわけで、キス程度のことならふたり合意なら問題ないわけで……。
 それをどうこう言うつもりはないんだけど、あの翠葉のうろたえぶりと擦過傷の惨状を見てしまうと、合意だったのかすら怪しいわけで……。
 先輩は軽い気持ちで付けたのかもしれない。
 それも首の後ろだ……。気を遣っての行動でもあっただろう。
 それでも、翠葉にとっては大ごとだった。ただ、それだけ――
「あぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
「御園生さん、ここ一応病室」
 司の動じない物言いに我を取り戻す。
「秋斗先輩、めちゃくちゃ文句言いたい気もするんですが、やめておきますっ。でも、翠葉のことは泣かさないでください。あいつのキャパそんなに広くないんで」
「でも、秋兄がこんな状態になったのは翠にも原因があると思うけど?」
「司っっっ」
 司は目を伏せたまま淡々と話し、秋斗先輩はさらに表情が険しくなった。
「……どういうことですか?」
 先輩は口を噤んで俯いてしまった。
 司がため息をひとつつくと、
「翠が頭痛を起こした日のこと。兄さんが秋兄に電話して怒鳴り込んでるんです。この人、こう見えて結構繊細にできているから悩んだんじゃないですか? 胃に穴なんて一晩もあれば開きますから」
 先輩に視線を向けると、またしても司を睨みつけている状態だった。
「じゃ、俺帰ります。御園生さん、悪いんですが、この人の言い訳とか仕事のこととか聞いてやってください」
 司は俺の前を横切り部屋を出ていった。
 ……おまえ、どうしてそんなに飄々としてるんだよ。
 俺、残されて秋斗先輩とどう対峙したらいいんだよ――
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