光のもとで1

葉野りるは

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31 Side 唯 04話

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 リィにも感じたことだけど、この人にも同じことが言えるのかもしれない。
 リィはわからないと悩みつつ、しっかりと自分の中の価値観、基準が備わっている。
 一般常識とはまた別に、己の価値観や主観というものが備わっているのかもしれない。
 正直、リィには知られたくないと思う。でも、この人になら話せるかもしれない。
 俺は話したいのか? 話したら少しは楽になれるのか? 俺は、楽になりたいのか……?
 そもそも、こんな話、解決っていうか出口なんて見つかるわけなくて……。
 あぁ、だからこの人は解決策を見出してやることはできないって言ったのかな。
 じゃぁ、俺が話すことの意味は? 思っていることを言葉にすること? だから、紙に書き出すだけでもいいって言われたのか?
 でも、あとに残るものっていうのはなんとくなく嫌だ……。
「あんちゃん……」
「ん?」
 あんちゃんはリィから目を離し、俺を見る。
 デスクの椅子に座っている俺は、床に近い引き出しベッドに座っているあんちゃんを見下ろす格好になった。
「俺がこれから話す内容ってあまりいいことじゃない。でも、聞いてもらえる?」
「いいよ」
 まるで進路相談に乗る先輩みたいな返事。
 構えているわけではないのに、ちゃんと聞こうとしてくれる姿勢がうかがえた。
「その前に……あんちゃんってリィのことを恋愛対象として見たことある?」
「……ない、な。ひたすらかわいい妹って感じ?」
 そうだよな……。
「俺は……自分の妹を恋愛対象に見ていた」
「……そうか」
 驚くでもなくただ普通に言葉が返される。
「すごく好きで、すごく大切で、でも、これ以上側にいたらセリを傷つけちゃいそうで……。それが怖くてセリに会いに行けなくなった。そうこうしているうちに、両親に無理心中計られた」
「……妹を傷つけるっていうのは?」
「……襲う一歩手前まで来てたと思う。気持ちが大きすぎて、とても自分の理性を抑えきれる自信がなかった……。そもそも、兄妹ってタブーじゃん」
「……ま、そうだな」
 どこまでものんきな返事に、この人大丈夫だろうか、と少し不安に思う。
 でも、何か一生懸命考えを巡らせてくれているようにも見えて、沈黙を守った。
「俺は翠葉を恋愛対象に見ることはないと思う。でも、それに似た感じは持ってるよ。妹だけど、普通に女の子だなって思うし、かわいいっていうのは妹として、っていうのもあるけれど、女の子としてかわいいとも思ってる。……うーん、女の子としてっていうか、ひとりの人間として、かな?」
 なんか変な方向に話が進みそうで、そもそもこの人が話していることのどこらへんに境界線があるのかが謎。
「たとえばさ、俺は今まで彼女にする人間に翠葉の面影だとか翠葉と同じ何かを求める傾向が強かったんだ。誰と付き合っても翠葉と比べちゃうっていうのかな? たぶん、変な話、翠葉っていう子が俺の中で理想に近い子で、だから自然とそれをほかの人に求めていた部分が大きい。結果、うまくいかないし長続きしないわけで……。そういう意味では唯とあんまり変わらないと思う。俺のこの人の選び方は普通じゃないだろ?」
 いたって普通に話すから、普通に聞こえてしまうトラップ。
「でもって、今は翠葉と正反対の子と付き合ってるんだけど。俺はどうしても翠葉が気になって仕方なくて、でもこれはずっと変わらないと思うんだ。だから、その部分を理解してくれる相手じゃないと続かないと思う。幸い、今の彼女は俺と同じくらい翠葉を大切にしてくれていて、たぶん俺が翠葉よりも彼女を優先しようものなら怒鳴られると思う」
 それはまたすごいお相手で……。
 若干相手が気になるものの、この人はやっぱり変だ、と俺の中で烙印を押させてもらった。
 重度よりさらに悪性腫瘍っぽいシスコン。俺がセリを好きなことなんて、普通だよ、って思えちゃうくらいに変。
 俺、さっきまで自分を異常者だと思っていたのに、その俺が自分はこの人よりはまともなんじゃないか、と思えてしまうくらいに変。
 変態扱いされないで済んだのは嬉しいけど、なんだか複雑……。
 話してすっきり、というよりは、俺、この人に話して良かったんだろうか、という疑問が沸々と……。
「でも、そっか……それならすごくつらい出来事だったよな。三年やそこらじゃ払拭できないよ」
「……?」
「好きな人でもあり、実の妹でもあり、その子の病状を目の当たりにしてきたのに、事故で亡くすなんて……俺なら発狂してると思う。間違いなく狂う。それが、両親の企てだなんていう状況ならなおさらだ。……唯、強いな」
 俺を見るでもなく、フローリングの一点を見ながら口にした。
「俺なんてさ、翠葉が倒れて救急車で運ばれたって連絡が入っただけで我を失ったよ。そういう過去がある。そのとき、秋斗先輩と司に全力で引きとめられて、さらには湊さんの大きな手でビンタ食らって、ようやく正気に戻った。そのあと、翠葉は何度も生死の間を彷徨って、半年以上の入院を強いられて、現在一年遅れての高校生だ」
 リィも平坦じゃない人生を歩んでるんだ……。
「芹香ちゃんからの手紙、唯にとってはいいものだったか?」
 いきなり本題に話を戻されて少し焦った。
 拾いあげた紙は未だに右手の中にある。
「いいのか悪いのか、わかんないかな」
「……消化できそうか?」
 消化、か……。それは難しい。
「三年経ってこんな手紙もらってもどうしたらいいのかわからない。今さらどうすることもできないのに、もうセリはこの世にいないのに――」
 あんちゃんは決して手紙の内容を訊いてくるようなことはしなかった。
 人間って不思議だ。訊かれないと話したくなる。
 相手から、訊きたい詮索したいオーラをまったく感じないと、話しても大丈夫な気になってくる。
 それはたぶん、訊き出そうとはしないけど、「無関心」って姿勢じゃないことが見て取れるからなのかもしれない。
 さっきまでの頑なな気持ちはどこへやら、だ。
「手紙、読む?」
 自分が口にして読み上げるよりも、そっちのほうが楽だった。
 差し出したくしゃくしゃの紙を見て、「いいのか?」と尋ねられる。
 この人はどうしてこんなにも普通なんだろう。
 リィのことでは慌てふためくくせに、こんなときは信じられないほど落ち着いている。
 この人、絶対に試験とかプレゼンとかで緊張しないタイプだ。
「あんちゃんならかまわないかな、って思う」
 手紙に目を通し始めたあんちゃんは、始めて驚いたって顔をした。
 いったいどこで驚いたのかな。
 読み終わると、きれいにたたんでそれを返された。
「芹香ちゃん、両親がどういうつもりなのか気づいてたんだな……」
 そこか……。
「すごく人の気持ちに敏感な子だったから。でもって、両親は考えていることが顔に出るタイプ」
「でも、唯は両思いじゃないか。良かったな」
 まるで祝福するように笑うから何がだ、と言いたくなる。
 現況、いいことなどひとつもない。
「両思いだろうとしょせん兄妹だし……。何よりもセリはもういない」
「確かに芹香ちゃんはもういないけど……でも、兄妹ってそんなに大きな壁か? 両思いならそのまま一緒にいればいいんじゃないのか? 逆に兄妹だから一緒に暮らしていても違和感ないっていうか……」
 は? この人何が言いたいわけ?
「俺はさ、別に結婚なんてどうでもいいって思ってる節もあって、つい最近まではずっと翠葉と暮らしていくつもりだった。翠葉には幸せになってもらいたいけど、もともと人の中に入っていくタイプじゃなくて、あげくこの身体だ……。秋斗先輩って人が現れるまでは結婚なんて想像もできなかった。たぶん、本人も同じなんじゃないかな? 結婚なんて考えたこともなかった。だから、なおさら動揺した」
「それは何? ずっとあんちゃんがリィの面倒を見るつもりだったってこと?」
「そう。今でも普通にそう考えられるよ。いつまでも両親が健在なわけじゃない。そしたら翠葉の面倒は俺が見る。それが当たり前だと思っていたし、今もそう思っている。世間にどう見られるかなんてどうでもいいんだよね。翠葉が笑ってくれてて自分が満足できるなら。だから、唯もそれで良かったんじゃないのかな」
 俺も、それでいい……?
「好きな女を養う、好きな女と一緒に暮らす。他人の目にはちょっと仲が良すぎる兄妹に映るくらいで、別段不思議なことでもなんでもないんじゃないかと俺は思うわけだけど……」
「ちょっと待ってっ……その前に、俺、セリのこと襲いそうなくらい理性に歯止めききそうになかったんだけど……」
「あぁ、近親相姦の問題か……。子どもをつくるのは避けないとだめだろうな。でも、それ以外になんの問題がある? 倫理なんてしょせん人が作り上げた考えだろ? それに順じない人間がいたって不思議でもなんでもない」
 ますますもってわからなくなってきた……。俺、人選誤ったかっ!?
「唯、なんでもかんでも型にはめ込もうとすると身動き取れなくなるぞ?」
 いや、型にはめ込まないとだめなものもあるでしょうっ!?
 誰か、誰か助けて――俺、雪国で遭難しかけてるか、方位磁石が狂った船で難破してるっぽいんだけど。
「すみません……我を取り戻すために電話を一本かけてもいいでしょうか」
 悩んだ挙句、断りを入れて携帯を手に取った。
 もう一時を軽く回っている。消灯時間もとっくに過ぎている。が、あの人が寝ているはずもないだろう。
 そう、ヘルプ先は秋斗さん。
 コール音が鳴ると三コール目で出た。
『若槻、大丈夫か?』
「ご心配をおかけして大変申し訳ございません。……えぇと、助けてください……」
『……何が起ってるのか、俺さっぱりわからないんだけど……。オルゴールが見つかったってことしか聞いてないし』
「えぇ、あんちゃんに色々相談していたところなんですが、世間一般の答えが一個も返ってこなくてうろたえているところです」
『ほぉ……俺には話せなくても蒼樹には話したわけか。いい度胸だな……』
 嫌な空気を感じつつ、今度はヘルプ先を間違えた気がしてくる。
『けど、蒼樹は蒼樹の考えがある。普通の考えを聞きたいなら蔵元じゃないか?』
 言われて納得した。蔵元さんからは型にはまった答えしか返ってきそうにはない。
『けどさ、俺にも話せない内容を蔵元に話すことができたか?』
 あ……そっか……。俺があんちゃんに話をすることができたのは、何かほかと違うと思ったからだ……。
 なーんだ、そういうことか。俺は普通の答えを求めていたわけじゃないんだ。
『蒼樹は一般的な考えができないわけじゃない。一般的な考えを知ったえで自分の考えを通すことができる人間。人の意見を受け入れる柔軟さを持っている人間だよ。ほら、建築家ってさ、そもそも発想の宝庫みたいな人間だし、人に望まれるものを自分が作りたいものと融合して形にしていくだろ。つまりはそういういこと』
「なんとなくわかる気がします。ってことは、俺、人選ミスはしてないってことですよね?」
『俺だと力技でねじ伏せるとかそんな手法を言い出すし、蔵元は一般論から外れない。湊ちゃんはぶっ飛びすぎているのにどこか型にはまっているし、静さんも力技が得意。下手したら言いくるめられて終わりだな。だから、人選は間違ってないんじゃないか?』
「ありがとうございます。なんとなくほっとしました」
『あぁ、存分に蒼樹の考えを聞いてみるといい』
 そこで携帯を切る。
「あんちゃん、あんちゃんって意外と変なところで人望があるんだね」
 真面目にそう思った。
 あんちゃんはというと、
「だから先に言っただろ? 俺はそこら辺のひとりの人間で、自分の主観でしか答えられないって……」
 あぁ、それはこういう意味だったのか……。
「別にさ、世間一般論で武装してもいいんだよ。けど、それには個性がないしつまらない。でもって、俺にはなんだか当てはまらないことが多いんだ。それは翠葉も同じで……。唯もそうなのかなって思った。ま、それを言うなら秋斗さんや藤宮の人間なんて誰ひとりとして当てはまらないだろ? ちょっと安心するよな?」
 をぃ、ちょっと待て……。この人、自分の周りは皆類友扱いしたけどっ!?
 でも、それは一理あって、俺がその中にいて息苦しさを覚えないのは水があってるからなのか、とも思ったり……。
 正直、家や学校に行っているときはどこにいても酸欠状態で、すごく苦しかった。
「あんちゃん、俺はまともかな」
「まともかどうかは知らない。でも、俺には普通に見える。唯が持つ感情だとかそういうものを変だとは思わないし異常だとも思わないよ」
 なんともいえない気持ちになった。
 自分を否定されないというか、認められた、というか……。仕事やそういうものではなくて、人間として――人として認めてもらえた気がした。
 自分の一番ネックとなる部分を話して、なおかつ受け入れてもらえた。ただそれだけで、こんなにも心が軽くなるとは知りもしなかった。
「補足情報だけど……。この話を翠葉が聞いたとしても、唯が思っているような反応が返ってくるとは思わないほうがいい」
「え?」
「翠葉も俺同様、何か着目点が違う人間だから。そういう意味では俺以上に世間一般っていうものには疎いし、感覚でしか物事を捉えられない。だから……そうだな、やっぱり第一声は『良かったね』って言うと思う」
 それはどこにかかる言葉なんだろうか。
 両思いで良かったね? 手紙が読めて良かったね? オルゴールが手元に戻ってきて良かったね?
 わっかんねぇ……。
「ま、翠葉に話す話さないは唯の自由だけど、変態扱いはされないから安心しろ」
 あんちゃんはサイドテーブルに置いてあるグラスを手に取り、ぬるくなってしまったであろうアイスコーヒーに初めて口をつけた。
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