光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
352 / 1,060
第八章 自己との対峙

17話

しおりを挟む
 唯兄と蒼兄は全然タイプが違う。それは歩き方にも現れる。
 蒼兄は私に気づかれないように忍び足で歩くのが上手。対して唯兄は「ここにいるよ!」と主張するようにパタパタとスリッパの音を立てて歩く。
 でも、その足音がとても嬉しかった。家にひとりじゃないことが感じられて。
 もしかしたら私がドアを閉めないでと言ったからなのかもしれない。
 そんなことを考えていると、玄関のドアチャイムが鳴り、人が入ってきたことを知らせる。
 どうやら静さんがお買い物から帰ってきたようだ。
 静さんは荷物を置いてくると、
「訊くのを忘れたんだが、翠葉ちゃんはお刺身とかナマモノは大丈夫だったかな?」
「はい、大丈夫です」
「お昼は手巻き寿司にするからね」
 静さんの後ろで二階から下りてきた唯兄が頭を抱えている。
 気持ちはわからなくもない。
「……静さんがスーパーでお刺身を買ってきたんですか?」
 失礼かとは思ったけれど、あまりにも想像ができなくて尋ねてみた。すると、
「私のスーパーにね」
 にこりと笑う。
 私の、スーパー……?
「ウィステリアホテルというところは非常に品揃えがよく鮮度も抜群なんだ」
 その答えに私と唯兄は胸を撫で下ろした。
 どうやら、掃除をする前に唯兄が炊飯器をセットしていたらしく、炊き立てのご飯を酢飯にすると、すぐにランチタイムになった。
 魚介類はどれも新鮮でとても美味しかった。それから、静さんお手製のエビの頭汁も。
「静さんはなんでもできちゃうんですね」
「なんでもはできないよ。それに、これはただ出せば巻いて食べられるものだろう?」
 それはそうだけれど……。これだけの準備をできない人もいると思う。そこからすると、やっぱりすごいな、と思うわけで……。
 静さんを見るといつも思う。どうしてこんなにすてきな人が独身なのかな、と。
 出逢いはたくさんありそうだけれど、忙しすぎて時間がないのかな……。
 奇妙な顔ぶれで昼食の時間が過ぎていく。

「この家の裏手には運動公園があるんだ。日ごろ運動不足の若槻にはいい散歩コースになるんじゃないか?」
「日ごろから頭脳労働が激しくてブドウ糖不足気味の俺には屋内で糖分補給のほうが遥かに重要です」
「そんなこと言ってないでたまには外に出ろ。季節によって咲く花が違うというから、翠葉ちゃんと行ってこい」
 その言葉にもしかしたら、と思った。
 私が去年そこで倒れたことも、そのあとの入院が長引いて留年していることも、静さんは知っているのかもしれない。
 唯兄にはその辺の話をしたのかは覚えていない。そもそも、こんなに親しくなるとは思ってもいなかったのだ。
 人生ってわからないものだな……。
 薬を飲み椅子から立ち上がると痛みが走った。
「……リィ?」
 動きの止まった私に唯兄が声をかける。きっと静さんの視線もこちらを向いている。
「うん……? ごめんなさい。食器を下げようと思ったのだけど……横にならせてもらってもいい?」
 テーブルを見ていた顔を上げ唯兄に確認を取ると、「気にしなくていいよ」と言われた。
「静さん、ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
 それだけ伝えると、くるりと向きを変えゆっくりと自室に向かった。
 もう、一歩一歩の歩幅も靴一足分程度になっている。すり足で歩くようにして数歩歩くと、身体がふわっと浮いた。
「部屋まで送ろう」
 静さんの声が耳元で聞こえる。
「やですっっっ」
 大声を出すことでまた身体に痛みが走る。
 静さんは下ろしてはくれなかったけど、理由は訊いてくれた。
「つらいのだろう?」
「……でも、まだ――まだ自分で歩けます」
 自分で歩けるうちは人を頼りたくなかった。
 できることは自分の力でやりたい。痛くてもなんでも、数少ないできることを手放すことが怖かった。
「強情なのは碧譲りかな」
 静さんは笑いながらゆっくりと下ろしてくれた。
「せめて、杖くらいにはなりたいものだな」
 と、右手は掴まれたままだったけど。
「……ありがとうございます。それと、大声出してごめんなさい」
「いや、人の価値観やモノサシはそれぞれ違うものだ。それを無視した私も悪い」
 きっと静さんは悪いことなんて何もしていない。普通に優しい人で、ただ助けようとしてくれただけだ。
 好意を無下にしたのは私。私が強情なだけ。譲れない部分が人と少し違うだけ。
 でも、静さんはそれを瞬時に理解してくれた。そういう人はきっと少ない。

 ベッドにたどり着いたとき、玄関でチャイムが鳴った。インターホンではなくてドアチャイム。
 誰だろう……。
 今、歩いてきた部屋を振り返ると、そこには息を切らせたお母さんがいた。
「翠葉っ」
 駆け寄ってくるお母さんを制止したのは静さんだった。
「そんな勢いで近寄ったら身体に響く。歩く振動もつらいみたいだ」
 静さんが言うと、悲愴そうな顔がこちらを向いた。
「こっちに戻ってくるなら電話くれたらよかったのに」
「ごめんなさい……。試験期間に決めたのだけど、少し体調悪くて連絡怠っちゃった……」
 ここ数日は連絡をしていなかった。そして、両親からの連絡も珍しく途絶えていたのだ。
 蒼兄のもとにはお父さんたちの予定表なるものが届いているらしく、それと照らし合わせるとちょうど忙しい時期であることは知っていた。だから、帰ってきてから連絡をすればいいと思っていた。
 ならば、誰が連絡を入れたのだろう。蒼兄ではないだろうし、唯兄でもないと思う。ほかの人には今日話したくらいだ。
「湊先生から連絡があってびっくりして帰ってきちゃったわ」
 その言葉に答えを得る。
「とにかく横になりなさい」
 横になると、
「ご飯は食べられているの?」
「うん、さっき静さんお手製の手巻き寿司をいただいたの」
 安心してもらいたくて、つい笑顔で答える。
「そう」と、額に乗せられた手が汗ばんでいた。
「まだ大丈夫だよ。耐えられる痛みだから」
 お母さんは何も言わず、少し悲しそうな表情をした。
「碧も昼はまだなんだろ? 向こうで食べたらどうだ?」
 静さんに促され、お母さんは部屋を出ていった。
 薬の効果でうつらうつらしてきたころ、
「あ、唯兄の紹介し忘れちゃった……」
 でも、静さんがいるから大丈夫かな。唯兄が不安がってたら申し訳ないな。
 今からでも紹介をしたほうがいいのだろう。そうは思っても、もう身体を起こすことはできなかった。
 眠れるのは幸せ。痛みから解放されるなら、ずっと寝ていたい――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

処理中です...