光のもとで1

葉野りるは

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第八章 自己との対峙

27話

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 火曜日、いつもより三十分も早く起きて、緊張しながらゆっくりと身支度を整えた。
 朝ご飯に唯兄が野菜のスープを作ってくれ、マグカップに一杯しか飲むことはできなかったけれど、そのスープにはご飯も少し入っているし、須藤さんの指導でオリーブオイルも追加され、カロリーが少しでも多く摂れるように工夫されている。
「これ、サーモスタンブラーの中にも同じのが入ってる。小まめに摂取してカロリー維持するようにね」
「ありがとう」
 私はお礼を言っただけなのに、唯兄に両頬を摘まれ引っ張られている現状に納得がいかない。
「いひゃい(痛い)……」
「顔が強張ってるから緩めてあげようと思ったんだ」
 そんな私と唯兄を見て、蒼兄とお母さんは始終笑っていた。
「十二時前には保健室で待っているから」
 お母さんにそう言われて送り出された。
 行きは蒼兄の車に乗って登校。
 「昇降口で桃華が待ってるからそこまで送るよ」
 付き合っているということ聞いてから、ふたりが一緒にいるとこを見るのは初めて。でも、全然違和感はないんだろうな……。
 今日は一限と二限に出席して、三限は保健室。四限を出席したら保健室でお母さんと合流。
 昇降口へ着くと、蒼兄の言っていたとおり、桃華さんが昇降口で待っていてくれた。
「翠葉、おはよう! 蒼樹さん、おはようございます」
「おはよう」
 蒼兄は優しい顔で答えた。
「翠葉……?」
 桃華さんに顔を覗きこまれてはっとする。
「あ、ごめんね。おはよう、桃華さん」
「どうしたの? 別に翠葉から蒼樹さんを取ったりしないから安心して?」
 桃華さんに言われて妙に慌ててしまう。
「あの、そうじゃなくてっ……。ただ、蒼兄がすごく優しい顔をしてるな、と思って……」
 蒼兄を改めて見上げると、
「そりゃ、好きな子に朝から会えたら嬉しいだろ?」
 真顔で言われた。
 もしかしたら蒼兄って意外と臆面のない人なのかもしれない……。
 あ、でも……シスコンと言われて堂々としているのだから、そういう人であることに間違いはないよね?
 ……ん? ということは私も……になるのかな。
 悶々と考えているうちに、蒼兄は大学へ向かって歩き始めていた。

 昇降口から教室まで、普通に歩ければ二分とかからない距離。けれども、今の私には五分ちょっとかけないとたどり着けない距離。
 私の歩く速度に桃華さんはひどく驚いていたけれど、何を訊くでもなく私の歩幅に合わせて教室まで付き添ってくれた。
 いつものことだけど、最近は拍車をかけて顔色だって悪い。でも、やっぱりそのことにも触れずにいてくれた。
 それは桃華さんだけではなく、クラスメイト全員が……。
 飛鳥ちゃんだけは隠しようがないほど不安な顔をしていたけれど、それでも何かを訊いてくることはなく、見守るに徹してくれた。
 授業を二時間続けて受けるのはかなりつらかった。休憩時間にクラスメイトが予習をしている中、私は机に突っ伏して休憩するのが精一杯。椅子に座っていること事体が苦痛だったからだ。
 痛みは大したことはない。でも、保健室で休んでいる間に痛み止めは追加して飲んでおいたほうがいいかもしれない。
 二限が終わると海斗くんが保健室まで付き添ってくれると言う。けれど、教室を出たところには司先輩も立っていて、両脇を抱えられる状態で保健室へと向かった。
「ふたりとも、ごめんなさい。本当は自習したい時間なのに……」
「俺は問題ない」
 そう答えたのは司先輩。
「俺も、次の時間は英語だから平気」
 海斗くんはのんびりと答えた。そのゆっくりとした話し方に、「余裕だから」という雰囲気が感じられ、優しいな、と思った。
「それより、翠……食べられているのか?」
「……かろうじて、かな」
「……そう」
 司先輩はほかにも何か言いたそうだったけれど、それ以上は何も言ってこなかった。
 保健室に着くなり、唯兄の作ってくれたスープを飲み痛み止めを飲んだ。そして、指定席のようになっているベッドに横になると、当然のように点滴を打たれる。
「一時間じゃ半分も入れられないわね。四限は点滴打ったまま教室に戻りなさい」
「え……。あの、クラスで授業を受けながら点滴を続行せよ、と……?」
「そう。スタンドなら海斗が持って上がるから問題ないわ」
 いえ、そういうことを訊きたかったわけではなくて……。
「中途半端に目立ってるんだから、この際思い切り目立っておきなさい。時に開き直りも大切よ。ほら、とっとと寝る」
 有無を言わさず会話は打ち切られた。
 教室で点滴、そして授業――やだなぁ……。
 でも、点滴は必須事項でもあるし、学校にいるうちに点滴を終わらせてしまったほうがいいのは確かだった。
「仕方ないのかな……」
「仕方ない」という言葉で納得してしまうのはある意味楽だ。でも、うちのクラスはいいけれど、ほかのクラスの人たちや移動教室の人たちに見られるのは抵抗があるな。
 そんなことを考えながら眠りにつく。

 頬にツン、と刺激があって目が覚めた。
「……司先輩?」
「そう。あと十分で終業チャイムが鳴る。その前に教室まで移動」
 と、先輩は点滴スタンドに手を伸ばした。
 え……。ということは、まだ終業チャイムが鳴る前?
「今、授業中ですか?」
「そう」
 そう、って普通に答えるけれど……。
「うちのクラス自習だから」
 目を白黒させていると、
「なかなか気の利く弟でしょ?」
 と、湊先生が顔を覗かせシニカルな笑みを浮かべていた。
 そんな先生に見送られて保健室を出ると、廊下に人はおらず、しんとしていた。廊下には点滴スタンドがカラコロと移動する音が響いている。
 司先輩もゆっくりすぎる歩みに対しては何も訊かず、何も言わず付き添ってくれる。階段も一段ずつゆっくりと上がる。点滴スタンドを片手に持ち、私の右側の補助もして。
「先輩、ありがとうございます」
「礼を言われるほどのことはしてない」
「でも、ありがとうございます……」
「何度も言わなくていい」
「でも、ありがとうございます……」
「……何度言ったら気が済むの?」
 先輩は眉間にしわを寄せる。
 きっとこれは先輩の癖なのだろう。
 先輩は何も言わないけど優しい。
 厳しいけど、優しい。無愛想だけど、優しい……。
「……何度言っても足りない気がするから、何度も言いたいんです」
 先輩は足を止めてため息をついた。
「俺はそのたびに返事をしなくちゃいけないんだけど」
 なんとなく、面倒という顔。
 それでも、この先輩は言われるたびに答えようとしてくれているのだ。そんなところも司先輩の優しい部分。
「先輩、ひとつ謝罪」
「何」
「先輩は格好いいけど意地悪、じゃなくて、格好良くてすごく優しい人、です」
「…………」
「……先輩?」
 司先輩は一瞬下を向いてから、今上がってきたばかりの階段を振り返った。
「それはつまり……氷の女王撤回ってことでいいのか?」
「……そうですね。でも、あれは氷の女王スマイルだと思いますよ?」
 そんな会話をしているとチャイムが鳴り、教室の前のドアから佐野くんが出てきた。佐野くんはびっくりしつつも司先輩から点滴スタンドを受け取り、窓際の席まで付き添ってくれた。
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