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23 Side 蒼樹 01話
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翠葉の病室を出て、携帯が使えるゾーンまで移動する。
記憶が欠如していると気づいたときの取り乱し具合はひどいものだったが、今はかなり落ち着いている。
「司のおかげ、かな」
遅めの昼食を摂って休んだ翠葉は、司が来たときに少し取り乱したものの、司と話し始めてからはずいぶんと落ち着いているように見えた。幾分か声に張りが出たようにも思える。それを多分に感じられたのは、屋上からふたりが戻ってきたとき。俺だけではなく、母さんも唯も翠葉の大声に驚いた顔をした。ナースセンターにいた湊さんと藤原さんも顔を見合わせ笑みを浮かべたほど。
秋斗先輩の取った行動がどれほど翠葉の負担になったのか。それは記憶を失うほど、だ。
俺は次にどんな顔で、どんな態度で先輩と会うことになるのだろう。
怒りがないといったら嘘になる。ないわけがない……。
昨夜藤原さんから連絡があったときには、ひどく怯えている様子ではあるが、自分が側にいる限り間違いは起こさせないと約束してくれた。
翠葉の側にずっとついていてくれる、という言葉に安堵はしたけれど、自分の時間をどう使ってでも翠葉と秋斗先輩をふたりにさせるつもりなどなかった。
そう思っていた矢先、不整脈を起こしてICUに入ったという連絡があったのだ。
久しぶりに、心臓が止まる思いだった。
自分で点滴のラインを引き抜くなんて――そんな行動を起こすほどの何があったというのか。
俺たちに知る由はない。そして、当の本人はそんなことを覚えてもいない。
その場にいいた司から会話の内容を一通り聞いたものの、どうして翠葉が自分を責めて「消えてしまいたい」と口にしたのかまではわからなかった。
……さて、これをどうやって桃華に伝えたらいいものか。
ソファに腰掛け、リダイヤルを呼び出し発信する。
すぐに、『はい』と声が聞こえてきた。
「連絡が遅くなって悪い……」
『いえ、大丈夫です。それより翠葉は……?』
「ICUからは出た。でも――」
『でも……? 面会謝絶なんですか?』
少し硬質な声が返ってくる。
「いや、会える……。でも、記憶が――秋斗先輩と司の記憶だけがなくなっちゃったんだ」
『…………』
「桃華たちのことは覚えてる。今日、司には会った。それでだいぶ落ち着いてはいるんだけど、やっぱりふたりのことは思い出せないみたいで」
『どうして――』
「それ相応のストレスがかかったんだろうって……。今までにも何度かこういうことはあったんだけど、数時間の記憶がなくなる程度で、こんな大きな記憶障害は初めてなんだ」
何かショックなことが起きても、そのこと事体を忘れることはなかった。
人まで丸ごと忘れたのは今回が初めてのこと。
それだけ、司と秋斗先輩は翠葉の中でイコールに近い存在で、心を占めている人間だったのだろう。
『何か話したらいけないことはありますか?』
桃華はあくまでも冷静だった。
「秋斗先輩のこと全般、かな。付き合っていたことも何もかも忘れているんだ」
『じゃ、海斗と飛鳥は連れて行かないほうがいいですね。あのふたりは口を滑らすのが得意ですから』
本当に冷静に分析するんだよなぁ……。
そんな桃華に感心しつつ、
「それは桃華に任せる」
『ちょうどいいです。ふたりともテニス部ですから部活で来れないことにしておいてもらえますか? 佐野はインターハイの調整に入っているから時間の融通がきくって言ってました。十一時ごろがいいかもしれません』
「桃華、ありがとう。……でも、そんなにしっかりしなくてもいいから」
『……それは、蒼樹さんの前だけにします』
「電話だって俺の前じゃない?」
訊くと、少し時間を置いてから「実物の前」と小さな声が返ってきた。
思わず頬が緩む。
「わかった……。明日、翠葉と会ったあと、桃華に時間があればランチを食べに行こう」
『はい、楽しみにしています』
少しずつ桃華の重装備が剥がれていく。
そんな瞬間を嬉しいと思う自分がいた。
翠葉はこれからどうなるのだろう。秋斗先輩はいったい何を考えていたのだろう。
時期を見て静さんが連れてくると言ってはいたが、今はどうしているのか……。
唯の仕事も、指示は蔵元さんから振られているようで、秋斗先輩は関わっていないようだ。
何かがおかしい……。
そうは思うのに、何がおかしいのかがわからない。ただ、先輩が何かを失敗したことだけはわかる気がした。
見えない糸が翠葉に絡まっていて、解いてあげたいのに肝心の糸が見えない。意図も見えず、ひどくもどかしい思いだった。
記憶が欠如していると気づいたときの取り乱し具合はひどいものだったが、今はかなり落ち着いている。
「司のおかげ、かな」
遅めの昼食を摂って休んだ翠葉は、司が来たときに少し取り乱したものの、司と話し始めてからはずいぶんと落ち着いているように見えた。幾分か声に張りが出たようにも思える。それを多分に感じられたのは、屋上からふたりが戻ってきたとき。俺だけではなく、母さんも唯も翠葉の大声に驚いた顔をした。ナースセンターにいた湊さんと藤原さんも顔を見合わせ笑みを浮かべたほど。
秋斗先輩の取った行動がどれほど翠葉の負担になったのか。それは記憶を失うほど、だ。
俺は次にどんな顔で、どんな態度で先輩と会うことになるのだろう。
怒りがないといったら嘘になる。ないわけがない……。
昨夜藤原さんから連絡があったときには、ひどく怯えている様子ではあるが、自分が側にいる限り間違いは起こさせないと約束してくれた。
翠葉の側にずっとついていてくれる、という言葉に安堵はしたけれど、自分の時間をどう使ってでも翠葉と秋斗先輩をふたりにさせるつもりなどなかった。
そう思っていた矢先、不整脈を起こしてICUに入ったという連絡があったのだ。
久しぶりに、心臓が止まる思いだった。
自分で点滴のラインを引き抜くなんて――そんな行動を起こすほどの何があったというのか。
俺たちに知る由はない。そして、当の本人はそんなことを覚えてもいない。
その場にいいた司から会話の内容を一通り聞いたものの、どうして翠葉が自分を責めて「消えてしまいたい」と口にしたのかまではわからなかった。
……さて、これをどうやって桃華に伝えたらいいものか。
ソファに腰掛け、リダイヤルを呼び出し発信する。
すぐに、『はい』と声が聞こえてきた。
「連絡が遅くなって悪い……」
『いえ、大丈夫です。それより翠葉は……?』
「ICUからは出た。でも――」
『でも……? 面会謝絶なんですか?』
少し硬質な声が返ってくる。
「いや、会える……。でも、記憶が――秋斗先輩と司の記憶だけがなくなっちゃったんだ」
『…………』
「桃華たちのことは覚えてる。今日、司には会った。それでだいぶ落ち着いてはいるんだけど、やっぱりふたりのことは思い出せないみたいで」
『どうして――』
「それ相応のストレスがかかったんだろうって……。今までにも何度かこういうことはあったんだけど、数時間の記憶がなくなる程度で、こんな大きな記憶障害は初めてなんだ」
何かショックなことが起きても、そのこと事体を忘れることはなかった。
人まで丸ごと忘れたのは今回が初めてのこと。
それだけ、司と秋斗先輩は翠葉の中でイコールに近い存在で、心を占めている人間だったのだろう。
『何か話したらいけないことはありますか?』
桃華はあくまでも冷静だった。
「秋斗先輩のこと全般、かな。付き合っていたことも何もかも忘れているんだ」
『じゃ、海斗と飛鳥は連れて行かないほうがいいですね。あのふたりは口を滑らすのが得意ですから』
本当に冷静に分析するんだよなぁ……。
そんな桃華に感心しつつ、
「それは桃華に任せる」
『ちょうどいいです。ふたりともテニス部ですから部活で来れないことにしておいてもらえますか? 佐野はインターハイの調整に入っているから時間の融通がきくって言ってました。十一時ごろがいいかもしれません』
「桃華、ありがとう。……でも、そんなにしっかりしなくてもいいから」
『……それは、蒼樹さんの前だけにします』
「電話だって俺の前じゃない?」
訊くと、少し時間を置いてから「実物の前」と小さな声が返ってきた。
思わず頬が緩む。
「わかった……。明日、翠葉と会ったあと、桃華に時間があればランチを食べに行こう」
『はい、楽しみにしています』
少しずつ桃華の重装備が剥がれていく。
そんな瞬間を嬉しいと思う自分がいた。
翠葉はこれからどうなるのだろう。秋斗先輩はいったい何を考えていたのだろう。
時期を見て静さんが連れてくると言ってはいたが、今はどうしているのか……。
唯の仕事も、指示は蔵元さんから振られているようで、秋斗先輩は関わっていないようだ。
何かがおかしい……。
そうは思うのに、何がおかしいのかがわからない。ただ、先輩が何かを失敗したことだけはわかる気がした。
見えない糸が翠葉に絡まっていて、解いてあげたいのに肝心の糸が見えない。意図も見えず、ひどくもどかしい思いだった。
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