光のもとで1

葉野りるは

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25~28 Side 司 04話

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 夜には兄さんまでやってきた。
「いやー……姉さんからのメール見たとき冗談かと思ったよ。なんだ、マジで熱出してたんだな?」
「熱なんて四十度もあったのよ。私たちが医者になってから司を診るのなんて初めてじゃない?」
「初めてでしょー……っていうか、何? 明日雹とか降らせないでほしいんだけど?」
 それ、あんまりだろ……。今夏だし……。
 でも、そんなふうに言われるくらいには、こんな派手な風邪はひいていなかった。
 記憶に残っているひどい体調といえば、初等部に上がったころになったおたふく風邪くらいなものだ。
 初等部低学年のころは何度か流行り風邪をひくこともあったけど、風邪をひくたびに父さんに言われたものだ。「自己管理を怠るな」と。
 風邪の九十パーセントは手洗いうがいで防げる。なぜそれが防げなかったのか、と風邪をひいて寝ている俺に言葉少なに問いかける。
 父さんは俺が小さいときからそういうところではとくに容赦のない人だった。
 勉強に関しては姉さんと兄さんが率先して俺にあれこれ教えていたことから、両親に何を言われることはなかった。それに、この姉と兄は「子どもは夜にちゃんと寝ないといい脳が育たない」と言って、俺を寝かしつけることにも余念がなかった。
 俺が夜更かしを覚えたのはいつだったか――
 数年前の出来事を思い出そうとしていると、
「姉さん、今日は家族揃うし酒盛りしなくちゃかな?」
「そうね、祝杯ものよね?」
 弟の看病で酒盛りってどうなの……。あんたたちの思考回路壊れてるんじゃない? それに、姉さんは酒弱いんだからやめておけ。俺、今介抱するのは無理――
「何よその顔」
 姉さんに話を振られてむすっとした表情を返すと、
「別にあんたの風邪に祝杯あげるんじゃないわよ?」
 え、違うの……?
「おまえ、インハイ入賞したんだろ?」
 このタイミングでそっち……?
「私たちそこまで鬼畜じゃないわよ。でも、写真を撮りたい心境ではあるけれど」
「確かに、記念写真は撮りたくなるな。たぶん、この風邪治ったらまた当分は風邪なんてひかないんだろうし」
 写真なんて撮られてたまるか……。
 このふたりのことだ。写真を撮った暁にはフォトスタンドに入れて部屋に飾る。もしくは、携帯の待ち受けに設定される。絶対にそこまでやる。だから、断固拒否。
 兄さんはデスクチェアに跨ってベッドの方を向いており、姉さんはベッドを背にしてラグの上に座っていた。
 そういえば、姉さんの髪伸びたな……。
 もしかしたら伸ばしているのかもしれない。今年が約束の期限だし……。
 この姉が結婚、ね……。そして、もうひとりの兄があの人だなんて詐欺だ――
「そうそう、司ってば携帯水没させたのよ!」
 思い出したくない話を姉さんが掘り返す。
「おまえ、大丈夫なの?」
 兄さん、頼むから真顔で訊かないでくれ……。
「そもそも水没ってどこで?」
「(風呂)」
「……普通バスルームに携帯なんて持って入らないだろ?」
 この先は答えたくない……。
 無言を貫くと、姉さんが口を開いた。
「司が携帯を持ったままバスルームに入る状況なんてひとつしか考えられないじゃない。湯船にお湯を張ろうとしてコックを捻ったらシャワーが出た、そんなところでしょ?」
 ニヤリと笑みを深めた顔を向けられ目を逸らす。
 目を逸らした時点で肯定したも同然だった。
「なるほどねぇ……。いやぁ、それにしてもずっと見ていても飽きない光景だな」
 兄さんも姉さんもそろそろ出ていってくれないだろうか……。
 でも、その前に姉さんに礼は言っておくべき。
「(携帯、ありがと)」
 姉さんは夕方までに機種変を済ませてきてくれたのだ。
「出世払いで返してもらうわ」
 機種変代なんて自分で払える。がしかし、この姉はそれを受け取りはしないだろう。
「それ、電源は入れてあるけど鳴ってうっかり出る、なんてバカな真似しないようにサイレントモードにしてあるから」
「(助かる)」
「何かあればメールなさい。かわいい弟のためならなんでも買ってくるわ。もちろん支払いは出世払いで」
 姉さんはにこりと笑みを添えた。
 通常、「出世払い」というのはこちらからお願いする台詞で、間違っても姉さんが言う台詞ではないはずだ。それをあまりにも自然に使うこの姉の言い分は、
「今の価値観で貸しを返されたってつまらないじゃない。せめて、社会に出て経験値を積んで、姉の器の大きさを思い知ってから返してほしいものだわ」
 未来の価値観、経験値イコール利子――
 押し売りされた親切を恨めしく思っていると、
「俺も姉さんも、司の熱が下がるまでこっちにいるからさ」
 は……?
「あら、不服そうな顔するじゃない?」
 薬はもらったし、あとは父さんに診てもらえばいい話じゃないの?
「あとは父さんに任せてもいいけど、こんな司はめったに見られないからな。じっくり見ておかなくちゃだろ?」
「放っておけっっっ――ゴホッゴホゴホゴホ」
 なんとか声は出せたものの、そのあとの咳が止まらなくてつらい。
「ほらほら、いい加減横になれよ」
 背中に入れていた枕を兄さんに引き抜かれる。
「(ふたりが部屋にいるから休めない)」
「わかったわかった」
 兄さんと姉さんは腰を上げた。
「珍しいもの見たさっていうのもあるけど、母さんをこの部屋に入れるよりは、俺たちが入ったほうがいいだろ?」
「そうそう、お母様に風邪をうつさないことがあんたの課題」
 肝には銘じている。でも、母さんは入ってくるなといっても二、三時間ごとに入ってくる。それをどう避けろというんだ。
「(それならマンションに移動したい)」
 申し出はあえなく却下された。
「たまには実家に家族が揃うのもいいじゃない。お母様が寝込んだら私が面倒みるわよ」
「ま、そうなったとき、父さんの冷たい眼差しからだけは守ってやれないけどな」
 ふたりはクスクスと笑いながら部屋を出ていった。

 新しい携帯が気になるといえば気になる。が、今は頭が痛くて文字を追う気にもならない。
 熱が下がるまではおとなしくしておこう。
 携帯は充電器に乗せたまま放置していた。だから――翠から電話が何度もかかってきていたことも、メールが届いていたことも、何も気づかずにいた。
 熱を出したことで翠のことを何度か思い出したものの、それ以外では身体がだるいのと頭痛のひどさに何を考える余裕もなかった。
 どんな状況で昨日別れたのかなんて、思い出す余裕もなかったんだ。
 起きてはご飯を食べ薬を飲み眠る。ただ、自分の身体の回復のために時間と体力を費やした。
 俺がそんな日々をすごしている間、翠が不安な日々を過ごしているなど知りもせず――
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