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23 Side 優太 01話
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作戦タイム――それは俺と佐野くんの娯楽時間と化していた。
仕事はそれなりに忙しいけど、悪巧みする時間ほど楽しいものはない。
場所は外。何って、グラウンド脇にある観覧席が俺たちの会議場所。
何を隠そう、陸上部の休憩時間だけが俺たちに許された時間なのだ。
佐野くんは特待生ということもあり、ほかの人間ほど融通がきかない。学校行事に何があろうと部活が優先される。
けれど、今となっては紅葉祭関係者の要に近い存在でもあり、彼がこっちに来られないときは俺が出向くことになっていた。
まるで公園のベンチで囲碁や将棋をやっている年寄りみたいに、ふたりの間にノートやファイルを広げ、あーでもないこーでもない、と話している。
間違いなく、この場には不釣合いな光景だと思う。
「で、ですよ――」
始まった、佐野くんの悪巧みが。
傍目に見た俺たちには、絶対に悪魔の触覚とか尻尾が生えて見えると思う。
「あの藤宮先輩にシャウトさせるのは至難の業じゃないっすか」
「あぁ、確かに……」
今現在取り付く島のない男こと、藤宮司。司には色々とこなしてもらわなくてはいけないことがある。が、やつは全然乗り気ではない。
歌の練習に何度となく付き合ってきたものの、音程や歌がどうこう以前に気持ちがこもっていない。司のためだけに選曲されたものにもかかわらず……。
そして、今日はいつもに増して不機嫌ときた。
昨日、病院に運ばれた翠葉ちゃんは休み。だからなのかなんなのか――
なんていうか、翠葉ちゃんがいないと本当に取り付く島がなくて困る。
司の機嫌が悪いと仕事のペースが異様に速くなるため、同じ会計を担当する俺は非常につらいこととなる。
俺や嵐子は司との付き合いはまだ一年半ってところだ。そのほか一年メンバーや茜先輩に会長は中等部からの付き合いがある。
千里と茜先輩だけが中等部からの付き合いで、ほかは家絡みの付き合いだったり、従弟だったりで俺らよりもはるかに付き合いが長い。
だからといって、すごく仲がいいとか深い付き合いをしているとか、そういうわけではなさそうだけど、こういうときにどういう対応をしたらいいのか、その辺は十二分に心得ているらしい。
図書室を出てくるとき、廊下で茜先輩に会った。
茜先輩は俺が手にしているファイルを見て、
「こっちはなんとかするから、優太も佐野くんとの打ち合わせに行っていいわよ」
茜先輩がそう言って送り出してくれたからこそ、今俺はここにいる。
司がかまうなオーラ全開でも、かまいたくて仕方がないのは嵐子。
取り付く島はなくてもつつきどころが満載な今は、それも仕方ない気がするけれど、それはある意味命取り……。
そんなピリピリしている司に「シャウトしている藤宮くんが見たい!」なんてリクエストが多くて頭を抱えているのは俺……。
だけど、それをクリアさせてしまいそうなのが、目の前にいる陸上少年だ。
音楽全般が好きって言っていたけれど、絶対にそれだけじゃないと思う。こういう悪巧みとかいたずらとかし慣れている顔。大好きって顔。
いわゆる悪ガキタイプ。さらに、それをさらりとこなすツワモノ。
味方にいるとかなり心強い。
インハイで入賞するだけの肝っ玉だからなのか、あの司を嵌めることにすら躊躇しない。
そんなことができるのは茜先輩と会長だけだと思っていた。
海斗は加担はするけど躊躇もする。けど、佐野くんにはそれが見られない。
タイプは違うけど、翠葉ちゃんと一緒かな。
翠葉ちゃんは臆することなく司に物申す貴重な人材。
「たとえばですよ? 『何度でも』を歌わせるタイミングを――順番を図ってみたらどうでしょう?」
ん……?
「極秘映像は茜先輩が『茜色の約束』を歌うときに流しますよね」
「あぁ……」
衣替えがあった今日から、一斉に映像、写真班が動き出しているはずだが、今日はターゲットのひとりである翠葉ちゃんは休みだし、ターゲット二は恐ろしいほどに不機嫌極まりない。
映像、写真班は苦労するんだろうなぁ……。
彼らのミッションは『茜色の約束』で流す画像を集めること。
でも、それが何……?
「あの曲はラストのほうで使う予定じゃないですか?」
「あぁ、いわゆるトリだしな」
「でしょ……? ってことは、それまでの告白ソングを御園生は全部聴いていることになりますよね?」
「なるな……」
「でも、御園生は鈍ちんなので、絶対に気づかないと思うんですよ」
「……それはさ、どんなに司が恥ずかしい思いをして告白ソングを歌っても、翠葉ちゃんはその気持ちに気づかないって確信だろうか……」
「ふっふっふ……そのとおり! 御園生、筋金入りっすから」
……あり得ないだろ?
司の普段の態度で気づかないっていうのは千歩譲って大目に見るとして、これだけラブソング歌われて気づかないって、そんなことあるのかっ!?
司が歌を歌うとき、正座させて聴かせたほうがいいだろうか――真面目に悩む。
「じゃ、俺らがやってるのってまるで意味なし?」
正直、拍子抜けっていうかやる前に気持ちが萎えそう。
ここまでくると、手こずっている司を見れて面白いとかそういうのを通り越し、司が不憫に思えてくる。
「いや、藤宮先輩の気持ちには気づかなくても、御園生が藤宮先輩に惹かれるきっかけにはなり得るんじゃないでしょうかね?」
佐野くんはどうしてこんなにも冷静なんだろうか。
「とりあえず、御園生の鈍さを利用しない手はないでしょう?」
にこりと笑ったこいつは間違いなく悪魔だな。鬼だ。
「何なに、もうちょっとわかりやすくお兄さんに話してみなさいよ」
そう言えば、佐野くんは「にぃ~」と笑った。
出たな、悪ガキスマイル!
「これだけ歌ったのに気づかないっていう状況をそれとなく藤宮先輩に吹き込めばいいじゃないですか」
さらりと言いやがった。
「さすがの藤宮先輩でもイラッとするでしょうね……。あぁ、不機嫌そうなのはいつものことですけど。ついつい何かに八つ当たりしたくなるような心境にはなりますよね? そこで、茜先輩の『茜色の約束』で自分たちの写真が使われていたら拍車をかけてイラッとするでしょう? で、最後に『何度でも』を歌ってもらう、と」
ケロリ、とした顔で歌詞のプリントをファイルから出す。
「あぁ……すげぇぴったり……」
佐野くんが満足そうに「でしょ?」と笑った。
「相手は御園生ですからね」と含み笑いをしてから、
「御園生が気づかないからっていう理由だけで藤宮先輩が御園生を諦めるとは思えないし、だとしたら何度でもがんばるしかないでしょう? 必然と感情移入することになると思いません?」
「思う」
いやはや、なんていうかさすがとしか言えない。
こりゃもしかしたらもしかしなくても、少し感情的にシャウト気味に歌う司が拝めるかもしれない。
「ってことは実のトリはこれ?」
「当たりっ! 全校女子生徒に感謝してもらえそうですよね! 第三部のラスト三曲目に茜先輩の『茜色の約束』。そのあとに藤宮先輩の『何度でも』を持ってくれば完璧じゃないですか。会場だってスクリーンを見せられたあとで沸いてる状態でしょうし、その状況下でこのテンポの曲っていい感じだと思いますよ」
「やばい……楽しみになってきた」
「悪巧みとは、苦労して企む側が報われるためにあるものです」
そう言った佐野くんはとても楽しそうで、心からこのイベントとを楽しんでる高校生で――さっきまでフィールドに立っていた佐野くんとは全く違った。
フィールドにいるとき、佐野くんはとても孤独だ。ひとりで闘う競技種目というのはそうなりがち。それが当たり前。
俺も水泳でそうだからよくわかる。
そのうえ、特待生という枠は特殊すぎる。なのに、佐野くんはそういう立場にありながらもちゃんと高校生活を楽しんでいると思う。部活一色になりきらずに……。
特待生になると、高校生活なんて取ってつけたようなそんなものになることが大半だ。でも、佐野くんは――期待という重圧に負けず、高校生としての顔を持てるだけの器量がある。
どこの学校でもよくあること。
特待生という枠で入学し、羨望の眼差しと嫉妬に雁字搦めにされ、さらには高校生活から引き剥がされるように部活に専念させられ、限られた狭い世界で自分と闘う環境を強いられる。ゆえに、メンタルの部分から挫折する人間は少なくない。
あぁ……だからか。ある意味、司とも対等なんだ。
司は特待生じゃない。でも、インハイ出場者で常に赤丸首席をキープ。
個人競技同士、そんなメンタル面で彼らは似たような境遇を経験している。
うちの学校の特待生は学力面で優遇されることはない。
そのことを不思議に思っていたけれど、もしかしたら文武両道以前に、特待生を孤立させないためじゃないかという気がしてきた。
特待生が受けられるのは学費の免除と部活にかかる一切の費用。ほかは何もない。
テストの点数が悪ければ特待生扱いから一般生徒への扱いに変わるし、追試が免除されるわけでもない。
他校の特待生に比べると優遇されることが非常に少ないのが藤宮の特待枠だ。
一般生徒であっても、この学校のテストをクリアするのには四苦八苦している。そのうえ、スポーツの特待枠が取れる人間っていうのは――
「佐野くんってすごいな?」
「は?」
「いや――あのさ、先輩後輩じゃなくて友達にならない?」
俺はそういう付き合いをしてみたいな。
部活も別だし学年も別。こうやって自分から絡まないと付き合いが深まらない人間だっているわけで……。
「はぁ……」
佐野くんは要領を得ない表情で、間の抜けた返事をした。
「友達っていうか、春日先輩ってお兄さんって感じですよね? うち、姉がふたりなんでなんだか新鮮なんです。こういう関係」
「姉がふたりとはまたすごい環境そう……」
「そりゃすごいっすよ……なんたって双子ですしね。まず勝てません」
たはは、と笑う佐野くんは「弟」の顔をした。
長男だけど、長男よりは末っ子。
「うちは姉ちゃんと兄ちゃん、両方いる。ふたりとももう社会人で独立してるけどね」
「うちもです。ふたりとも独立して家を出てます。でも、ふたりでルームシェアしてるからなんていうか微妙ですけどね」
「今度カラオケでも行こうよ」
「いいっすね! あ、海斗とかも誘いたいな」
「あ、いいね。朝陽や司も誘おうか!」
その一言に驚かれる。
「藤宮先輩ってカラオケとか誘ってくる人なんですかっ!?」
ははは、そこに食いついたか。
あぁ、来ないさ。来たためしがないさ。
俺の半笑いに答えを悟った佐野くんは、
「ですよねぇ……」
でもさ、それじゃだめなんだ。
「そこで引いたらそこまで、なんだよね。その先は得られない」
「あぁ、それはそうかも……。そのあたり、ちょっと御園生と似てるかな」
翠葉ちゃんか……。確かに、あの子も人見知りというか、ものすごく警戒網を張り巡らせていた記憶がある。
「これ、極秘というか俺が生徒会に入ることになった経緯なんだけどさ――」
佐野くんになら話してもいい気がした。
「俺の生徒会でのミッションはさ、司と友達になることなんだ」
もとからそういう名目で生徒会に誘われたのだ。
俺にそんな話を持ちかけたのは茜先輩と会長だった――
仕事はそれなりに忙しいけど、悪巧みする時間ほど楽しいものはない。
場所は外。何って、グラウンド脇にある観覧席が俺たちの会議場所。
何を隠そう、陸上部の休憩時間だけが俺たちに許された時間なのだ。
佐野くんは特待生ということもあり、ほかの人間ほど融通がきかない。学校行事に何があろうと部活が優先される。
けれど、今となっては紅葉祭関係者の要に近い存在でもあり、彼がこっちに来られないときは俺が出向くことになっていた。
まるで公園のベンチで囲碁や将棋をやっている年寄りみたいに、ふたりの間にノートやファイルを広げ、あーでもないこーでもない、と話している。
間違いなく、この場には不釣合いな光景だと思う。
「で、ですよ――」
始まった、佐野くんの悪巧みが。
傍目に見た俺たちには、絶対に悪魔の触覚とか尻尾が生えて見えると思う。
「あの藤宮先輩にシャウトさせるのは至難の業じゃないっすか」
「あぁ、確かに……」
今現在取り付く島のない男こと、藤宮司。司には色々とこなしてもらわなくてはいけないことがある。が、やつは全然乗り気ではない。
歌の練習に何度となく付き合ってきたものの、音程や歌がどうこう以前に気持ちがこもっていない。司のためだけに選曲されたものにもかかわらず……。
そして、今日はいつもに増して不機嫌ときた。
昨日、病院に運ばれた翠葉ちゃんは休み。だからなのかなんなのか――
なんていうか、翠葉ちゃんがいないと本当に取り付く島がなくて困る。
司の機嫌が悪いと仕事のペースが異様に速くなるため、同じ会計を担当する俺は非常につらいこととなる。
俺や嵐子は司との付き合いはまだ一年半ってところだ。そのほか一年メンバーや茜先輩に会長は中等部からの付き合いがある。
千里と茜先輩だけが中等部からの付き合いで、ほかは家絡みの付き合いだったり、従弟だったりで俺らよりもはるかに付き合いが長い。
だからといって、すごく仲がいいとか深い付き合いをしているとか、そういうわけではなさそうだけど、こういうときにどういう対応をしたらいいのか、その辺は十二分に心得ているらしい。
図書室を出てくるとき、廊下で茜先輩に会った。
茜先輩は俺が手にしているファイルを見て、
「こっちはなんとかするから、優太も佐野くんとの打ち合わせに行っていいわよ」
茜先輩がそう言って送り出してくれたからこそ、今俺はここにいる。
司がかまうなオーラ全開でも、かまいたくて仕方がないのは嵐子。
取り付く島はなくてもつつきどころが満載な今は、それも仕方ない気がするけれど、それはある意味命取り……。
そんなピリピリしている司に「シャウトしている藤宮くんが見たい!」なんてリクエストが多くて頭を抱えているのは俺……。
だけど、それをクリアさせてしまいそうなのが、目の前にいる陸上少年だ。
音楽全般が好きって言っていたけれど、絶対にそれだけじゃないと思う。こういう悪巧みとかいたずらとかし慣れている顔。大好きって顔。
いわゆる悪ガキタイプ。さらに、それをさらりとこなすツワモノ。
味方にいるとかなり心強い。
インハイで入賞するだけの肝っ玉だからなのか、あの司を嵌めることにすら躊躇しない。
そんなことができるのは茜先輩と会長だけだと思っていた。
海斗は加担はするけど躊躇もする。けど、佐野くんにはそれが見られない。
タイプは違うけど、翠葉ちゃんと一緒かな。
翠葉ちゃんは臆することなく司に物申す貴重な人材。
「たとえばですよ? 『何度でも』を歌わせるタイミングを――順番を図ってみたらどうでしょう?」
ん……?
「極秘映像は茜先輩が『茜色の約束』を歌うときに流しますよね」
「あぁ……」
衣替えがあった今日から、一斉に映像、写真班が動き出しているはずだが、今日はターゲットのひとりである翠葉ちゃんは休みだし、ターゲット二は恐ろしいほどに不機嫌極まりない。
映像、写真班は苦労するんだろうなぁ……。
彼らのミッションは『茜色の約束』で流す画像を集めること。
でも、それが何……?
「あの曲はラストのほうで使う予定じゃないですか?」
「あぁ、いわゆるトリだしな」
「でしょ……? ってことは、それまでの告白ソングを御園生は全部聴いていることになりますよね?」
「なるな……」
「でも、御園生は鈍ちんなので、絶対に気づかないと思うんですよ」
「……それはさ、どんなに司が恥ずかしい思いをして告白ソングを歌っても、翠葉ちゃんはその気持ちに気づかないって確信だろうか……」
「ふっふっふ……そのとおり! 御園生、筋金入りっすから」
……あり得ないだろ?
司の普段の態度で気づかないっていうのは千歩譲って大目に見るとして、これだけラブソング歌われて気づかないって、そんなことあるのかっ!?
司が歌を歌うとき、正座させて聴かせたほうがいいだろうか――真面目に悩む。
「じゃ、俺らがやってるのってまるで意味なし?」
正直、拍子抜けっていうかやる前に気持ちが萎えそう。
ここまでくると、手こずっている司を見れて面白いとかそういうのを通り越し、司が不憫に思えてくる。
「いや、藤宮先輩の気持ちには気づかなくても、御園生が藤宮先輩に惹かれるきっかけにはなり得るんじゃないでしょうかね?」
佐野くんはどうしてこんなにも冷静なんだろうか。
「とりあえず、御園生の鈍さを利用しない手はないでしょう?」
にこりと笑ったこいつは間違いなく悪魔だな。鬼だ。
「何なに、もうちょっとわかりやすくお兄さんに話してみなさいよ」
そう言えば、佐野くんは「にぃ~」と笑った。
出たな、悪ガキスマイル!
「これだけ歌ったのに気づかないっていう状況をそれとなく藤宮先輩に吹き込めばいいじゃないですか」
さらりと言いやがった。
「さすがの藤宮先輩でもイラッとするでしょうね……。あぁ、不機嫌そうなのはいつものことですけど。ついつい何かに八つ当たりしたくなるような心境にはなりますよね? そこで、茜先輩の『茜色の約束』で自分たちの写真が使われていたら拍車をかけてイラッとするでしょう? で、最後に『何度でも』を歌ってもらう、と」
ケロリ、とした顔で歌詞のプリントをファイルから出す。
「あぁ……すげぇぴったり……」
佐野くんが満足そうに「でしょ?」と笑った。
「相手は御園生ですからね」と含み笑いをしてから、
「御園生が気づかないからっていう理由だけで藤宮先輩が御園生を諦めるとは思えないし、だとしたら何度でもがんばるしかないでしょう? 必然と感情移入することになると思いません?」
「思う」
いやはや、なんていうかさすがとしか言えない。
こりゃもしかしたらもしかしなくても、少し感情的にシャウト気味に歌う司が拝めるかもしれない。
「ってことは実のトリはこれ?」
「当たりっ! 全校女子生徒に感謝してもらえそうですよね! 第三部のラスト三曲目に茜先輩の『茜色の約束』。そのあとに藤宮先輩の『何度でも』を持ってくれば完璧じゃないですか。会場だってスクリーンを見せられたあとで沸いてる状態でしょうし、その状況下でこのテンポの曲っていい感じだと思いますよ」
「やばい……楽しみになってきた」
「悪巧みとは、苦労して企む側が報われるためにあるものです」
そう言った佐野くんはとても楽しそうで、心からこのイベントとを楽しんでる高校生で――さっきまでフィールドに立っていた佐野くんとは全く違った。
フィールドにいるとき、佐野くんはとても孤独だ。ひとりで闘う競技種目というのはそうなりがち。それが当たり前。
俺も水泳でそうだからよくわかる。
そのうえ、特待生という枠は特殊すぎる。なのに、佐野くんはそういう立場にありながらもちゃんと高校生活を楽しんでいると思う。部活一色になりきらずに……。
特待生になると、高校生活なんて取ってつけたようなそんなものになることが大半だ。でも、佐野くんは――期待という重圧に負けず、高校生としての顔を持てるだけの器量がある。
どこの学校でもよくあること。
特待生という枠で入学し、羨望の眼差しと嫉妬に雁字搦めにされ、さらには高校生活から引き剥がされるように部活に専念させられ、限られた狭い世界で自分と闘う環境を強いられる。ゆえに、メンタルの部分から挫折する人間は少なくない。
あぁ……だからか。ある意味、司とも対等なんだ。
司は特待生じゃない。でも、インハイ出場者で常に赤丸首席をキープ。
個人競技同士、そんなメンタル面で彼らは似たような境遇を経験している。
うちの学校の特待生は学力面で優遇されることはない。
そのことを不思議に思っていたけれど、もしかしたら文武両道以前に、特待生を孤立させないためじゃないかという気がしてきた。
特待生が受けられるのは学費の免除と部活にかかる一切の費用。ほかは何もない。
テストの点数が悪ければ特待生扱いから一般生徒への扱いに変わるし、追試が免除されるわけでもない。
他校の特待生に比べると優遇されることが非常に少ないのが藤宮の特待枠だ。
一般生徒であっても、この学校のテストをクリアするのには四苦八苦している。そのうえ、スポーツの特待枠が取れる人間っていうのは――
「佐野くんってすごいな?」
「は?」
「いや――あのさ、先輩後輩じゃなくて友達にならない?」
俺はそういう付き合いをしてみたいな。
部活も別だし学年も別。こうやって自分から絡まないと付き合いが深まらない人間だっているわけで……。
「はぁ……」
佐野くんは要領を得ない表情で、間の抜けた返事をした。
「友達っていうか、春日先輩ってお兄さんって感じですよね? うち、姉がふたりなんでなんだか新鮮なんです。こういう関係」
「姉がふたりとはまたすごい環境そう……」
「そりゃすごいっすよ……なんたって双子ですしね。まず勝てません」
たはは、と笑う佐野くんは「弟」の顔をした。
長男だけど、長男よりは末っ子。
「うちは姉ちゃんと兄ちゃん、両方いる。ふたりとももう社会人で独立してるけどね」
「うちもです。ふたりとも独立して家を出てます。でも、ふたりでルームシェアしてるからなんていうか微妙ですけどね」
「今度カラオケでも行こうよ」
「いいっすね! あ、海斗とかも誘いたいな」
「あ、いいね。朝陽や司も誘おうか!」
その一言に驚かれる。
「藤宮先輩ってカラオケとか誘ってくる人なんですかっ!?」
ははは、そこに食いついたか。
あぁ、来ないさ。来たためしがないさ。
俺の半笑いに答えを悟った佐野くんは、
「ですよねぇ……」
でもさ、それじゃだめなんだ。
「そこで引いたらそこまで、なんだよね。その先は得られない」
「あぁ、それはそうかも……。そのあたり、ちょっと御園生と似てるかな」
翠葉ちゃんか……。確かに、あの子も人見知りというか、ものすごく警戒網を張り巡らせていた記憶がある。
「これ、極秘というか俺が生徒会に入ることになった経緯なんだけどさ――」
佐野くんになら話してもいい気がした。
「俺の生徒会でのミッションはさ、司と友達になることなんだ」
もとからそういう名目で生徒会に誘われたのだ。
俺にそんな話を持ちかけたのは茜先輩と会長だった――
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