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第十二章 自分のモノサシ
02話(挿絵あり)
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治療を終えてマンションに戻ってきたのは四時を回ったころだった。
ロータリーで車を降りると、
「じゃ、また夕飯のときにね」
「楓先生っ、午後からお休みだったのにすみませんっ」
運転席の窓まで近づくと、
「なぁに、めったに聞くことのないかわいい弟の『お願い』だったからいいよ」
と、ツカサに視線を向ける。
ツカサは面白くなさそうな顔をしていた。
楓先生の車を見送っていると、
「ゲストルームに戻ったら風呂に入って少し休むんだろ?」
「うん」
考えてみれば、試験前だというのに、ツカサも半日近く付き合わせてしまった。
「今日、ごめんね」
「……何に対して?」
「病院へ付き添ってくれた時間に対して……」
「……翠の治療時間は本に目を通していたからとくだんタイムロスは生じてない。もし、タイムロスした人間がいるとしたら、あいつらなんじゃない?」
ツカサが視線を向けたのはエントランスホールのフロア続きにあるカフェラウンジ。そこには海斗くんと空太くんがいた。
私とツカサがエントランスホールに足を踏み入れると、高崎さんに声をかけられた。その直後、海斗くんがカフェラウンジから出てきたかと思うと、私をスルーしてツカサに掴みかかった。
いったい何が起きているのか――
「今朝のこと、空太から聞いた。おまえやりすぎ」
「海斗には関係ない」
「ある」
「どのあたりに?」
「翠葉は俺のクラスメイトっ」
「だから?」
(イラスト:涼倉かのこ様)
……これ、私のこと?
見たこともないふたりにどうしたらいいのかがわからなくなる。
どちらかというならば海斗くん。対するツカサは表情も口調も変わらない。
「翠葉ちゃん、ごめんっ。俺、今朝のことを海斗に話しちゃったんだ」
空太くんが申し訳なさそうに頭を下げる。
ツカサはそんな空太くんを一瞥した。
「翠葉、空太は悪くない。俺が吊るし上げて喋らせただけ」
いつもの海斗くんからは想像もできないほどに声が低い。
私はうろたえることしかできなくて、中途半端に上げた両手はあてもなく宙を彷徨っていた。
「もう少しやり方ってものがあるだろっ!?」
海斗くんはまだツカサの襟元を掴んだまま。
海斗くんのほうが背が高いから、必然的にツカサが見下ろされることになる。
それでも、ツカサは目を逸らすこともしなければ、されていることに何ひとつ抵抗も見せない。
「これが俺のやり方」
ツカサは静かに答えると、何をどうしたのか、ツカサが少し動いただけて海斗くんの手が外れた。
逆に、今は海斗くんが右腕を掴まれている状態で、腕を捻りあげられている。
「それで翠葉傷つけて泣かせてんなよなっ!? 今日、うちのクラスの人間がどれだけ心配したと思ってんだよっ」
「なら、それを翠に教えてやれば?」
ツカサは予告なく海斗くんの腕を放した。
私は海斗くんの言葉に、今日一日、自分が教室でどんなふうに過ごしていたのかを思い出す。
「海斗くん、ごめんなさい。空太くんもごめんなさい」
勢いよく頭を下げると、力のこもった手が後頭部に乗る。
「そのまま同じ勢いで体勢戻したら一教科二十分の刑」
言わずと知れたツカサの言葉だった。
「わ、わかったから……手、どけて?」
ゆっくりと体勢をもとに戻すと、
「なんで翠葉が俺に謝るのかがわからない」
海斗くんが明らかに苛立った声で口にした。
「だって……心配かけたし、あのね、ツカサじゃなくて私がいけないんだよっ」
「空太の話を聞いたけど、俺はそうは思わなかった」
空太くんは絶対に脚色して話したりはしないだろう。
色々と怖いと思っていても、中学の同級生とは違うとわかっているから。そういう部分には自信がある。
「翠葉が中学で嫌な思いしてきて怖がってるのなんて俺ら知ってるわけで、昨日だって司とそういう話したばかりなのに、なんで――昨日の今日であんな話してんだよっっっ」
海斗くんは私にではなく、あくまでもツカサに言う。
「この件に関して、俺は長期戦にするつもりがなかったから」
そう答えるツカサは、「先に行く」とエレベーターに向かって歩き始めた。
それを追おうとした海斗くんの右手首を両手で掴む。
振り解かれはしなかったけれど、いつもからは想像できない海斗くんが目の前にいる。
怒気を露にした海斗くんの手はひどく熱かった。
怖いと思った。でも、怒りの矛先は自分ではない。けど、その矛先がツカサに向くのも違う。
「なんでっっっ!? 今朝泣かされたんだろっ!? それで学校に来るのが怖くなって、学校に来てからもずっと泣きそうな顔してて、放課後だって強引に連れて行かれたって空太から聞いてるっ」
それ自体は間違いじゃない。間違いじゃないけど――
「あのねっ、朝、ツカサにガツンって言われたときは私パニックになっちゃって、すごく怖くなっちゃって、学校もクラスも怖くて行くの無理って思った。でもね、ツカサはひどいことは言っていなかったの。ただ、私がその場の雰囲気に呑みこまれちゃっただけで、言われた言葉をちゃんと理解できてなかっただけで、本当は私が傷つくようなことは何も言われてなかったのっ」
確かにツカサの目も声音も冷たかったけれど、言われた言葉は私を責める内容ではなかった。
「でもっ、翠葉は傷ついて泣いたんだろっ!?」
「うん。でも、それは自業自得なの。言葉をちゃんと受け止めなかった私がだめ。あのとき、空太くんがいなかったら絶対に学校へ行けなかったと思う。空太くん、迷惑かけちゃったよね、ごめんね」
空太くんを見ると、空太くんは顔をブンブンと横に振った。
「俺、迷惑だなんて思ってないし――ただ、あのあと大丈夫だった?」
心配そうな表情で訊かれる。
「えと……大丈夫というか、あのあともたくさん泣いたのだけど、でも、ツカサが言ったことが怖くてとかそういうことではなくて――ツカサの言葉は容赦ないのだけど、でも違うの……。どんなにきつい言葉でも『大丈夫だから』っていつも言ってくれているの。今回もそうだったの。朝は私が気づけなかっただけで……」
そんな話をしていると、
「お三方とも。ここ、一応往来の場だからね」
高崎さんが割って入り、私たちをカフェラウンジへと促した。
海斗くんたちが使っていたテーブルに着くと、海斗くんは不機嫌なまま窓の外へ視線をやる。
数分もしないうちに高崎さんがあたたかいルイボスティーを淹れてきてくれ、そのカップを両手で包むように手にした。
白いカップにお茶の色がよく映える。
赤くてきれい……。
私の世界から色はなくなっていない。この世界を守るために話さなくちゃ……。ちゃんと話さなくちゃ――
「海斗くん、ツカサは私に『今を見ろ』って教えてくれたんだよ。色んなことを言われて不安になって怖くて泣いたりもしたけどね、いつも最後には安心させてくれるんだよ」
何をどう話したら伝わるのかな。わかってもらえるのかな。どう説明したらいいのかな……。
気持ちを言葉に変換するのは難しい。でも、伝えたいと思うし、伝えなくちゃいけないと思う。
だって、ツカサと海斗くんにケンカなんてしてもらいたくないし、結果的にツカサは何も悪くないのだから。
ツカサを悪く思ってもらいたくない。
カチリ―― 何かが心の中で音を立てた。
確かに何かが音を立てたのに、私はそれがなんなのかわからない。
――今は海斗くん……。
「翠葉、俺らは……?」
海斗くんの視線が、こんなにも突き刺さりそうだと思ったことが未だかつてあっただろうか。
「俺らだって翠葉のこと心配してるし、学校がもっと楽しいところだって知ってもらいたいと思ってる。できるだけダメージがないように、楽しいことを少しずつ知ってもらって、徐々にでもわかってもらったらそれでいいって――そうやって地道にがんばってる俺らはっ!?」
「っ――……」
そこまで考えていてくれたなんて知らなかった。
私は色んなことが怖くて、怖いから一生懸命動くしかなくて――
みんなと一緒に行動をして、具合が悪くなって迷惑をかけるのが怖い。でも、ひとり別行動取ることでクラスから浮くのも怖い。自分がいなくなっても何も変わることないという事実を知ることが怖い。
まるで迷路――
目の前に分かれ道が現れるたびに右往左往。
行き止まりの壁を目にするたびに不安に駆られ、不安はさらなる不安を連れてくる。すると、あっという間に八方塞――袋小路のできあがり。
ここにいる人たちは中学の同級生とは違う。
わかってはいても、ひとりになったときのことを考えると怖くて、そんなことを考えていることをクラスメイトや周りにいる大好きな人たちに知られることが怖くて――
でも、もう、そんなこととっくに知られていたのだ。
知っていて、私のペースに合わせてくれていたのに、私はそれにすら気づけなかった。
ツカサ、どうしよう……。本当にひどいのは私だ。
確認もせず、ひとり勝手に不安になっていた……。
こんなにも自分のことを考えてくれる人たちなのに、どうしてこんなに不安になるのかな。
じわりと涙が浮かぶ。
「翠葉ちゃんっ、ストップっっっ! たぶん、絶対またどっか違う方向行っちゃうっ」
空太くんに言われてはっとする。
「海斗もちょっと態度改めてよ……。そうじゃなくても、翠葉ちゃん、今日はかなりいっぱいいっぱいなんだからさ」
「わかってるよ……。悪い、翠葉」
「わっ、悪くないよっ!? 海斗くんはちっとも悪くなくて、私が……私が――」
私が……?
また心の中で「カチリ」と音がする。
二回目ともなると、さすがに気に留めずにはいられなかった。
「翠葉ちゃん、痛い……? 大丈夫?」
空太くんに顔を覗き込まれ、自分が胸を押さえていることに気づく。
「あ、ううん。痛くないよ、大丈夫」
そうじゃなくて、この「音」はなんなのだろう。直接頭に響くように、カチリ、と音が鳴ったのだ。
「あのさ、翠葉の抱えてる『怖いもの』を教えてよ。俺たちは漠然としかわからないから……。言うのも怖いのかもしれないけど、そこはちょっとがんばってよ。そしたら、俺たちは司とは違う方法でフォローするから」
海斗くんがいつもの口調に戻った。
私はツカサに話したようにひとつひとつを話す。
決して中学の同級生と一緒だなんて思っていないというこだけはきちんと伝えたくて。
「ツカサは『幻影』って言ってた。確かにそのとおりで、人が違う、場所が違うってわかっているのに『学校』っていうだけで中学とシンクロしちゃうことがあるの。……海斗くんや桃華さん、飛鳥ちゃんに佐野くん、空太くんも、みんなそんな人じゃないってわかっているのに、自分が怖がっていることを知られたら、『なんだ、結局信じてもらえてないんだ』って離れていっちゃったりするのかなって、そういうこと考えると止まらなくて……」
「翠葉さん……それ、激しく俺たちを侮りすぎでしょう?」
海斗くんが引きつり笑いで言う。
「うん、本当にそう思う。でもね、どうしようもできなくて、すごく苦しいの――」
「……翠葉ちゃん、絶対に大丈夫だから」
空太くんがずい、とテーブルに身を乗り出した。
「言葉で伝えてもダメかもだけど、でもっ、絶対に大丈夫だからっ。俺、翠葉ちゃんが不安そうな顔をしていたら、うざがられようと毎回そう言うって決めたんだ。藤宮先輩にだけいいとこ持っていかれたくないしっ」
え……?
「な? 海斗っ」
空太くんが海斗くんの背中をバシッ、と叩く。
「痛ぇし……。司のやつ、マジムカつくわ……」
「――あのねっ!?」
本当にツカサは悪くないんだよ、と言おうとしたら、
「翠葉が庇えば庇うほどにムカつくんだよっ」
海斗くんはその場で地団太を踏んだ。
そんな海斗くんにびっくりしていると、空太くんが苦笑する。
「翠葉ちゃん、大丈夫。海斗はさ、お手柄を全部藤宮先輩に持っていかれるのが嫌なだけ。ま、それは俺もなんだけどね」
「……まだ目ぇ充血してるし……。そんなに泣かされても『安心をくれる人』なんて言ってもらえるのが不思議でしょうがない」
むくれた海斗くんはテーブルに突っ伏したまま、上目遣いで私を見た。
「朝の話は聞いたし、昼に空太から掻っ攫われたときの話も聞いた。そのあとの話聞かせてくれたら機嫌直す」
「あぁ、それはぜひ俺もお聞かせ願いたい。あんなに怯えていた翠葉ちゃんをどうやって懐柔したのかが謎すぎる」
空太くんも海斗くんと同じようにテーブルに顎を乗せる。
普通に考えたら、どう見てもお行儀がいいとはいえない状態なのだけど、どうしたことか、目の前に大型犬が二匹「伏せ」の状態で待機しているように見えて口元が緩んだ。
「あ、笑った……」
海斗くんに、ピッ、と指さされ、空太くんにも「ホントだ」と言われる。
うん、大丈夫――私、笑える。
海斗くん、空太くん、いっぱい話すから、だから聞いてくれる――?
ロータリーで車を降りると、
「じゃ、また夕飯のときにね」
「楓先生っ、午後からお休みだったのにすみませんっ」
運転席の窓まで近づくと、
「なぁに、めったに聞くことのないかわいい弟の『お願い』だったからいいよ」
と、ツカサに視線を向ける。
ツカサは面白くなさそうな顔をしていた。
楓先生の車を見送っていると、
「ゲストルームに戻ったら風呂に入って少し休むんだろ?」
「うん」
考えてみれば、試験前だというのに、ツカサも半日近く付き合わせてしまった。
「今日、ごめんね」
「……何に対して?」
「病院へ付き添ってくれた時間に対して……」
「……翠の治療時間は本に目を通していたからとくだんタイムロスは生じてない。もし、タイムロスした人間がいるとしたら、あいつらなんじゃない?」
ツカサが視線を向けたのはエントランスホールのフロア続きにあるカフェラウンジ。そこには海斗くんと空太くんがいた。
私とツカサがエントランスホールに足を踏み入れると、高崎さんに声をかけられた。その直後、海斗くんがカフェラウンジから出てきたかと思うと、私をスルーしてツカサに掴みかかった。
いったい何が起きているのか――
「今朝のこと、空太から聞いた。おまえやりすぎ」
「海斗には関係ない」
「ある」
「どのあたりに?」
「翠葉は俺のクラスメイトっ」
「だから?」
(イラスト:涼倉かのこ様)
……これ、私のこと?
見たこともないふたりにどうしたらいいのかがわからなくなる。
どちらかというならば海斗くん。対するツカサは表情も口調も変わらない。
「翠葉ちゃん、ごめんっ。俺、今朝のことを海斗に話しちゃったんだ」
空太くんが申し訳なさそうに頭を下げる。
ツカサはそんな空太くんを一瞥した。
「翠葉、空太は悪くない。俺が吊るし上げて喋らせただけ」
いつもの海斗くんからは想像もできないほどに声が低い。
私はうろたえることしかできなくて、中途半端に上げた両手はあてもなく宙を彷徨っていた。
「もう少しやり方ってものがあるだろっ!?」
海斗くんはまだツカサの襟元を掴んだまま。
海斗くんのほうが背が高いから、必然的にツカサが見下ろされることになる。
それでも、ツカサは目を逸らすこともしなければ、されていることに何ひとつ抵抗も見せない。
「これが俺のやり方」
ツカサは静かに答えると、何をどうしたのか、ツカサが少し動いただけて海斗くんの手が外れた。
逆に、今は海斗くんが右腕を掴まれている状態で、腕を捻りあげられている。
「それで翠葉傷つけて泣かせてんなよなっ!? 今日、うちのクラスの人間がどれだけ心配したと思ってんだよっ」
「なら、それを翠に教えてやれば?」
ツカサは予告なく海斗くんの腕を放した。
私は海斗くんの言葉に、今日一日、自分が教室でどんなふうに過ごしていたのかを思い出す。
「海斗くん、ごめんなさい。空太くんもごめんなさい」
勢いよく頭を下げると、力のこもった手が後頭部に乗る。
「そのまま同じ勢いで体勢戻したら一教科二十分の刑」
言わずと知れたツカサの言葉だった。
「わ、わかったから……手、どけて?」
ゆっくりと体勢をもとに戻すと、
「なんで翠葉が俺に謝るのかがわからない」
海斗くんが明らかに苛立った声で口にした。
「だって……心配かけたし、あのね、ツカサじゃなくて私がいけないんだよっ」
「空太の話を聞いたけど、俺はそうは思わなかった」
空太くんは絶対に脚色して話したりはしないだろう。
色々と怖いと思っていても、中学の同級生とは違うとわかっているから。そういう部分には自信がある。
「翠葉が中学で嫌な思いしてきて怖がってるのなんて俺ら知ってるわけで、昨日だって司とそういう話したばかりなのに、なんで――昨日の今日であんな話してんだよっっっ」
海斗くんは私にではなく、あくまでもツカサに言う。
「この件に関して、俺は長期戦にするつもりがなかったから」
そう答えるツカサは、「先に行く」とエレベーターに向かって歩き始めた。
それを追おうとした海斗くんの右手首を両手で掴む。
振り解かれはしなかったけれど、いつもからは想像できない海斗くんが目の前にいる。
怒気を露にした海斗くんの手はひどく熱かった。
怖いと思った。でも、怒りの矛先は自分ではない。けど、その矛先がツカサに向くのも違う。
「なんでっっっ!? 今朝泣かされたんだろっ!? それで学校に来るのが怖くなって、学校に来てからもずっと泣きそうな顔してて、放課後だって強引に連れて行かれたって空太から聞いてるっ」
それ自体は間違いじゃない。間違いじゃないけど――
「あのねっ、朝、ツカサにガツンって言われたときは私パニックになっちゃって、すごく怖くなっちゃって、学校もクラスも怖くて行くの無理って思った。でもね、ツカサはひどいことは言っていなかったの。ただ、私がその場の雰囲気に呑みこまれちゃっただけで、言われた言葉をちゃんと理解できてなかっただけで、本当は私が傷つくようなことは何も言われてなかったのっ」
確かにツカサの目も声音も冷たかったけれど、言われた言葉は私を責める内容ではなかった。
「でもっ、翠葉は傷ついて泣いたんだろっ!?」
「うん。でも、それは自業自得なの。言葉をちゃんと受け止めなかった私がだめ。あのとき、空太くんがいなかったら絶対に学校へ行けなかったと思う。空太くん、迷惑かけちゃったよね、ごめんね」
空太くんを見ると、空太くんは顔をブンブンと横に振った。
「俺、迷惑だなんて思ってないし――ただ、あのあと大丈夫だった?」
心配そうな表情で訊かれる。
「えと……大丈夫というか、あのあともたくさん泣いたのだけど、でも、ツカサが言ったことが怖くてとかそういうことではなくて――ツカサの言葉は容赦ないのだけど、でも違うの……。どんなにきつい言葉でも『大丈夫だから』っていつも言ってくれているの。今回もそうだったの。朝は私が気づけなかっただけで……」
そんな話をしていると、
「お三方とも。ここ、一応往来の場だからね」
高崎さんが割って入り、私たちをカフェラウンジへと促した。
海斗くんたちが使っていたテーブルに着くと、海斗くんは不機嫌なまま窓の外へ視線をやる。
数分もしないうちに高崎さんがあたたかいルイボスティーを淹れてきてくれ、そのカップを両手で包むように手にした。
白いカップにお茶の色がよく映える。
赤くてきれい……。
私の世界から色はなくなっていない。この世界を守るために話さなくちゃ……。ちゃんと話さなくちゃ――
「海斗くん、ツカサは私に『今を見ろ』って教えてくれたんだよ。色んなことを言われて不安になって怖くて泣いたりもしたけどね、いつも最後には安心させてくれるんだよ」
何をどう話したら伝わるのかな。わかってもらえるのかな。どう説明したらいいのかな……。
気持ちを言葉に変換するのは難しい。でも、伝えたいと思うし、伝えなくちゃいけないと思う。
だって、ツカサと海斗くんにケンカなんてしてもらいたくないし、結果的にツカサは何も悪くないのだから。
ツカサを悪く思ってもらいたくない。
カチリ―― 何かが心の中で音を立てた。
確かに何かが音を立てたのに、私はそれがなんなのかわからない。
――今は海斗くん……。
「翠葉、俺らは……?」
海斗くんの視線が、こんなにも突き刺さりそうだと思ったことが未だかつてあっただろうか。
「俺らだって翠葉のこと心配してるし、学校がもっと楽しいところだって知ってもらいたいと思ってる。できるだけダメージがないように、楽しいことを少しずつ知ってもらって、徐々にでもわかってもらったらそれでいいって――そうやって地道にがんばってる俺らはっ!?」
「っ――……」
そこまで考えていてくれたなんて知らなかった。
私は色んなことが怖くて、怖いから一生懸命動くしかなくて――
みんなと一緒に行動をして、具合が悪くなって迷惑をかけるのが怖い。でも、ひとり別行動取ることでクラスから浮くのも怖い。自分がいなくなっても何も変わることないという事実を知ることが怖い。
まるで迷路――
目の前に分かれ道が現れるたびに右往左往。
行き止まりの壁を目にするたびに不安に駆られ、不安はさらなる不安を連れてくる。すると、あっという間に八方塞――袋小路のできあがり。
ここにいる人たちは中学の同級生とは違う。
わかってはいても、ひとりになったときのことを考えると怖くて、そんなことを考えていることをクラスメイトや周りにいる大好きな人たちに知られることが怖くて――
でも、もう、そんなこととっくに知られていたのだ。
知っていて、私のペースに合わせてくれていたのに、私はそれにすら気づけなかった。
ツカサ、どうしよう……。本当にひどいのは私だ。
確認もせず、ひとり勝手に不安になっていた……。
こんなにも自分のことを考えてくれる人たちなのに、どうしてこんなに不安になるのかな。
じわりと涙が浮かぶ。
「翠葉ちゃんっ、ストップっっっ! たぶん、絶対またどっか違う方向行っちゃうっ」
空太くんに言われてはっとする。
「海斗もちょっと態度改めてよ……。そうじゃなくても、翠葉ちゃん、今日はかなりいっぱいいっぱいなんだからさ」
「わかってるよ……。悪い、翠葉」
「わっ、悪くないよっ!? 海斗くんはちっとも悪くなくて、私が……私が――」
私が……?
また心の中で「カチリ」と音がする。
二回目ともなると、さすがに気に留めずにはいられなかった。
「翠葉ちゃん、痛い……? 大丈夫?」
空太くんに顔を覗き込まれ、自分が胸を押さえていることに気づく。
「あ、ううん。痛くないよ、大丈夫」
そうじゃなくて、この「音」はなんなのだろう。直接頭に響くように、カチリ、と音が鳴ったのだ。
「あのさ、翠葉の抱えてる『怖いもの』を教えてよ。俺たちは漠然としかわからないから……。言うのも怖いのかもしれないけど、そこはちょっとがんばってよ。そしたら、俺たちは司とは違う方法でフォローするから」
海斗くんがいつもの口調に戻った。
私はツカサに話したようにひとつひとつを話す。
決して中学の同級生と一緒だなんて思っていないというこだけはきちんと伝えたくて。
「ツカサは『幻影』って言ってた。確かにそのとおりで、人が違う、場所が違うってわかっているのに『学校』っていうだけで中学とシンクロしちゃうことがあるの。……海斗くんや桃華さん、飛鳥ちゃんに佐野くん、空太くんも、みんなそんな人じゃないってわかっているのに、自分が怖がっていることを知られたら、『なんだ、結局信じてもらえてないんだ』って離れていっちゃったりするのかなって、そういうこと考えると止まらなくて……」
「翠葉さん……それ、激しく俺たちを侮りすぎでしょう?」
海斗くんが引きつり笑いで言う。
「うん、本当にそう思う。でもね、どうしようもできなくて、すごく苦しいの――」
「……翠葉ちゃん、絶対に大丈夫だから」
空太くんがずい、とテーブルに身を乗り出した。
「言葉で伝えてもダメかもだけど、でもっ、絶対に大丈夫だからっ。俺、翠葉ちゃんが不安そうな顔をしていたら、うざがられようと毎回そう言うって決めたんだ。藤宮先輩にだけいいとこ持っていかれたくないしっ」
え……?
「な? 海斗っ」
空太くんが海斗くんの背中をバシッ、と叩く。
「痛ぇし……。司のやつ、マジムカつくわ……」
「――あのねっ!?」
本当にツカサは悪くないんだよ、と言おうとしたら、
「翠葉が庇えば庇うほどにムカつくんだよっ」
海斗くんはその場で地団太を踏んだ。
そんな海斗くんにびっくりしていると、空太くんが苦笑する。
「翠葉ちゃん、大丈夫。海斗はさ、お手柄を全部藤宮先輩に持っていかれるのが嫌なだけ。ま、それは俺もなんだけどね」
「……まだ目ぇ充血してるし……。そんなに泣かされても『安心をくれる人』なんて言ってもらえるのが不思議でしょうがない」
むくれた海斗くんはテーブルに突っ伏したまま、上目遣いで私を見た。
「朝の話は聞いたし、昼に空太から掻っ攫われたときの話も聞いた。そのあとの話聞かせてくれたら機嫌直す」
「あぁ、それはぜひ俺もお聞かせ願いたい。あんなに怯えていた翠葉ちゃんをどうやって懐柔したのかが謎すぎる」
空太くんも海斗くんと同じようにテーブルに顎を乗せる。
普通に考えたら、どう見てもお行儀がいいとはいえない状態なのだけど、どうしたことか、目の前に大型犬が二匹「伏せ」の状態で待機しているように見えて口元が緩んだ。
「あ、笑った……」
海斗くんに、ピッ、と指さされ、空太くんにも「ホントだ」と言われる。
うん、大丈夫――私、笑える。
海斗くん、空太くん、いっぱい話すから、だから聞いてくれる――?
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愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
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