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第十二章 自分のモノサシ
03話
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夕飯の前にはお風呂に入って少し寝ようと思っていたのだけれど、私は五時過ぎまで海斗くんたちとカフェラウンジにいた。
「す、翠葉っ――」
海斗くんが赤面し、私の正面に座る空太くんも同じように顔を赤らめていた。
「……どうしたの?」
「いやっ、そのっ……翠葉ちゃんってすごいなっていうか、いや、藤宮先輩がすごいっていう
か――」
「……俺、勝てっかな?」
海斗くんは言いながら口を手で覆い、真っ赤な顔をして外に視線を向ける。
「……勝つって、何に?」
訊いてみたけれど答えは得られない。
「いやっ、もういいっ! お腹いっぱい胸いっぱいっ、俺、帰るっっっ!」
空太くんがテーブルに広げていたノートを片付け始める。と、
「そっ、空太っっっ! おまえはこんな翠葉と司の中に俺を放置していくのかっ!?」
「するする、高崎空太の融点超えたっ」
……沸点じゃなくて融点なんだ?
「私、何かおかしなこと言った?」
それに、ツカサはここにいないんだけどな……。
「いや、もうなんていうか――そのままの翠葉ちゃんでいてくださいっ」
「……うん?」
聞きたいと言われたからツカサとの会話を話したのだけれど、話を続けたらこの様だ。
どうしたのだろう……?
すると、そこに私服へ着替えたツカサが現れた。
「もう五時回ってる。翠はいい加減上がれ」
「うん。空太くんも帰るみたいだし、そうする」
ツカサを目にしたふたりはさらに慌てだす。
「……本当にどうしたの?」
訊くと、空太くんはツカサに向かって、
「自分、完敗っすっ! っていうか、失礼しますっ」
と、かばんを持って走り去った。
「何?」とツカサに訝しげに訊かれる。
「……私も意味がわからなくて」
私とツカサの視線は必然的に海斗くんへ向く。
「ややややっっっ、俺も無理っ! つーか、司っ、頼むから夕飯までは休ませてくれっ」
海斗くんはバタバタと私たちを置いていく感じでカフェラウンジをあとにした。
……若干動きも言動もおかしかったけれど、最後はいつもどおりの海斗くんだった。
ここへ帰ってきたときに見せた顔が嘘のよう。
さっきツカサに掴みかかったのは本当に海斗くんだっただろうか、と思うほどにいつもどおり。
「いったいなんの話をしてたわけ?」
「え? ツカサと病院へ行くときに話していたこと」
「――それでか」
「ツカサはそれで意味がわかるのっ!?」
「さぁな」
話を逸らすように顔も逸らされる。
「ずるいっ」
「ずるいんじゃなくて、翠が阿呆なだけ」
ずい、と腕時計を見せられる。
「とっとと上がって一時間くらい休め」
「あ、はい」
席を立ち、高崎さんにお礼を伝えてからカフェラウンジを離れた。
昨日は順番が逆で夕飯の時間には体力が底を尽きていた。
今からお風呂に入ってしまうと昨日と同じで横になる時間が取れなくなる。
それなら、ツカサが言うように、一時間寝てからご飯を食べて、そのあとにお風呂――そのほうが絶対的に効率がいい気がする。
エレベーターが九階へ着くと、
「じゃ、またあとで」
と、ツカサとはその場で別れた。
玄関を入ると栞さんが出迎えてくれた。
「蒼くんから今日は司くんが一緒って連絡をもらっていたんだけど、なかなか帰ってこなかったから心配で、携帯にメールも電話もしちゃった」
「あ……ごめんなさい。病院を出てからも電源を入れるの忘れていて」
「ううん、いいのよ。司くんに電話したら下にいるって教えてくれたから。でも、今帰ってきたっていうことは、司くんが迎えにいってくれたのね」
「いい加減上がれって怒られちゃいました」
自室にかばんを置き手洗いうがいを済ませると、ルームウェアに着替えてすぐにベッドへ横になる。
ラヴィを抱っこすると不思議な安心感があって、考えたいことは色々とあったはずなのに、それらを思い浮かべる前に私は眠りに落ちた。
六時になると蒼兄に起こされた。
「熱は簡単に下がってくれないな」
携帯を見て言われる。
「うん……でも、試験前で午前授業になるし、少しは身体を休められるかもしれない」
「そうだな……」
ラヴィを抱えたまま起き上がり、蒼兄に向き直る。
「朝はごめんなさい。ちょっと――ううん、すごく気が動転していて、心配かけるようなことたくさん言っちゃった」
「……今は?」
「今は……朝ほど学校を怖いとは思ってない、かな」
朝、ツカサに言われたことも、蒼兄と別れたあと教室に行くまで時間がかかってしまったことも、教室に入ってもだめだめな自分だったことも全部話した。
空太くんと話したことや、病院へ向かう途中にツカサと話したこと。マンションに帰ってきたときに海斗くんがツカサに掴みかかったこと。そのあと、空太くんと海斗くんとお話ししたことも全部全部……。
たくさん端折っちゃったからきちんと伝わっているのか不安だったけれど、相槌を打つたびに蒼兄の表情が優しくなっていくから、ちゃんと伝わっているんだな、と思えた。
そして、私はすべてを吐き出すことで、頭の中や心の中が、多少整理できたように思えた。
ポーチで音がして、玄関の開閉する音。そして次にはこの部屋をノックする音――
誰だろう、と思いならが返事をする。
ドアから顔を覗かせたのは秋斗さんだった。
「こんばんは」
秋斗さんの手には大きなケーキボックス。
「静さんからアンダンテのタルトを預かってきたよ。翠葉ちゃんの大好きな苺タルトが一ホール」
「わぁっ! 嬉しいっ! あ、でも……秋斗さんが預かってきたということは、静さんはいらっしゃらないんですか?」
「うん、仕事が抜けられないみたいだね。だから、代わりに預かってきたんだ」
静さんとはパレスに行ったときに電話で話して以来、会ってもいなければ連絡もとっていない。
気にはなるのにどうすることもできないこの感覚は、お魚の小骨を飲み込んたとき、喉元に感じる引っ掛かりによく似ている。
「翠葉、色々と思うことがあって考えたいこともあるんだろうけれど、まずは夕飯。それからテスト勉強」
「……うん」
「そうだね。まずは目の前にあるものから順番にね」
にこりと笑う秋斗さんにつられて、少しだけ顔の筋肉が動いた。
その日の会食は、楓先生がいるのに湊先生がいなくて、ほかは高校生メンバーの三人と栞さん。それから秋斗さんと蒼兄の七人だった。
リビングへ行くと、海斗くんがツカサと秋斗さんを交互に見て一言。
「どっちもどっちだよなぁ……」
両腕を組んでの一言だった。
「何が?」と訊こうとしたら、
「海斗、そんなに問題数増やされたいの?」
ツカサに先手を打たれてしまう。
感覚的には、海斗くんと私が揃って牽制された気分だった。
今日も私の左側にはツカサがいて、右側のソファには蒼兄。その蒼兄の右隣には楓先生。
ツカサの左となりのソファには栞さん。栞さんの左隣に海斗くん。
海斗くんの左隣には秋斗さんが座っている
食後、私はお腹がいっぱいでハーブティーしか飲めなかったけれど、みんなは静さんの差し入れである苺タルトを食べていた。
私は席を立って秋斗さんのもとへ行く。
「秋斗さん、私、お誕生日におめでとうも言ってなくて、プレゼントも渡してなくて……」
九つも年上の人が何を欲しいと思うのかなんて考えてもわからないから、本人に訊くのが正解だと思っていた。
「翠葉ちゃんにおめでとう、って言ってもらえたらそれだけで嬉しいよ」
「でも、何かプレゼントしたいです……」
「そうだなぁ……じゃ、またお昼ご飯作ってくれる? もしくは、翠葉ちゃんお手製のクッキーを焼いてくれるとか。そういうのがいいな」
「え? それは別に誕生日じゃなくても作りますよ?」
秋斗さんはふわりと笑って、
「でも、それがいいんだ」
「……秋斗さんの趣味はなんですか?」
ツカサに訊いたことと同じことを尋ねると、
「趣味かぁ……趣味って趣味がほとんど仕事化してるからなんて答えたらいいんだか……」
それはたぶん、パソコンとか機械に関することなのだろうけれど、申し訳ないくらいに私はその方面には明るくない。
唯兄に訊けば良かったかな?
「じゃ、好きなものは? 色とか……」
「本当に、これって答えられるものがなくてごめんね。好きな人なら即答で翠葉ちゃんって答えられるんだけど」
秋斗さんはクスリと笑った。
私はその言葉にも笑顔にも耐えられなくて、熱くなった頬を押さえながら少し俯く。
「翠葉ちゃんからもらえるものならなんでも嬉しいよ。だからあまり悩みすぎないでね」
……年上の人はみんなそう言ってくれるのかな?
秋斗さんが言った言葉は、病院で楓先生が言った言葉と同じだった。
「す、翠葉っ――」
海斗くんが赤面し、私の正面に座る空太くんも同じように顔を赤らめていた。
「……どうしたの?」
「いやっ、そのっ……翠葉ちゃんってすごいなっていうか、いや、藤宮先輩がすごいっていう
か――」
「……俺、勝てっかな?」
海斗くんは言いながら口を手で覆い、真っ赤な顔をして外に視線を向ける。
「……勝つって、何に?」
訊いてみたけれど答えは得られない。
「いやっ、もういいっ! お腹いっぱい胸いっぱいっ、俺、帰るっっっ!」
空太くんがテーブルに広げていたノートを片付け始める。と、
「そっ、空太っっっ! おまえはこんな翠葉と司の中に俺を放置していくのかっ!?」
「するする、高崎空太の融点超えたっ」
……沸点じゃなくて融点なんだ?
「私、何かおかしなこと言った?」
それに、ツカサはここにいないんだけどな……。
「いや、もうなんていうか――そのままの翠葉ちゃんでいてくださいっ」
「……うん?」
聞きたいと言われたからツカサとの会話を話したのだけれど、話を続けたらこの様だ。
どうしたのだろう……?
すると、そこに私服へ着替えたツカサが現れた。
「もう五時回ってる。翠はいい加減上がれ」
「うん。空太くんも帰るみたいだし、そうする」
ツカサを目にしたふたりはさらに慌てだす。
「……本当にどうしたの?」
訊くと、空太くんはツカサに向かって、
「自分、完敗っすっ! っていうか、失礼しますっ」
と、かばんを持って走り去った。
「何?」とツカサに訝しげに訊かれる。
「……私も意味がわからなくて」
私とツカサの視線は必然的に海斗くんへ向く。
「ややややっっっ、俺も無理っ! つーか、司っ、頼むから夕飯までは休ませてくれっ」
海斗くんはバタバタと私たちを置いていく感じでカフェラウンジをあとにした。
……若干動きも言動もおかしかったけれど、最後はいつもどおりの海斗くんだった。
ここへ帰ってきたときに見せた顔が嘘のよう。
さっきツカサに掴みかかったのは本当に海斗くんだっただろうか、と思うほどにいつもどおり。
「いったいなんの話をしてたわけ?」
「え? ツカサと病院へ行くときに話していたこと」
「――それでか」
「ツカサはそれで意味がわかるのっ!?」
「さぁな」
話を逸らすように顔も逸らされる。
「ずるいっ」
「ずるいんじゃなくて、翠が阿呆なだけ」
ずい、と腕時計を見せられる。
「とっとと上がって一時間くらい休め」
「あ、はい」
席を立ち、高崎さんにお礼を伝えてからカフェラウンジを離れた。
昨日は順番が逆で夕飯の時間には体力が底を尽きていた。
今からお風呂に入ってしまうと昨日と同じで横になる時間が取れなくなる。
それなら、ツカサが言うように、一時間寝てからご飯を食べて、そのあとにお風呂――そのほうが絶対的に効率がいい気がする。
エレベーターが九階へ着くと、
「じゃ、またあとで」
と、ツカサとはその場で別れた。
玄関を入ると栞さんが出迎えてくれた。
「蒼くんから今日は司くんが一緒って連絡をもらっていたんだけど、なかなか帰ってこなかったから心配で、携帯にメールも電話もしちゃった」
「あ……ごめんなさい。病院を出てからも電源を入れるの忘れていて」
「ううん、いいのよ。司くんに電話したら下にいるって教えてくれたから。でも、今帰ってきたっていうことは、司くんが迎えにいってくれたのね」
「いい加減上がれって怒られちゃいました」
自室にかばんを置き手洗いうがいを済ませると、ルームウェアに着替えてすぐにベッドへ横になる。
ラヴィを抱っこすると不思議な安心感があって、考えたいことは色々とあったはずなのに、それらを思い浮かべる前に私は眠りに落ちた。
六時になると蒼兄に起こされた。
「熱は簡単に下がってくれないな」
携帯を見て言われる。
「うん……でも、試験前で午前授業になるし、少しは身体を休められるかもしれない」
「そうだな……」
ラヴィを抱えたまま起き上がり、蒼兄に向き直る。
「朝はごめんなさい。ちょっと――ううん、すごく気が動転していて、心配かけるようなことたくさん言っちゃった」
「……今は?」
「今は……朝ほど学校を怖いとは思ってない、かな」
朝、ツカサに言われたことも、蒼兄と別れたあと教室に行くまで時間がかかってしまったことも、教室に入ってもだめだめな自分だったことも全部話した。
空太くんと話したことや、病院へ向かう途中にツカサと話したこと。マンションに帰ってきたときに海斗くんがツカサに掴みかかったこと。そのあと、空太くんと海斗くんとお話ししたことも全部全部……。
たくさん端折っちゃったからきちんと伝わっているのか不安だったけれど、相槌を打つたびに蒼兄の表情が優しくなっていくから、ちゃんと伝わっているんだな、と思えた。
そして、私はすべてを吐き出すことで、頭の中や心の中が、多少整理できたように思えた。
ポーチで音がして、玄関の開閉する音。そして次にはこの部屋をノックする音――
誰だろう、と思いならが返事をする。
ドアから顔を覗かせたのは秋斗さんだった。
「こんばんは」
秋斗さんの手には大きなケーキボックス。
「静さんからアンダンテのタルトを預かってきたよ。翠葉ちゃんの大好きな苺タルトが一ホール」
「わぁっ! 嬉しいっ! あ、でも……秋斗さんが預かってきたということは、静さんはいらっしゃらないんですか?」
「うん、仕事が抜けられないみたいだね。だから、代わりに預かってきたんだ」
静さんとはパレスに行ったときに電話で話して以来、会ってもいなければ連絡もとっていない。
気にはなるのにどうすることもできないこの感覚は、お魚の小骨を飲み込んたとき、喉元に感じる引っ掛かりによく似ている。
「翠葉、色々と思うことがあって考えたいこともあるんだろうけれど、まずは夕飯。それからテスト勉強」
「……うん」
「そうだね。まずは目の前にあるものから順番にね」
にこりと笑う秋斗さんにつられて、少しだけ顔の筋肉が動いた。
その日の会食は、楓先生がいるのに湊先生がいなくて、ほかは高校生メンバーの三人と栞さん。それから秋斗さんと蒼兄の七人だった。
リビングへ行くと、海斗くんがツカサと秋斗さんを交互に見て一言。
「どっちもどっちだよなぁ……」
両腕を組んでの一言だった。
「何が?」と訊こうとしたら、
「海斗、そんなに問題数増やされたいの?」
ツカサに先手を打たれてしまう。
感覚的には、海斗くんと私が揃って牽制された気分だった。
今日も私の左側にはツカサがいて、右側のソファには蒼兄。その蒼兄の右隣には楓先生。
ツカサの左となりのソファには栞さん。栞さんの左隣に海斗くん。
海斗くんの左隣には秋斗さんが座っている
食後、私はお腹がいっぱいでハーブティーしか飲めなかったけれど、みんなは静さんの差し入れである苺タルトを食べていた。
私は席を立って秋斗さんのもとへ行く。
「秋斗さん、私、お誕生日におめでとうも言ってなくて、プレゼントも渡してなくて……」
九つも年上の人が何を欲しいと思うのかなんて考えてもわからないから、本人に訊くのが正解だと思っていた。
「翠葉ちゃんにおめでとう、って言ってもらえたらそれだけで嬉しいよ」
「でも、何かプレゼントしたいです……」
「そうだなぁ……じゃ、またお昼ご飯作ってくれる? もしくは、翠葉ちゃんお手製のクッキーを焼いてくれるとか。そういうのがいいな」
「え? それは別に誕生日じゃなくても作りますよ?」
秋斗さんはふわりと笑って、
「でも、それがいいんだ」
「……秋斗さんの趣味はなんですか?」
ツカサに訊いたことと同じことを尋ねると、
「趣味かぁ……趣味って趣味がほとんど仕事化してるからなんて答えたらいいんだか……」
それはたぶん、パソコンとか機械に関することなのだろうけれど、申し訳ないくらいに私はその方面には明るくない。
唯兄に訊けば良かったかな?
「じゃ、好きなものは? 色とか……」
「本当に、これって答えられるものがなくてごめんね。好きな人なら即答で翠葉ちゃんって答えられるんだけど」
秋斗さんはクスリと笑った。
私はその言葉にも笑顔にも耐えられなくて、熱くなった頬を押さえながら少し俯く。
「翠葉ちゃんからもらえるものならなんでも嬉しいよ。だからあまり悩みすぎないでね」
……年上の人はみんなそう言ってくれるのかな?
秋斗さんが言った言葉は、病院で楓先生が言った言葉と同じだった。
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