光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
665 / 1,060
第十二章 自分のモノサシ

43話

しおりを挟む
「いよいよ明日だね」なんて話をしながら、歌合せがすべて終わった私は茜先輩とふたり、桜林館からテラスへ出た。
 外はまだ薄暗い程度で、あたりを見渡すことができる。
 少し火照った身体には心地よいと思える風が吹いていた。歌を歌ったあとじゃなかったら少し肌寒いと感じたかもしれない。
 生徒会メンバーの歌合せは午後から演目順不同で行われており、私と茜先輩のデュエットが一番最後だったこともあり、私たち以外のメンバーはすでに図書室へ戻っている。ただ、華道部の桃華さんだけは飾り付けのため、まだ桜林館に残っていた。
 久しぶりに寄った図書室では、あらかじめ渡していた会計のデータをツカサと優太先輩が最終チェックをしているところだった。
 ほかのメンバーは作業が粗方終わっているのか、あとは明日を待つのみ、といった感じ。
 何かの話の流れでこんな話題になったのかは忘れてしまったけれど、どんな気持ちで歌を歌うか、という話になっていた。
「翠葉はさ、何を思って歌うの?」
 嵐子先輩の問いには迷う必要がなかった。
「大好きな人たちに『ありがとう』と『大好き』を伝えたくて」
 答えるとき、自然と笑顔になった自分に気づく。
「翠葉ちゃんには好きな人がいっぱい?」
 訊いてきたのは朝陽先輩。
「はい! クラスメイトも生徒会メンバーも、それから、紅葉祭の準備を通して知り合った人たちも」
 会計作業のチェックをしている優太先輩が顔を上げ、
「でも、翠葉ちゃんの歌うものって恋愛ものが多くない?」
 恋愛、もの……?
 聞き慣れない言葉に反応が遅れてしまった。すると、
「優太、作業に集中しろ」
 ツカサが優太先輩に釘を刺す。けれども優太先輩は作業に戻らず、私の顔を覗き込んで応答を待っていた。
「これ、恋愛の歌だったんですか……?」
 私の一言に周りの人たちが絶句する。
 動作にも表情にも変化がなかったのはツカサだけ。
 数秒遅れて「マジでっ!?」と訊いてきたのは優太先輩。
 私は頷く以外に答えようがなかった。
「これでミスがあったら優太の責任にするけど?」
 容赦ないツカサの言葉に、優太先輩はやむを得なく作業に戻った。
 そのあとはほかのメンバーに詰め寄られ、一気に歌詞についてのアナリーゼじみた話に移行する。
 質問されることに対してうまく答えられている気はしないけど、どんな気持ちで歌っているのかはちゃんと伝えられただろうか。
 私が何か言うたびにみんなは呆れモードだったけれど、茜先輩だけがいつもと変わらない笑顔でこう言ってくれた。
「翠葉ちゃんには翠葉ちゃんのものの見方、感じ方があるもの。みんなと同じじゃなくてもいいんじゃない? ただ、気持ちをこめて――それが翠葉ちゃんの大切で大好きな人たちに伝わればそれでいいんだよ」
 その言葉は、「恋愛」という歌詞に動揺し始めた私の心をふわっと包んで落ち着けてくれた。

 今日は金曜日、いつもより遅めの時間だけれど、前回の水曜日に相馬先生が「かまわない」と言ってくれたので、今日は五時から病院で治療をしてもらう。
「とうとう明日だな」
 脈診をされながらの会話。
「はい。すごく楽しみで、すごく緊張していて、今日の夜、眠れるかが不安です」
 苦笑して答えると、
「そんなときこそ睡眠導入剤だろ」
 と、呆れたように言われた。
 普段から使っている薬なのに、考え付かなかった自分にびっくりした。
「あ、そっかって顔してんじゃねぇ」
 相馬先生も今日は心なしか表情が穏やかだ。
「明日は俺も学校にいるから、目一杯やってこい。何かあれば保健室にいる」
「本当ですかっ!?」
「あぁ、お姫さんには滅法やな顔されたがな」
 あ――
 ここのところ、湊先生と相馬先生が一緒にいるところを見ていなかったからか、あまり良い関係ではないことをすっかり忘れていた。
「でも、俺を学校に招いたのはナンバーツーだ。ナンバーツーはナンバーツーなりにスイハのことを心配してるんだろ」
 静さん……。
 私はブライトネスパレスへ行って以来、静さんとは一切の連絡を取っていない。
 唯兄からプロジェクトの進行はなんとなく聞いているけれど、今までなら静さんから直接連絡が入っていたようなことも唯兄の口から聞いていた。
「当日はナンバーツーも来るらしいぜ?」
「え?」
「もっとも、一日目だけらしいがな」
「そうなんですか?」
「あぁ、運営側にいるんじゃ忙しくてそれどこじゃないかもしれないが、あの男のことだ。隙を見て話しかけに行くんじゃないか?」
 嬉しい反面、緊張も伴う。
「おまえは素直だなぁ……。一気にストレスの脈が強まったぞ」
「う……」
 相馬先生は両手首を離し、鍼の施術に移る。
「ナンバーツーに会うのはそんなにストレスか? なんだ、仕事のことか?」
「……仕事のことももちろんなのですが、学校で静さんに話しかけられるのはなんだかとても都合が悪い気がして……」
 だって、あそこは「藤宮学園」なのだ。
 幼稚舎からエレベーターで上がってくる生徒が多いうえに、どこぞの会社の令嬢や御曹司が多い。きっと静さんの顔を知っている人だって多いだろう。そこで、一般人の私が静さんに話しかけられようものなら、どんな目で見られることか……。
 ツカサと仲良くするだけでも、「両親が病院と懇意にしてるから」と言われてしまうのだから、静さんと話しているところを見られたら次はなんと言われるのか、考えるだけでも恐ろしい。
 静さんとの関係を訊かれても仕事の話はタブーだし、「両親の親友」というのは事実だけど、それを素直に答えて何も言われない自信もない。
「ま、そんな考えるな」
「先生っ、他人事だと思ってっ」
「他人事だろ?」
 ニヤリと笑うから性質が悪い。
「安心しろ。仮にもナンバーツーだ。そんな下手な接触の仕方はしないだろ」
 あ……それはそうかもしれない。
「明日は滋養強壮剤使うのか?」
「……いえ、使いません」
 相馬先生がピュー、と口笛を鳴らした。
「意外だな」
「……みんなが色々と考えてタイムテーブルを組んでくれてるんです。歌を歌うのにステージには立たなくちゃいけないけれど、椅子に座って歌わせてもらえることのほうが多いし、ステージは三つあるけれど、私はひとつのステージでしか歌わないから移動もない。休憩時間もまとまった時間をもらえているから、そのときにしっかり休もうと思って……」
「いい心がけだ。水分補給とカロリー補給だけはこまめにしろよ?」
「はい」
 先生に褒められてしまったけれど、実のところは紅葉祭当日よりも、それまでの作業ほうが大変だった。
 一日目はライブステージがある分、かなり体力を使うとは思う。けれど、二日目に関しては、校内の見回りやクラスの出し物が中心で、突発的な何かが起こらない限りはそんなに忙しいということはない。むしろ、忙しくなるのは実行委員の人たちだろう。
 私たち生徒会には実行委員から報告が上がってくるのみに等しい。そして、膨大な作業が待っているのは紅葉祭のあと。
 すべての集計作業に取り掛かることになる。
 できる限り、クラスで帳尻を合わせるようにクラス委員や各団体に通達してあるけれど、それでもどうにもならないものは生徒会が引き受ける。
 ただ、今回はすでに充当先やプラスマイナスを動かす場所をひとつにまとめてあるため、それほど大変なことにはなりそうにない。
 全体の把握と資金の流動、それから各クラスの団体が得た収入の把握を努めればいいだけ。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...