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12~13 Side 海斗 02話
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六時を回ればドアの向こうでスタンバイしていたんじゃないか、というくらいにしゃっきりとした翠葉が出てくる。
これもいつものこと。
眠そうな顔をして出てきたことは一度もない。
ちゃんと休めているのか不安に思うものの、その顔をじっと見れば「ちゃんと休んできたよ」と苦笑つきで言われてしまう。
鈍いくせにこういうところだけやけに鋭くて困る。
「この金額の充当だけど――」
周りの人間が「おかえり」と声をかける中、司だけはそんな言葉で翠葉を迎えない。
それがきっと司の気遣いであり、優しさ。
そんなことがわかる人間が何人いるのかな。
「ツカサ、ごめん。すぐに戻るから――お水だけ買ってきてもいい?」
「いいけど……」
「ごめんね、すぐに戻るから」
翠葉は何やら慌しく図書室を出ていった。
「なんで水……?」
テーブルには翠葉の飲みかけのペットボトルが置いてある。
それも、まだ半分以上も残ったミネラルウォーターが。
「海斗」
司に目だけで指示される。
「わかってる、ちょっと行ってくる」
翠葉のあとを追って図書室を出ると、図書棟を出てすぐのところにある自販機の前に翠葉がいた。
セーフ。まだ人に声をかけられてはいない。
自販機に赤いランプが並んでいるということは、すでにお金を入れたあとなんだと思うけど、翠葉はじっと自販機を見ていた。
「翠葉ー?」
「わっ――」
声をかけると、ひどく驚いた様子で振り向いた。
翠葉が動くと、連動して長く艶やかな髪もさらりと動く。
夏休み前よりも短くなったことに気づいたのは、二学期が始まって少し経ってからのこと。
言われてみれば二十センチ近く切ったであろうその髪は、依然ロングヘアと呼べる長さを保っている。
前がスーパーロングだとしたら、今はロング。その程度の違い。
「その自販機にミネラルウォーターって一種類しかないと思うんだけど、何そんなに悩んでんだか」
「あ、ごめんっ」
翠葉さん、俺ね、別に戻ってくるのが遅いから迎えにきたわけじゃないんだけど……。
群青色に藍色を足したような空を見ていると、
「私、何やってるんだろう……」
小さな声が聞こえた。
視線を翠葉に戻せば、受け取り口から普段翠葉が買わないスポーツ飲料を取り出したところ。
珍しいな、と思ったら、再度小銭を投入してミネラルウォーターを選ぶ。
もうひとつのペットボトルを手に取ると、
「海斗くん、これ……もらってもらえる?」
「悪い、俺、そんなに焦らせた?」
本当、そんなつもりはなかったんだけど。
「ううん、違うの。ただの押し間違い」
翠葉は薄く笑みを浮かべて何かを考えているようだった。
「少し、話聞こうか?」
もともとそれが目的で出てきたわけだし……。
司も気づいていたと思う。
何か考え事をしていて、だからテーブルに置いてある自分のペットボトルのことにも気づかず飲み物を買いに行っていいかなんて訊いた。
それに気づかなかったら司じゃない。
それでも自分が動かず俺を差し向けたっていうのは、秋兄と何かあったと思ったから? それとも、ただ要らぬ人目を引かないため?
そんなの、今となっては今さらすぎてちゃんちゃらおかしいけど。
なぁ、司。おまえ、どうしたいの?
手すりに寄りかかったまま翠葉を見ると、「ううん」と下を向いて緩く首を横に振る。
そして手を見た。自分の手と俺の手を交互に。
「その代わり、手――貸してもらえる?」
「手……?」
相変わらず翠葉の考えていることはよくわからない。
訊かないと、訊いて確かめないとわからない。
左手には翠葉からもらったスポーツドリンクを持っていたから、「これ?」と右手を広げてみせる。
翠葉は俺の手を見て、
「手、つないでもいい?」
「……翠葉、本当にどうした?」
なんだか怖い。
俺が翠葉に感じる怖いという感情は、目に見えない脆い部分。
時々、目の前から急にいなくなるような気がする。
そんな錯覚を感じる前に、俺は翠葉の手を掴んだ。
「これが何?」
翠葉の顔の前、俺の胸の高さに持ち上げて存在を確認する。
翠葉の意識がここにあることを確かめたくて。
「翠葉?」
ここにいる、よな……?
この不安は取り越し苦労とかそういう類じゃない。
翠葉が消えてしまいそうな気がするのは俺の思い過ごしじゃないと思う。
なんで――どうしてこんなに儚く感じてしまうのか。
容姿とか身体が弱いとか、そういうものとは別物。
焦る気持ちを抑えて翠葉の顔を覗き込むと、翠葉は小さく口を開いて話し始めた。
「秋斗さんが目の前にいるとドキドキする。どうしたらいいのかわからなくなる」
意表をつかれた言葉に、ぎりぎり不自然にならないタイミングで「うん」と相槌を打つ。
「ツカサと手をつなぐとすごく安心するのに、秋斗さんだとドキドキして思考停止しそうになる」
「うん」
「海斗くんはそのどちらでもなくて――男子だなって思ったの」
「うん」
翠葉は手をつないだまま俺を見上げ、
「何が違うのかな……」
困惑した表情をしていたけれど、その声には「尋ねる」という響きやイントネーションは含まれなかった。
動作と言葉だけなら訊かれているようにしか思えないけれど、これは翠葉の心の声。
たぶん、俺が聞いても聞いてなくても、ここに俺がいてもいなくても、ひとりポツリと口にしたであろう言葉。
翠葉のことを見ていると、時々つらくなる。
自分の中にある気持ちと真正面から向き合う姿を見て、痛々しいとすら思う。
それは悪いことではなくすごいことのはずなのに、どうしてか見ていてつらくなる。
翠葉がかわいそうとかそういうことではなく、たまには見なかったことにしちゃえばいいのに、と思う自分がものすごくずるい人間に思えてくるから。
結果、俺は遠まわしにその切実な疑問から逃げる。
翠葉の頭に手を置いて、
「急がなくてもいいんでない? 何が違うのか、自然と――いつか気づくよ」
一見してなんてことのない言葉で普通の返答。
でも、俺はこれを「逃げ」だと確信して話している。
相手がどう受け止めるかとか、周りがどう見ているかなんて関係なくて、言ってる俺の認識の問題。
頭に手を置いたのは、大きな目に見られたままじゃ言えそうになかったから。
翠葉の視線を逸らすために取った行動。
なのに翠葉は少しも疑うことなく、「本当?」と曇りのないガラス玉みたいな目を向けてくる。
俺は罪悪感から、「たぶん」 と答えた。
さらにはごまかし強化で隠蔽処置。
再度翠葉の手を取り、「戻ろう!」と半ば強引に手を引いた。
「うん。話、聞いてくれてありがとう」
はにかんでお礼を言われて、「ごめん」と思う。
俺はいつでも翠葉の味方だけど、実は秋兄と司のどっちが好きかなんて、ずっと答えが出なければいいのに、と思っているから。
自分が真面目に恋愛を考えたとき、「三」という数がひどく疎ましいものに思えた。
譲れない想いがあって、なくしたくない関係があって、どれもが大切で――
それでも俺は、最後には自分を優先する。
なのに、翠葉には翠葉の気持ちを優先してほしい、と言いきれない自分に気づいてしまった。
翠葉の味方だなんて公言しておきながら、その答えを知りたくないと思う自分がいる。
まだ答えが出ていないのなら、そのままでいてほしいと願ってしまう自分が自分を擁護する。
「いいえ、そんな相談なら二十四時間承ります!」
無駄に明るい声でにこりと笑顔を向けると、翠葉は澄んだ目を細めて礼を口にした。
罪悪感――ちゃんと感じてる。
二十四時間相談を受け付けるっていうのは本当。
どんな話でも聞く。
でも、できればどっちが好きかわからないなんて相談は受けたくないんだ。
いや、翠葉はそういう形の相談はしてこないか……。
もししてくるとしたら、「好きってわかってどうしよう」かな。
そのときは、今みたいなごまかしは一切抜きで相談にのるよ。
でも、今日はごめん――
これもいつものこと。
眠そうな顔をして出てきたことは一度もない。
ちゃんと休めているのか不安に思うものの、その顔をじっと見れば「ちゃんと休んできたよ」と苦笑つきで言われてしまう。
鈍いくせにこういうところだけやけに鋭くて困る。
「この金額の充当だけど――」
周りの人間が「おかえり」と声をかける中、司だけはそんな言葉で翠葉を迎えない。
それがきっと司の気遣いであり、優しさ。
そんなことがわかる人間が何人いるのかな。
「ツカサ、ごめん。すぐに戻るから――お水だけ買ってきてもいい?」
「いいけど……」
「ごめんね、すぐに戻るから」
翠葉は何やら慌しく図書室を出ていった。
「なんで水……?」
テーブルには翠葉の飲みかけのペットボトルが置いてある。
それも、まだ半分以上も残ったミネラルウォーターが。
「海斗」
司に目だけで指示される。
「わかってる、ちょっと行ってくる」
翠葉のあとを追って図書室を出ると、図書棟を出てすぐのところにある自販機の前に翠葉がいた。
セーフ。まだ人に声をかけられてはいない。
自販機に赤いランプが並んでいるということは、すでにお金を入れたあとなんだと思うけど、翠葉はじっと自販機を見ていた。
「翠葉ー?」
「わっ――」
声をかけると、ひどく驚いた様子で振り向いた。
翠葉が動くと、連動して長く艶やかな髪もさらりと動く。
夏休み前よりも短くなったことに気づいたのは、二学期が始まって少し経ってからのこと。
言われてみれば二十センチ近く切ったであろうその髪は、依然ロングヘアと呼べる長さを保っている。
前がスーパーロングだとしたら、今はロング。その程度の違い。
「その自販機にミネラルウォーターって一種類しかないと思うんだけど、何そんなに悩んでんだか」
「あ、ごめんっ」
翠葉さん、俺ね、別に戻ってくるのが遅いから迎えにきたわけじゃないんだけど……。
群青色に藍色を足したような空を見ていると、
「私、何やってるんだろう……」
小さな声が聞こえた。
視線を翠葉に戻せば、受け取り口から普段翠葉が買わないスポーツ飲料を取り出したところ。
珍しいな、と思ったら、再度小銭を投入してミネラルウォーターを選ぶ。
もうひとつのペットボトルを手に取ると、
「海斗くん、これ……もらってもらえる?」
「悪い、俺、そんなに焦らせた?」
本当、そんなつもりはなかったんだけど。
「ううん、違うの。ただの押し間違い」
翠葉は薄く笑みを浮かべて何かを考えているようだった。
「少し、話聞こうか?」
もともとそれが目的で出てきたわけだし……。
司も気づいていたと思う。
何か考え事をしていて、だからテーブルに置いてある自分のペットボトルのことにも気づかず飲み物を買いに行っていいかなんて訊いた。
それに気づかなかったら司じゃない。
それでも自分が動かず俺を差し向けたっていうのは、秋兄と何かあったと思ったから? それとも、ただ要らぬ人目を引かないため?
そんなの、今となっては今さらすぎてちゃんちゃらおかしいけど。
なぁ、司。おまえ、どうしたいの?
手すりに寄りかかったまま翠葉を見ると、「ううん」と下を向いて緩く首を横に振る。
そして手を見た。自分の手と俺の手を交互に。
「その代わり、手――貸してもらえる?」
「手……?」
相変わらず翠葉の考えていることはよくわからない。
訊かないと、訊いて確かめないとわからない。
左手には翠葉からもらったスポーツドリンクを持っていたから、「これ?」と右手を広げてみせる。
翠葉は俺の手を見て、
「手、つないでもいい?」
「……翠葉、本当にどうした?」
なんだか怖い。
俺が翠葉に感じる怖いという感情は、目に見えない脆い部分。
時々、目の前から急にいなくなるような気がする。
そんな錯覚を感じる前に、俺は翠葉の手を掴んだ。
「これが何?」
翠葉の顔の前、俺の胸の高さに持ち上げて存在を確認する。
翠葉の意識がここにあることを確かめたくて。
「翠葉?」
ここにいる、よな……?
この不安は取り越し苦労とかそういう類じゃない。
翠葉が消えてしまいそうな気がするのは俺の思い過ごしじゃないと思う。
なんで――どうしてこんなに儚く感じてしまうのか。
容姿とか身体が弱いとか、そういうものとは別物。
焦る気持ちを抑えて翠葉の顔を覗き込むと、翠葉は小さく口を開いて話し始めた。
「秋斗さんが目の前にいるとドキドキする。どうしたらいいのかわからなくなる」
意表をつかれた言葉に、ぎりぎり不自然にならないタイミングで「うん」と相槌を打つ。
「ツカサと手をつなぐとすごく安心するのに、秋斗さんだとドキドキして思考停止しそうになる」
「うん」
「海斗くんはそのどちらでもなくて――男子だなって思ったの」
「うん」
翠葉は手をつないだまま俺を見上げ、
「何が違うのかな……」
困惑した表情をしていたけれど、その声には「尋ねる」という響きやイントネーションは含まれなかった。
動作と言葉だけなら訊かれているようにしか思えないけれど、これは翠葉の心の声。
たぶん、俺が聞いても聞いてなくても、ここに俺がいてもいなくても、ひとりポツリと口にしたであろう言葉。
翠葉のことを見ていると、時々つらくなる。
自分の中にある気持ちと真正面から向き合う姿を見て、痛々しいとすら思う。
それは悪いことではなくすごいことのはずなのに、どうしてか見ていてつらくなる。
翠葉がかわいそうとかそういうことではなく、たまには見なかったことにしちゃえばいいのに、と思う自分がものすごくずるい人間に思えてくるから。
結果、俺は遠まわしにその切実な疑問から逃げる。
翠葉の頭に手を置いて、
「急がなくてもいいんでない? 何が違うのか、自然と――いつか気づくよ」
一見してなんてことのない言葉で普通の返答。
でも、俺はこれを「逃げ」だと確信して話している。
相手がどう受け止めるかとか、周りがどう見ているかなんて関係なくて、言ってる俺の認識の問題。
頭に手を置いたのは、大きな目に見られたままじゃ言えそうになかったから。
翠葉の視線を逸らすために取った行動。
なのに翠葉は少しも疑うことなく、「本当?」と曇りのないガラス玉みたいな目を向けてくる。
俺は罪悪感から、「たぶん」 と答えた。
さらにはごまかし強化で隠蔽処置。
再度翠葉の手を取り、「戻ろう!」と半ば強引に手を引いた。
「うん。話、聞いてくれてありがとう」
はにかんでお礼を言われて、「ごめん」と思う。
俺はいつでも翠葉の味方だけど、実は秋兄と司のどっちが好きかなんて、ずっと答えが出なければいいのに、と思っているから。
自分が真面目に恋愛を考えたとき、「三」という数がひどく疎ましいものに思えた。
譲れない想いがあって、なくしたくない関係があって、どれもが大切で――
それでも俺は、最後には自分を優先する。
なのに、翠葉には翠葉の気持ちを優先してほしい、と言いきれない自分に気づいてしまった。
翠葉の味方だなんて公言しておきながら、その答えを知りたくないと思う自分がいる。
まだ答えが出ていないのなら、そのままでいてほしいと願ってしまう自分が自分を擁護する。
「いいえ、そんな相談なら二十四時間承ります!」
無駄に明るい声でにこりと笑顔を向けると、翠葉は澄んだ目を細めて礼を口にした。
罪悪感――ちゃんと感じてる。
二十四時間相談を受け付けるっていうのは本当。
どんな話でも聞く。
でも、できればどっちが好きかわからないなんて相談は受けたくないんだ。
いや、翠葉はそういう形の相談はしてこないか……。
もししてくるとしたら、「好きってわかってどうしよう」かな。
そのときは、今みたいなごまかしは一切抜きで相談にのるよ。
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