光のもとで1

葉野りるは

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43 Side 優太 01話

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 最近の俺と嵐子の話題はもっぱら司と翠葉ちゃんのことだった。
 ことの発端は嵐子の素朴な疑問だったと思う。

「ねぇ、翠葉って何を思って歌うのかな?」
「は?」
「だって、あの子が歌うものって恋愛ものばかりじゃない? でも、当の本人全然そんなつもりなさそうなんだもん」
「マジでっ!?」
「うん。ボイトレが始まる前は私と桃華が練習付き合ってたじゃない?」
「あぁ、人前で歌うことに慣れさせるって課題のときか」
 そのとき、俺と朝陽は司の練習に付き合っていたわけだけど、ひょんなことから賭けまでした覚えがある。
「あのときは歌うことに必死で全然歌詞とか考えてなかったんだろうなぁ、って思うの。でも、今はどうなのかな? って」
「合同練習に入った今、俺らが次に歌を聴けるのって本番当日だもんな……」
「そうなのよ。なんだか気になっちゃって。こっそり茜先輩に探りを入れたんだけど、『いい感じに仕上がってきてるよ』としか答えてくれないし」
「ふーん、そりゃ気になるな」

 こんな会話がきっかけだった。
 明日が本番ともなれば、今日中に訊きたい。しかも、こいつ――司の前で。
 悪魔の触覚と尻尾の生えた俺がここにいる。
 だけど、ここにはもうひとりそんなやつがいる。つまりは嵐子。
「翠葉はさ、何を思って歌うの?」
 嵐子が尋ねると、
「大好きな人たちに『ありがとう』と『大好き』を伝えたくて」
 笑顔で即答されたけれど、これでは面白くもなんともない。
「翠葉ちゃんには好きな人がいっぱい?」
 おっと……触覚と尻尾が生えているのは俺と嵐子だけじゃなかった。朝陽も参戦するらしい。
 俺は会計作業をしつつも、頭の中ではすでに休憩モードに突入していた。
「はい! クラスメイトも生徒会メンバーも、それから、紅葉祭の準備を通して知り合った人たちも」
 期待を裏切らない返答っていうか、超絶期待を裏切る返答っていうか……。さすが翠葉ちゃん、としか言いようのない返答。
 でも、やっぱりこれだけじゃ面白くない。
 見てわかるように会計作業の手を休め、そっちの会話に混ざる。
 俺の正面には司も座っているからちょうどいい気がした。
 司くん、君もぜひこの会話に参加しようじゃないか。
「でも、翠葉ちゃんの歌うものって恋愛ものが多くない?」
 俺が軽やかに質問を繰り出すと、彼女はきょとんとした顔をする。
 彼女の答えを待つべくしんとした場に、一際冷ややかな声が発せられた。
「優太、作業に集中しろ」
 ほかの誰でもない司のお言葉。でも、こんな釘の刺され方もそろそろ慣れてきた。
「お返事は?」
 翠葉ちゃんの顔を覗き込むと、
「これ、恋愛の歌だったんですか……?」
 俺は高度な反撃を食らった。
「マジでっ!?」
 咄嗟に訊き返してしまったが、彼女はいたって真面目に答えている。
 これ、なんてイキモノですか? っていうか、今衝撃を食らったのは俺だけじゃないと見た。
 周りには放送委員の人間もいたし、出入りしている実行委員もいる。そのうちの数人が、手に持っていた資料を落とし、ほぼ全員が口をぽかんと開けていた。
 君はやっぱり絶滅危惧種だと思う。
 こんな空気の中、ただひとりだけが淡々と作業を続ける。言うまでもなく司だ。
「これでミスがあったら優太の責任にするけど?」
 司から二度目の釘を刺され、俺は仕方なく離脱することにした。
 その前に朝陽に視線を向けると、同じような視線が返される。

 ――「やばいぞ」
 ――「やばいかもね」
 ――「俺たち賭けにマジ負けするんじゃねーの!?」
 ――「なんとしてでも阻止すべきでしょ……」

 そんな会話をアイコンタクトのみでできたと思う。
 朝陽、あとは頼んだ……。
 彼女に少しくらい「恋」たるものを吹き込んでおいてくれ――

「で、どうだった?」
 学校帰りに嵐子に「その後」の会話を訊いてみる。
 校内や学校前から出ているバスの中ではこんな会話はできない。ついでに、電車の中もかなりの混雑具合で会話をすることはできなかった。そのぶん、言葉はなくても密着できる時間っていうのは嬉しいけれど。
 よって、今は最寄り駅から自宅までの帰り道。
 ふたりとも自転車で駅まで来ているわけだけど、自転車に乗ってしまうとゆっくり話しもできないので、自転車を引いて歩いていた。
「どうもこうも……。あの子、ほんっとに恋愛の歌だとは思ってなかったっぽい」
 笑えねぇ……。
「それってさ、つまるところ、自分が歌うものですら気づいていないってことは、司が歌うものに関しても恋愛って気づくかは相当怪しいってことですかね?」
「かーもねぇ……」
 自転車のハンドルに突っ伏す嵐子からすると、相当見込みなしチックだ。
 やばい……これはどうしたらいいんだろう。
 俺たちと司の賭けって最初から負け決定なんだろうか?
「一応、恋愛の歌であることは教えてきたつもりだけど、本人、まったく理解できてないっぽかったわ」
「まずいだろぉ、それ……」
「何? どうかしたの?」
「いやさ、司対俺と朝陽で賭けしてるんだよね」
「何それ楽しそう。内容は?」
「司の歌で翠葉ちゃんが司の気持ちに気づくかどうか」
「……ばっかじゃない? それ、どう考えたって負け戦でしょっ!?」
「そう言ってくれるなよぉ……」
 ついつい情けない声が出てしまう。
「だって、自分の歌う歌ですら気づいてないんだよっ!? 司が告白ソング歌ったところで気づくわけがないじゃんっ」
「だからさっ! まさかそこまで鈍いとは思わないだろっ!?」
「甘いわよっ、相手は翠葉なのよっ!?」
 う゛……。
 現時点では口を噤まざるを得ない。
「これは明日、何かしら手を打つ必要があるわね……」
「なんかいい案でもあるの?」
 嵐子は、ふふ、と笑みを浮かべ、
「題して煽り作戦よ」
「なんですか、それ」
 普通に謎。
「賭けでそこまで啖呵切った司なら、なんでもやりそうじゃない? 変にプライド高いところを利用すべしっ! 『翠葉の鈍さに自信があるならこのくらいできるでしょ?』的な何かを吹っかける」
「つまりは?」
「司が歌っているところを翠葉に生で見せるっ! で、その翠葉をガン見して歌えとインカムから朝陽に通達させよ」
 うぉ……。
「もう、全校生徒にばれてるようなものなんだから、今さらよっ」
 嵐子が頼もしく見える反面、荒れているようにも見えた。
「どうせ司のことだから、いざとなれば『それも姫と王子の出し物演出』とか言って切り抜けるんでしょ」
 あぁ、そこまでわかっていて仕掛けるつもりなんですね……。
「なんだか色々とじれったいのよ……。司にしてはがんばってるほうだと思うけど、肝心の翠葉は全然気づかないし……。翠葉も最近はよく司のことを目で追いかけてるんだけど、まだその理由が恋心なのかは掴めないのよね……。こうなったら翠葉を惚れさせるしかないでしょ。そのくらいの意気込みで行くわよっ!」
 あぁ、そうか……。それは思いつきもしなかった。なるほどね……。
「よしきたっ! 翠葉ちゃんに司を好きになってもらおう。それが一番手っ取り早い気がしてきた」
「でも、相手は翠葉なのよねぇ……」
 嵐子も唸り始める。
「司が格好いいのなんてもう知ってるじゃない? で、司がああいう性格なのだって知ってる。それでいて、あんなに普通に接することができる子なのよね」
 なるほど……。容姿性格、共にハイレベルな人間相手に物怖じしない子ってことか……。
「でも、それって仕方なくない? だって、翠葉ちゃんのお兄さんふたりともハイレベルな格好良さだし、秋斗先生や海斗だって見慣れてる。千里なんて眼中なかったっぽいし。男に免疫なくてもイケメンには免疫あるんじゃん?」
「だとしたら、どこに惚れさせるのよっ!」
 をぃ……。
「外見じゃなくて中身でいいじゃん」
「中身ぃぃぃ? あんな極悪サド大魔王を好きだなんて、自分がマゾですって言ってるのと変わらないじゃない」
「ちょっとちょっと嵐子さん、俺のことはなんで好きになったんでしょうか?」
「もちろん外見っ! わっ、でも違う違うっ、違うからねっ!? それだけじゃないからねっ!?」
 急に慌て出す彼女がかわいくて仕方ない。
「説得力に欠けるからお仕置きね」
 そう言って、彼女の家近くの公園に立ち寄る。
 自転車を停めて、彼女にキスをした。
 ピタリ、と彼女に寄り添い、背中や腰をまさぐりつつ、触れるだけのキスを三回。
 今が夏だったらセーラーブレザーの中に手をしのばせ、直接肌に触れることができたのに……。
 残念ながら藤宮の冬服でそれはできない。
「もっと……」
 吐息混じりにキスをねだる彼女に「だめ」と答える。
「どうしてっ?」
 口調は今にも噛み付きそうな勢いがあるのに、目はとろんと潤んでいる。そのアンバランスさがたまらない。
 そんな彼女を見ながら、
「お仕置きだから」
 言って笑うと、「優太の意地悪っ」とどつかれた。
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