光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
747 / 1,060
第十三章 紅葉祭

45話

しおりを挟む
 無秩序に話しだした私を止めたのは唯兄だった。
「リィ、今日使ったタイムテーブル出そうか?」
 ライブステージに使われたタイムテーブルを見ながら話すと、物事が前後することなく話すことができた。
 泣きながら話したら、話し終わるころには声がガラガラだった。
 それでも、心なしか気持ちがすっきりとした気がする。
「今日はここまで。まだ明日もあるしね?」
 唯兄に仕切られてお開きになったのが十時五分前のこと。
「あのね、これだけ訊いてもいい?」
「何?」
「蒼兄も唯兄も、好きな人に好きな人がいたらどうする? その人の恋愛を応援する? それとも、自分を応援する?」
「俺は断然自分応援派」
 即答したのは唯兄だった。蒼兄は少し考えてから、
「相手が桃華だったとして――俺もそう簡単には諦められないかな。自分なりに努力はすると思う。ほら、何もせずに諦めることほど嫌なものはないだろ? 中途半端ってさ、どれも不完全燃焼に終わる気がしない?」
 蒼兄が言ったことはいつも私が思っていることに似ている。
「誰を応援するとかしないとか、そういうことじゃなくて、自分の気持ちを大切にしたらいいんじゃないか?」
 自分の気持ちを大切に……?
「あの人は応援せずにこの人を応援する――そういう選択の仕方を翠葉は普段しないだろ? 無理やり型に当てはめようとしなくていいんじゃないか? せっかく新しい気持ちを知ったんだから、その気持ちを大切にすればいい。ただ、それだけだよ」
 蒼兄にはわかっちゃうのね……。これが私自身の考えではなく、人に聞いた考えだって。
「……いい、のかな?」
 本当にそれでいいのかな。
「いいんだよ。だって、それは翠葉の心であり、想いなんだから」
「ほら、明日も早いでしょ? 顔洗って薬飲んでとっとと横になる!」
 唯兄に言われて時計を見たら、十時を一分だけ過ぎていた。


 朝の四時にはこっちを出る予定だったお父さんは、緊急会議が入りその会議に出てから現場に戻ることになったらしい。
 だから、今朝も朝ご飯を一緒に食べることができる。そして、その場には静さんもいた。
 つまり、昨日と同じメンバーでの朝食。
「お母さん……」
「ん?」
「お母さんは、もしお父さんに好きな人がいたらどうした?」
「……そうねぇ、簡単には諦めなかったでしょうね」
 お母さんはクスリと笑ってキッチンへ戻る。
「お父さんは?」
「んー……こういうのって諦めよう、そうしよう、って諦められるようなものじゃないしなぁ……。そこできっぱり想いに決別できちゃう人がいるなら父さんは尊敬するかもしれん。それにな、世の中には好きな人に付き合っている人がいようが、結婚して子どもができようが、同じ人をうん十年も想い続ける人間もいるんだぞ?」
 お父さんの視線が静さんを向く。
「え? 静さん……?」
「零樹、今お褒めに与ったのは私のことか?」
「静以外に誰がいるのさ」
 その会話に少し頭の中が混乱する。
「えっ!? じゃ、静さんってもしかしてうちの母をっ!?」
 蒼兄の言葉は一気に混乱を消し去った。
「翠葉ちゃん、私は三十年碧を好きでいたよ? おかしいかな? このとおり、いい年をした大人だが、蒼樹くんや翠葉ちゃんという子どもがいてもずっと好きだった」
 静さんはにこり、と優しく笑う。そこへお母さんが戻ってくると、「正しくは二十七年よ」と訂正した。
「おや、そうだったか?」
「そうよ。ここ三年だもの、静から届くバラが赤じゃなくて黄色いバラに変わったの。黄色いバラの花言葉は『変わらぬ友情』でしょう?」
 お母さんはとても嬉しそうに笑った。
「こういうのは女性のほうが期間をしっかり覚えているものらしい」
 静さんは苦笑して、「おかしいと笑うかい?」と再度訊かれた。
「いえ……。むしろ、そんなに長い期間想われていたお母さんを羨ましいと思うくらい……」
 そう答えると、今度は無言で微笑んだ。逆にお父さんは苦渋を漏らす。
「翠葉ぁ……肉食獣に奥さんを始終狙われていたお父さんはだな、胃が擦り切れるくらいに肝を冷やす二十七年だったぞー?」
「碧、感謝してほしいものだな。おかげで零樹は中年太りもせず、あのころの体型を維持したままだ」
「あら、そう言われてみればそうね?」
「ちょっとちょっとちょっと、おふたりさあああんっ!?」
 その会話に場がどっと沸く。
 みんなの笑い声が響く朝食だった。
 二十年三十年後の同級生ってどんなだろう?
 私には想像すらできない。でも、お父さんたちみたいな関係でいられたらいいな……。
 なんだか、とひとつの理想の形を見せてもらえた気がした。

 家を出る時間になるまですっかり忘れていたことがある。
「蒼兄……私、すっかり忘れていたの」
「うん、やけに落ち着いているからそうかな、とは思っていたけど……」
 朝になれば心の準備如何に問わず、問答無用でツカサに会うことになるのだ。
 お父さんとお母さんたちとは玄関で別れ、蒼兄と唯兄が一階のエントランスまでついてきてくれた。
 一階には、すでに海斗くんとツカサがいた。
 ツカサが視界に入ってすぐ、胸を押さえた自分が情けない。
 そんな私の動作に気づいた蒼兄が、少し困ったように笑って頭に手を置いた。
 その手のぬくもりにほんの少し癒される。
「あっれー? 唯くんに蒼樹さんまで、どうしました?」
「海斗っち、おはよっ! いやさ、今日って打ち上げあるのかな、と思って」
「あ! ありますあります! 路線バスで市街地に行く途中、カラオケ屋あるじゃないですか」
「あぁ、あのカラオケ屋にしてはそれっぽくない建物の?」
「ですです。そこ、友達の家がやってるカラオケ屋なんで、そこでやることになってます」
「そっか。悪いんだけど、そのときもリィのこと頼めるかな?」
「もちろんっ!」
「海斗くん、よろしくね。それを確認してお願いするために下りてきたんだ」
「あぁ、なるほど。了解です!」
 三人の会話があれよあれよという間に展開され、私は朝の挨拶をすることも忘れて三人の話を聞いていた。
「ほら、いってらっしゃい!」
 唯兄に背中を押されて一歩踏み出す。
「何かあったらいつでも連絡してきな」
 蒼兄の言葉にもう一歩。
「翠葉、行こうっ!」
 海斗くんの元気な笑顔にもう一歩。
「早くしないとまたギリギリになるけど?」
 ツカサの言葉に半歩引きそうになりつつ、がんばってもう一歩を踏み出した。

 昨日と同じ道を同じ人と同じ時間に歩いている。なのに、昨日とは全然違う気分だから不思議。
 昨日と同じようにツカサが前を歩いているだけなのに、私はその背中を見ただけでドキドキしてしまう。
 きれいな顔を見たいと思うけど、目が合うと困るから……。だから、こっちを見ないでね、と思いながら姿勢のいい背中を見つめていた。
「翠葉、顔赤い?」
「えっ!?」
「熱でもある?」
「や、ないよっ!? ないないっ。それに、顔だって赤くないものっ」
「いや、赤いってば……。な? 司どう思う?」
 ツカサに声をかけた海斗くんを恨めしく思う。
 どうしようっ――
 ツカサの顔がこちらを向いたら、私はもっと赤くなってしまう。
 そう思っていたら、前方から疑いたくなるような一言が返された。
「熱はあるんじゃないの?」
 ツカサは肩越しに振り返ると、
「今、高温期だろ?」
 さらりと言われ、私は別の意味で赤面した。
「ツカサのカバっっっ」
「俺はカバほど図体大きくないけどな」
 そう言うと、何事もなかったように前を向く。
 ずるいと思った。
 私はツカサの行動や言葉ひとつにドキドキして動揺するのに、ツカサはいつもと変わらない。
 冷静すぎるツカサがずるいと思った。
「海斗くん、動揺しないおまじないってないかな」
「……そうだな。ツカサに数でも数えてもらえば?」
 にこりと笑う海斗くんが、このときばかりは悪魔に思えた。
「無理……」
「どうして?」
「……諸悪の根源だから」
 立ち止まる海斗くんを置き去りにして、諸悪の根源と一定の距離を保ったまま私は学校へ向かった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...