光のもとで1

葉野りるは

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第十四章 三叉路

11話

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 薬が効いたのか、一時間休んだら少しだけ楽になった。
 次の授業には戻れる。
 そう思って身体を起こすとカーテンが開き、湊先生が入ってきた。
「大丈夫なの?」
「はい。六限は出られます」
「今日、このあと病院よね?」
「はい」
「行きは歩きで帰りは迎えが来るんだっけ?」
「はい。……あ、湊先生っ」
「何?」
「……先生のご実家は、藤山のどのあたりにあるんですか?」
「うち?」
 私が頷くと、
「私道に入って三本目の横道を右に折れたところだけど?」
「今日……真白さん、いらっしゃいますか?」
「さぁ……でも、あまり外出しない人だからいると思うわ。どうして?」
「紅葉祭のとき、お弁当を作っていただいたんです。そのお礼を言いたくて……」
「なるほど。じゃ、あとで連絡入れとく」
「ありがとうございます」
 ツカサ、ごめん……。日曜日は無理だ。
 私、今のままじゃまた嘘ついちゃう――

 帰りのホームルームが終わると、
「翠葉、本当にひとりで大丈夫なの? 蒼樹さんに連絡したほうが……」
「ううん。さっきお薬飲んでだいぶ楽になったから大丈夫」
「でも、まだ顔色が良くないわ。それに、今日、本当に寒いし……」
「大丈夫。朝、首に巻いてきたストール羽織っていくから」
 私は桃華さんの心配を笑顔でかわし、教室をあとにした。
 桜香苑と梅香苑を抜けると大学の敷地内に入る。
 まだ、数えるほどしかひとりで歩いたことのない大学敷地内を通り私道入り口にさしかかると、通りの脇に建つ建物からスーツを着た人が出てきた。
 今までなら、建物の前に立つ警備員さんへ向かって会釈をするだけで通ることができたけれど、今日は違うのだろうか。
 スーツを着た人は私の目を見て、
「御園生翠葉様でいらっしゃいますね」
「はい……」
「私、藤宮警備の藤守武明と申します。湊様からご自宅へ案内するよう申し付かっております」
「え?」
「……失礼ですが、真白様にお会いになられるのでは?」
「はい。あの、私道を入って三本目の横道を右に行くとあるとうかがってきたのですが……」
 その人は、納得したように少しの笑みを浮かべてこう答えた。
「えぇ、そのとおりでございます。ですが、そのルートはあらかじめセキュリティ登録されている方しか通れないルートとなっておりますので、本日は私がご一緒させていただきます」
 藤守さんが言うには、私の生体認証は既に藤宮警備に登録されているため、正規の手順を踏んで追加登録すれば、私はひとりでもそのルートを通ることができるらしい。けれど、私のデータは特殊扱いになっているため、そのデータ自体にアクセスできる人が限られているのだとか……。
「こちらの都合で申し訳ございません。秋斗様でしたらすぐに追加登録ができるのですが、あいにく会議中でして……」
「いえ……。こちらこそ、お手数をおかけして申し訳ないです」
「そんなに恐縮なさらないでください。さ、お車にどうぞ」
 三番目の横道まで車で行き、横道に入ると車は停まった。
「車で行く道もあるのですが、湊様からは歩いていけるこちらのルートをご案内するように申し付かっておりますので、ここからは歩きになります」
「はい」

 林の中にあるセキュリティーゲートを抜けると、正面に三角屋根が見える家が二軒並んで建っていた。
 その右側の家のドアが開き、真白さんが現れる。
「翠葉ちゃん、いらっしゃい。寒かったでしょう?」
「……あっ、いえっ、あのっ」
「ここじゃ寒いわ。お茶を淹れて待っていたの。上がって?」
「いえ、このあと病院なので……」
 それも知ってるとでも言うかのように真白さんは微笑む。と、私の後ろに視線を向けた。
「武明くん、このあともお願いできる?」
「はい」
「じゃぁ、武明くんも一緒にお茶どうかしら?」
「いえ、自分は遠慮いたします」
 その返事も真白さんの予想の範疇だったらしく、クスクスと笑い、手に持ってるものを藤守さんに渡した。
「そうね、警備の方は皆そう答えるしかないわね……。これ、コーヒーが入っているの。車の中で飲んで?」
 真白さんは押し付けるようにタンブラーを持たせ、藤守さんは長身の身体を折り曲げた。
「お心遣いありがとうございます」
「お茶が飲み終わったら連絡入れるわね。さ、翠葉ちゃんは中へ」
 玄関を入るとすぐにハナちゃんに出迎えられる。
 最初に二回ほど吼えられたけど、それは歓迎を意味するものだったらしく、攻撃的なものではなかった。
「ハーナっ! 少し落ち着きましょう? それじゃ翠葉ちゃんが上がれないわ」
 真白さんはハナちゃんをひょい、と抱え上げ、私を家に上がるように促した。
「お邪魔します……」
 玄関にはバラがメインのフラワーアレンジメントが飾られており、華やかで瑞々しい香りに迎えられる。
 玄関を上がってすぐ左の部屋に入ると、キッチンとダイニングとリビングが一フロアになっていた。
 玄関もリビングもダイニングも、どこの照明もオレンジ色。キッチンの手元を照らす光だけに蛍光灯が使われている。
 オレンジ色は不思議。ただ、その色を見るだけであたたかく感じる。
 リビングにはドライハーブの柔らかな香りが漂っていた。
 食事の邪魔をするほど強くは香らず、ゆったりとくつろぐのにちょうどいい香り。
 マンションの湊先生の部屋とはだいぶ違う。どちらかというと、栞さんの家のほうが共通項が多い気がした。
 真白さんの人柄が表れるような、そんなおうちだった。
「どうぞ、かけて?」
 リビングのソファに座ると、真白さんからやっと下ろしてもらえたハナちゃんがソファに飛び乗り、私の膝に足をかける。
「ハナちゃん、こんにちは。病院以来だけど覚えてくれてる?」
 黒いくりっとした目は潤んで見える。その目に話しかけると、ペロリと顔を舐められた。
「犬って意外と覚えているものよ」
 トレイに飲み物を載せてやってきた真白さんを見て、本来の目的を思い出しソファを立つ。
「あのっ、紅葉祭のとき、お弁当ありがとうございました。とても美味しかったです」
「こちらこそ、いつも司たちと仲良くしてくれてありがとう」
 真白さんはとても嬉しそうに話す。
「お弁当、お口に合ったみたいで良かったわ。――でも、確か日曜日に司が連れてくるって言っていた気がするのだけど……」
「すみません。私の都合で……」
「……?」
 真白さんは不思議そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔で言葉を継ぎ足した。
「かまわないわ、いつでも遊びに来てちょうだい。私もハナも涼さんも大歓迎よ」
 穏やかに笑う真白さんを見ていると、自分の心がほわりと包み込まれる気がした。
 お茶を一杯飲む間、ずっとハナちゃんの話を聞いていた。
 カップの底が見えるころ、私はすっかりリラックスした状態にあった。

「今日は突然来てしまって本当にすみませんでした」
「そんなことないわ。気にせずいつでも遊びにきてね」
「次はお茶請けを作ってきます」
「あら、そんなことは気にしなくていいのだけど……。翠葉ちゃんはお菓子作りが好き?」
「はい、好きです」
「それなら、今度は一緒にお菓子を作らない? 湊はそういうことにあまり付き合ってくれないの」
 真白さんは肩を竦め笑って見せた。
「まだお話していたいけど、このあと病院じゃ引き止められないわね」
 真白さんは残念そうに席を立ち、警備員さんへ連絡を入れてくれた。
 数分後にインターホンが鳴り玄関を出ると、先ほど乗ってきた車が家に横付けしてあった。
「武明くん、病院までお願いね」
「かしこまりました」
 車で送ってもらえたこともあり、治療時間に遅れることはなかった。
 今日は相馬先生ではなく麻酔の治療、トリガーポイントブロックの日。
 手術フロアへ行くと、昇さんではなく久住先生と楓先生に迎えられる。
 どうやら昇さんは急な手術が入ったらしく、ついさっき手術を終えたばかりの久住先生が治療してくれることになったのだとか……。
 私はその状況に胸を撫で下ろす思いだった。
 きっと、今の私は誰を前にしても嘘をつくことしかできないし、勘の鋭い昇さんをごまかすことはとても難しかったと思うから。
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