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08~20 Side 司 01話
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翠が何を考えているのかわからない。
そんなことは今に始まったことではないけれど。
一時、表情と行動を見ていればわかる気になっていたこともあるが、そんなものは「気」に過ぎない。今だって、何が起こっているのかさっぱりだ。
昨日は学校で翠と会うことはなかった。
昼休みの終わりに二階へ下りたものの、五限が体育の一年B組はすでに半数の生徒しか残っておらず、その中に翠の姿はなかった。
意識して会おうとするとこんなにも会えないものなのか……。
俺は仕方なしに部室棟へと足を向けた。
部室棟の階段を上がる途中、見知った顔が下りてくる。
「あ、藤宮先輩こんちわっす」
翠と同じクラスの佐野だった。
どうやら、翠のクラスは比較的早くにホームルームが終わるらしい。
現時点で佐野がグラウンドへ向かえる状態でいるくらいには。
「佐野、訊きたいことがある」
「なんですか?」
往来の邪魔になることを考慮し、中ほどまで上った階段を下りて数歩歩いたところで足を止めた。
「なんでしょう……?」
「翠は授業についていけているのか?」
それは確かに気になっていることではあったが、本当に訊きたいことは別のことだった。
本当に知りたかったのは、クラスメイトに見せる翠の表情――。
「あぁ……厳しいみたいです。休んでた間の授業範囲をまださらいきれてないみたいで、授業始め小テストも半分くらいしか点数採れてないって。今日の昼も大きなため息ついてましたし」
「ほかには?」
「え?」
佐野は瞬時に思考回路を切り替えた。
「休み明けからちょっと変ですかね?」
「変?」
「えぇ、明らかにおかしいです。でも、それって――」
佐野はちらちらと俺を見ながら言葉を濁す。
よくわからないが言いづらいことらしい。
「先を続けろ」
「はぁ……んじゃ言いますけど……。言えって言ったの先輩ですからね?」
念を押すように口にすると、佐野は一息に話した。
「つまり、藤宮先輩と進展があったからじゃないんですか?」
佐野の言うとおり進展はあったはずだが、俺が今翠に感じている違和感はそれに組しない。
勘ではあるがそんな気がした。
「悪い、時間取らせた」
部室棟を離れ歩きだすと、今度は佐野に声をかけられた。
「先輩部活はっ!?」
「今日は休む。翠は真っ直ぐマンションに帰ったんだろ?」
「それはもう、帰ってすぐに勉強しなくちゃって急いで帰っていきましたけど……」
「優秀な会計を失うと俺が楽をできなくなる。成績を落とすことは認められない」
「……先輩、それ、照れ隠しっすか? それとも、御園生がそういう言われ方するほうが負担にならないから?」
「……さぁな」
すべてに答える必要はなかった。
歩き始めてから手に持っているものに気づく。
「道場の鍵――」
手っ取り早い方法は、すでに部室にいるであろうケンに鍵を託すことだが、部活をさぼる理由を訊かれるのが面倒だった。
多少時間がかかろうとも、道場の鍵を開け鍵を道場に置いてくるほうが無難。
俺は進行方向を桜香苑へと変え、道場へ続く橋を目指した。
マンションに着くとコンシェルジュに出迎えられる。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。翠は?」
「翠葉お嬢様でしたら二十分ほど前にご帰宅されています」
「ありがとう」
翠のことだ、点数が採れていないのは文系だけだろう。
理系は自分でどうにかしているはず。
とりあえず、制服を着替えるために姉さんの家へ向かった。
エレベーターに乗り浮力を感じた数秒後には十階に着いている。
扉が開くと、数メートル先に制服姿の翠がいた。
場所は秋兄の家の前。
翠はゆっくりとポーチを開き、手に持っていたものをドアポストに挟んだ。
手紙にしては厚みがあるし、どちらかというと封筒ではなく薄い紙袋のようだ。
それにしても、なんでドアポスト……?
翠は先ほどと同じようにゆっくりとポーチを閉めると、一歩後ずさり胸に手を添える。
「胸を撫で下ろす」という言葉がしっくりくるような動作に見えた。
――違う。
翠はゆっくり行動しようとしていたわけではなく、ただ、物音を立てないように行動しているだけ。
秋兄が家にいるいないは関係なく、最初からドアポストを使うつもりだった……?
「何こそこそしてるんだか……」
声をかけると肩をビクリとさせ、こちらを向いたときには目を大きく見開いていた。
「こそこそ、なんて……」
「してるだろ? 音も立てずにポーチを開けて、インターホンも押さずにドアポストを使う。それのどこがこそこそしていないって?」
翠は俺から視線を逸らす。
「あの……今、来客中って唯兄に聞いたから」
「だったら、最初からそう言えば良かったんじゃないの?」
言い訳だと思った。
目を合わせないのがいい証拠。
翠は手に力を入れ、制服のスカートを握る。
すると、何かに気づいたのかポケットに手を入れた。
取り出したものは小さく折りたたまれた紙。
罫線のある水色の紙には見覚えがある。
保健室で見た、鎌田の連絡先が書かれているメモ用紙だ。
「連絡、してない……」
翠は今まですっかり忘れていたかのように呟く。
「それ、鎌田と誰の?」
「え……?」
翠は水色のメモ用紙のほかにもう一枚持っていた。
そのもう一枚にもアドレスらしき文字が並んでいる。
「その上のは鎌田だろ? もう一枚は?」
「鎌田くんの先輩……」
「なんで滝口?」
訊いているのは俺なのに、翠は「なんで?」と不思議そうに訊き返してくる。
「鎌田が連絡先を残した理由は聞いてる。でも、滝口は関係ないだろ?」
「あ……」
「なんで黙る?」
イラつき始めた自分に気づく。
先日の図書室で会ったときからだ。
翠のこういう態度にイラつく。
隠されるからイラつくのか、ほかの男の連絡先を持っていることにイラつくのか――恐らく両方……。
「あの、友達になりたいって言われたのだけど――よくわからないっ。でも、鎌田くんには電話しなくちゃいけないから、だから、バイバイ」
翠は素早く俺の脇をすり抜けた。
「翠っ」
強い口調で呼び止めると、翠は金縛りにあったかのようにピタリ、と足を止める。
「俺を避ける理由は何?」
「……避けてない。ただ、やらなくちゃいけないことがあるから」
「それって電話? 勉強?」
「どっちも……」
翠は少し震えた声で答えると、逃げるように走り出してにエレベーターに乗り込んだ。
「避けてないって……避けてるだろ?」
自分の声がただただ虚しくその場に響く。
でも――
すぐそこにある秋兄の家のドアに目をやる。
避けられているのは俺だけじゃない。
秋兄も避けられているのだとしたら、理由になりそうな原因は何?
この日、俺は姉さんの家には寄らず藤山の自宅へ帰った。
俺と秋兄が避けられている理由は何か。共通項は何か。
そんなことを考えているうちに夜は更け朝になった。
答えは出ない。
が、ここで手をこまねいているのは俺らしくない。
もう一度、翠本人に訊くべきだ――
そんなことは今に始まったことではないけれど。
一時、表情と行動を見ていればわかる気になっていたこともあるが、そんなものは「気」に過ぎない。今だって、何が起こっているのかさっぱりだ。
昨日は学校で翠と会うことはなかった。
昼休みの終わりに二階へ下りたものの、五限が体育の一年B組はすでに半数の生徒しか残っておらず、その中に翠の姿はなかった。
意識して会おうとするとこんなにも会えないものなのか……。
俺は仕方なしに部室棟へと足を向けた。
部室棟の階段を上がる途中、見知った顔が下りてくる。
「あ、藤宮先輩こんちわっす」
翠と同じクラスの佐野だった。
どうやら、翠のクラスは比較的早くにホームルームが終わるらしい。
現時点で佐野がグラウンドへ向かえる状態でいるくらいには。
「佐野、訊きたいことがある」
「なんですか?」
往来の邪魔になることを考慮し、中ほどまで上った階段を下りて数歩歩いたところで足を止めた。
「なんでしょう……?」
「翠は授業についていけているのか?」
それは確かに気になっていることではあったが、本当に訊きたいことは別のことだった。
本当に知りたかったのは、クラスメイトに見せる翠の表情――。
「あぁ……厳しいみたいです。休んでた間の授業範囲をまださらいきれてないみたいで、授業始め小テストも半分くらいしか点数採れてないって。今日の昼も大きなため息ついてましたし」
「ほかには?」
「え?」
佐野は瞬時に思考回路を切り替えた。
「休み明けからちょっと変ですかね?」
「変?」
「えぇ、明らかにおかしいです。でも、それって――」
佐野はちらちらと俺を見ながら言葉を濁す。
よくわからないが言いづらいことらしい。
「先を続けろ」
「はぁ……んじゃ言いますけど……。言えって言ったの先輩ですからね?」
念を押すように口にすると、佐野は一息に話した。
「つまり、藤宮先輩と進展があったからじゃないんですか?」
佐野の言うとおり進展はあったはずだが、俺が今翠に感じている違和感はそれに組しない。
勘ではあるがそんな気がした。
「悪い、時間取らせた」
部室棟を離れ歩きだすと、今度は佐野に声をかけられた。
「先輩部活はっ!?」
「今日は休む。翠は真っ直ぐマンションに帰ったんだろ?」
「それはもう、帰ってすぐに勉強しなくちゃって急いで帰っていきましたけど……」
「優秀な会計を失うと俺が楽をできなくなる。成績を落とすことは認められない」
「……先輩、それ、照れ隠しっすか? それとも、御園生がそういう言われ方するほうが負担にならないから?」
「……さぁな」
すべてに答える必要はなかった。
歩き始めてから手に持っているものに気づく。
「道場の鍵――」
手っ取り早い方法は、すでに部室にいるであろうケンに鍵を託すことだが、部活をさぼる理由を訊かれるのが面倒だった。
多少時間がかかろうとも、道場の鍵を開け鍵を道場に置いてくるほうが無難。
俺は進行方向を桜香苑へと変え、道場へ続く橋を目指した。
マンションに着くとコンシェルジュに出迎えられる。
「おかえりなさいませ」
「ただいま。翠は?」
「翠葉お嬢様でしたら二十分ほど前にご帰宅されています」
「ありがとう」
翠のことだ、点数が採れていないのは文系だけだろう。
理系は自分でどうにかしているはず。
とりあえず、制服を着替えるために姉さんの家へ向かった。
エレベーターに乗り浮力を感じた数秒後には十階に着いている。
扉が開くと、数メートル先に制服姿の翠がいた。
場所は秋兄の家の前。
翠はゆっくりとポーチを開き、手に持っていたものをドアポストに挟んだ。
手紙にしては厚みがあるし、どちらかというと封筒ではなく薄い紙袋のようだ。
それにしても、なんでドアポスト……?
翠は先ほどと同じようにゆっくりとポーチを閉めると、一歩後ずさり胸に手を添える。
「胸を撫で下ろす」という言葉がしっくりくるような動作に見えた。
――違う。
翠はゆっくり行動しようとしていたわけではなく、ただ、物音を立てないように行動しているだけ。
秋兄が家にいるいないは関係なく、最初からドアポストを使うつもりだった……?
「何こそこそしてるんだか……」
声をかけると肩をビクリとさせ、こちらを向いたときには目を大きく見開いていた。
「こそこそ、なんて……」
「してるだろ? 音も立てずにポーチを開けて、インターホンも押さずにドアポストを使う。それのどこがこそこそしていないって?」
翠は俺から視線を逸らす。
「あの……今、来客中って唯兄に聞いたから」
「だったら、最初からそう言えば良かったんじゃないの?」
言い訳だと思った。
目を合わせないのがいい証拠。
翠は手に力を入れ、制服のスカートを握る。
すると、何かに気づいたのかポケットに手を入れた。
取り出したものは小さく折りたたまれた紙。
罫線のある水色の紙には見覚えがある。
保健室で見た、鎌田の連絡先が書かれているメモ用紙だ。
「連絡、してない……」
翠は今まですっかり忘れていたかのように呟く。
「それ、鎌田と誰の?」
「え……?」
翠は水色のメモ用紙のほかにもう一枚持っていた。
そのもう一枚にもアドレスらしき文字が並んでいる。
「その上のは鎌田だろ? もう一枚は?」
「鎌田くんの先輩……」
「なんで滝口?」
訊いているのは俺なのに、翠は「なんで?」と不思議そうに訊き返してくる。
「鎌田が連絡先を残した理由は聞いてる。でも、滝口は関係ないだろ?」
「あ……」
「なんで黙る?」
イラつき始めた自分に気づく。
先日の図書室で会ったときからだ。
翠のこういう態度にイラつく。
隠されるからイラつくのか、ほかの男の連絡先を持っていることにイラつくのか――恐らく両方……。
「あの、友達になりたいって言われたのだけど――よくわからないっ。でも、鎌田くんには電話しなくちゃいけないから、だから、バイバイ」
翠は素早く俺の脇をすり抜けた。
「翠っ」
強い口調で呼び止めると、翠は金縛りにあったかのようにピタリ、と足を止める。
「俺を避ける理由は何?」
「……避けてない。ただ、やらなくちゃいけないことがあるから」
「それって電話? 勉強?」
「どっちも……」
翠は少し震えた声で答えると、逃げるように走り出してにエレベーターに乗り込んだ。
「避けてないって……避けてるだろ?」
自分の声がただただ虚しくその場に響く。
でも――
すぐそこにある秋兄の家のドアに目をやる。
避けられているのは俺だけじゃない。
秋兄も避けられているのだとしたら、理由になりそうな原因は何?
この日、俺は姉さんの家には寄らず藤山の自宅へ帰った。
俺と秋兄が避けられている理由は何か。共通項は何か。
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