光のもとで1

葉野りるは

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30~45 Side 秋斗 02話

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 日下部さんと別れたあと、俺は本社に与えられている部屋で溜まった仕事をいくつかに振り分けていた。
 始めに納期別に分け、さらに資料が必要なものとそうでないものに振り分ける。
 そのうえで優先すべき案件、資料がなくても手がつけられる案件を持ち帰るつもりでいた。
「今日は休まれたらいかがですか?」
 ノートパソコンを小脇に抱えた蔵元が部屋に入ってくる。
「日下部さんもそのつもりでいらしたようですよ? 仕事をしていたら帰すように言われてきました」
 蔵元はファイルを届けたあと、一度会議室へ戻ったのだろう。
 そこで蔵元も持ち場に戻るように言われたのかもしれない。
「とりあえず、仕分けだけはしなくちゃでしょ。……この分量、どうやってこなすか頭抱えるよね」
 会話はするけど目はパソコンのディスプレイから離さない。
 そして、どうやってこなすも何も、物理的に片付けていく以外の道はない。
 ただ、ひたすらに仕事をするのみ、だ。
「ファイルの共有してください。秋斗様は上から、自分は下から振り分け作業しますから」
 蔵元は俺の向かいに座り、持っていたノートパソコンを開いた。
 ふたりでやれば、振り分け作業は一時間とかからなかった。
「さ、あとは明日からでいいでしょう」
「そうだな。ほかに考えなくちゃいけないこともできたし……」
 椅子に座ったまま、ぐん、と伸びをしながら答える。
「雅様のファイル、会長はどうお使いになられると?」
「……わからない。けど、司に見せることが目的のようではあったかな」
 なんの変哲もない天井を見ながら答え、「あ」と思い出したように付け足す。
「司に学園警備の指揮権を与えるらしい。越谷まりあの件を任せるって言ってたけど……」
「……わかりかねますね」
 蔵元が唸るように口にした。
 俺も一緒に唸りたい。
 意味がわからなすぎて……。
 だからこそ、考えなくてはいけない。
 じーさんが何をしようとしているのかを。
「雅の件、真実を知って何を思ったか、って訊かれた」
 俺が感じるものと司が感じるものが違ったら……?
 それによって結果が異なるとでも言うのだろうか。
「事実、秋斗様はどう思われたのですか?」
 どうって……。
「衝撃的だった、かな。雅の生い立ちは知っていたし、朔さんや歌子さんとうまくいってないのも知らなかったわけじゃない……。けど、その状況下で当人が何を思っているかなんて想像しようとも思わなかったからね。……内情を知れば知るほど、なんで雅が翠葉ちゃんを目の敵にしたのか、理解できなくはなかった」
 あれは、純粋に羨ましかったのだろう。
 彼女を取り巻くすべての環境が。
 自分にはないものを持っている彼女が。
 それに憧れや好意が生まれるか、嫉妬や憎悪が生まれるかは人によりけり。
 もしくは、性別にも関係するのかもしれない。
 何にせよ、俺と雅は似ている。
 俺が感じたのが好意なら、雅が抱いたものは嫉妬。
 ……最初は嫉妬で、少しずつ憎悪に変わっていったのかもしれない。
 憧れや好意、嫉妬や憎悪、それらは相反しながらにして同じ分類をされる。
 つまりは関心――
 好きの反対は嫌いじゃない。無関心だ。
 俺も雅も、翠葉ちゃんという人間に関心を持ったことに変わりはなく、ただ、受け止め方やた抱いた感情が違っただけ。
「心理学に精通しているなら、翠葉ちゃんにどんな言葉を投げたら傷つくのかなんて容易に想像できただろう。それこそ、赤子の手を捻るようなもの」
 ふと思ったことを口にすると、蔵元の眉がピクリと動いた。
「秋斗様、私たちは雅様がこの件に絡んでいないことを知っていますが、司様はご存知ないのでは?」
 その言葉にはっとする。
 確か、昨日は八時ごろに藤倉に着き、司を家まで送ってから会社へ向かった。
 司には八時の時点で明らかになっていた情報しか教えていない。
 この件に関しては別ルートから情報が入ることなどあり得ない。
 司は雅が関係していないことをまだ知らない。
 その司が、雅と越谷まりあに接点があるという情報と共にあのファイルを見せられたら……?
 司のことだ、手抜かりなくすべての可能性をはじき出す。
 雅が関与し、越谷まりあが催眠状態にあるかもしれない、というところまで考えるだろう。
 本来は、怨恨の線で越谷まりあが単独で動く可能性がある、というだけのものを――
「じーさんが何をするつもりなのか、ひとつは目星がついたな。この件に雅が関わっているかもしれないと匂わせつつ、あのファイルを見せるつもりだろう。それで司がどんなふうに考えをめぐらせるかまで想定済み」
「えぇ、それでしたら学園警備の指揮権をお与えになるのも頷けます」
 蔵元が言うのもわからなくはないが、指揮権を与えられたところで「采配を揮う」というほどのことが起きるとは思えない。
 大枠は見えたが、そこに意味を見出せない。
 そんなことをする必要がどこにある?

 深呼吸をして脳に酸素を送る。
 雅の真実を知っていたのはじーさんと静さん。
 今、雅を任されているのは静さんのみ。
 警備の人間を介することなく、静さん自身に雅の件が任されている。
 静さんが雅の件を任されたのは、雅が翠葉ちゃんに会った直後。
 俺が集めたデータのほとんどは、静さんが以前調べたものだった。
 俺は残骸として残っていた情報をかき集めたに過ぎない。
 雅が専攻していたのは心理学。 
 中でも催眠暗示系のものが数多くデータに残っていた。
 むしろ、それ以外のものは見つからず、まるで誰かの意図によって残されたかのようなデータたち。
「心理学……心理、心――」
 心、気持ち、感情――
 連想ゲームのように次々と言葉を並べていく。
「 曰喜怒いはくきど、 曰哀懼いはくあいく、 愛悪欲あいおよく、 七情具しちじょうそなはる……」
三字経さんじきょうですか?」
「あぁ……」
 喜怒哀懼愛悪欲、人にはこの七情がそなわっているという。
 しかし、俺や司はこれにさほど左右されないように育った。
 唯一突出していたとしたら、「欲」。
 そのほかを知ったのは最近といっても過言ではない。
 安らぎ、幸福、期待、怒り、哀しみ、葛藤、絶望、希望――俺はこれらを翠葉ちゃんから教えてもらった。
「まさか――」
「秋斗様?」
「感情を教えるための舞台だなんて言わないよな?」
「舞台、ですか?」
 俺と司は人という人にあまり踏み込まずに生きてきた。 
 俺に関して言うなら、幼いころに徹底してそう教育をされたわけで、俺の一番近くにいた司はその影響を強く受け、自然と同じ環境を築いていた。
 人が当たり前に感じる感情でも、何かきっかけがないと気づけない。
 そんな環境に長くいた。でも、今は――
 近くに影響力を持つ子がいる。翠葉ちゃんが。
 彼女がそこにいるだけで俺たちがどれほど多くの感情を知ることができたか……。
 整理しよう。今見えているものだけを。
 舞台は学園。役者は司、越谷まりあ、学園警備、風紀委員。
 風紀委員が出てくれば生徒会の人間も多少は動くことになるかもしれない。
 学園警備を動かし守られる対象は翠葉ちゃん。
 間違いなく、彼女がキーマンになる。
 じーさんは翠葉ちゃんに何をさせるつもりなんだ。
 ……いや、じーさんが翠葉ちゃんに何かを頼むなどあり得ない。頼めるわけがない。
 じーさんは彼女の中でまだ「朗元」のままだ。
 藤宮の人間として認知されていない。
 だとしたら、司の行動によって彼女がどう出るかを想定したシナリオがあるのか?
 わかっていることのひとつ――雅は関係ない。
 あのファイルは小道具として使われているだけ。
 司は与えられた情報から可能性がある危機的状況をすべてはじき出す。
 じーさんのひとつ目の目的はきっとそれだ。
 だけど、それだけで終わるわけがない。
 ほかの狙いはなんだ……?
 現況、じーさんは司を陥れるような動きをしている。
 司を落とすのにもっとも有効的な手段は翠葉ちゃんに拒絶されることだろう。
 翠葉ちゃんが司を拒絶するなどあり得ないが……。
 でも、もし――意図的にそうなる状況を作り出すことが可能だとしたら?
「蔵元……頭痛い。頭痛薬ちょうだい」
「胃薬もご一緒に飲まれたらいかがですか?」
「そうする……」
 俺はデスクに突っ伏したまま思考飽和状態になっていた。
 蔵元に差し出されたミネラルウォーターと薬に手を伸ばし、ゴクリと一気飲み。
 冷蔵庫で冷やされていた水が食道を通って胃に到達する。
「何かわかりそうですか?」
「とりあえず、水が胃まで落ちたことならわかった」
 冗談はさておき、
「わかっていることは、じーさんが司を嵌めようとしてるってことかな」
「つまり、試されている、と?」
「試されているだけならいいけど、落とし穴に突き落とそうとしている気がしてならない」
「なんのために?」
「感情を――ありとあらゆる感情を知るために」
「感情を、ですか?」
「ほら、俺もそうだけど……俺たち、翠葉ちゃんが絡むと表情が、喜怒哀楽が豊かになるでしょ?」
 逆を言えば、彼女が関わらなければすべて無関心に通りすぎてしまう。
「それを利用して何かしようとしているとしか思えない」
 厄介ごとが片付いたかと思えば、身内が厄介を起こす。
 いい加減にしてほしい。
 身体と頭がいくつあっても足りる気がしない。
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