光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
949 / 1,060
最終章 恋のあとさき

21話

しおりを挟む
 結局、土日二日間は生理痛と闘う羽目になり、お母さんのお見送りも満足にはできなかった。
 何が救いかというならば、嘔吐に及ぶことがなかったことくらい。つまり、まだ検査の決定打には至っていない。
 お腹と胃がメインで、そのほか身体のあちこちが痛かったけれど、吐いていない分、いつもより少しだけ楽だった。

 今日、月曜日は保健室で湊先生の診察があり、学校が終わったら病院へ行く。
「予定が全部病院……」
 手帳を見ながら零した声を拾ったのは飛鳥ちゃんだった。
「体調、悪い?」
「あ、ごめんっ。違うの。ただ……私の予定は病院ばかりだな、と思って」
 私は、改めて視線を手帳に落とす。
「見てもいい?」
「うん」
 仕事の予定や湊先生の結婚式のことは、ノートパソコンのスケジュール帳にしか書いていない。だから、いつも持ち歩く手帳を見せることに問題はなかった。
「うわー……本当だ。これは落ち込むね」
「うん、ここまで病院以外の予定が何もないとね」
 十月までは、通院予定のほかに紅葉祭の打ち合わせ予定なども書かれていた。けれど、十一月に入ってからというもの、見事なまでに通院予定のみ。唯一、ツカサと藤山に行くはずだった日に『藤山』と書かれており、さらには二重線で消されている。そのほかに書いてあるものといえば、テスト日程くらいなもの。
 佐野くんが会話に混ざり、
「じゃ、ここ」
 手帳の右下を人差し指でトントンされる。
「大晦日に年越し初詣って入れといて?」
 言われて思い出す。インフルエンザ明けに誘われていた年越し初詣のことを。
「来れない人もいるけど、クラスメイトの半数は集まる予定。御園生は来れそう?」
「あ、うん。お母さんに訊いたら行っていいって言われた」
「じゃ、病院以外の予定一番のりってことで。ほら、書いた書いた」
「うん」
 手帳に予定を書き込み顔を上げると、佐野くんがにっ、と笑った。
 佐野くんもお父さんと同じで、肌に夏の名残がある。そんな共通点に思わず頬が緩んだ。

 携帯事件とやそのほかのこと。「臆病」が原因でタイミングを逃してしまうと、次に機会があってもなかなか話せない。その都度、「どう切り出そう……」と考えてしまう。タイミングをうかがって、気づいたときには固まっている。
 なんだか長縄跳びにみたい……。
 ぐるんぐるん、とテンポよく回る縄を跳ぶ長縄跳び。縄を回している人の脇からするりと入り、縄を跳んで出て行く八の字跳び。
 人が流れるように跳んでいく中、自分の順番が来ても迫り来る縄を前に足が竦み立ち止まる。
 一歩踏み出すのに勇気がいる。
 踏み出して跳んで出ていく――ただそれだけのことなのに、タイミングを間違えると途端に流れが止まってしまう。
 これが会話だと、会話そのものが止まってしまう。
 会話が止まっても、私が話そうとしているのがわかれば待ってくれる。今、私の周りにいる友達はそういう人たち。
 わかっていても踏み出せないのは、単に私が臆病なだけ。
 私は踏み出す直前ではなく、もっと後ろの方にいる。順番待ちの後方。
 タンタンタンタン――縄が地面に当たる音や、タタタと人が駆ける音。それらが規則正しく聞こえる中、まだ跳ぶ準備はできていなくて、所在なさげに列の最後尾にいる。
 緊張して、もじもじしているだけ。「跳ぼう」と思うまで、列に加わることはない。そんなところに私はいる。
 みんな、私が何か抱えていることには気づいているけど、無理に聞き出そうとはしない。無理に列に加えようとはしない。
 跳ばない私がその場にいられるのは、みんなが優しいからほかならない。
 そういうの、全部わかっているのに私は何も話せないでいた。

 あの日の女子生徒と校内で鉢合わせることはない。でも、処分という処分が下らなかったということは、今もこの学校のどこかにいるわけで――
 私はあの人の名前も学年も知らない。訊けば教えてもらえたかもしれない。そうしなかったのは、自分の持つ負の感情を抑えられそうにはなかったから。
 携帯を池に落とされた代わりに、私は彼女の頬を叩いた。それで喧嘩両成敗ならぬ、両者ともに処分下らずとなったわけだけど、私は未だ怒りの感情を持て余している。
 ほかの人はこういう感情をどうやってやり過ごすのかな。どうやって落ち着けるのかな。
 いくら考えても答えは出ない。訊いてみればいいのに訊くこともできない。
 先日、果歩さんの病室で雑誌を破る作業に加わらせてもらったのは、この鬱憤を晴らしたいという理由もあった。でも、紙を破る程度では、気持ちは晴れなかったみたい。
 果歩さんの、ものを投げたい衝動や怒鳴りたい衝動。そういうの、少し理解ができて、それと同時に、感情を思い切り外に出せる果歩さんを羨ましいと思った。
「言っていいよ」「出していいよ」 と言われたところで、そうできるかできないかは人による。私はできなかった。
 どろどろとした感情を口にすることや人に見せることに、抵抗があるのかもしれない。そのくせ、完全に隠すこともできない私はいったいどうしたいのだろう。

 金曜日には終業式がある。今日を含め、あと五日で二学期が終わってしまう。
 三学期制の中で一番長い学期はあっという間に過ぎ去った。
 色んなことがありすぎた。色んなものを詰め込みすぎて消化不良。
 それはものの見事に私の胃と同調している。
 消化できない。片付かない。あるべきところにものが収まらない。
「あるべきところ」がどこなのかすらわからない。
 この迷宮に迷い込んでから、いったいどのくらいの時間が経っただろう――

 月曜日も病院には行ったけど、果歩さんの病室には寄らなかった。
 いつものように果歩さんからメールは届いていたけれど、土曜日に休んだ分の勉強と、今日明日の授業の予習復習をしなくてはいけないから。
 ……というのは建前。
 勉強をしなくてはいけないのは本当。でも、三十分くらいなら寄ることはできたと思う。
 そうしなかったのは、また浅はかなことを口にしてしまいそうだから。
 ……これは言い訳かも。
 話の途中、また言葉に詰まってしまうのが怖かった。ふとした瞬間に、目を背けている自分の真正面に立ってしまうのが怖かった。
 人に話せたら楽になるのかもしれない。でも、人に話すのにはそれ相応の勇気を要する。
 楓先生が言うように、出逢って間もない、互いのことをよく知らない人だからこそ言えることもあるだろう。でもそれは、相手が健康な人であることに限られる気がする。
 ……というのも言い訳、かな。
 何にせよ、今の私は心にあるものを言葉に変換する能力が足りていない。
 初めての人に何から話したらいいのかわからないし、どこまで話したらいいのかもわからない。
 自分が躓いている決定的な原因を自分自身が把握できていない。
 考えなくては、と思うのに、過去のどこまで遡ればいいのか――
 ……これも言い訳?
 過去を遡って考えれば糸口は見えてくるはず。でも、それに直面するのがどうしようもなく怖かった。
 だって、私は答えを出したはずなの。出したはずなのに、それは「答え」と認めてはもらえなかった。
「自分のことはいつ許すのか」と訊かれて言葉に詰まってしまった。
「許すつもりはない」――それは「答え」と認めてはもらえなかった。
 違う答えなどそうそう見つかるわけもない。一生懸命考えて出した答えをそんなすぐに変えられるわけがない。
 きっと、ツカサもそれはわかっていると思う。だから、「待つ」と言ってくれたのだと思う。
 でも、待たれたところで私はこれ以上の答えを出せるとは思っていない。思っていないのに――「待つ」という言葉を聞いたとき、不覚にも嬉しいと思ってしまった。嬉しいのに、同じくらい苦しくて……。
 私は誰も失わないための選択をしたつもりでいたけれど、この選択で自分の「想い」以外をなくすとは思っていなかった。違うものを、こんなカタチで失うことになるとは思いもしなかった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...