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最終章 恋のあとさき
22話
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十二月十五日水曜日――
日中は曇っていて、夕方には雨がパラパラと降ってきた。
夕方、病院まで迎えに来てくれた蒼兄とマンションへ帰ると、パレスから戻ったお母さんに出迎えられた。
私は今日も果歩さんに会わなかった。お母さんが出張先から帰ってくるから、という理由で。
今は、家族みんながゲストルームに揃っている。夜になると、寝る場所がないお父さんだけが十階の静さんのおうちにお邪魔していた。
あと二日。あと二日で二学期が終わってしまう――
「リーィ?」
にゅっ、と目の前に唯兄の顔が現れてびっくりした。
「な、何?」
「何、じゃなくて……碧さんの話聞いてた?」
「え? あ、ごめん。お母さん、何?」
夕飯のあと、リビングでお茶やコーヒーを飲みながら歓談しているところだった。
咄嗟に笑みを浮かべた自分に気づき、思わず頬に手を当てる。
場の雰囲気に合わせて笑顔作るのは、まるで自分と周りの人をごまかしているみたい。
「何、じゃないわ。……明日、学校から帰ってきたらドレス買いに行くからね?」
「え?」
「……本当に何も聞いてなかったの?」
お母さんに呆れられてしまう。
「ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてて……」
「食後だから仕方ないよ」
庇ってくれたのは蒼兄で、お母さんの話を引き継いだのはお父さんだった。
「明日、湊先生の結婚式で着るドレスを買いに行くよ、って話」
「あ……」
話の内容に思い切り現実に引き戻された。
「蒼樹と唯のスーツもーって思ってたんだけどさ、蒼樹には丁重にお断わりされちゃったよ。父さん寂しいなー」
蒼兄より背の高いお父さんが背を丸め、非難の目つきで蒼兄を見る。蒼兄は腕組をして諭す準備が整っていた。
「父さん……誕生日にスーツ買ってもらったし、フォーマルはもともと持ってる」
取り付く島のない蒼兄に「ちぇー」と舌打ちをし、お父さんは勢いよく唯兄に向き直った。
「唯はこういうの初めてだっていうから一式揃えるんだよなー」
大人気ないほどにこやかだ。
「うん、初めて。結婚式とか出たことないし、招待されたこともないもん」
「うんうん、父さんが揃えてやるからなー」
お父さんはでれでれとした顔で唯兄の頭を豪快に撫でる。
とても満足そうな口ぶりだけど、半分くらいは蒼兄への当て付けだろう。
「蒼兄……ネクタイやシャツだけでも新調したらどうかな?」
私はこそこそと耳打ちする。
「お父さん、それだけで満足すると思うの」
「……じゃぁ、小物だけ」
「小物だけと言わず靴も!」
調子に乗ったお父さんから追加案が提示される。
「あんちゃん……」
「蒼兄……」
「蒼樹……」
唯兄と私、お母さんの声が重なり、
「ワカリマシタ。じゃぁ、靴も……」
蒼兄が渋々折れると、お父さんはソファから立ち上がり、万歳をして喜んだ。
喜び方が無邪気。お父さんが笑っていると家の雰囲気が底抜けに明るくなる。
帰ってきたときとテンション変わらずな感は否めないけれど、二月からずっと、十一ヶ月近く家族と離れていたのだ。しばらくはこのままかもしれない。
そんなことを思いながら、ご機嫌なお父さんを見ていた。
「私、そろそろ部屋に戻るね。明日の予習しなくちゃ」
自室に戻ろうと席を立つと、唯兄も席を立った。
「唯兄はお仕事?」
「うんにゃ、リィのお見送り」
「……家の中なのに?」
「家の中だけど」
微妙な会話をしつつリビングをあとにした。
「月曜日と今日、いつもどおりの帰宅時間。……アズマんとこ行ってないの?」
「うん」
「俺のせい?」
「違うよ。月曜日はまだ本調子じゃなかったし、今日はお母さんが帰って来る日だったから」
「ふぅん……。じゃぁさ、司っちとは?」
変に反応しそうになり、寸でのところで留まる。
「……お弁当の時間になるとうちのクラスに来るの。だから毎日会ってるよ」
ただ会ってるだけ。なんとなく会話もするけど、しょせん「なんとなく」の会話。
当たり障りのない話をしているからなのか、話した内容もしっかりと思い出せないような……。そんな会話なら毎日している。
「なんか、司っちが来なかったら会ってないような言い方だね」
そのとおりすぎて返答に困る。
「で? 秋斗さんとは?」
「……今は図書棟に行くことがほとんどないから、秋斗さんとは会ってない。……どうして?」
「いや、どうしてるのかなと思って」
部屋の前で立ち止まる。
「どうしてる……って、何が?」
「いや……本当にどうもしないのかな? ……と思っただけ」
「だけ」とは言うけれど、たんまりと含みのある声音だった。
「どうも、しないよ。どうも……しようがないから」
抽象的な言葉に抽象的な返事。
「そっか……。ま、明日行ったら金曜日は終業式だし、ラスト一日分の勉強頑張りな」
「うん、ありがとう」
パタン、とドアを閉めてため息ひとつ。
「どうも、しない。どうも、しようがない――」
「どうもしない」のは私が決めたこと。それなら、「どうもしようがない」のは……?
答えはどこにあるのかな。私はまた答えを探さなくてはいけないのだろうか。
どんな答えだったら「答え」と認めてもらえるの?
自分も人も納得する「答え」なんてあるの?
そんなもの、本当にあるの――?
日中は曇っていて、夕方には雨がパラパラと降ってきた。
夕方、病院まで迎えに来てくれた蒼兄とマンションへ帰ると、パレスから戻ったお母さんに出迎えられた。
私は今日も果歩さんに会わなかった。お母さんが出張先から帰ってくるから、という理由で。
今は、家族みんながゲストルームに揃っている。夜になると、寝る場所がないお父さんだけが十階の静さんのおうちにお邪魔していた。
あと二日。あと二日で二学期が終わってしまう――
「リーィ?」
にゅっ、と目の前に唯兄の顔が現れてびっくりした。
「な、何?」
「何、じゃなくて……碧さんの話聞いてた?」
「え? あ、ごめん。お母さん、何?」
夕飯のあと、リビングでお茶やコーヒーを飲みながら歓談しているところだった。
咄嗟に笑みを浮かべた自分に気づき、思わず頬に手を当てる。
場の雰囲気に合わせて笑顔作るのは、まるで自分と周りの人をごまかしているみたい。
「何、じゃないわ。……明日、学校から帰ってきたらドレス買いに行くからね?」
「え?」
「……本当に何も聞いてなかったの?」
お母さんに呆れられてしまう。
「ごめんなさい。ちょっとぼーっとしてて……」
「食後だから仕方ないよ」
庇ってくれたのは蒼兄で、お母さんの話を引き継いだのはお父さんだった。
「明日、湊先生の結婚式で着るドレスを買いに行くよ、って話」
「あ……」
話の内容に思い切り現実に引き戻された。
「蒼樹と唯のスーツもーって思ってたんだけどさ、蒼樹には丁重にお断わりされちゃったよ。父さん寂しいなー」
蒼兄より背の高いお父さんが背を丸め、非難の目つきで蒼兄を見る。蒼兄は腕組をして諭す準備が整っていた。
「父さん……誕生日にスーツ買ってもらったし、フォーマルはもともと持ってる」
取り付く島のない蒼兄に「ちぇー」と舌打ちをし、お父さんは勢いよく唯兄に向き直った。
「唯はこういうの初めてだっていうから一式揃えるんだよなー」
大人気ないほどにこやかだ。
「うん、初めて。結婚式とか出たことないし、招待されたこともないもん」
「うんうん、父さんが揃えてやるからなー」
お父さんはでれでれとした顔で唯兄の頭を豪快に撫でる。
とても満足そうな口ぶりだけど、半分くらいは蒼兄への当て付けだろう。
「蒼兄……ネクタイやシャツだけでも新調したらどうかな?」
私はこそこそと耳打ちする。
「お父さん、それだけで満足すると思うの」
「……じゃぁ、小物だけ」
「小物だけと言わず靴も!」
調子に乗ったお父さんから追加案が提示される。
「あんちゃん……」
「蒼兄……」
「蒼樹……」
唯兄と私、お母さんの声が重なり、
「ワカリマシタ。じゃぁ、靴も……」
蒼兄が渋々折れると、お父さんはソファから立ち上がり、万歳をして喜んだ。
喜び方が無邪気。お父さんが笑っていると家の雰囲気が底抜けに明るくなる。
帰ってきたときとテンション変わらずな感は否めないけれど、二月からずっと、十一ヶ月近く家族と離れていたのだ。しばらくはこのままかもしれない。
そんなことを思いながら、ご機嫌なお父さんを見ていた。
「私、そろそろ部屋に戻るね。明日の予習しなくちゃ」
自室に戻ろうと席を立つと、唯兄も席を立った。
「唯兄はお仕事?」
「うんにゃ、リィのお見送り」
「……家の中なのに?」
「家の中だけど」
微妙な会話をしつつリビングをあとにした。
「月曜日と今日、いつもどおりの帰宅時間。……アズマんとこ行ってないの?」
「うん」
「俺のせい?」
「違うよ。月曜日はまだ本調子じゃなかったし、今日はお母さんが帰って来る日だったから」
「ふぅん……。じゃぁさ、司っちとは?」
変に反応しそうになり、寸でのところで留まる。
「……お弁当の時間になるとうちのクラスに来るの。だから毎日会ってるよ」
ただ会ってるだけ。なんとなく会話もするけど、しょせん「なんとなく」の会話。
当たり障りのない話をしているからなのか、話した内容もしっかりと思い出せないような……。そんな会話なら毎日している。
「なんか、司っちが来なかったら会ってないような言い方だね」
そのとおりすぎて返答に困る。
「で? 秋斗さんとは?」
「……今は図書棟に行くことがほとんどないから、秋斗さんとは会ってない。……どうして?」
「いや、どうしてるのかなと思って」
部屋の前で立ち止まる。
「どうしてる……って、何が?」
「いや……本当にどうもしないのかな? ……と思っただけ」
「だけ」とは言うけれど、たんまりと含みのある声音だった。
「どうも、しないよ。どうも……しようがないから」
抽象的な言葉に抽象的な返事。
「そっか……。ま、明日行ったら金曜日は終業式だし、ラスト一日分の勉強頑張りな」
「うん、ありがとう」
パタン、とドアを閉めてため息ひとつ。
「どうも、しない。どうも、しようがない――」
「どうもしない」のは私が決めたこと。それなら、「どうもしようがない」のは……?
答えはどこにあるのかな。私はまた答えを探さなくてはいけないのだろうか。
どんな答えだったら「答え」と認めてもらえるの?
自分も人も納得する「答え」なんてあるの?
そんなもの、本当にあるの――?
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