光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
1,036 / 1,060
Last Side View Story

65 Side 秋斗 01話

しおりを挟む
 荷物を持って一階へ下り、ロータリーに停車していた蔵元の車に乗り込む。と、蔵元は緩やかに発進させた。
「ホテルへ直行でよろしいですか?」
「あぁ」
「かしこまりました」
 そんな会話をした直後、マンションの敷地を出る直前で急ブレーキがかけられた。
 クンッ、と身体を前に持っていかれ何事かと思う。
「蔵元、どうし――」
「秋斗様……司様がいらっしゃいます」
 車の前方に司が立っていた。非常に不機嫌そうな面持ちで。
「これは手厚いお見送りって感じじゃないよね?」
「そうですね……。ずいぶんとご機嫌斜めのご様子ですが……秋斗様、何やらかしたんですか」
「んー……まぁ、ちょっとね」
 司は有無を言わさず車に乗り込んできた。
「あのさ、見送りならそこまででいいんだけど?」
「別に、見送りに来たわけじゃないし……」
 言ってすぐ、司は蔵元に声をかける。
「車出してもらってかまいませんから」
「ですが、行き先は空港近くのホテル――」
「問題ありません」
 ピシャリと言い放たれ、蔵元は何も言わずに車を発進させた。
「見送りじゃなかったら何の用?」
「……バカがいるから」
「は……?」
「バカがいるから首に縄を付けに来た」
 首に縄とはまたすごいことを言う。けど、とぼけられるところまでとぼけてみようかな。
「で? そのバカはどこに?」
 訊くと、司は心底呆れたような顔で俺を見た。即ち、正面にいるとでも言いたいのだろう。
「俺、二度と秋兄らしくないことはするなって言わなかった?」
「俺は俺らしいことしかしていないと思うけど?」
「どこが? 翠を傷つけることが? 違うだろっ。秋兄の専売特許は甘さだろっ!?」
「……十分甘いつもりなんだけどな」
 俺はルームランプに視点を定め、
「司と過ごす時間が増えれば、彼女は自分の気持ちをきちんと感じることができるはずだ。それは彼女が一歩踏み出すきっかけにはなり得ないのか?」
「……それ以前の問題。翠が一番恐れているのは、俺と秋兄のどちらかが自分から離れていくこと。それを率先してやるなんてどうかしてる。専門知識はないにしても、翠の病状くらいは理解してるだろっ!?」
「だからだ……。今の状況が長引いていいわけがない。そろそろ第一ラウンドを終わらせていいころだ。何もかもがうまくいって円満解決なんてあり得ない。なら、長引かせないことも手段のひとつじゃないのか? 司はこのままでいてどうするつもりだった? 葛藤を続ける彼女を側で見てるだけか?」
「だからって……」
「見守るだけが、教えるだけが優しさじゃない。気づかせることが必要なときもある。たとえ傷を負うことになったとしても」
「……俺、バカを同時にふたり扱うとか、そんな器用な人間じゃないんだけど……。バカはひとりで間に合ってる。……とりあえず、秋兄には共犯になってもらうから」
「は?」
「秋兄……携帯解約して渡米して、しばらく帰ってこないつもりだろ?」
 鋭い目が俺を捕らえていた。
「そんなわけは……。秋斗様は二週間でお戻りのご予定ですよ」
 運転席から慌てた様子で蔵元が口を挟む。
「蔵元さん、秋兄について何年ですか?」
「五年になります」
「自分、十七年の付き合いですが、この人、アメリカに行ったらしばらく帰ってきませんよ。短くて半年。長ければ一年。もしくは、翠が動くまで……」
「秋斗様、それは本当ですか?」
 図星すぎて何も言えない。
「俺が見逃すとでも思った?」
「……あの子は、俺が何を言おうと受け入れない。それなら物理的距離を取るのも手だと思った。海外に行く理由が仕事なら、彼女だって納得できるはずだ。おまえにとっても悪いようにはならないと思うけど?」
「翠もわかってないけど、秋兄もわかってない……。あいつはそんなに都合よく動ける人間でも単純な人間でもない。携帯がつながらないまま秋兄が帰ってこなかったら、それこそ心の中の秋兄の割合が増える。気がかりな存在として。そんな状況で翠が俺を見るわけがない。なんでそんなこともわからないんだっ」
「その、バカは相手にできない的な目、やめてくれない?」
 思わず苦笑を返す。
「俺は俺なりに考えてるつもりだよ」
「だから、浅はかだって言ってる」
「……ま、それはさておき、さっきの共犯ってなんの話? おまえまで何かしたとは言わないよな?」
「……秋兄がいけないんだ」
「……何をした?」
 司が彼女に向かって発してきた言葉の数々を知って眩暈を覚えた。
「おまえ、俺よりも彼女の状態はよくわかってるだろ?」
「だからっ、秋兄がいけないって言ってるだろっ!?」
「なんでおまえまでこっち側にくるんだよ……」
 頭を抱えたいレベル。でも、頭を抱えたところで現況が変わるわけでもなく……。
「俺はさ、俺がいなくなっても司が翠葉ちゃんの側にいるなら大丈夫だと踏んでの行動だったわけで……」
「だからそれ、無意味だって言ってるだろ……。そうやって中途半端に突き放して中途半端に甘やかすの、翠のためにならないから。……やるんだったら徹底して突き放せよっ。帰国しないつもりなら、もっと徹底して追い詰めろっ。それもできないで覚悟を決めたつもりになっているなっ。……ひとりよがりの自己完結なんて迷惑なだけだ」
 車内には走行音のみが響く。
 誰も何も話さない気まずい空気。
 司が言ったことはある意味正しい。俺は、携帯を解約するという手には出たけれど、彼女を徹底して突き放すことはできなかった。司がしてきたような真似は到底できない。
 そういう部分、きっと俺は司に負けている。司はそうは思っていないみたいだけど。
 携帯を解約したとき、俺はどこかで高を括ってたんだ。彼女は動かないと。
 携帯が通じずメールも届かない。そういう状況に陥っても彼女は動かないと決めてかかっていた。
 動いてほしい、コンタクトを取ろうとしてほしいという願望はあったけど、そうはならないと諦めていた。
 だから、今日までに連絡がなくてもとくだん心が揺れることはなかった。
 それを司は――
「……あとの祭りだな。どうやったって、俺とおまえは共犯者だ。何も司がそこまでする必要なかったのに」
「前にも言った。譲られるのは嫌だと」
「聞いた聞いた。でも、翠葉ちゃんが誰を想ってるのかなんて明白だろ? それで競うって言われてもね……勝敗ついてるし」
「勝敗は翠が決めることで、周りが察して決めることじゃない」
「……司はあくまで選んでほしいんだな。それが俺や翠葉ちゃんにとって酷なことでも」
「否定はしない」
 白黒はっきりさせないとだめなところは若さゆえか、それとも性格か……。俺はグレーゾーンでもかまわないとも思ったけど。
 この際、彼女の気持ちを救えるならそれで良かったんだ。でも、司はそれで良しとはしないらしい。
「司の考える勝算はどのくらい?」
「……十」
「くっ……じゃ、俺は来ないほうに賭けるよ」
 司に負けたと思った。なんていうか、惨敗……。
 彼女が司を好きだからじゃない。気持ちの面で負けた。
 俺は、彼女が動くなんて思いもしなかった。望みはしたけれど、信じてはあげられなかった。
「時」が解決してくれる――時間が彼女を優しく誘導してくれる、と自分ではないほかのもの頼みだった。
「負けた……」
 本音を漏らすと、
「まだ翠が動くとは決まってない。そういう言葉は結果が出てから言え」
 容赦の欠片もない言葉を返され、またしても車内は無言に満ちた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

処理中です...