丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪

よん

文字の大きさ
23 / 31
本編

初陣

しおりを挟む
 スタンドにはドリーム・チャレンジを待たされた3万の大観衆で埋め尽くされていた。
 ダッグアウトから顔を出し、その熱気に度肝を抜かれる。
 観客席やVIPルームから見る景色とは全然違う。
 こんな恵まれた環境で試合ができるなんて夢のようだけど、プレッシャーがハンパない。
 誰もが経験するデビュー戦特有のものだと思いたい。

 ハツメは早朝に戻って来たらしいが、まだその姿を見ていない。
 大丈夫なんだろう。
 同行していた翔姉さんは例によって無言なままだけど、澄ました顔で冷茶を飲んでいることから、ハツメもやがてここに来ると思われる。側近の雅さんもベンチにちょこんと座っていることだし。

 だけども、僕の緊張は全くほぐれない。
 ハツメの動かなくなった左腕も心配だし(ハツメと僕しかその事実を知らない)、僕自身、彼女の312キロを一度も捕球していないんだ。
 デビュー戦なのに、ぶっつけ本番。これはキツイ。

 間が持たない。

 重く圧し掛かる沈黙に耐えきれずダッグアウトを離れ、そのまま長い廊下を歩いてロッカールームに戻ろうとした。

 そこに6がいた。

 あ、そういやダッグアウトにいなかったな。
 6はドリーム・レッズのユニフォームに着替え終わり、ちょうど女子ロッカールームを出たところだった。

 僕は反射的に目を逸らしてしまった。

「どこに行くの?」

 とっさに「キミを呼びに行こうとしたんだ」と嘘をついた。

「ふうん」

 6は疑いの眼差しで僕を見る。

「……で?」
「何だよ? 『で?』って」
「魅惑的なダンジョンに突入することを断念し泣く泣くパーティに別れを告げたわたしは、魔法の世界からリアルなステージに降りてきて今ここにいる。そして、”背番号6”の戦闘服に着替えたわたしはこれから戦場に赴くワケだけど、ひょっとして”背番号7”であるキミはそこに帰還するつもりはないのかな?」

 何だ、この言い回しは?

「戻るよ。……たださ、僕でいいのかな、て」
「どういうこと?」
「僕じゃ、藤堂さんの代わりは務まらないってことさ」
「聞いて、タッちゃん」
「え……」

 いきなり、6が僕の両方の二の腕をつかんで目を見据えた。

「ハツメは千手の操り人形だから、日常生活もグランドでも演じ続けることでしか生きていけないんだ。それはさ、ミヤビンやユカリンや翔といる時にも当てはまるんだよ。わたしにでさえ心を開いてくれない。……だけど、あの晩はどうだったの?」
「あの晩……」
「ハツメ、心を開いたんでしょ? 素のハツメになったんだよね? タッちゃん、言ったじゃない? あのコは普通の女の子だったって。そんなハツメの一面なんて誰一人として知らないんだ。タッちゃんしかいない。あのコの友達だと思っているわたしでさえもうダメなんだよ」
「……」
「キミがあのコを助けなかったら誰が助けられる? 藤堂さんの代わりじゃない? そんなのわかってるよ。タッちゃんはタッちゃんだから、それでいいじゃない。逃げるなんて最低だよ」

 逃げないさ。
 ただ、ちっぽけな自分に嫌気がさしただけだ。

     *

「小泉辰弥」
「え……」
「明日から赤に変えろ。全部だ」

 遅れてダッグアウトに来たハツメは、開口一番、僕の防具にダメ出しした。
 何故だか今日に限って、みんなと同じようなホットパンツ……美脚が眩しい。思わず生唾をゴクリ……って、そうじゃない!

「赤のユニフォームに赤のミットと赤のプロテクターは投げにくい。そもそも、ミットは千手特製だ。そう簡単に代替品は手に入らない」
「では試合後、千手に手配させよう。……雅、そのようにな」

 ハツメのタレた目が雅さんを捉える。

「待てよ」

 雅さんが喋る前に僕が口を挟んだ。

「イカやタコの血だと思えば、オマエの脳ミソも納得してくれるんじゃないのか?」

 意識的にあの晩に交わした言葉をチョイスしてみたが、ハツメの表情は変わらない。

「ひとまずはそれで勘弁してやる。今日も1試合9球……3試合27球で終わらせる。それ以上は投げない」
「……え、投球練習は?」
「聞こえなかったのか? 27球以上は投げない」

 とことん、僕を追い詰めやがる。

「それまで小泉辰弥の左手が持つかが唯一の不安材料だがな」
「何球でもいいぜ。それより……」

 ヤケ気味の僕は一転、声をひそめて左腕を見た。

「動くのか?」
「試していないが、大丈夫だ。雑念を振り払ったからな」

 雑念……僕のことだな。
 やっぱり、元の赤い悪魔に戻ったか。
 6をチラッと見ると、彼女は退屈そうに耳の穴をほじっている。

 知らないよ、もうキミの領域だから

 ……そうきたか。

「雅」
「はい?」
「今日の対戦相手をざっと教えろ」
「かしこまりました」

 メモに目を落とす雅さん。

「一試合目は御家族と親戚の連合チーム、二試合目は婦人会のママさんバレーの集まりでございます。三試合目は涙雀商会様の野球部の皆様でございます」
「野球部……?」

 ハツメはニヤリと笑った。

「期待できるのはソイツらだけか。誰でもいいが、少しはこのアタシを追い込んでほしいものだよ。ゆくゆくは現役のプロ野球選手やメジャーリーガーとの対戦も視野に入れないとな」

 この様子だと、やはりハツメは藤堂さんが対戦相手にいることを知らない。
 雅さんや他のメンバーも。メモには対戦相手の名前まで記されてないんだな。

 場内アナウンスがグランド整備の終了を告げる。
 結局、コンバート案は宙に飛んだままだ。
 監督のハツメに提言するどころか会ったのが今の今だから、少なくとも今日は元の守備位置でやるしかない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

☘ 注意する都度何もない考え過ぎだと言い張る夫、なのに結局薬局疚しさ満杯だったじゃんか~ Bakayarou-

設楽理沙
ライト文芸
2025.5.1~ 夫が同じ社内の女性と度々仕事絡みで一緒に外回りや 出張に行くようになって……あまりいい気はしないから やめてほしいってお願いしたのに、何度も……。❀ 気にし過ぎだと一笑に伏された。 それなのに蓋を開けてみれば、何のことはない 言わんこっちゃないという結果になっていて 私は逃走したよ……。 あぁ~あたし、どうなっちゃうのかしらン? ぜんぜん明るい未来が見えないよ。。・゜・(ノε`)・゜・。    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 初回公開日時 2019.01.25 22:29 初回完結日時 2019.08.16 21:21 再連載 2024.6.26~2024.7.31 完結 ❦イラストは有償画像になります。 2024.7 加筆修正(eb)したものを再掲載

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

処理中です...