丸いおしりと背番号1と赤いサラサラ髪

よん

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本編

宣戦布告

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 藤堂さんに誘われるがまま、モーニングのサービスをやっている古そうな喫茶店に入った。

 え、モーニング?

 午後一時過ぎ……バリバリのランチタイムだが。
 金がないと告白すると、藤堂さんは「オレもない」と真顔で言いきった。

「……ど、どうするんですか? もうすぐ来ますよ?」
「それくらいならある。大金はないという意味だよ」

 驚かすなって。
 そういや、僕ってドリーム・レッズから給料は貰えるんだろうか? 契約金とか。
 元ホームレスの6だって気ままな暮らしできているんだ。僕も少なからず貰えるだろう……と思う。
 いや、期待しない方がいいか。何しろ、3億円で買われた身だし。
 程なくして、トーストとコーヒー、そしてゆでたまごがやって来た。
 藤堂さんはゆでたまごの殻を剥きながら訊いてくる。

「たまには魚肉ソーセージ抜きの食事もいいだろう?」

 そうか。藤堂さんはずっと紫ちゃんの料理を食べてたんだ。

「アレって、ハツメの命令でやってるんですか?」
「まさか。練り物好きな三茄子個人の嗜好だよ。がんもどきブリュレは食べたかい?」
「いえ、つみれシューとゴボ天エクレアなら朝のデザートに出てきましたけど……すいません。奢っていただいてこんなこと訊くのも失礼なんですが、どうしてこの時間にモーニングセットを頼んだんですか?」
「決まっているじゃないか。安いからだよ」
「はあ……」
「わかってるかい? オレは今、無職だよ?」

 そうだった。
 何で無職の男から御馳走になってんだよ。

「暗い顔をするな。望んでそうなったんだから」

 望んで?

「ああ、ハツメの元から逃げ出したかったんですね?」
「そうだよ」

 藤堂さんは苦笑しつつ、剥くことに失敗したボロボロのゆでたまごをひとまず脇に置く。

「誤算が生じたがね。……キミという存在に」

 え、責められてる?
 ブラックのままコーヒーを飲んだ藤堂さんは、思ったより苦かったのかそこに2杯の砂糖を注ぎ足した。見た目と違って、行動が全然スマートじゃないな。
 気の毒なので、つるんと剥けたゆでたまごを藤堂さんの無残な物体と交換してやる。
 藤堂さんは当たり前のようにそれを食べた。

「僕が何かしましたか?」
「いや、キミは何もしていない。……と言うより、千手から何も知らされてなかったんだろ?」
「ええ。自分がサブだってこと以外は」
「オレはね、全部知ってたんだよ。……オレ以外、ハツメのボールを捕球できるヤツが用意されていたこと以外は」
「その結果、雅さんを救い出せなかった」
「話が早いな」

 核心を突いても、藤堂さんは狼狽しなかった。

「オレがチームを抜ければ、ドリーム・レッズは不戦敗で解散だと思っていた。そしたら、雅もハツメの元から抜けられる……そう考えていたんだが、予備がいたとはね」

 藤堂さんは知らない。雅さんがハツメに性接待を強いられたことを……。
 相手が紳士な(チキンな)僕でよかったですよ、とは言わない。
 藤堂さんのためではなく、雅さんの名誉のためだ。
 無言のままコーヒーを飲んでいると、

「御父上は気の毒だったな」

 本心だろう、藤堂さんは眉をひそめて哀悼の意を表した。

「……済んだことです。同情の余地もないですが」
「キミは小泉辰信のせいで千手の奴隷になっている……それで合っているかな?」
「タザキさんという人が記者会見でそう言ったんですか?」

 まさか、と鼻で笑われる。

「キミにそれを暴露されないために、千手は本人不在の記者会見をしたんだ。朗報だよ、小泉辰弥君。キミも雅と共に解放してあげるよ」
「解放」

 僕はそれを声に出して繰り返した。意味を理解するために。

「ハツメから点を取るって意味ですか?」

 フフンと肯定の笑みを浮かべる藤堂さん、

「うまい具合にドリーム・レッズの対戦相手に潜り込めたよ。明日の第三試合だ」

 砂糖壺のティースプーンで僕を指し、

「雅を奪いに馳せ参じる」

 ウインクして決めゼリフを言い終えると、山盛りの砂糖をもう1杯コーヒーに追加した。まだ苦かったんかい。

「入団早々悪いが、キミにはいきなり失業してもらう。ドリーム・レッズは解散だ」

 そうなれば、紫ちゃんの練り物料理も食べられなくなる。ようやく少し慣れてきたのに。

「自信満々ですね」
「いや、正直ない」

 意外な返答に僕は面食らった。謙遜だろうか?

「だがね、指をくわえて黙って見ててもしょうがないだろ? 雅を奪還するためにはやるしかないんだ。……もし、勝負に勝ったら雅を連れて南の島にでも暮らそうかと思ってる」

 一途だな。ドジっぽいところもあるが、なかなかカッコイイ。

「よっぽど、雅さんが好きなんですね?」
「ああ、彼女はオレの天使だよ。愛してる。今すぐ結婚したい。子供は2人で犬を飼う。それぞれ名前まで決めてある。俊太郎と雅美とペディグリーだ」

 そこまで訊いてないんだが。

「雅に比べたら、ハツメは悪魔だ。遠くから見ている人間にはアイツが美しく神々しいカリスマスターに映るんだろうが、同じ場所で生活をしてきたオレから言わせれば、あんな悪人はちょっといない」

「藤堂さん」
「何かな?」
「僕もそう思います」

 藤堂さんの手元から齧りかけのトーストがポロッと落ちる。

「……キミも?」
「境遇が藤堂さんと一緒ですからね。僕だって、雅さん達を自由にしてあげたいです」
「小泉君!」

 ガバッと立ち上がった藤堂さんは嬉しそうに握手を求める。

「じゃあ、オレ達の目的は一緒じゃないか! どうだ、同志よ。八百長でもするか?」

 うわ、最低だな。

「他に言い方ないんですか? 『結託しよう』とか。さっきのウインクが台無しですよ」
「かまうもんか。どうせまともにやっても点なんか取れっこないんだ」

 言いやがった。
 一瞬でもカッコイイと思ってしまった自分が許せない。

「とりあえず座って下さい。握手? しませんよ」

 だんだん腹が立ってきた。
 けれど、ここは冷静に。昼食のモーニングも奢ってもらってるし。

「さっきも言ったんですが、僕もハツメの横暴ぶりは許せないです。ところが、不可解なことに雅さん達は無理やりハツメに束縛されてるカンジもしないんですよね。むしろ、率先して尽くしてる気がするんです」
「そこなんだよ」

 藤堂さんは顎に手をあてて同意する。

「オレは雅に何度も言ったんだ。『こんな関係は間違っている。イヤなことはイヤとハッキリ言ったらどうだ? ハツメの秘書なんて辞めればいい』とね。でも、どうしても首を縦に振らない。のみならず、愛するこのオレに不愉快な顔までする」

 それは別の原因があるんだろう。
 そもそも、2人の関係がだんだん疑わしくなってきた。
 藤堂さんという男、単に雅さんのストーカーじゃないのか?

「じゃ、今日のところはこのへんで。……そうそう、オレのことはハツメに知らせていいよ。敵をカンカンにさせるのがこっちの作戦だから」

 藤堂さんは勘定を済ませてから颯爽と店を飛び出した。
 ご馳走様を言う暇もなかった。
 馬鹿だな。
 作戦をわざわざ敵に打ち明けるなよ。

 黙っとこう……。

     *

 その夜、ハツメは五階の天井裏に姿を現さなかった。
 それどころか、サハラブドームのどこにも見当たらない。

「車が見当たりません!」

 雅さんの推測だと、翔姉さんの車でどこかに行ってしまったらしい。

「行き先は?」
「わかりません。スマホも電源が切られた状態なのです」

 マジかよ……。
 いよいよ明日なんだぞ?
 逃げてんじゃねーよ、ハツメ!
 オマエが投げないなら……僕が投げるさ。

 ドリーム・レッズを守るために!

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