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1.魔法契約編

19-2.新たな愛し仔と破局編2

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 結局気持ちが落ち着かないまま、夜が訪れてしまう。
 けれど動く気にもなれず部屋にいたら、スヴィーレネスの方が顔を出した。

「スヴィーレネス。あの子、調子どうなの」
「順調ですね、なぜワタクシのところに来たか分からないくらいです」

 食事をする気になれなかった俺は、糖蜜の入った紅茶を啜る。
 街で買った杯はお揃いの物で、それがちょっと気恥ずかしい。

「親に過剰な期待をされてるのかな。あの王国、そんなのばっかだし」
「それが普通っていうのが、嫌なところですよね」

 窓辺に腰かけるスヴィーレネスは、ずっと俺を見ている。
 それが居心地悪くて、けれど視線を逸らさないで欲しいとも思う。

「そういえばオルディール、魔力は足りてますか」
「魔力補給剤飲んでるし、大丈夫だよ」

 暗に魔力供給の提案をされるが、俺は首を振って否定する。
 本心から言えばしたいけど、忙しいスヴィーレネスに手間を掛けさせたくない。

(それに触れられたら、また甘えたくなるし)

 物理的な触れ合いは心に想定以上の影響を与え、思考が追いつかなくなる。
 俺はちゃんと一人で、生きられるようにならなきゃいけないのに。

 けれど目の前の魔法使いは、俺の揺らぎを露ほども知らない。

「ワタクシは、アナタに触れられなくて寂しいですけど」

 最近まともに魔力供給ができていないせいか、熱っぽい目で見られて腰が引ける。
 するとスヴィーレネスは窓辺から立ち上がり、空いた分以上の距離を詰めてきた。

「ねぇ、最近素直過ぎない?」
「割と愛情深いみたいなんですよ、ワタクシ」

 俺から取り上げた紅茶を机に置き、スヴィーレネスが頬に口づけてくる。
 それだけで俺は、なにかが満たされてしまった。

「オルディール、ワタクシの為に魔力補給を受けてくださいませんか」
「……どうしてもって言うなら、いいけど」

 本当に魔力補給を求めているのは俺だなんて、とっくに分かっている。
 けれどそれを認める勇気はなくて、流されただけだと振舞ってしまう。

(やっぱり思考が溶け、……っ)

 魔力供給が始まってぼんやりしていた頭が、違和感を感じて引き戻された。
 驚いてスヴィーレネスの胸を押すと、同じく困惑した彼が見つめ返す。

「オルディール? どうしました?」

 スヴィーレネスはなにも感じていないようで、俺を不思議そうに見つめてる。
 けれど俺は、この異物感を無視することができなかった。

「ごめん、ちょっと離れて。スヴィーレネスの魔力になにか混じってる」
「もしかして、あの子の魔力ですか。近くで魔法を使ってたから」

 思い当たる節があったのか、スヴィーレネスが顔色を変える。
 その間に俺は、彼の腕から逃げ出した。

「悪いけど、距離置かせて。一回頭、冷やしたい」

 スヴィーレネスが呼び止めるのも聞かないで、俺は廊下へと駆け出す。
 あのまま一緒にいたら、自分がなにを言い出すか分からなかった。

「待って、オルディール!」
「やだ、追いかけてこないで!」

 短く拒絶すれば、追いかけてくる気配もなくなる。
 それに酷く安心して、同時に寂しさも覚えた。

(最悪だ。嫉妬した、俺)

 スヴィーレネスは俺のじゃないのに、身勝手すぎる考えだ。
 ただでさえ困らせることが多いのに、心が不安定になって制御ができない。

「すぐに魔力を落としてきます! それとドーリィにはお帰り願いますから!」
(怒ってもいいのに、それくらい我慢しろって)

 遠くからスヴィーレネスの声が響いて、直後に滝のような音がする。
 俺はそれを聞きながら、手近な部屋へと潜り込んだ。

(でもスヴィーレネス、ほとんど俺に強制したことないもんな。今だって命令魔法を使えば良かったのに)

 魔法使いが本気で命じれば、魔力なしや愛し仔の意思など関係ない。
 なのに彼は、強引な手段には手をつけないでくれている。

(ドーリィも、いつ帰るんだろう。技量は充分みたいなのに)

 俯いて考え込む俺に、ふと影が触れた。
 見上げると月明かりが差し込む窓辺に、白い少年が立っている。

「こんばんわ、オルディールさん」
「……こんばんわ。スヴィーレネスなら、あっちにいるけど」

 挨拶代わりにそう言ってみるが、俺に用があるのは火を見るより明らかだ。
 ドーリィはスヴィーレネスを探しているのではなく、むしろ遠ざけたのだろう。

「そうじゃなくて、オルディールさんに会いに来たんだけど」
「俺に? 用なんてないでしょ」

 嫌な予感が体を駆け抜けて、反射的に身構える。
 少年が一歩ずつ距離を詰めてくるが、足は床に縫い付けられたように動かない。
 ただ心臓だけが、痛いほど早鐘を打っていた。

「あるよ、オルディールさんにしかできないこと。弟子の座、譲ってよ」

 俺の眼前まで迫った白い髪の少年が、そう囁きかける。
 そして言い逃れできない理由を、俺に突きつけた。

「僕も、愛し仔の適性があるんだ」
(そっか。当たり前のことなのに、失念していた)

 愛し仔は貴重な存在だが、唯一ではない。
 なのに俺だけが、スヴィーレネスを満たせる存在だと錯覚していた。

「僕の方が、オルディールさんより魔力を受け入れられる。さっき試したけど、拒絶反応だって起きなかったし」
「だからスヴィーレネスから、違和感を感じたのか」

 スヴィーレネスから魔力供給を受けた瞬間、俺は吐きそうになった。
 魔法契約したスヴィーレネスの魔力には耐性ができたけど、逆に他の魔力は一切受け付けなくなってしまったから。

「それに魔法使いはよそに魔力を渡して、暴力性を抑えないといけないから」
(だからスヴィーレネスは、あんなに魔力供給したがるんだな)

 俺にばかり益のある行為だと思っていたけれど、ようやく謎が解けた。
 納得と共に、先の言葉が予想できて胸が締め付けられる。

「でもそれってさ、オルディールさんじゃなくてもいいんだよね」
(そう、だ。機能が一緒なら、愛し仔は替えが効く存在だ)

 本来愛し仔は選ばれる側だが、複数人いるならその限りではない。
 そして同じ能力を持つ者同士なら、他の美点で選別される。

「半端な気持ちでいるなら身を引いて。僕は、スヴィーレネスさんが好きだから」

 白い愛し仔は素直で愛らしく、俺が勝てる要素はない。
 なのに胸が痛くて、感情が抑えられずに苦しくなる。
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