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2.魔法契約の裏側編

21-3.嘆く愛し仔と獣の玉座編

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「え、一緒にいてくれないの?」
「ここからは邪魔になるだけだし。代わりに、後で話を聞かせてよ」

 「さっきの話は覚えてるでしょ」と問われ、内容を思い出した俺は小さく頷く。
 確かに玉座に辿り着く前に聞いた話を考えれば、この後は一人の方が良い。

「分かった、ここまでありがとう。ドーリィ」
「お礼は恋の話でよろしくね! 期待してるから!」

 そう言うと半妖精の少年は大回廊から出ていき、俺は王座への扉に向き直る。
 中からは俺の名を呼ぶ声が聞こえていて、たまに唸り声も混じっていた。

「スヴィーレネス、聞こえる? 俺、迎えに来たよ」
「……来てしまったんですか、オルディール。でもワタクシ、獣に成りかけてます」

 俺が扉に呼びかけると、距離を取ったのかスヴィーレネスの声が遠くなる。
 それが寂しくて悲しくて、俺は必死になって言葉を尽くした。

「いいよ、大丈夫だから俺を呼んで。それともスヴィーレネスは、一人で平気?」
「無理に決まってます! でも、もしアナタを傷つけてしまったら」

 スヴィーレネスは獣性に侵されているのか、なにかを引き裂く音も聞こえる。
 それでも自身の暴力性に怯えているのか、彼の声は震えを増していく。

「それに、アナタとの記憶は戻りましたから。それを糧に生きてはいけます」

 扉越しでも無理して笑っているのが分かって、俺は胸を締め付けられる。
 このままでは本当に、彼は一人を選んでしまうかもしれない。

「幸せになってください、オルディール。でもワタクシはずっと、アナタが好き」

 手元で滅ぼしてしまうくらいなら、手放すことを選ぶと彼は言う。
 けれどそれは、俺が嫌だった。

「策はあるから大丈夫、お願いだから俺を呼んでよ。スヴィーレネスに、会いたい」
「…………じゃあ《来てくれますか》、オルディール」

 俺が嫌がるなら無理強いはしないと、予防線を張られた魔法命令が向けられる。
 その言葉に迷いなく頷くと、俺は王座の間に足を踏み入れていた。

「よく、来てくれましたね。ワタクシが怪物に成りかけてると分かっていたのに」
「確かに怖いよ。でも、スヴィーレネスを一人にする方が嫌だ」

 玉座に縛られたスヴィーレネスは獣の特徴を有し、魔力の冠が頭上に現れていた。
 そして獣の瞳を輝かせる彼を、俺は正面から近づいて抱きしめる。

(後天性の獣化。これが、王になるっていうことなのか)

 半獣となったスヴィーレネスは、研究書類で求められていた姿に近かった。
 以前はヴェセルが該当し、同じように玉座に押し込められたのだろう。

(魔力至上主義の正体は、世界を制御する為の存在を作り出す事だった)

 根源的欲求に囚われた、魔法使いたちの暴走を防ぐ防衛機構としての王。
 でもそんなものに、スヴィーレネスをさせはしない。

「スヴィーレネス、俺を選んでよ。他の人も、孤独も選ばないで」
「ワタクシだってアナタがいいです、オルディール。でも、策ってなんですか」

 俺を害するのを恐れてか、スヴィーレネスからは腕をまわさない。
 けれど強張っていた体は弛緩し、俺に少しだけ体重を掛けてくる。

「ここは死後の世界に近いから、現世との繋がりを強めればいいって聞いたんだ」
「あぁ、なるほど。でも具体的な手段が分かりませんよ」

 一度近づくと耐え切れなくなったのか、大きな尻尾が俺の体に巻き付く。
 それが肌に触れようと服を捲るから、俺は手助けをしてやった。

「俺を《食べて》、スヴィーレネス。俺と一緒にいたいって、思ってほしい」

 スヴィーレネスが目を瞬かせている間に、俺は羞恥で潤んだ瞳を向けた。
 自分が魅惑的だなんて思わないけど、彼には間違いなく効果がある。
 そう確信できるくらい、俺たちはお互いを愛していた。

「それにね、俺、成人したんだよ」

 俺たちは未熟だけど、これがどういう意味か分からないほど子供でもない。
 だから覚悟を決めた表情に、スヴィーレネスはごくりと喉を鳴らした。
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