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第9章 そこに『奴』がいた頃
戦闘3-1 ~討伐部隊vs脂虫
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3年前。ピクシオンと呼ばれた3人の魔法少女は、2つの世界を滅亡から救うべく魔人エンペラーに挑んだ。そして――
「……一樹ちゃんを連れて後で戻るわ。約束よ、舞奈ちゃん」
そう言って、ピクシオン・グッドマイトは魔力のオーラをまとう。
フェザーの身体からも血の色のオーラが沸き上がる。
次の瞬間、世界は目もくらむ光に覆われた。
「やくそくだよ! ミカ! カズキ! やくそくだよ!」
シューターは声の限りに叫ぶ。
だが光の中に消えた2つの影は、舞奈が見た美佳と一樹の最後の姿だった。
「……ミカ! カズキ!」
舞奈はベッドから跳び起きた。
すぐにここがチャビーの部屋だと気づき、額の汗をぬぐう。
「お兄ちゃん……そんなに食べたらお腹こわしちゃうよ……」
側のチャビーが寝言を呟く。
楽しい夢でも見ているのだろう。
舞奈は口元に笑みを浮かべる。だが、
「……ったく、なんだって、あたしはあの時の夢なんか見てるんだ、畜生」
口元の笑みを皮肉な形に歪める。
舞奈が見ていた夢。
幼い舞奈の前から、ヒーローが唐突にいなくなった、あの時の夢。
舞奈があの新開発区のアパートでひとり暮らしている理由。
そして舞奈の部屋の表札の横に2人の名前が書かれていた理由。
はね飛ばしてしまった布団を戻して、ベッドから抜け出す。
カーテンの隙間から窓の外を見やる。
窓は夜闇に沈む静かな街並みを映す。
不意に、そこに2つの影が映りこんだ。
ポニーテールの少女と、おさげ髪の少女。
「カズキ!? ミカ!?」
引きはがすようにカーテンを開ける。
懐かしい2つの影は逃げるように混ざり合う。
そして陽炎のように窓ガラスの中に消えた。
思わず窓を開ける。
そこには誰もいない。
夜闇に眠る街並みが広がっているだけだ。
だが、ふと玄関の前に車が止まっていることに気づいた。
一瞬だけ、着替えと一緒に拳銃と手榴弾が入ったトートバックに目をやる。
そして再び車を見やる。
「半装軌車? まさか……!?」
次いで、枕元に置いた携帯のバイブが着信を告げているのに気づいた。
差出人は『明日香(緊急)』。
怪異がらみの非常事態であることを示していた。
そして数刻後、
「他の魔道士からの応援要請を受けたわ。そっちにも来たでしょ?」
無限軌道がアスファルトを踏みしめ、夜闇を半装軌車が斬り裂く。
明日香が修めた戦闘魔術は式神を召喚する魔法を内包する。
大戦中に旧ドイツ軍で用いられた半装軌車は、明日香が多用する移動用の式神だ。
いつもの格好に着替え、ジャケットの裏側に拳銃を収めた舞奈は、荷台の縁に腰かけながら側の明日香を見やる。
「ひょっとして、変な夢とか、窓ガラスに何か映ったりとかか?」
「ええ。おそらく、古代アステカ文明で栄えたナワリ呪術よ」
「ったく、呼び出すったって他にやりようがあるだろうに」
舞奈は不愉快げに口元を歪める。
舞奈が【掃除屋】を始めるずっと前、勘が良いだけの幼子だった舞奈の憧れだったヒーロー、そして母親代わりだった少女。
今はもういない、2人の仲間。
舞奈ひとりを残して消えた彼女たちの記憶。
それを、あんな形で呼び起こして欲しくはなかった。
「……だからかよ、畜生」
吐き捨てるようにひとりごちる。
陽介に昔の仲間の面影を見ていたことに、気づいてしまったから。
生粋の狩人とは似ても似つかぬ彼に、母親代わりの少女と、ヒーローの面影を同時に重ねていた。なんとも無茶な話だ。
あの術法は、舞奈に陽介の危機を伝えたのだろう。
「……たぶん、その魔道士は【機関】の執行人じゃないかな」
「どうしてそう思うの?」
「出てくるとき、玄関に兄ちゃんの靴がなかった。たぶん【機関】の作戦があって、それに参加してるんだと思う」
その事実を、事前に知ることができなかったことが悔やまれた。
Aランクの舞奈と明日香がいれば、陽介は危機になど陥ることはない。
「……ひょっとしたら、靴を洗ってベランダにでも干してあるのかもしれないけどな」
軽口をたたき、口元を笑みの形に曲げようとする。
けど上手くいかなかった。
そんな舞奈を見やって明日香は肩をすくめ、式神に指示を出す。
「急いで。この時間にほかの車はいないはずよ」
『了解しました、閣下』
その言葉の通り半装軌車は夜の街を駆け抜ける。
そして旧市街地の外れにある廃ビルの前で止まった。
「結界化されたビルの中か、糞ったれ!」
月明かりすらない暗闇に立ちすくむビル全体が、黒い光に覆われている。
ビルの前にうずくまっていた幼い人影が顔を上げた。
様子からすると見張りの執行人だろうか。
服装からは判別しづらいが、少女のようだ。
「【掃除屋】……!? 援護に来てくれた!?」
「援軍を要請したのはあんたか!?」
「エリコ、状況はどうなってるの?」
舞奈の問いに首を横に振った少女に、明日香が普段と変わらぬ冷静さで問いかける。
知人らしい。
「このビルに潜伏している屍虫を排除する予定だったんだ。デスメーカーの支援の下で数にまかせて屍虫どもを殲滅するはずだった」
「やっぱりか……」
「でも、武道者のひとりが異能力者たちを扇動して、後続を待たずに先行したんだ」
当たってほしくもない予想が当たって、舞奈は思わず歯噛みする。
「なんだその武道者ってのは?」
「異能力を持たずに武術で戦う執行人のこと。銃器携帯/発砲許可証がなければ、貴女も分類上はそうなるわ」
「……そんなのと一緒にするな」
明日香の説明に、吐き捨てるように言い放つ。
新開発区から流れてきたのか暗雲が立ちこめる。
ポツリ、ポツリと涙のような雨が路地を濡らす。
「デスメーカーも後続部隊を連れて後を追ったけど、連絡がない……」
「ああ、わかってる」
呪術で援軍を要請したのは、そのデスメーカーとやらだろう。
「明日香!」
「準備はできてるわ」
エリコが状況を話すうちに、明日香は半装軌車の荷台にルーンを並べていた。
そして中央に紙片を置き、召喚の準備を整える。
結界に穴を開けるべく別の式神を呼びだすためだ。
明日香は素早く真言を唱え、一語の魔術語で締める。
すると並べられたルーンが蒸発し、魔力に還元される。
そして、そこに旧ドイツの機関砲が影法師を伴って出現した。
次なる指示によって影法師は機関砲の砲口をビルの扉に向け、発砲する。
連なる爆音。
結界化された扉に風穴が開く。
結界とは空間を断絶させる式神の一種である。
そして式神の天敵は魔法による強力な一撃だ。
だから魔法で作られた式神の砲撃は、【断罪発破】による発破でようやく穴を開けられるはずの結界に、易々と大穴を開ける。
舞奈と明日香は荷台から飛び下りると、得物を構えて穴の中に跳びこんだ。
同じ頃、
「斬り刻め! 羽毛ある蛇!」
風が唸り、大屍虫のしまりのない腹を斬り裂く。
カギ爪を振り上げた腕を斬り飛ばし、両足を切断する。
かまいたちに斬り刻まれた大屍虫は、塵と化して消える。
即ち【切断する風】。
大気の刃で対象を断つナワリの呪術。
だが圧倒的な力で敵を屠ったにもかかわらず、小夜子の顔には焦りの色が浮かぶ。
「デスメーカー! 援護を!」
別の大屍虫と相対していた【氷霊武器】が悲痛な叫びをあげる。
彼は手にした槍の先に氷の盾を作ってカギ爪を防いでいる。
その頭には、学ランには不釣り合いな猫耳。
彼がひとりで大屍虫を抑えていられるのは、小夜子の【ジャガーの戦士】によって強化されているからだ。
ジャガーの姿を模した異能力者たち全員に付与魔法が施されている。
だから彼らの肉体は【虎爪気功】すら及ばないほど強固に、逞しく変化している。
それでも執行人たちの数は、予定よりいくらか少ない。
武道者の扇動により、一部の異能力者が命令を無視して先行したためだ。
そして戦っている異能力者の中に、小夜子より先に到着したはずの陽介はいない。
先行したと考えるのが妥当だろう。
生真面目な彼が何故、そんなことになったのかはわからない。
今の小夜子には、彼らが現在も戦闘中であることを信じる以外に道はない。
一刻も早く彼らに追いつき、無事を確認したい。
だが、予定より少ない人数での殲滅戦には無理がある。
心なしか敵の数すら予定より多いように思えてくる。
『――我ガ主ヨ、前方カラノ強襲ニ注意セヨ!』
焦りが隙を生んだか、煙立つ鏡の警告も虚しく1匹の屍虫に引き倒される。
屍虫はそのまま小夜子に馬乗りになる。
その顔を見やり、小夜子は驚愕に目を見開いた。
「あなたは!? そんな、まさか……!?」
それは今回の作戦に参加していた武道者だった。
今回の作戦に脂虫が参加していた事実に驚く。
それよりも、報告によると武道者が異能力者たちを扇動して先行させたらしい。
その武道者が屍虫となって目の前にいるということは……。
小夜子の顔から血の気が引く。
かつて執行人だった屍虫は、小夜子の顔面めがけてカギ爪を振りかざし――
銃声。
頭を吹き飛ばされて床を転がる。
「――ったく。女の子は、もうちょっと丁寧に扱えよ」
見上げた小夜子に向かって、小さなツインテールの少女が手を差し伸べた。
「……って、小夜子さん!?」
拳銃を手にしたまま、舞奈は小夜子を見やって驚いた。
「――魔弾!」
紫電がほとばしる。
大屍虫の上半身が蒸発し、残された下半身が塵と化して消える。
即ち【雷弾・弐式】。
戦闘魔術師が誇る、初歩的かつ強力な攻撃魔法。
明日香の小型拳銃を構えていない左の手に、放電の余韻がまとわりつく。
「舞奈ちゃん……!? それに明日香ちゃんまで!?」
小夜子は叫ぶ。
それが執行人如月小夜子と、仕事人舞奈、明日香との初めての邂逅だった。
「あたしたちは【掃除屋】。仕事人だ」
「魔道士からの救援要請により、貴方たちを援護します」
舞奈は不敵に、明日香は冷徹に名乗る。
その言葉に、異能力者たちの間に驚きと、そして安堵の笑みが広がる。
最強の仕事人である【掃除屋】の噂は、執行人たちの間にも広がっている。
新開発区に君臨するデスクロスと、【機関】でも名を知らしめた魔道士の2人組。
舞奈は陽介の姿を探して異能力者たちを一瞥し、舌打ちする。
「あ、あの……!!」
小夜子は立ち上がり、舞奈と明日香に向き直る。
振り返った2人は小夜子を見やってうなずく。
その表情は幼馴染の妹の友人ではなく、百戦錬磨の仕事人のそれだった。
だから小夜子は2人に最後の希望を見出した。
彼女たちが【掃除屋】だというのなら、【機関】で最も名の知れた仕事人なのだとしたら、陽介を救えるかもしれない。
だから小夜子も、執行人の表情を取り戻す。
「一部の執行人が先行し、現在戦闘中と思われます。彼らの援護を依頼します」
「まかせとけ!」
舞奈は待ってましたと笑う。
「報酬は後ほど【機関】に請求させていただきます」
その言葉に頷き、小夜子は儀式用の拳銃を抜抜いて足元に撃つ。
ナワリ呪術師の拳銃には、生贄を屠るための黒曜石の弾丸が装填されている。
放たれた3発の弾丸が、屍虫と化して死んだかつての同僚を侵食し、分解する。
「彼女らの身体に宿れ! 恐怖のとばりで包め! 冥府の王!」
小夜子の叫びとともに、残された屍虫の心臓が破裂して黒いもやとなる。
そして舞奈と明日香の身体にまとわりつく。
「うぉ!? なんだこりゃ!?」
「援護に感謝します」
そして舞奈と明日香は、屍虫どもの間を縫って走り出した。
「……一樹ちゃんを連れて後で戻るわ。約束よ、舞奈ちゃん」
そう言って、ピクシオン・グッドマイトは魔力のオーラをまとう。
フェザーの身体からも血の色のオーラが沸き上がる。
次の瞬間、世界は目もくらむ光に覆われた。
「やくそくだよ! ミカ! カズキ! やくそくだよ!」
シューターは声の限りに叫ぶ。
だが光の中に消えた2つの影は、舞奈が見た美佳と一樹の最後の姿だった。
「……ミカ! カズキ!」
舞奈はベッドから跳び起きた。
すぐにここがチャビーの部屋だと気づき、額の汗をぬぐう。
「お兄ちゃん……そんなに食べたらお腹こわしちゃうよ……」
側のチャビーが寝言を呟く。
楽しい夢でも見ているのだろう。
舞奈は口元に笑みを浮かべる。だが、
「……ったく、なんだって、あたしはあの時の夢なんか見てるんだ、畜生」
口元の笑みを皮肉な形に歪める。
舞奈が見ていた夢。
幼い舞奈の前から、ヒーローが唐突にいなくなった、あの時の夢。
舞奈があの新開発区のアパートでひとり暮らしている理由。
そして舞奈の部屋の表札の横に2人の名前が書かれていた理由。
はね飛ばしてしまった布団を戻して、ベッドから抜け出す。
カーテンの隙間から窓の外を見やる。
窓は夜闇に沈む静かな街並みを映す。
不意に、そこに2つの影が映りこんだ。
ポニーテールの少女と、おさげ髪の少女。
「カズキ!? ミカ!?」
引きはがすようにカーテンを開ける。
懐かしい2つの影は逃げるように混ざり合う。
そして陽炎のように窓ガラスの中に消えた。
思わず窓を開ける。
そこには誰もいない。
夜闇に眠る街並みが広がっているだけだ。
だが、ふと玄関の前に車が止まっていることに気づいた。
一瞬だけ、着替えと一緒に拳銃と手榴弾が入ったトートバックに目をやる。
そして再び車を見やる。
「半装軌車? まさか……!?」
次いで、枕元に置いた携帯のバイブが着信を告げているのに気づいた。
差出人は『明日香(緊急)』。
怪異がらみの非常事態であることを示していた。
そして数刻後、
「他の魔道士からの応援要請を受けたわ。そっちにも来たでしょ?」
無限軌道がアスファルトを踏みしめ、夜闇を半装軌車が斬り裂く。
明日香が修めた戦闘魔術は式神を召喚する魔法を内包する。
大戦中に旧ドイツ軍で用いられた半装軌車は、明日香が多用する移動用の式神だ。
いつもの格好に着替え、ジャケットの裏側に拳銃を収めた舞奈は、荷台の縁に腰かけながら側の明日香を見やる。
「ひょっとして、変な夢とか、窓ガラスに何か映ったりとかか?」
「ええ。おそらく、古代アステカ文明で栄えたナワリ呪術よ」
「ったく、呼び出すったって他にやりようがあるだろうに」
舞奈は不愉快げに口元を歪める。
舞奈が【掃除屋】を始めるずっと前、勘が良いだけの幼子だった舞奈の憧れだったヒーロー、そして母親代わりだった少女。
今はもういない、2人の仲間。
舞奈ひとりを残して消えた彼女たちの記憶。
それを、あんな形で呼び起こして欲しくはなかった。
「……だからかよ、畜生」
吐き捨てるようにひとりごちる。
陽介に昔の仲間の面影を見ていたことに、気づいてしまったから。
生粋の狩人とは似ても似つかぬ彼に、母親代わりの少女と、ヒーローの面影を同時に重ねていた。なんとも無茶な話だ。
あの術法は、舞奈に陽介の危機を伝えたのだろう。
「……たぶん、その魔道士は【機関】の執行人じゃないかな」
「どうしてそう思うの?」
「出てくるとき、玄関に兄ちゃんの靴がなかった。たぶん【機関】の作戦があって、それに参加してるんだと思う」
その事実を、事前に知ることができなかったことが悔やまれた。
Aランクの舞奈と明日香がいれば、陽介は危機になど陥ることはない。
「……ひょっとしたら、靴を洗ってベランダにでも干してあるのかもしれないけどな」
軽口をたたき、口元を笑みの形に曲げようとする。
けど上手くいかなかった。
そんな舞奈を見やって明日香は肩をすくめ、式神に指示を出す。
「急いで。この時間にほかの車はいないはずよ」
『了解しました、閣下』
その言葉の通り半装軌車は夜の街を駆け抜ける。
そして旧市街地の外れにある廃ビルの前で止まった。
「結界化されたビルの中か、糞ったれ!」
月明かりすらない暗闇に立ちすくむビル全体が、黒い光に覆われている。
ビルの前にうずくまっていた幼い人影が顔を上げた。
様子からすると見張りの執行人だろうか。
服装からは判別しづらいが、少女のようだ。
「【掃除屋】……!? 援護に来てくれた!?」
「援軍を要請したのはあんたか!?」
「エリコ、状況はどうなってるの?」
舞奈の問いに首を横に振った少女に、明日香が普段と変わらぬ冷静さで問いかける。
知人らしい。
「このビルに潜伏している屍虫を排除する予定だったんだ。デスメーカーの支援の下で数にまかせて屍虫どもを殲滅するはずだった」
「やっぱりか……」
「でも、武道者のひとりが異能力者たちを扇動して、後続を待たずに先行したんだ」
当たってほしくもない予想が当たって、舞奈は思わず歯噛みする。
「なんだその武道者ってのは?」
「異能力を持たずに武術で戦う執行人のこと。銃器携帯/発砲許可証がなければ、貴女も分類上はそうなるわ」
「……そんなのと一緒にするな」
明日香の説明に、吐き捨てるように言い放つ。
新開発区から流れてきたのか暗雲が立ちこめる。
ポツリ、ポツリと涙のような雨が路地を濡らす。
「デスメーカーも後続部隊を連れて後を追ったけど、連絡がない……」
「ああ、わかってる」
呪術で援軍を要請したのは、そのデスメーカーとやらだろう。
「明日香!」
「準備はできてるわ」
エリコが状況を話すうちに、明日香は半装軌車の荷台にルーンを並べていた。
そして中央に紙片を置き、召喚の準備を整える。
結界に穴を開けるべく別の式神を呼びだすためだ。
明日香は素早く真言を唱え、一語の魔術語で締める。
すると並べられたルーンが蒸発し、魔力に還元される。
そして、そこに旧ドイツの機関砲が影法師を伴って出現した。
次なる指示によって影法師は機関砲の砲口をビルの扉に向け、発砲する。
連なる爆音。
結界化された扉に風穴が開く。
結界とは空間を断絶させる式神の一種である。
そして式神の天敵は魔法による強力な一撃だ。
だから魔法で作られた式神の砲撃は、【断罪発破】による発破でようやく穴を開けられるはずの結界に、易々と大穴を開ける。
舞奈と明日香は荷台から飛び下りると、得物を構えて穴の中に跳びこんだ。
同じ頃、
「斬り刻め! 羽毛ある蛇!」
風が唸り、大屍虫のしまりのない腹を斬り裂く。
カギ爪を振り上げた腕を斬り飛ばし、両足を切断する。
かまいたちに斬り刻まれた大屍虫は、塵と化して消える。
即ち【切断する風】。
大気の刃で対象を断つナワリの呪術。
だが圧倒的な力で敵を屠ったにもかかわらず、小夜子の顔には焦りの色が浮かぶ。
「デスメーカー! 援護を!」
別の大屍虫と相対していた【氷霊武器】が悲痛な叫びをあげる。
彼は手にした槍の先に氷の盾を作ってカギ爪を防いでいる。
その頭には、学ランには不釣り合いな猫耳。
彼がひとりで大屍虫を抑えていられるのは、小夜子の【ジャガーの戦士】によって強化されているからだ。
ジャガーの姿を模した異能力者たち全員に付与魔法が施されている。
だから彼らの肉体は【虎爪気功】すら及ばないほど強固に、逞しく変化している。
それでも執行人たちの数は、予定よりいくらか少ない。
武道者の扇動により、一部の異能力者が命令を無視して先行したためだ。
そして戦っている異能力者の中に、小夜子より先に到着したはずの陽介はいない。
先行したと考えるのが妥当だろう。
生真面目な彼が何故、そんなことになったのかはわからない。
今の小夜子には、彼らが現在も戦闘中であることを信じる以外に道はない。
一刻も早く彼らに追いつき、無事を確認したい。
だが、予定より少ない人数での殲滅戦には無理がある。
心なしか敵の数すら予定より多いように思えてくる。
『――我ガ主ヨ、前方カラノ強襲ニ注意セヨ!』
焦りが隙を生んだか、煙立つ鏡の警告も虚しく1匹の屍虫に引き倒される。
屍虫はそのまま小夜子に馬乗りになる。
その顔を見やり、小夜子は驚愕に目を見開いた。
「あなたは!? そんな、まさか……!?」
それは今回の作戦に参加していた武道者だった。
今回の作戦に脂虫が参加していた事実に驚く。
それよりも、報告によると武道者が異能力者たちを扇動して先行させたらしい。
その武道者が屍虫となって目の前にいるということは……。
小夜子の顔から血の気が引く。
かつて執行人だった屍虫は、小夜子の顔面めがけてカギ爪を振りかざし――
銃声。
頭を吹き飛ばされて床を転がる。
「――ったく。女の子は、もうちょっと丁寧に扱えよ」
見上げた小夜子に向かって、小さなツインテールの少女が手を差し伸べた。
「……って、小夜子さん!?」
拳銃を手にしたまま、舞奈は小夜子を見やって驚いた。
「――魔弾!」
紫電がほとばしる。
大屍虫の上半身が蒸発し、残された下半身が塵と化して消える。
即ち【雷弾・弐式】。
戦闘魔術師が誇る、初歩的かつ強力な攻撃魔法。
明日香の小型拳銃を構えていない左の手に、放電の余韻がまとわりつく。
「舞奈ちゃん……!? それに明日香ちゃんまで!?」
小夜子は叫ぶ。
それが執行人如月小夜子と、仕事人舞奈、明日香との初めての邂逅だった。
「あたしたちは【掃除屋】。仕事人だ」
「魔道士からの救援要請により、貴方たちを援護します」
舞奈は不敵に、明日香は冷徹に名乗る。
その言葉に、異能力者たちの間に驚きと、そして安堵の笑みが広がる。
最強の仕事人である【掃除屋】の噂は、執行人たちの間にも広がっている。
新開発区に君臨するデスクロスと、【機関】でも名を知らしめた魔道士の2人組。
舞奈は陽介の姿を探して異能力者たちを一瞥し、舌打ちする。
「あ、あの……!!」
小夜子は立ち上がり、舞奈と明日香に向き直る。
振り返った2人は小夜子を見やってうなずく。
その表情は幼馴染の妹の友人ではなく、百戦錬磨の仕事人のそれだった。
だから小夜子は2人に最後の希望を見出した。
彼女たちが【掃除屋】だというのなら、【機関】で最も名の知れた仕事人なのだとしたら、陽介を救えるかもしれない。
だから小夜子も、執行人の表情を取り戻す。
「一部の執行人が先行し、現在戦闘中と思われます。彼らの援護を依頼します」
「まかせとけ!」
舞奈は待ってましたと笑う。
「報酬は後ほど【機関】に請求させていただきます」
その言葉に頷き、小夜子は儀式用の拳銃を抜抜いて足元に撃つ。
ナワリ呪術師の拳銃には、生贄を屠るための黒曜石の弾丸が装填されている。
放たれた3発の弾丸が、屍虫と化して死んだかつての同僚を侵食し、分解する。
「彼女らの身体に宿れ! 恐怖のとばりで包め! 冥府の王!」
小夜子の叫びとともに、残された屍虫の心臓が破裂して黒いもやとなる。
そして舞奈と明日香の身体にまとわりつく。
「うぉ!? なんだこりゃ!?」
「援護に感謝します」
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