勇者、チー牛

７：大木

森の中。
凰翔は斧を両手に構え、目の前の大木をにらみつけていた。

「よし……これを倒せば、牛丼屋の柱ができる……！」

深呼吸ひとつ。
覚悟を決めて斧を振り下ろす。

――ガンッ！

乾いた音が森に響いた。
しかし刃はわずかに食い込んだだけで、木肌に白い線を刻んだ程度。
手のひらがじんと痺れ、腕まで震える。

「……硬っ！？　え、これ本当に切れるのか……？」

苦笑いを浮かべ、もう一度、そしてもう一度。

――ガンッ。ガンッ。ガンッ。

木の反動が骨まで響く。
汗が額から伝い落ち、シャツの襟元を濡らした。
息はどんどん荒くなり、足元の土が斧の振動でわずかに揺れる。

「ぐぅぅぅ……！　ちょっとは……削れてくれよ……！」

歯を食いしばり、渾身の力で叩き込む。
だが、刃はまたもや跳ね返される。
気づけば手のひらは真っ赤に腫れ、マメが潰れて血がにじんでいた。

犬が心配そうに「クゥン」と鳴く。

「……！　でも……やるしかない！　ここで諦めたら、牛丼屋どころか、俺……ただの無職チー牛だ」

怒りにも似た気合を込め、腕を振り上げた。
呼吸が荒れ、汗が滝のように滴る。


――ガンッ！　ガンッ！　ガンッ！

やがて切り口が少しずつ広がり、木が「ミシ……ミシ……」と悲鳴を上げ始めた。

「……よしっ……あと、ちょっと……！」

腕の筋肉が悲鳴を上げても止まらない。
最後の力を振り絞って斧を振り下ろす。

――バキィィィィンッ！！

乾いた破裂音。
木が軋み、ゆっくりと傾きはじめる。

「うおおおおおっ！？　倒れるっ！！」

凰翔は慌てて飛び退いた。
地鳴りのような音とともに、大木が土煙を巻き上げて地面に激突する。

ドォォォォン――！

衝撃で鳥たちが一斉に飛び立ち、森がざわめく。
凰翔は尻もちをついたまま、その光景を呆然と見つめた。

「……はぁ、はぁ……や、やった……！　俺の力で、倒せた……！」

呼吸を荒げながら笑う。
犬は驚いたように瞬きをし、それから「ワン！」と一声。

「どうだ……！　これで俺もちゃんと店長だろ！」

どや顔で胸を張る凰翔。
しかし次の瞬間、全身の筋肉が悲鳴を上げる。

「……腕が、動かない……！」

両腕をぶらぶらさせ、斧を杖代わりに立ち尽くす。
手のひらの皮はむけ、足もがくがく。
それでも、倒れた木を見つめる目はどこか誇らしげだった。

「……ふぅ……よし。次は……柱に加工だ……！」

気合を入れ直し、枝打ちを始める。
――ガンッ、ガンッ。
しかし枝は想像以上に硬く、刃が弾かれるたびに腕が震えた。

「くっそ……なんで木の枝ってこんなに頑丈なんだよ……！？」

枝を落とすたびに息が上がり、背中に汗が滝のように流れる。
犬は涼しい顔で欠伸をしながら、尻尾で土をパタパタしていた。

呻きながらも、凰翔は作業を続ける。

枝を払い終えると、今度は皮むきだ。
斧の刃を横にして、幹の表面を削り取っていく。
木肌がぱらぱらと舞い落ち、辺りに生木の匂いが広がった。

やがて全身が木くずまみれになり、髪にも粉が降り積もる。
かゆみに耐えきれず、頭をがしがし掻いた。

「……痒い……！　これ、フケ人間じゃん俺……！」

犬が首を傾げる。

「見るなって……！　これが開拓モードなんだ！」

呻きと笑いが混ざった声が森に響いた。
日が傾き、凰翔の牛丼屋計画は、ようやく一本の柱づくりに近づいていたのだった