勇者、チー牛

チー牛Y

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10:筋肉依存

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――自分の体じゃないみたいだった。

全身が石像になったかのように固まり、凰翔は地面に貼り付いたまま、ぼんやりと空を見上げた。

空は薄く朝焼けに染まり、鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。なのに、自分の体はまるで重力を失ったかのように動かない。

「…………」

筋肉痛を通り越して、脳に届くのは「筋肉死亡通知」の音色。
胸から腕にかけて、ぷるぷると抗議する力の残響が走る。

その横で、銀色の犬――ギンが、すでにシャキッと起きてこちらを見下ろしていた。
目が合った瞬間、ほんの少し誇らしげに尻尾を振る。

「……お、おはよ……」

ギンは無言のまま、コツコツと前足で凰翔のほっぺをタップした。
その柔らかな感触に、痛さと眠気が混ざった微妙なリアクションを返す。

「やめろ……筋肉痛の人間に対して、その…、優しく……」

ギン、スゥッ――

「ワンッ!」

「ぎゃあああああ!!??」

全体重を乗せたギンアタックが、容赦なく凰翔の胸板を直撃する。
胸の中のHPゲージが一気に赤くなった気がした。

「痛い! お前、寝起きの人間を倒す格闘ゲームやってんのか! HP1しかないの見えてるだろそれ!!」

ギンは尻尾をぶんぶん振りながら、涼しい顔で「ワン」と一言。
まるで「昨日の努力は無駄じゃなかったな」とでも言いたげだ。

「……はいはい、起きますよ……文明の日の始まりですね、わかりますよ……」

呻きながら、地面に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。
腕に力を入れるだけで筋肉が抗議の声を上げる。
肩から背中にかけて、昨日の丸太運びの記憶が痛みと共によみがえった。

「……昨日、丸太1本立てただけでこれって、人類の文明力、思った以上に筋肉依存だったんだな……」

焚き火の跡に目を向ける。
灰になった薪がうっすらと温もりを残し、そこから朝の光が柔らかく差し込んでいた。
昨日の夜、火を囲んでいた時間を思い出し、ほんの少し微笑む。

「……よし、今日の文明目標は、二本目の柱だ!」

凰翔は斧を肩に担ごうとする――が、筋肉痛で肩に担ぐ動作すらスローモーションになり、思わずため息が漏れる。
だが、気合で前に進むしかない。

ギンはスタスタと先を歩く。
さっきまで「ワンッ!」と元気よく吠えていたくせに、やけに機嫌よさそうに尻尾を揺らしている。

「……なにその“筋肉痛人間を眺めるの楽しい”みたいな顔やめろ」

ギンは聞こえているのかいないのか、しっぽを一回だけ、ぽふんと揺らした。
凰翔はその動きに小さく苦笑いをし、深く息を吸い込む。
今日もまた、文明の一歩を刻む戦いが始まるのだ――筋肉と共に。
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