勇者、チー牛

チー牛Y

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11:旅人

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牛丼屋予定地。

昨日立てた一本目の柱は、ぎこちないながらも天に向かってそびえ立っている。その横には、もう一本の倒木がゴロンと転がっていた。

「……ふう、2回目は経験値補正で早くなってるな」

ギンは丸太の横で前足を「コッ、コッ」と地面に当てる。まるで「ここがベストポジションだぞ」と言わんばかりだ。

「……お前、位置決めるの得意なのか?」

「ワン」

「じゃ、ここな。よし――」

丸太に手をかけた、その瞬間。

「……ほう?」

乾いた声が森の端から飛んできた。 凰翔の背中がビクッと跳ね、ゆっくりと顔を向ける。小道の奥に、一人の旅人が立っていた。

荷は少なく、剣は使い込まれている。騎士でも商人でも傭兵でもない。…本当にただの通りすがり、という風貌。

男の視線が、立てた柱、倒木、ギン、そして凰翔へと淡々と移動していく。

「……何の作業だ?」

突然の問いに、凰翔の脳が一瞬でフリーズする。

「えっ、あ、いや、その……」

「儀式か? 柱を立てて……祠でも造っているのか?」

「い、いや違います! 儀式じゃないです!」

思わず大きな声で否定してしまい、自分の声に自分でビクッとなる。

男は目を細め、少し険のある声で重ねた。

「……では、何だ?」

「えっと……その……店を」

「店?」

「はい……す……」

「聞こえん」

「店です……店、やります」

旅人は一瞬だけ沈黙し、柱と丸太をじっと見比べる。

「……露店でも出すつもりか?」

「そんな感じです。はい……たぶん、牛丼を」

「牛……?」

「丼です(即答)」

「…………」

「…………」

「…………食い物か?」

「そうです。食い物です」

旅人はもう一度、柱の根元をじっと見つめる。凰翔の胸の鼓動がやたらとうるさい。

「……よりにもよって、森のはずれで?」

何も言い返せない。 ギンが横で「ワン」とだけ鳴く。

旅人の視線がギンに移る。

「犬もいるのか」

「あ、こいつは……ペットというか、相棒というか……いや、たまに助言とかくれるタイプの……」

「助言?」

「……ワン」

その一声に、旅人はわずかに口元を緩めたが、すぐに真顔に戻る。

「……まあ、人の土地でなければ好きにしろ。旅の者がとやかく言うことでもない」

「あ、はい」

旅人は歩き出す。しかし数歩進んだところで立ち止まり、少しだけ振り返る。

柱を一瞥し、短く言い残した。

「……根元、少し傾いてるな。直すなら早い方がいい」

「えっ」

それだけ告げると、旅人は森の向こうへと消えていく。 足音が完全に途切れるまで、凰翔は棒立ちのままだった。

ギンが丸太を「コツン」と叩く。 ――作業再開、と言われた気がした。

「……はいはい、わかってますよ……」

凰翔は丸太に向き直り、小さく息を吐きながら、ぽつりと呟いた。

「……なんだよ……旅人なのに、最後だけプロ視点かよ……」

森に、昨日と同じ静けさが戻る。 だが、ほんの少しだけ空気に緊張が混ざり始めていた。 
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