勇者、チー牛

チー牛Y

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12:旅人の任務

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森を抜ける小道には、湿った土の匂いが漂っていた。
通りすがりの男は無言のまま歩きながら、先ほど視界に映った一本の柱のことを思い返していた。

「……ギュードン、だと?」

口に出してみる。自分の声がやけに森の中で反響した。

奇妙な単語だった。旅をしていて、聞いたことのない地名や方言は数多くある。だが――食い物の名前で理解できないものを聞いたのは初めてだ。

(ギュー……丼……)

想像してみる。ギューが……丼に……入っているのか?
いや、そんな馬鹿な。そんな料理があるはず――

「…………いや、ある国にはあるのかもしれん」

男は自分の妄想に若干引きながらも、視線だけは前を向いたまま歩を進める。
それでも、脳裏にはあの妙な光景がこびりついていた。

森のはずれに立つ一本の柱。横に転がる丸太。犬。そして、妙に必死そうな男。

(……土地を整え、柱を立て、基礎を固める。やっていることは、確かに建築の初期工程だ)

店をやる――やつはそう言った。

本気とは思えなかった。
だが、「根元が傾いている」と指摘したとき――あの反応だけは、本物だった。

男は小さく息を吐く。

「素人ではないな……」

言葉は半分呆れ、半分興味。それ以上でも以下でもない。

ただ、森を抜ける風がひとつ、男の外套を揺らしたとき――

「……にしても」

ふと、視界が陰る。
森の奥、空気がわずかに淀んだ気がした。鳥の鳴き声がぴたりと止まる。

(……また、空気が――変わったな)

男は足を止め、剣の柄にだけ軽く手をかける。抜く気はない。ただ――備えだ。

森の奥で、何かが小さく『カサ……』と鳴った。
風ではない。獣でもない。何かの気配

そして、すぐに静寂だけが戻る。

「……ま、私の仕事ではないか」

男は剣から手を離し、再び歩いた。
任務は別にある。森の異変を追っているだけでも時間は足りない。

だが――ほんの少しだけ、足が止まる。

脳裏に浮かぶ一本の柱。

(……あの場所、地図に“印”だけはつけておくか)

懐から粗末な羊皮紙の地図を取り出し、小さく記しを刻んだ。

「ギュードンヤ予定地……っと」

自分で書いておいて、男は一瞬だけ固まる。

「…………いや、なんだその名前は」

森の中、たった一人で小さくツッコミを入れる旅人の姿があった。

――彼が次にその地を訪れるのは、もう少しだけ先の話になる。 
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