12 / 55
12:旅人の任務
しおりを挟む
森を抜ける小道には、湿った土の匂いが漂っていた。
通りすがりの男は無言のまま歩きながら、先ほど視界に映った一本の柱のことを思い返していた。
「……ギュードン、だと?」
口に出してみる。自分の声がやけに森の中で反響した。
奇妙な単語だった。旅をしていて、聞いたことのない地名や方言は数多くある。だが――食い物の名前で理解できないものを聞いたのは初めてだ。
(ギュー……丼……)
想像してみる。ギューが……丼に……入っているのか?
いや、そんな馬鹿な。そんな料理があるはず――
「…………いや、ある国にはあるのかもしれん」
男は自分の妄想に若干引きながらも、視線だけは前を向いたまま歩を進める。
それでも、脳裏にはあの妙な光景がこびりついていた。
森のはずれに立つ一本の柱。横に転がる丸太。犬。そして、妙に必死そうな男。
(……土地を整え、柱を立て、基礎を固める。やっていることは、確かに建築の初期工程だ)
店をやる――やつはそう言った。
本気とは思えなかった。
だが、「根元が傾いている」と指摘したとき――あの反応だけは、本物だった。
男は小さく息を吐く。
「素人ではないな……」
言葉は半分呆れ、半分興味。それ以上でも以下でもない。
ただ、森を抜ける風がひとつ、男の外套を揺らしたとき――
「……にしても」
ふと、視界が陰る。
森の奥、空気がわずかに淀んだ気がした。鳥の鳴き声がぴたりと止まる。
(……また、空気が――変わったな)
男は足を止め、剣の柄にだけ軽く手をかける。抜く気はない。ただ――備えだ。
森の奥で、何かが小さく『カサ……』と鳴った。
風ではない。獣でもない。何かの気配
そして、すぐに静寂だけが戻る。
「……ま、私の仕事ではないか」
男は剣から手を離し、再び歩いた。
任務は別にある。森の異変を追っているだけでも時間は足りない。
だが――ほんの少しだけ、足が止まる。
脳裏に浮かぶ一本の柱。
(……あの場所、地図に“印”だけはつけておくか)
懐から粗末な羊皮紙の地図を取り出し、小さく記しを刻んだ。
「ギュードンヤ予定地……っと」
自分で書いておいて、男は一瞬だけ固まる。
「…………いや、なんだその名前は」
森の中、たった一人で小さくツッコミを入れる旅人の姿があった。
――彼が次にその地を訪れるのは、もう少しだけ先の話になる。
通りすがりの男は無言のまま歩きながら、先ほど視界に映った一本の柱のことを思い返していた。
「……ギュードン、だと?」
口に出してみる。自分の声がやけに森の中で反響した。
奇妙な単語だった。旅をしていて、聞いたことのない地名や方言は数多くある。だが――食い物の名前で理解できないものを聞いたのは初めてだ。
(ギュー……丼……)
想像してみる。ギューが……丼に……入っているのか?
いや、そんな馬鹿な。そんな料理があるはず――
「…………いや、ある国にはあるのかもしれん」
男は自分の妄想に若干引きながらも、視線だけは前を向いたまま歩を進める。
それでも、脳裏にはあの妙な光景がこびりついていた。
森のはずれに立つ一本の柱。横に転がる丸太。犬。そして、妙に必死そうな男。
(……土地を整え、柱を立て、基礎を固める。やっていることは、確かに建築の初期工程だ)
店をやる――やつはそう言った。
本気とは思えなかった。
だが、「根元が傾いている」と指摘したとき――あの反応だけは、本物だった。
男は小さく息を吐く。
「素人ではないな……」
言葉は半分呆れ、半分興味。それ以上でも以下でもない。
ただ、森を抜ける風がひとつ、男の外套を揺らしたとき――
「……にしても」
ふと、視界が陰る。
森の奥、空気がわずかに淀んだ気がした。鳥の鳴き声がぴたりと止まる。
(……また、空気が――変わったな)
男は足を止め、剣の柄にだけ軽く手をかける。抜く気はない。ただ――備えだ。
森の奥で、何かが小さく『カサ……』と鳴った。
風ではない。獣でもない。何かの気配
そして、すぐに静寂だけが戻る。
「……ま、私の仕事ではないか」
男は剣から手を離し、再び歩いた。
任務は別にある。森の異変を追っているだけでも時間は足りない。
だが――ほんの少しだけ、足が止まる。
脳裏に浮かぶ一本の柱。
(……あの場所、地図に“印”だけはつけておくか)
懐から粗末な羊皮紙の地図を取り出し、小さく記しを刻んだ。
「ギュードンヤ予定地……っと」
自分で書いておいて、男は一瞬だけ固まる。
「…………いや、なんだその名前は」
森の中、たった一人で小さくツッコミを入れる旅人の姿があった。
――彼が次にその地を訪れるのは、もう少しだけ先の話になる。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる