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19:副菜文明、第一歩
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森の隙間から差し込む朝の光が、湯気のように淡く揺れていた。
濡れた葉や土の匂いが混ざり合い、まだ夜の名残を感じさせる。凰翔は集めた枝を慎重に並べ、ギンが肉球ワンタッチで火を起こすのを見守った。
「……よし。文明、始動」
ギンがそばで尻尾を振りながら、例の細長い葉をじっと見つめている。朝の光に照らされて、葉は艶やかに光っていたが、その見た目の魅力に反して、食べれば腹を壊す可能性が高いことを凰翔は知っていた。
「さて、この草……“見た目は副菜、味は地雷”の可能性が高いが――」
凰翔は真顔で呟いた。
「文明の礎って、だいたい誰かが腹壊してるところから始まるんだよな」
ギンが小さく「ワフ……」と答える。
その声に、彼の表情には「そう、いつもそうだ」という諦観が漂っていた。
凰翔は、鍋代わりにしたボロい金属皿に水を注ぎ、火の上に置く。
火の反射が濡れた金属面でちらちらと揺れ、朝の光と混ざって不思議な模様を作り出す。
彼は深呼吸をひとつし、慎重に草を数枚ちぎって鍋に放り込んだ。
「しゅう」と音を立て、青臭い香りが立ち上る。森の匂いが、ほんの少しだけ食欲を刺激した。
「お、なんか……味噌汁っぽい匂いするじゃん。味噌はないけど」
ギンがくんくんと匂いを嗅ぐ。
その表情には「いや、それ絶対味噌汁じゃない」という確信が浮かんでいた。
湯が少し濁り始める。凰翔は木の枝でかき回し、湯気の奥を覗き込む。
数分後、微妙に食べ物っぽい香りが漂い始めた。
「――試食、いきます」
枝の先に刺した草を口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、目が見開かれた。
「う……うわぁっ!? なんだこれ!? 渋っ!? 苦っ!? ゴーヤかよ!!」
地面に膝をつく凰翔。ギンが「やっぱりな」と言いたげに見上げる。
「……これが、文明の壁か……」
涙目で呟きながらも、口の端がほんの少し笑っていた。
――ああ、また一歩だけ、生きる技術を覚えた気がする。
「次は……火加減だな。焦がせばワンチャン香ばしくなる……かもしれない」
ギンが尻尾を振り、目で「いや、無理だろ」と訴える。
凰翔は火を強め、鍋をじっと見つめた。
煙が空へと昇り、朝の光に溶けていく。
◇
――ぱち、ぱち。
炎が高く揺らめき、鍋の底がじりじりと黒く染まっていく。
凰翔の目は真剣そのもので、まるで戦場の将軍のようだった。
「よし……“焦がし”という名の進化、始まるぞ」
ギンは尻尾を垂らして一歩下がる。
その顔には「どう見ても失敗フラグ」という文字が浮かんでいた。
やがて――
じゅっ!! という音とともに、鍋から煙が噴き出す。
目を細める凰翔。香ばしい匂い……というより、確実に焦げた匂いが鼻をつく。
「……よし、香ばしい。たぶん」
「ワフ……」
枝を突っ込み、黒くなった草を取り出す。
もはや副菜というより、石炭のようだった。
「……試食、いきます」
噛んだ瞬間、口の中に広がる“文明の闇”。
渋味・苦味・炭味。三拍子が奇跡の不協和音を奏でる。
「ぐはっ!? 文明、退化したッ!!」
地面に崩れ落ちる凰翔。しかし、ギンがその焦げをぺろりと舐め、尻尾を振った。
「……え、うまいの?」
「ワフッ!」
「……お前、味覚どうなってんだ」
呆れながらも、思わず笑ってしまう。
そうか、焦げにも価値を見出す者がいるのか。
「よし、これでいい。“焦がし文明”――成立だ」
朝の森に、煙の匂いと、どこか誇らしげな笑みが漂った。
小さな一歩だが、確かに文明は前進したのだ――今日の森で、ひっそりと。
濡れた葉や土の匂いが混ざり合い、まだ夜の名残を感じさせる。凰翔は集めた枝を慎重に並べ、ギンが肉球ワンタッチで火を起こすのを見守った。
「……よし。文明、始動」
ギンがそばで尻尾を振りながら、例の細長い葉をじっと見つめている。朝の光に照らされて、葉は艶やかに光っていたが、その見た目の魅力に反して、食べれば腹を壊す可能性が高いことを凰翔は知っていた。
「さて、この草……“見た目は副菜、味は地雷”の可能性が高いが――」
凰翔は真顔で呟いた。
「文明の礎って、だいたい誰かが腹壊してるところから始まるんだよな」
ギンが小さく「ワフ……」と答える。
その声に、彼の表情には「そう、いつもそうだ」という諦観が漂っていた。
凰翔は、鍋代わりにしたボロい金属皿に水を注ぎ、火の上に置く。
火の反射が濡れた金属面でちらちらと揺れ、朝の光と混ざって不思議な模様を作り出す。
彼は深呼吸をひとつし、慎重に草を数枚ちぎって鍋に放り込んだ。
「しゅう」と音を立て、青臭い香りが立ち上る。森の匂いが、ほんの少しだけ食欲を刺激した。
「お、なんか……味噌汁っぽい匂いするじゃん。味噌はないけど」
ギンがくんくんと匂いを嗅ぐ。
その表情には「いや、それ絶対味噌汁じゃない」という確信が浮かんでいた。
湯が少し濁り始める。凰翔は木の枝でかき回し、湯気の奥を覗き込む。
数分後、微妙に食べ物っぽい香りが漂い始めた。
「――試食、いきます」
枝の先に刺した草を口へ運ぶ。
噛んだ瞬間、目が見開かれた。
「う……うわぁっ!? なんだこれ!? 渋っ!? 苦っ!? ゴーヤかよ!!」
地面に膝をつく凰翔。ギンが「やっぱりな」と言いたげに見上げる。
「……これが、文明の壁か……」
涙目で呟きながらも、口の端がほんの少し笑っていた。
――ああ、また一歩だけ、生きる技術を覚えた気がする。
「次は……火加減だな。焦がせばワンチャン香ばしくなる……かもしれない」
ギンが尻尾を振り、目で「いや、無理だろ」と訴える。
凰翔は火を強め、鍋をじっと見つめた。
煙が空へと昇り、朝の光に溶けていく。
◇
――ぱち、ぱち。
炎が高く揺らめき、鍋の底がじりじりと黒く染まっていく。
凰翔の目は真剣そのもので、まるで戦場の将軍のようだった。
「よし……“焦がし”という名の進化、始まるぞ」
ギンは尻尾を垂らして一歩下がる。
その顔には「どう見ても失敗フラグ」という文字が浮かんでいた。
やがて――
じゅっ!! という音とともに、鍋から煙が噴き出す。
目を細める凰翔。香ばしい匂い……というより、確実に焦げた匂いが鼻をつく。
「……よし、香ばしい。たぶん」
「ワフ……」
枝を突っ込み、黒くなった草を取り出す。
もはや副菜というより、石炭のようだった。
「……試食、いきます」
噛んだ瞬間、口の中に広がる“文明の闇”。
渋味・苦味・炭味。三拍子が奇跡の不協和音を奏でる。
「ぐはっ!? 文明、退化したッ!!」
地面に崩れ落ちる凰翔。しかし、ギンがその焦げをぺろりと舐め、尻尾を振った。
「……え、うまいの?」
「ワフッ!」
「……お前、味覚どうなってんだ」
呆れながらも、思わず笑ってしまう。
そうか、焦げにも価値を見出す者がいるのか。
「よし、これでいい。“焦がし文明”――成立だ」
朝の森に、煙の匂いと、どこか誇らしげな笑みが漂った。
小さな一歩だが、確かに文明は前進したのだ――今日の森で、ひっそりと。
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