勇者、チー牛

チー牛Y

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25:森の牛丼屋

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昼下がりの森。
凰翔は、店の入口に立ちながら腕を組んでいた。

「……やっぱ、看板がないとな」
ギンが首を傾げる。
「ほら、これが『牛丼屋です』ってわかるようにさ。そういうの、大事だろ?」

ギンが「ワフ」と鳴いて頷く。
凰翔はうなずき返し、近くの倒木に目をやった。

「よし、余ってるあの丸太。表面が平らだから使えそうだ」

彼は斧を肩に担ぎ、ギンと一緒に倒木へ向かう。


そして斧を振り下ろし、必要な長さで切り出した。

「ゴン、ゴン」と木が鳴り、樹皮の香りが広がる。

切り出した木を地面に転がすと、
凰翔はナイフを取り出して表面を削り始めた。

削るたびに、淡い木の粉が舞い、陽に照らされて金色に光った。

「……こうやって、表面を平らにしていく。板って言っても、手で作ると意外と大変だよな……」

ギンが横で“ワフワフ”と息を合わせるように鳴き、木屑の山を鼻で押しのけた。

「食べるなよ?……それ」
「ワフ!」

凰翔は苦笑しながら作業を続ける。
木の表面がなめらかになると、
指でなぞった感触がすべすべとして、まるで一枚の布のようだった。

「さて……問題は何て書くかだな」

凰翔はナイフを取り出し、木の表面を見つめる。

「“牛丼屋”……これでいいか。シンプルだし、嘘でもない」
ギンが「ワフ」と鳴いた。
「いや、“チーズ牛丼屋”はこの世界じゃまだ早い。ややこしくなるだけだ」

凰翔は笑いながら、ナイフの刃先を木にあてる。
ギリ、ギリ、と乾いた音が森に響く。
力を入れすぎると欠ける。弱すぎると線が浅い。
慎重に、ゆっくりと、一文字ずつ。

――牛
――丼
――屋

手の汗が木に染み、刃が少しずつ沈んでいく。
陽の光が刃に反射して、白く閃いた。

「よし……完成、っと」

凰翔はナイフを置き、彫った文字を指でなぞる。
まだ粗削りだが、どこか懐かしい。
まるで少年の頃、秘密基地に名前をつけた日のようだった。

「……ふふっ。悪くないな」
ギンが横から覗き込み、「ワフ」と短く鳴く。
「そうだろ? ちゃんと“うまそうな雰囲気”出てる」

凰翔は看板の下端に、小刀で小さな穴を二つ彫った。
そこへ尖らせた棒を差し込み、石で軽く叩きながら奥まで押し込む。
固定が甘い部分には、泥を詰めて補強した。

「……よし」
棒ごと地面に立て、根元を土で押さえる。
看板がゆらりと風に揺れ、「牛丼屋」の文字が陽光を反射した。

「……できた。これで、正式に“牛丼屋”だ」
凰翔は深呼吸をした。木の香りと汗の匂いが混ざって、どこか懐かしい。

ギンが隣で尻尾を振る。
「なあギン。……変な話だけど、こうして“店”を作ると、ちょっとだけ、生きてるって気がするよな」

ギンが「ワフッ」と応えた。
森の風が、木の看板を静かに揺らした。そこに刻まれた『牛丼屋』の文字が、木漏れ日に照らされて光っている。

――森の中の、小さな奇跡が、ひとつ増えた。 
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