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27:名門の落ちこぼれ②
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森は、昼を過ぎると急に静かになる。
鳥の声が遠のき、風の音だけが枝葉を渡っていく。
クラウスは黙々と薬草を摘んでいた。
腰の籠は、すでに半分ほど埋まっている。
それでも、彼の目はどこか虚ろだった。
「……結局、今日もこれだけか」
ひとりごとのような声が、森に吸い込まれて消える。
風に吹かれた葉が、ぱらぱらと落ちた。
もう何度目だろう――この森に一人で入るのは。
他の冒険者たちは、笑いながら酒を飲んでいる。
自分は、こうして草を摘むだけ。
それが、いつの間にか当たり前になっていた。
ふと気づけば、陽が傾いている。
辺りの影が長く伸び、森の奥の方で何かがきらりと光った。
(……川かな? いや、あれは……)
導かれるように足を進める。
気づけば、見覚えのない道に入っていた。
湿った空気。どこか温かい匂い。
次の瞬間――風の中に、何か“香ばしい匂い”が混ざった。
(……これは……?)
焦げたタレのような、肉のような香り。
クラウスは、思わず立ち止まった。
空腹が腹の底で鳴り、心臓の鼓動まで早まる。
「……こんな森の中に……?」
木々の隙間を抜けると、小さな屋台が見えた。
木板を組んだ台、葉っぱで覆われた小さな屋根。
その奥で、煙と湯気がやさしく立ちのぼっている。
夕陽の光が屋台を照らし、木板に書かれた文字が浮かび上がる。
『牛丼屋』
(……なんだろう、あの特殊な文字は)
クラウスは立ち尽くした。
ありえない光景だった。
だが、湯気の向こうにいる男の背中は、あまりに自然で――まるで、ずっとここにいたかのように見えた。
男が振り返る。
黒い髪に、少し疲れたような目。
けれど、その雰囲気には温かさがあった。そして彼はクラウスを見てニコッと微笑む
クラウスは慌てて頭を下げた。
「す、すみません! 通りがかりで……!」
「いえいえ……驚かせてしまいましたね。てっきりお客さんかと思って……」
その言葉に、返す前に――ぐぅ、と腹が鳴った。
クラウスの顔が真っ赤になる。
男は笑って、チーズ牛丼を差し出した。
「良ければ、食べますか?」
「え……こ、これは……?」
「チーズ牛丼って言います。ここらじゃあまり見ない料理かも」
聞き慣れない名に、クラウスは戸惑いながらも、
ふわりと鼻をくすぐる香りに心を奪われていた。
たまらず手が伸び、箸を取る。
湯気が頬を撫でた。
指先がわずかに震える。
そして、ひと口。
……あたたかい。
舌の上で溶ける味よりも、
胸の奥に広がるやさしさが、彼を満たしていく。
「……うまい……」
もう一口、また一口。
涙が滲む。
誰かに食事を出されたのは、いつぶりだったろう。
“落ちこぼれ”と呼ばれた日から、遠ざけてきたぬくもりが、
今、丼の湯気とともに戻ってくる。
(……ああ、こんな世界にも光はあるんだ)
湯気の向こうで、犬が「ワフ」と鳴いた。その声が、不思議とやさしく響いた。
鳥の声が遠のき、風の音だけが枝葉を渡っていく。
クラウスは黙々と薬草を摘んでいた。
腰の籠は、すでに半分ほど埋まっている。
それでも、彼の目はどこか虚ろだった。
「……結局、今日もこれだけか」
ひとりごとのような声が、森に吸い込まれて消える。
風に吹かれた葉が、ぱらぱらと落ちた。
もう何度目だろう――この森に一人で入るのは。
他の冒険者たちは、笑いながら酒を飲んでいる。
自分は、こうして草を摘むだけ。
それが、いつの間にか当たり前になっていた。
ふと気づけば、陽が傾いている。
辺りの影が長く伸び、森の奥の方で何かがきらりと光った。
(……川かな? いや、あれは……)
導かれるように足を進める。
気づけば、見覚えのない道に入っていた。
湿った空気。どこか温かい匂い。
次の瞬間――風の中に、何か“香ばしい匂い”が混ざった。
(……これは……?)
焦げたタレのような、肉のような香り。
クラウスは、思わず立ち止まった。
空腹が腹の底で鳴り、心臓の鼓動まで早まる。
「……こんな森の中に……?」
木々の隙間を抜けると、小さな屋台が見えた。
木板を組んだ台、葉っぱで覆われた小さな屋根。
その奥で、煙と湯気がやさしく立ちのぼっている。
夕陽の光が屋台を照らし、木板に書かれた文字が浮かび上がる。
『牛丼屋』
(……なんだろう、あの特殊な文字は)
クラウスは立ち尽くした。
ありえない光景だった。
だが、湯気の向こうにいる男の背中は、あまりに自然で――まるで、ずっとここにいたかのように見えた。
男が振り返る。
黒い髪に、少し疲れたような目。
けれど、その雰囲気には温かさがあった。そして彼はクラウスを見てニコッと微笑む
クラウスは慌てて頭を下げた。
「す、すみません! 通りがかりで……!」
「いえいえ……驚かせてしまいましたね。てっきりお客さんかと思って……」
その言葉に、返す前に――ぐぅ、と腹が鳴った。
クラウスの顔が真っ赤になる。
男は笑って、チーズ牛丼を差し出した。
「良ければ、食べますか?」
「え……こ、これは……?」
「チーズ牛丼って言います。ここらじゃあまり見ない料理かも」
聞き慣れない名に、クラウスは戸惑いながらも、
ふわりと鼻をくすぐる香りに心を奪われていた。
たまらず手が伸び、箸を取る。
湯気が頬を撫でた。
指先がわずかに震える。
そして、ひと口。
……あたたかい。
舌の上で溶ける味よりも、
胸の奥に広がるやさしさが、彼を満たしていく。
「……うまい……」
もう一口、また一口。
涙が滲む。
誰かに食事を出されたのは、いつぶりだったろう。
“落ちこぼれ”と呼ばれた日から、遠ざけてきたぬくもりが、
今、丼の湯気とともに戻ってくる。
(……ああ、こんな世界にも光はあるんだ)
湯気の向こうで、犬が「ワフ」と鳴いた。その声が、不思議とやさしく響いた。
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