勇者、チー牛

チー牛Y

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28:名門の落ちこぼれ③

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空になった丼を見つめながら、クラウスは、ゆっくりと箸を置いた。

指先が、わずかに震えている。湯気の残り香が、まだ鼻の奥にまとわりついていた。

「……ごちそうさま、です」

小さく呟くような声。
それを聞いて、凰翔は軽くうなずいた。

「はい」

それだけ。
それ以上の言葉はなかった。けれど、その短い返事が、妙にあたたかく響いた。

風が吹き抜け、屋台の葉の屋根がふわりと揺れる。
どこからか鳥の鳴き声がして、焚き火のぱちぱちという音がそれに混じる。

「……あの」
クラウスは意を決して声を出した。
かすかに震える声に、彼自身が気づいて少し焦る。

「……なんで、こんな場所で店を?」

凰翔は、少し驚いたように目を瞬かせた。
けれどすぐに、肩の力を抜いたように笑う。

「さあ……気づいたら、こうなっていました」

その言い方が妙に自然で、クラウスは思わず口元を緩める。
「はは……変わってますね」

俯いたまま、草の匂いを含んだ風を吸い込む。
湿った土の香りと、焦げた木の匂いが混ざり合い、胸の奥がじんわりと熱くなる。
久しく忘れていた――"誰かに見てもらっている"という感覚。
それが、今この小さな屋台で確かに息づいていた。

「……その、代金を」
慌てて腰袋を探る。中には薬草と、くすんだ銅貨がいくつか。
「す、すみません。足りなさそうで……」

凰翔は首を横に振った。
「いいですよ。初回サービスってことで」

「い、いや、でも……」
「また来たときに払ってください」
「……!」

その言い方があまりに自然で、クラウスは思わず息をのむ。
“また来てもいい”と、言われた気がした。

「……はい」
小さく、けれど確かに笑っていた。

クラウスは立ち上がり、背負い籠の紐を結び直す。

森の先の道は暗く、けれど、ほんの少しだけ光が射していた。
その光に導かれるように、クラウスはゆっくりと歩き出す。
背中には、どこか満たされた温もりが残っていた。

「じゃあ……また」
「はい、また」

ふたりの声が重なり、静かな風に溶ける。
その背を見送りながら、凰翔は焚き火の棒で炭をいじった。

ぱち、と小さく弾ける音。
煙がゆらゆらと立ちのぼり、木の葉の隙間から夜空へと抜けていく。

(……やっぱり、人って不思議だな)

口には出さず、心の中でつぶやく。
隣ではギンがちょこんと座り、尻尾で地面をとん、と叩いた。

森の中には、一人と一匹の小さな屋台だけが残る。
火の光が葉の影をゆらし、煙がゆっくりと夜空に溶けていった。 
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