勇者、チー牛

３０：光るキノコ

辺りは静かだ。鳥のさえずり、風で揺れる葉のざわめき、遠くの沢のせせらぎ。小さな音が重なり合い、森がちゃんと“生きている”ことを伝えてくる。湿った空気の中に、土や苔、木の香りが混ざり、鼻先をくすぐった。

その時、枝の間から小さな影がひょこり現れた。リスだ。丸い瞳でギンを警戒しながら、木の実をくわえて枝を伝う。

「ワフッ！」

ギンが小さく声を上げると、リスは一瞬立ち止まり、また枝を伝って森の奥へ駆け去った。森の静寂はすぐに元通りになり、ただ水の流れる音と風の音だけが残った。

凰翔は、ふと足元の地面に目を落とす。

薄い苔の間に、小さなキノコが並んでいる。その傘の先端が、微かに青白く光っていた。

「……あれ、こんなのあったっけ」
指先でそっと触れると、ほんのわずかに暖かさを感じた。冷たい森の中で、不意に伝わる温もりが妙に心をざわつかせる。

その瞬間、キノコの光がふわりと揺らぎ、まるで誰かが視線を向けたかのように瞬いた。
ギンが鼻先を近づけ、首をかしげる。

「ワフ？」
「……ちょっと変だな」

凰翔は少し眉をひそめ、光るキノコをじっと見つめる。周囲の空気が、ほんの少しだけ張りつめたように感じた。木々の影が揺れるたびに、まるで何者かの気配が森の中を漂っているかのようだった。

ギンが少し後ろに下がり、低く唸る。

凰翔は膝をつき、光るキノコを囲むように小さな輪を作って観察した。青白い光が、湿った苔の緑や落ち葉の茶色を照らし出す。まるで森が小さな魔法を隠しているかのようで、息を飲む。

「……きれいだな」
つぶやくと、自然に肩の力が抜ける。けれど、目の端にチラリと揺れる光が気になって、胸の奥が少しざわついた。

ギンは小さく前足を踏み鳴らす。
「ワフ……」
「うん、気にしてるんだろ。俺もだ」

森の奥深く、青白く光るキノコは、ほんの少しずつ――だが確実に、二人の気配を受けて揺れていた。