勇者、チー牛

４４：丼の覚醒条件

研究所の空気は凍りついていた。

黒影の姿は細く伸び、
影でありながら“骨格”めいたラインが浮かび、
胸部には淡い光――“疑似心臓”が鼓動していた。

「……擬似心臓だと？」

黒影は結界の破れた部分の向こう側で、
ゆっくりと歩いていた。

ズ……ズ……

ただ歩いているだけなのに、
空気が揺れて、周囲の草が黒く枯れていく。

そして。

――あごを上げた。

“見ている”
明確に、凰翔の丼を見ている。

「……あの姿……影が“思考領域”を得た可能性が高いです」


――パキィン。

凰翔の握る丼に、
さらに細かい亀裂が走った。

「割れた！！？」

「違います！　封印が解けて……“形態変化の予兆”が……！」



白衣A「器の封印は……七つ！」

白衣B「一つ破られるごとに、器は“持ち主の状況”を学習し……」

白衣C「形を変える！！」



黒影が結界を踏み越えた。

ズ……ズ……ッ

研究所の警報が鳴り響く。

ウォォォォオン！！

「もう一瞬で来そうなんですが！！　歩くスピードで空間歪んでますよ！！？」

「落ち着け凰翔。大丈夫。
　影が進化したなら、君の丼も進化する」


黒影が、ゆっくりと手を伸ばす。

指の形をしているが、
明らかに関節の位置がおかしく、
不気味なほど静かに曲がる。

その手が、
凰翔の丼を“掴む”ための軌道で伸びた。

「ぎゃああああ！！　来る来る来る！！

その瞬間。

キツネが叫んだ。

「凰翔！！　“逃げたい”って強く思え！！」

「え！？　とっくに思ってますが！……」

「もっと！！
　“心底から逃げたい”って思え！！
　逃げた先に未来がほしいって！！
　“願い”を強く！！」

「うおおおおお！！
　逃げたいィィィィィィィィ！！！！
　この世界からも逃げたいィィィィィィィ！！！！」


丼が、光った。

まばゆい白光。
研究所の中が昼のように照らされる。

亀裂は一気に広がり、
丼全体が震え――

――変形した。

ぐにゃり、と形を崩し、
光の糸をまといながら、
折り畳まれ、伸び、再構築される。

白衣A「これは……！」

白衣B「第二形態……！」

白衣C「“器・穿（うがち）”！！」


光が収まると、
そこにあったのは――

白い円盤状の盾。

中央に、うっすらと牛丼の紋様。
外縁には不可思議な文字列。

「盾！？　なんで丼から盾に！！？」

「“防御願望”あなたの逃げたい気持ちに応じて……器が守る形へ変わったんです！！」


黒影が丼――いや、盾へ向けて腕を伸ばす。

凰翔は反射的に盾をかざした。

「うわぁぁぁぁ！！！！」

ドッッッッッ！！！！！！

黒影の腕は、
盾に触れた瞬間、
爆ぜるように弾き飛ばされた。

「……ッ……ア……」


白衣A「拒絶率……120％！！」

白衣B「影の“存在そのもの”を否定してる！！」

白衣C「これが器の第二形態……！」


黒影は、ゆっくりと後退しながら、
凰翔の盾を凝視した。

――解析。

――対処法。

――再構築、開始。

影の身体がブワッと膨れ、
次の形態へ進化しようとしている。

シロガネが絶望の声を漏らす。

「まずい……！
　影が“盾への対策”を学習しようと……！」

凰翔「ちょっと！？　こっちはやっと第一歩なのに！！？」

キツネが、ぐっと凰翔の肩を掴む。

「凰翔。盾になったってことは……次は“攻撃形態”に進化する」

黒影が再進化を始める中――

凰翔の盾が、
微かに震え、
次の変化の光を宿していた。