スーパーのビニール袋で竜を保護した

チー牛Y

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4 町の空白

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町は、静かだった。

朝のはずだ。

本来なら、荷馬車の軋む音や、井戸を汲む縄のきしみ、
パン窯を叩く音が混ざり合っている時間だ。

だが今日は――音が薄い。

パン屋の前を通る。

いつもなら香ばしい匂いが通りまで流れ、
開け放たれた扉から笑い声がこぼれている。

今日は、扉が閉じていた。

焼き上がりの匂いは、かすかにある。

中に人影もある。

だが俺を見ると、
ゆっくりとカーテンが引かれた。

視線が、自然と手元に落ちる。

スーパーのビニール袋。

薄く白濁したそれは、
中身を完全には隠さない。

小さな影が、もぞりと動いた。

「距離を取れ」

遠くで、低い声がした。

俺が一歩進むたびに、
人の流れが左右に割れる。

触れないように。
近づかないように。

俺の周囲だけ、
不自然な空白ができる。



井戸端で笑っていた女たちの会話が止まる。

桶を持つ手が止まる。

視線だけが、袋に落ちる。

子どもが一人、こちらを見ていた。

袋の中を、じっと。

恐怖よりも先に、好奇心。

「まま、あれ、なに」

母親の指が強く食い込む。

「見ちゃだめ」

乱暴に引き寄せる。

子どもが泣き出す。

理由は分からない。

だが大人の緊張は、伝染する。

――竜。

その言葉の重みは、記録や歴史よりも先に、
本能に沈んでいる。



宿屋の前で足を止める。

昨夜と同じ宿だ。

王国の監察官の指示で、
俺はここに留め置かれている。

扉を開けると、空気が重い。

主人が顔を上げる。

無言。

袋を見る。

喉が動く。

「……部屋は空いている」

言葉は平坦だが、声帯が乾いている。

「ありがとうございます」

俺が頭を下げると、
彼はほんの一瞬、迷うように目を細めた。

「朝食は部屋に運ぶ」

「下では食べられないですか?」

沈黙。

食堂の奥で椅子が擦れる。

「……他の客がいる」

それだけで十分だった。



階段を上る。

袋の中で子竜が、くあ、と小さく鳴いた。

子猫のような声だ。

それでも――

下の食堂で椅子が倒れる音がした。

誰かが立ち上がる。

皿が鳴る。

ひそひそ声。

「鳴いたぞ」

「火は」

「まだだ」

まだ。

その言葉が、やけに残る。

部屋に入る。

扉を閉めると、
廊下の気配が一段階、遠のく。

袋を机に置く。

子竜が顔を出しかける。

薄い鱗が、光を受けてわずかにきらめく。

「出るな」

小さく言う。

子竜は首を引っ込め、
再び丸くなった。

理解しているのか。
ただ暖かいからか。

分からない。

窓の外を見る。

通りを人は歩いている。

だが――

この宿の前だけ、妙に空いている。

誰も立ち止まらない。

誰も見上げない。

見ないようにしている。

廊下には兵が一人立っている。

監察官の命令で、
交代制の見張りだ。

その兵が、ぽつりと呟いた。

「……怖くないのか」

俺に向けた言葉ではない。

独り言のように。

「何がですか」

「竜だぞ」

俺は袋を見る。

薄い膜越しの、小さな影。

「今は、静かです」

兵は乾いた笑いを漏らす。

「今は、な」

その“今”の不安定さが、
町全体の空気だった。



夕方、買い物に出る。

塩と干し肉、それと水。

生活は続く。

だが店に入ると、客が減る。

会計の手が震える。

硬貨が一枚、床に落ちる。

乾いた音が、やけに響く。

袋の中で子竜が動くたび、
店主の視線が跳ねる。

「……お釣りです」

差し出された手は、
触れないぎりぎりの距離で止まる。

俺も触れない。

空間だけが、間に残る。

竜は暴れていない。

炎も吐いていない。

それでも。

町は、確実に削れている。

音が減る。

笑いが減る。

視線が逸れる。

恐怖は、事実よりも先に広がる。



夜。

通りは早く閉じた。

窓の灯りも、普段より少ない。

袋の中で子竜が目を開けた。

黄金の瞳。

静かに、こちらを見る。

「……お前のせいじゃない」

そう言うと、
子竜はゆっくり瞬きをした。

袋の内側が、ほんのり温かい。

一定の体温。

一定の呼吸。

災害には見えない。

だが――

町の人々にとっては、

いつか燃える存在だ。

まだ何も起きていない。

だからこそ怖い。

“いつか”が来る前に、
排除するべきもの。

そう思われても不思議ではない。

廊下で兵が足を鳴らす。

遠くで犬が吠える。

子竜は再び丸くなる。

俺は袋の口を、そっと整えた。

町にできた空白は、

簡単には埋まらない。

竜がいる限り。

そして。

俺が抱えている限り。 
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