シーフな魔術師

極楽とんぼ

文字の大きさ
1,295 / 1,309
卒業後

1294 星暦558年 橙の月 25日 保存(15)

しおりを挟む
「パディン夫人が、絶対にネズミたちを生きて逃がすなだってさ」
 胡桃と小皿を持って工房に戻りながらアレクとシャルロに報告する。
 あれはうっかりネズミが逃げたら、暫くクッキー無しに夕食も二段階ぐらい味が落ちた『うっかり焦がした』料理になりそうな雰囲気だった。

「ネズミは嫌われ者だからな。
 確実に我々の責任ではないと証明するために、殺した死体を見せてから埋めるなり燃やすなりした方がいいかも知れない」
 アレクがちょっと困ったような顔をしながら言った。
 どうやら夕食への危機感はアレクも感じ取ってくれたらしい。

「ネズミの死体を見せるなんて、嫌がらせにならないか?」
 スラム街に住んでいたころは、若い女たちがお互いへの嫌がらせで死んだネズミを送り付けたりベッドに放り込んだりといったことをちょくちょくやっていたようだが。
 もっと悪質になると可愛がっていた猫や小鳥などを残虐に殺して部屋の前に置いておくなんてこともやっているのも居たなぁ。
 まあ、そこまでやるようなのは大抵はあちこちから恨みを買いまくって、いつの間にか居なくなっていたが。

「いやいや、ネズミ捕りの罠にかかったネズミを処分しているのはパディン夫人だよ?
 追加で処分したと証拠を見せたら、デザートが豪華になる可能性の方が高いと思うぞ」
 アレクが俺の疑問に首を横に振った。

 あらま。
 この家にネズミ捕りの罠なんてあるんだ??
 まあ、虫よけと違ってネズミ排除の結界みたいのは展開していないから、家に入る可能性もゼロではないんだろうが。
 虫と違って人間と同じような(サイズは全然違うが)生き物であるネズミを害する結界って人間にも害がある可能性があるから、魔術で完璧に永続的に排除するのは難しいんだよなぁ。

 何かの際に一気に建物内にいる一定以下のサイズの生き物をすべて殺すっていうような術を掛けるのは可能だが。
 ただまあ、それも変なところでネズミが死んだらその死体が腐った時に色々嫌な思いをしかねないからあまりやりたくない手段だ。
 ネズミをほぼ見かけないから清潔にしていればネズミなんて出ないのかと思っていたら、あれらを見かけないのはどうやらパディン夫人の絶え間ない努力の結果だったらしい。

「まあいいや。
 取り敢えず、胡桃を投げ入れてから水を置こう」
 シャルロが俺から胡桃を受け取って、傍に小皿を置きながら呪器入りの箱の傍にしゃがみこんだ。
「あ、ガラスの蓋を俺が動かすよ」
 ガラスの蓋を開けてから小皿を取るという動きになると、下手をしたらネズミに逃げられかねない。
 箱の中からガラスの蓋の隙間に飛びつけるほどのジャンプ力がネズミにあるのかは知らないが、うっかり逃げて結界内を追いかけまわす羽目になったら面倒だ。

「じゃあ、頼むね」
 水を指先から出して小皿に注ぎ、右手に胡桃、左手に小皿を持ったシャルロが蓋の傍で身構える。
「ほい!」
 小皿が入るぐらいの幅だけガラスをずらしたら、さっとシャルロが胡桃を投げ込み、その後に小皿を下ろして手を引いた。
 胡桃に気を取られたネズミがそちらに向かって鼻をひくひくさせている間にガラスの蓋は閉め終わった。
 犬にボールを投げるのと違って、ネズミは投げつけられた胡桃にすぐに飛びつかないんだな?
 人間に慣れていないから警戒しているんかね?

 取り敢えず、残りの3か所にも胡桃と水を入れて、様子を見る。
 どのネズミもまだ喉が渇いていないのか、水よりも胡桃に興味を示している。
 が。
「保存庫《フリッジ》とこれとこっちの箱に居るネズミが反応が鈍いな」
 アレクがネズミたちを見比べながら言った。
 先ほど氷が解けるのが遅かった呪器が入っている箱と、普通に呪器として機能しそうだと見ていたのが入っている箱と、保存庫《フリッジ》に入っているネズミは微妙に反応が鈍い。
 最初に胡桃を入れた箱の呪器はどうやら完全に壊れていて何の機能もないのかな? ここのネズミは元気一杯に胡桃の殻を齧り始めたぞ。

「動きが遅くなるのは良いが、それで死んだりしたら困るよね。
 このままネズミを入れ続けて、どの位で死ぬかも確認した方が良いかも?
 そうなると、明日連れてこられるネズミがごっちゃにならないように箱の中を区切る必要があるかな?」
 シャルロがちょっと考え込みながら言った。

 確かに、『微妙に動きが遅くなった』程度じゃあ本格的な悪影響があるのか分かりにくい。
 今晩夕食時に実験を打ち切ってその時点でネズミたちを殺すのではなく、最低でも明日まで、もしくは自然に死ぬまでこのまま実験を継続した方が良いかも。
「明日のネズミは受け取るとして、その次の実験体のネズミは納品をちょっと待ってもらった方が良さそうだな」
 実験待機中のネズミを箱に入れて工房で飼っていたら、パディン夫人に嫌がられそうだ。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。

もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
 ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。

ハズレスキル【分解】が超絶当たりだった件~仲間たちから捨てられたけど、拾ったゴミスキルを優良スキルに作り変えて何でも解決する~

名無し
ファンタジー
お前の代わりなんざいくらでもいる。パーティーリーダーからそう宣告され、あっさり捨てられた主人公フォード。彼のスキル【分解】は、所有物を瞬時にバラバラにして持ち運びやすくする程度の効果だと思われていたが、なんとスキルにも適用されるもので、【分解】したスキルなら幾らでも所有できるというチートスキルであった。捨てられているゴミスキルを【分解】することで有用なスキルに作り変えていくうち、彼はなんでも解決屋を開くことを思いつき、底辺冒険者から成り上がっていく。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令嬢が処刑されたあとの世界で

重田いの
ファンタジー
悪役令嬢が処刑されたあとの世界で、人々の間に静かな困惑が広がる。 魔術師は事態を把握するため使用人に聞き取りを始める。 案外、普段踏まれている側の人々の方が真実を理解しているものである。

俺たちYOEEEEEEE?のに異世界転移したっぽい?

くまの香
ファンタジー
 いつもの朝、だったはずが突然地球を襲う謎の現象。27歳引きニートと27歳サラリーマンが貰ったスキル。これ、チートじゃないよね?頑張りたくないニートとどうでもいいサラリーマンが流されながら生きていく話。現実って厳しいね。

生活魔法は万能です

浜柔
ファンタジー
 生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。  それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。  ――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。

異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。

もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。 異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。 ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。 残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、 同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、 追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、 清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……

処理中です...