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魔術学院2年目
050 星暦550年 青の月 25日 衝突問題
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一般人も魔術師も、魔術で何でも出来ると思いがちだが、実は世の中そう簡単に行く訳でもない。
考えてみたら、魔術にそれだけの優位性があったら魔術師が完全に一般人を配下に置いて奴隷扱いしているだろう。
魔術は様々なことを可能にするが、その為には色々な工夫と、閃きが必要なことが多いんだよねぇ。
◆◆◆
「カルス!はやい・・・」
バキ!!
ドカ!
「・・・った~」
アレクの注意は間に合わず、トランポリンの上でバック転をしていたアルランに近づきすぎたカルスの頭へ見事に踵落としが決まった。
バランスを崩したアルランは頭から着地。
衝突緩和の術が全体的にかけてあるものの、そこそこ痛そうな音が響いた。
衝突緩和の術が無かったら、ここ数日の練習の間に確実に何人かは病院行きになっていただろうな。
まあ、衝突緩和の術が無かったら素人がこんなことをしようなんて思わなかっただろうが。
「う~ん・・・。
参ったな。他のシーンが良い感じに纏まってきたのに、魔術が必要ないトランポリンでここまで苦労するとは、想定外だったぞ」
アレクがため息をつきながら頭をかかえた。
いや、魔術がいらないからこそ、困っていると言った方がいいかもしれない。
考えてみたら、誰にでも出来ることをサーカスでやるはずが無いのだ。
難しいことを簡単そうに見せるのがサーカスの腕の見せどころなんだから。
魔術を使わなければ危険かつ難しいブランコでの空中アクロバットや、女性群がくるくる宙を回る人間チェーンは実は魔術を使って比較的問題なくスムーズに出来あがってきた。
魔術で体重を支え、ブランコに手が吸いつくようにしておけば空中ブランコなんて、子供の遊びだ。
アレクのコネで来てくれた『絹の踊り』の団員の人にもアドバイスを貰って見た目がダイナミックになるように色々工夫も出来たし。
女性陣がくるくる回るシーンも、舞台の重力を半減させて手や足に粘着力を高める術をかけたらたらあっさり完成した。
見物している他の寮生から色っぽく見せる為の提案がポンポン投げられ、ノリノリな女性陣がかなり妖しげな動きをして周りをドッキリさせるようになってきている。
はっきり言って、普段の実態を知っているだけに・・・あの化け具合には驚いた。
ちょっと指を伸ばしたり足の指を意味深に擦ったりすることであそこまで色っぽくなるとはねぇ・・・。
しかも笑えることに、際どい提案の殆どは女子生徒から来ていた。
男子の方がどぎまぎしてしまって『胸をちらつかせて~!』ぐらいのことしか言えないのだが、女子の的を射たアドバイスは・・・凄かった。
アレクが、「もしも誰かとお見合いをすることになったら、絶対に先に相手の日常生活を気づかれないように何日か観察するぞ!」と固く決意するぐらいに。
あそこまで女が化けるとは実感していなかったようだね。
ま、俺も下町の夜の蝶ならまだしも、一般市民の女性(しかもまだ卵の欠片が付いているような若いの!)があそこまで『女』をアピールする方法を知っているとは思わなかったよ。
男性軍にとってはそこそこショックなお勉強となった経験だったが、出しモノとしては良い出来になってきた。
だからかなりいい感じに進んできて、寮全体が機嫌よく頑張っていたのだが・・・。
トランポリンで思いがけずも問題にぶち当たった。
トランポリンのシーンは殆ど魔術がいらない。
単に何人もの団員が次々と右から左へ、前から後ろへと飛び交うだけだ。
トランポリンを使っているからその際にバック転や2回転捻りを入れるのも、運動神経が良い人間にとっては慣れてくればそれ程難しくない。
皆、個人の時間に自分がやるべき動きは練習して問題なくマスター出来ていたから、全体的に楽観的だったのだが・・・。
一緒にやる段階になって問題が発覚した。
どうしても、見ていて面白いスピードでは次々と跳べないのだ。
最初に衝突事故を起こしまくった時点では、『まずはゆっくりやって慣れたらスピードを上げよう』と皆楽観的だったのだが、ある程度早くは出来るようになってきたものの、見ていて躍動感が感じるだけのスピードを出そうとすると必ず衝突事故が起きてしまうのだ。
どれだけ頑張っても。
ここ2日ほどは殆ど改善が見えない。
あと2日で出来るようになるとは・・・思えなかった。
ある意味、これは複数の人間で取りかかる剣舞に近いかもしれない。お互いの動きとタイミングを把握してかつ完璧に自分の動きをマスター出来ていなければ全部を滑らかに動かせない。
俺とダレンと・・・イリスターナあたりだけだったら何とかなるが、ショーに必要な人数分はそこまで自分の体をコントロール出来る人間がいない。
流石にこれだけ早く、激しい動きだと人形術で人間を動かすと言うのも無理があるし。
どうするか。
まだ最後の戦いのシーンまで辿り着けていないのに、かなり切実な感じになってきた。
見た目がイマイチ面白くないが、ゆっくりやるしかないかなぁ・・・。
いくらショー自体がコメディとは言っても、やっている人間がボコボコぶつかり合うのを観客が笑うタイプのお笑い路線ではないし。
他のシーンで見せ場があるから、ここは短くゆっくりのをお情け程度にやってしまって次のシーンに移ってしまう他に手がないかもしれない。
「しょうがないな、ゆっくり・・・」
「ねえ、皆の時間を早くしたらどう?」
ダンカンが諦めて敗北宣言をしようとしたところへ、シャルロが提案した。
トランポリンの周りで頭を抱えていた寮生たちがシャルロに目をやる。
「見ている人たち全員の時間を遅くするのは無理だからさ、やっている僕たちの体感時間を早めたらどうかな?そうすれば僕たちはゆっくり丁寧にやっていても、観客には素早く跳んでいるように見えるんじゃない?」
アレクがゆっくりと頷く。
「確かにな。多用するなとは言われているけど、練習も含めてあと3日程度の話だ。問題は無いだろう」
「ついでに、タイミングを取るのに使えるよう、トランポリンの上に次に跳ぶ人の名前が出るようにしたらどうかな?頭の中で時間を数えて飛ぶよりもずれが生じにくいだろうし」
俺も提案してみる。
トランポリンの上に跳ぶ合図が出ていても今の状態ではどうしようもないと思っていたのだが、体感速度を上げて主観的にはゆっくりなタイミングとなればうまく行くかもしれない。
「よし、やってみよう!」
ダンカンが手を叩きながら声をあげた。
うまくいってくれよ~。
最後の戦闘シーンでは俺も神の使いとの戦いに手を貸す見せ場があるんだから。
考えてみたら、魔術にそれだけの優位性があったら魔術師が完全に一般人を配下に置いて奴隷扱いしているだろう。
魔術は様々なことを可能にするが、その為には色々な工夫と、閃きが必要なことが多いんだよねぇ。
◆◆◆
「カルス!はやい・・・」
バキ!!
ドカ!
「・・・った~」
アレクの注意は間に合わず、トランポリンの上でバック転をしていたアルランに近づきすぎたカルスの頭へ見事に踵落としが決まった。
バランスを崩したアルランは頭から着地。
衝突緩和の術が全体的にかけてあるものの、そこそこ痛そうな音が響いた。
衝突緩和の術が無かったら、ここ数日の練習の間に確実に何人かは病院行きになっていただろうな。
まあ、衝突緩和の術が無かったら素人がこんなことをしようなんて思わなかっただろうが。
「う~ん・・・。
参ったな。他のシーンが良い感じに纏まってきたのに、魔術が必要ないトランポリンでここまで苦労するとは、想定外だったぞ」
アレクがため息をつきながら頭をかかえた。
いや、魔術がいらないからこそ、困っていると言った方がいいかもしれない。
考えてみたら、誰にでも出来ることをサーカスでやるはずが無いのだ。
難しいことを簡単そうに見せるのがサーカスの腕の見せどころなんだから。
魔術を使わなければ危険かつ難しいブランコでの空中アクロバットや、女性群がくるくる宙を回る人間チェーンは実は魔術を使って比較的問題なくスムーズに出来あがってきた。
魔術で体重を支え、ブランコに手が吸いつくようにしておけば空中ブランコなんて、子供の遊びだ。
アレクのコネで来てくれた『絹の踊り』の団員の人にもアドバイスを貰って見た目がダイナミックになるように色々工夫も出来たし。
女性陣がくるくる回るシーンも、舞台の重力を半減させて手や足に粘着力を高める術をかけたらたらあっさり完成した。
見物している他の寮生から色っぽく見せる為の提案がポンポン投げられ、ノリノリな女性陣がかなり妖しげな動きをして周りをドッキリさせるようになってきている。
はっきり言って、普段の実態を知っているだけに・・・あの化け具合には驚いた。
ちょっと指を伸ばしたり足の指を意味深に擦ったりすることであそこまで色っぽくなるとはねぇ・・・。
しかも笑えることに、際どい提案の殆どは女子生徒から来ていた。
男子の方がどぎまぎしてしまって『胸をちらつかせて~!』ぐらいのことしか言えないのだが、女子の的を射たアドバイスは・・・凄かった。
アレクが、「もしも誰かとお見合いをすることになったら、絶対に先に相手の日常生活を気づかれないように何日か観察するぞ!」と固く決意するぐらいに。
あそこまで女が化けるとは実感していなかったようだね。
ま、俺も下町の夜の蝶ならまだしも、一般市民の女性(しかもまだ卵の欠片が付いているような若いの!)があそこまで『女』をアピールする方法を知っているとは思わなかったよ。
男性軍にとってはそこそこショックなお勉強となった経験だったが、出しモノとしては良い出来になってきた。
だからかなりいい感じに進んできて、寮全体が機嫌よく頑張っていたのだが・・・。
トランポリンで思いがけずも問題にぶち当たった。
トランポリンのシーンは殆ど魔術がいらない。
単に何人もの団員が次々と右から左へ、前から後ろへと飛び交うだけだ。
トランポリンを使っているからその際にバック転や2回転捻りを入れるのも、運動神経が良い人間にとっては慣れてくればそれ程難しくない。
皆、個人の時間に自分がやるべき動きは練習して問題なくマスター出来ていたから、全体的に楽観的だったのだが・・・。
一緒にやる段階になって問題が発覚した。
どうしても、見ていて面白いスピードでは次々と跳べないのだ。
最初に衝突事故を起こしまくった時点では、『まずはゆっくりやって慣れたらスピードを上げよう』と皆楽観的だったのだが、ある程度早くは出来るようになってきたものの、見ていて躍動感が感じるだけのスピードを出そうとすると必ず衝突事故が起きてしまうのだ。
どれだけ頑張っても。
ここ2日ほどは殆ど改善が見えない。
あと2日で出来るようになるとは・・・思えなかった。
ある意味、これは複数の人間で取りかかる剣舞に近いかもしれない。お互いの動きとタイミングを把握してかつ完璧に自分の動きをマスター出来ていなければ全部を滑らかに動かせない。
俺とダレンと・・・イリスターナあたりだけだったら何とかなるが、ショーに必要な人数分はそこまで自分の体をコントロール出来る人間がいない。
流石にこれだけ早く、激しい動きだと人形術で人間を動かすと言うのも無理があるし。
どうするか。
まだ最後の戦いのシーンまで辿り着けていないのに、かなり切実な感じになってきた。
見た目がイマイチ面白くないが、ゆっくりやるしかないかなぁ・・・。
いくらショー自体がコメディとは言っても、やっている人間がボコボコぶつかり合うのを観客が笑うタイプのお笑い路線ではないし。
他のシーンで見せ場があるから、ここは短くゆっくりのをお情け程度にやってしまって次のシーンに移ってしまう他に手がないかもしれない。
「しょうがないな、ゆっくり・・・」
「ねえ、皆の時間を早くしたらどう?」
ダンカンが諦めて敗北宣言をしようとしたところへ、シャルロが提案した。
トランポリンの周りで頭を抱えていた寮生たちがシャルロに目をやる。
「見ている人たち全員の時間を遅くするのは無理だからさ、やっている僕たちの体感時間を早めたらどうかな?そうすれば僕たちはゆっくり丁寧にやっていても、観客には素早く跳んでいるように見えるんじゃない?」
アレクがゆっくりと頷く。
「確かにな。多用するなとは言われているけど、練習も含めてあと3日程度の話だ。問題は無いだろう」
「ついでに、タイミングを取るのに使えるよう、トランポリンの上に次に跳ぶ人の名前が出るようにしたらどうかな?頭の中で時間を数えて飛ぶよりもずれが生じにくいだろうし」
俺も提案してみる。
トランポリンの上に跳ぶ合図が出ていても今の状態ではどうしようもないと思っていたのだが、体感速度を上げて主観的にはゆっくりなタイミングとなればうまく行くかもしれない。
「よし、やってみよう!」
ダンカンが手を叩きながら声をあげた。
うまくいってくれよ~。
最後の戦闘シーンでは俺も神の使いとの戦いに手を貸す見せ場があるんだから。
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