シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

126 星暦552年 赤の月 5日 リサーチ

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「リビングに置く湯沸かし器ですか?」

14刻のお茶にケーキをつけるよう頼み、同席してもらったパディン夫人にリサーチを兼ねて意見を聞いてみた。

「そうですね・・・。リビングにあっても違和感のない外見は必須ですね。その最低条件を超えた上で考えるのでしたら、注ぎやすさ、倒れない安定性、保温性、沸騰までの時間と言ったところですかしらね」
軽く指を顎に当てながら夫人が答えた。

「見た目が絶対条件ですか・・・」
アレクが呻くように答えた。

これは難しい。
はっきり言って、デザイン性は俺たちの得意範囲とは必ずしも一致しない。

「しかも、保温性や沸騰までの時間って実は優先順位が低いんだ?」
ちょっと想定外だったな、これ。機能が重要なのかと思っていたんだが。

「楽しく話していれば、沸騰にかかる時間なんてそれ程長く感じられませんわ。時間がかかるなら最初から前もって沸かしておけば良いですし。保温性にしたって、冷めてしまったら再沸騰させればいいことでしょう?」

ごもっとも。

しかし。
術回路の機能性で勝負しようと思っていた俺たちにとってはちょっと想定外な話だな、これ。

「この場合、何人前ぐらいのお湯が必要なのかな?注ぎやすさも考えたらあんまり大きすぎると持ち上げられないと思うけど」
シャルロが興味深げにパディン夫人に尋ねる。あまり堪えてないね、お前さん。

「そうですね、一度に注ぐ限度としては4人前と言ったところでしょうか。それ以上でしたら台所の火器コンロで複数のやかんを使って注いで持ってくるでしょうから」

ティー・トレーに乗せてきたセットに再びお湯を注ぎ、おかわりを淹れながらパディン夫人が答える。

ふむ。
湯沸かし器がリビングにあったとしても、ティー・ポットやカップ、ケーキは台所から持ってくることになる。湯だけがあったところであまり役には立たない。

「例えば、ティー・トレーに湯沸かし器がついているのってどうだろう?台か縦の支柱のところに湯を入れておく場所があって、そこから注げるようにしておいたら極端に見た目は関係なくないかな?」
ついでにその湯沸かしの部分を取り外し可能にして書斎ででもお茶を簡単に入れるように置きっぱなしに出来るようにしておいたら来客時じゃない時の利用にも簡単に出来そうだ。

「まあ、そうですが。でも、それだったら保温性のいい容器に沸かしておいたお湯を入れて持ってくるのとあまり変わりが無いと思いませんか?」

「・・・お茶をリビングで淹れる際に不便だと思うことってどんな時にある?」
アレクが恐る恐るパディン夫人に尋ねた。

「あまりありませんわね。親しい友人とでしたら台所でお茶を飲むことの方が多いですし」

やばいじゃん。
術回路の開発以前に、売る商品に対する需要が無いって言うの??

◆◆◆

パディン夫人が退場した後にしばし流れた沈黙を破ったのはアレクだった。
「方向性を変えよう。
きちんとお茶を入れる主婦や家政婦にとって、リビングで使える湯沸かし器と言うモノに対する需要はあまり無いようだ。ティーポットやケーキまで準備しなければならない相手にとって、湯という一部だけがリビングにあっても別に全体的な手間は大して変わらないんだな。
だから、我々はきちんとお茶を入れない人たちを対象にするべきだ」

なるほどね。
「ティーポットが必要になる時点で、駄目なんだじゃないかな。だから、お茶をポットなしで直接カップに淹れられる方法をまず売り出さないと」
茶葉を捨てる手間があるんだったらそうそう手軽に書斎や仕事場でお茶を淹れると言う訳にはいかない。

「薄くて小さな麻袋か何かに茶葉を入れてお茶を淹れられるようにしたらどうかな?僕は時々そうやっていたけど?」
シャルロが提案した。

成程、部屋でお茶を淹れる際にそうやって茶葉の始末をしていたのか。
だが。
「麻袋といったってそう安くは無いぞ。一々お茶を飲むたびに袋を捨てるほどの経済的余裕がある人間はそれ程多くないと思うな」
1日4回お茶を飲むとして、月に30日x4で120枚。1枚1枚の麻袋はそれ程高くは無いが、月120枚となったらバカにできない出費になる。

「再利用できる風にしたらいい。高級茶のモノは使い捨て、普通のモノは使い捨てしたければ可能だが再利用も可能にしておき、店で使用後の麻袋を買い戻すシステムにしておけば、自分で詰め替えたくない人間もそれなりに麻袋のコストを削ることができる」

自分で詰め替えるのが一番経済的だが、その手間をかけない代わりに少し余分に金を払うのは構わないという人間だって多そうだ。あとは更にコストを削りたい人間だな。
「ついでに麻袋だけというのも売っておいたら、ティーポットを使わずにお茶を淹れる習慣と言うモノがより早く根付くかもしれない」

ふう。
3人で思わず目を合わせて、笑った。
何とかなるかもしれない。

ニパっとシャルロがアレクに笑いかけた。
「じゃ、アレク頑張ってお兄さんにこのアイディア売って来てね!」

そう、早いところこのアイディアを流行させてくれないと俺たちが造る湯沸かし器に対する需要も限られてしまう。

頑張れよ~。

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