シーフな魔術師

極楽とんぼ

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卒業後

187 星暦552年 橙の月 11日 防犯

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「プロにとって一番嫌な防犯装置ってなんだ?」
実家に行っていたアレクが帰宅後、突然尋ねてきた。

「建物?それとも金庫?」
金庫だけを守りたいなら誰一人も通れないような攻撃結界を張っておけば盗みに入るのも至難の業だ。
流石に人の出入りがある建物にそれをやるのは厳しいが。

「建物だ」

建物ねぇ。
どんなタイプの建物かによって可能な防犯装置も違ってくるんだけどね。

「ま、正直なところ一番面倒なのは番犬だな。拾い食いしないように術で条件付けされていたらお手上げだ」
動物への条件付けの術は使える人間が限られる上、必ずしも全ての犬に効く訳でもなく、効果もしばらくしたら薄れる。なので余程の金持ちでない限り経済的に気軽には使えないが。
はっきり言って、そんじょそこらの宝石なんぞを守るためだったら盗ませた方が安いぐらい、コストがかかる。

「犬か・・・」
アレクが顔をしかめた。

「家族に犬嫌いがいるのか?」
別に、敷地に放しておく分には目に入らないと思うが。
敷地だけでなく、家の中も自由に動き回れる犬も何匹かいる方が防犯にはいいんだけどね。

「店舗なんだよ。最近何軒か続けて強盗に入られたらしくってね。何か対応策が無いかと相談を受けたんだが、犬を店舗に放し飼いにする訳にはいかないだろう」

確かにね。
倉庫ならまだしも、店舗だったら下手したら商品を食われちまうし、犬の毛がついたら不味い物も多いだろう。

「まあ・・・結界を破られたら警戒音が鳴る仕組みや、扉や窓に近づいたら点灯する照明なんかもそれなりに嫌だと思うぞ。ただ、そう言う物が発動したところで、侵入者を捉えに来る人間がいなければあまり意味は無いぜ。最初の数回は逃げるだろうが、誰も来ないとばれた後は近所迷惑なだけだな。かといって、警備の人間がそこに駆けつけられるように見張りを各店舗へ張り付けておこうと思ったらかなり高くつくだろうけど」

音だけだったら通信機をつけておけば一か所でまとめて把握することは可能だが・・・通信機自体が高いからなぁ。

まあ、煩かったらそのうち王都の警備兵が来るかもしれないが。
正直・・・あまり期待は出来ないだろう。
地域によっては、泥棒が全部盗んだことにして駆けつけた警備兵が金目の物を盗って行く可能性がかなり高い。

「魔石を同調させておけば、一か所の警備所でそれなりの地域をカバーさせてもいいんじゃない?
それで、警備員が駆け付けるまで泥棒を足止めするように、その魔石に雷撃の機能をつけておいて、敷地内の人間全員痺れさせちゃうとか」
シャルロがちょっと過激な提案をした。

「防犯設備を起動させて、上で店長が働いていたりしたら雷撃は可哀想だろう。せめて強制睡眠ぐらいの方がいいだろうな」
アレクが手を横に振りながら苦笑した。

とは言っても、雷撃の方が強制睡眠より術として単純で掛けやすいんだけどね~。

しっかし。
あまり効果的な防犯装置を作って盗賊シーフギルドに仇になるようなことはしたくないんだけどな。
盗賊シーフになる人間だってそれなりに理由があるんだし、長との伝手はそれなりに重要なこともあるし。

まあ、魔具で出来る程度の単調な防犯装置だったらそのうち盗賊シーフギルドの人間も対応策を手に入れるだろうけど。
流石にアレクが一軒一軒術をかけて回れば難しいだろうが、シェフィート商会のように大きな商会の数え切れないほどの店舗全部に術をかけて回る暇は無いだろう。

「まあ、アイディアとしては面白いな。家に伝えておくよ、ありがとう」

「あれ、次の僕たちへの開発依頼じゃなかったの?」
シャルロが驚いて声をあげる。

「流石に防犯まで外注する訳にはいかないからな。開発してもそれを外に売る気も無いだろうし」
まあ、そうだよな。
良い防犯装置を作ってシェフィート商会だけがそれを使っている間は盗賊シーフ達もそれに対応するよりは他の商会の店舗を狙うだろう。しかし、どこの商会も同じような防犯装置を使いはじめたら盗賊シーフギルドの方も本腰を入れてその装置を破るための研究を進め、結局はいたちごっこになってしまう。

しかも、防犯というのは破られた時に下手をすると責任問題になるからなぁ。

ま、一番確実な手法としては、シェフィート家が盗賊シーフギルドに金を払うことなんだけど。
ギルドの人間には手を出さないようにさせ、しかもギルド以外の人間が盗みを働こうとしていたら退治してくれるし。

ただ、これも高くつくからなぁ。

「売上金を盗まれたのか?金庫だけだったら他にも色々方法はあるぜ?」

「いや、ちゃんと金庫に入っていなかった売上金も持って行かれているが、主に盗まれているのは普通の商品なんだよ」
アレクが首を振りながら答えた。

「商品って宝石とかか?」
値段で言ったら先日から売り出し始めた携帯式通信機だってそこら辺の宝石なぞよりずっと高いが、あれは現時点では半オーダーメードだから店舗から盗むと言うのは難しいだろう。

「いや、普通の商品が多いな。店舗の中の商品を殆ど根こそぎ持って行くんだ」

・・・マジ??

「それってライバル商会の差し金じゃないか??盗賊シーフはそんな盗み方しないぜ?」
普通の商品なんぞ盗んでも、売りさばくのは難しい。
宝石や絵画と言った様な高級品を売りさばくネットワークは当然存在するが、普通の店舗で売っているような日常品を効率的に処分して利益を出すような仕組みはギルドに存在していない。

・・・少なくとも俺が働いていた時はそんなものは無かった。

ティーバッグや通信機を餌にした軍との大型契約とかのせいで、恨みを買っているんじゃないかね?

「そんな恥知らずなことを他の商会がやっていると言うのか?」
アレクがショックを受けたような顔をしていた。
それなりに知り合いであるライバル商会がそんなあこぎなことをやっているとは信じたくないようだ。

「大きなところは、体力があるだろうしバレタ時の損害も大きいからやらないだろうが・・・シェフィート商会が上手くやっているお陰で割を食って潰れそうなところだったらもう崖っぷちに立っていて失う物が無いと思っているのかもしれないぜ?」
どうせ潰れて夜逃げすることになるなら、ばれないことに賭けてこういう手段に出ると言うのもありだろう。

ふう。
アレクが大きくため息をつきながらソファへ深く身を沈めた。
「どうするかな・・・」

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